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春風はやがて  作者: 海凪 悠晴
9/17

皐月の章(一)

 五月二日土曜日。春の大型連休、いわゆるゴールデンウィークの真っ只中である。今日から学校も四連休だ。束の間の安息のときといいたいがゴールデンウィークの宿題もたっぷりと出されたのである。それに加えて連休明けの授業の予習もしなくてはならない。


 さらに夏樹には、連休前の金曜日の昨日、職員室へと古典の有坂先生に呼び出されて、日頃の授業態度が悪いからということで出されてしまった特別課題もある。ああ、なんで昔の日本語や中国の詩なんて勉強しなきゃいけないのだろう、そんなの能や歌舞伎だとかいう伝統芸能だとか、あるいは物好きの趣味の世界でいいじゃないか、なんて思ってしまう。だが、その意見を有坂先生の前で堂々と述べるようなことな夏樹にはできない。有坂先生も実は年度末に急遽退職されたベテランの国語教師の代打として来たらしい。道理で若手なのにZ高校の教師を務めているはずである。その有坂先生に夏樹は早速目をつけられているのだけれど。


 さて、昨日から五月に入った。Z高校への入学からもうひと月が経とうとしている。四月に情熱を燃やして入学なり入社なりする新人が、五月の連休明けを迎える頃にはすっかり燃え尽きてしまい、無気力に陥る症状を「五月病」なんて俗にいわれているけれど、夏樹はもう四月のうちにそのようになってしまったのだろうか。中学校では「優等生」であった夏樹も、高校入学から最初のひと月を待たぬ間に教師から「授業態度が悪い」なんて思われるようになってしまったのだから。

 何せ、予習もして来ないし、課題もして来ないし、当てられても頓珍漢な答えを返してしまうし、で。「進学校」という場所に身を置いたことで、「優等生」から「その他大勢」どころか「劣等生」に落ちぶれてしまったのではとも感じる。高校生活初めての中間試験も今月半ばに控えている。さすがに最初の定期試験から赤点なんぞを取るのはマズいだろう。それでも、数学や化学にはまだついて行けていると夏樹は自分自身では思う。赤ら顔の栗原先生には初っ端から喝を入れられたが、それ以来は個人的に怒られるような真似をしてはいないのだし。


 自宅二階の夏樹の部屋の窓からも残雪を被った立山連峰がくっきりと映えて見える。今日は天気も悪くない。気温も暖かいを超えて暑くさえ感じる。夏も近づく八十八夜とはいったものだ。こんな初夏の日には教科書なんてポイと捨てて野や山に出て、人間らしく自然を謳歌しつつ生きたいものだなどと夏樹は思う。実際にはただの勉強から退避したい気持ちからそんな考えが出ているのだろうとも思うが。

 勉強から逃避するための「屁理屈」を夏樹は頭の中で更にあれこれと考え続ける。そもそも、なんで勉強しなくてはいけないのだろう。そりゃ大学入試に通るためだろう。一年生の四月から先生方は「大学入試」という言葉を授業中に使いだしてきた。もうそれを意識しなければいけないのか。もっとも、一口に大学といってもピンキリであり、そんなに勉強しなくても入試に通る大学なんて日本中にはいくらでもある。だが、ワンランクでも上の大学に入ろうとはいわれる。できれば一流と呼ばれる大学に。

 その「一流大学」を出た人間が、オトナになって権力を持つことで汚いことをしてきた、そんなニュースを最近よく耳にしてきたことがやたらと気になる。官官接待だの贈賄事件だのなんだの。あるいは「一流大学」出身という「教養のあるはずの人間」が宗教を称するカルト集団に呑まれて奇妙な事件を犯すなどをしてきたとか。あと「一流大学」を出た人間のみに門戸が開かれる「一流企業」すらも経営破綻しているとも。これも不景気が何年も続いているゆえに、だろうか。なんだ、そんなのなら一流の大学を出たところでどうなるというのか。


 さて、部活のほうであるが。授業を受けるだけでなんだか精一杯で、結局は入り損ねてしまった。つまりは「帰宅部に入部」したのである。当初は中学のときのようにコンピュータ部に入ろうと思ったが、活動は週一でしかも旧式のパソコンしか置いていないということだったので入らなかった。クラスメイトの橋本がすすめてくれた理科系の部活に入ろうかなとも思ったが、結局下見すらにも行かないまま部活動登録期間が過ぎてしまった。当の橋本は物理部に入部したようだ。正部員扱いは今年度中はもうできないけど、暇ならいつでも遊びにおいでと橋本は言ってくれた。


 このように橋本、あとは長田のようにあちらから夏樹に対し好意的に接してくれるクラスメイトはいることにはいる。だが、なんだかもうクラスメイトの多くから冷ややかな目で見られ始めているのではないか、夏樹は今、そう感じている。なぜならば、というなら、あまりにも「勉強熱心」ではないからだろう。みんな大学入試合格という目標に向かってまっしぐらに進んでいるというのに、自分のような怠慢に陥っている存在は邪魔者ではないだろうかとすら夏樹は思うようになった。


 まだ入学してひと月足らず。最初の中間試験すらまだなのだから、今からしっかりと勉強をすることにして、連休明けから軌道修正していくことぐらいはまだなんとかできるかもしれない。ただ、そんな気力は今の自分にはない、と夏樹は思い込んでいる。大学なんて適当なところでいい、それでもダメなら専門学校にでも。もしくは、自分が邪魔者なら、いっそのことZ高校から身を退くか。そう思うようにすらなってきた。


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