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春風はやがて  作者: 海凪 悠晴
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卯月の章(三)

 とまぁ、ちょっと人見知りである夏樹だったが、すぐ前の席の長田から積極的に声を掛けてもらったおかげで、さっそく新しいクラスメイトと会話らしい会話をすることができたのだ。


 夏樹が長田とそんな会話をしているうちに一年六組の生徒四十人全員が集い、教室は満席となる。もちろん北村さんも既に席についている。夏樹がたまたま廊下側に目をやったとき、北村さんと目が合う。それに気がついた彼女はこっそりと夏樹のほうに手を振ってくる。だが、そこで夏樹はなんだか気恥ずかしさを感じ、すぐに教室の前の方に目を向ける。そこでようやく担任の教師らしき大人の人が教室に入ってくる。

 歳の頃は四十代ぐらいだろうか、男性の教師である。やや角ばった顔つきをしている。眼鏡とかは掛けていない。それ以外はこれといって特徴がある容姿というわけでもない。


「一年六組の皆さん、はじめまして。私はこのクラスの担任を務めさせていただきます飯泉(いいずみ)英史(えいじ)と申します」

 ややハスキーな声の持ち主の飯泉先生が『飯泉 英史』と板書する。続けて飯泉先生が言う。

「英語の英に、歴史の史、でエイジですが、あいにく担当教科は英語でも歴史でもありません。化学を担当します」

 なかなかユニークな自己紹介をする先生だな、と夏樹は思う。

 化学といえば、夏樹は中学校のとき、元素記号に興味を示していたのだ。中学校の理科では授業中にはそう多くの元素記号を教わらないが、夏樹は理科の教科書にある元素周期表を全部覚えてしまったくらいなのだ。その数、百種類あまり。何せ、教科書の扉ページに載っているので、授業中とかでも暇な時間にそっと覗いてしまえるから、覚えられたのかもしれない。

 そんな夏樹だから、中学校のときも、理科や数学など、いわゆる理系科目により興味があり、なおかつ得意だった。来年からはクラスも理系と文系、それぞれのコース別にわかれるが、もちろん理系を選択するつもりである。もっとも、まだ高校生活は今まさに始まろうとしているばかり。この一年間で興味のある教科や得意な教科は変わるかもしれないし、それによって文系コースを志望するということもあるのかもしれない。


 飯泉先生は教室全体を見回して、空席のないことを改めて確認する。

「全員集まったようですね。そろそろ入学式が始まりますので、移動しましょう」

 生徒たちは廊下に並び、飯泉先生の先導に従って移動する。体育館に近いところに教室のある番号の大きいクラスから順に移動する。一年生のクラスは七組まであるので、夏樹たち六組の集団は、七組の集団に続いて移動する。

 体育館への移動中、校庭の桜並木が見える。校庭の裏側にあるグラウンドの隅にも桜並木が。校庭の桜並木は今まさに「アット・ゼイア・ベスト」。中学三年の英語の授業でそんな言い回しを習った。あのときも四月だった。そのように夏樹は一年前の春を回想する。

 第一体育館のある棟は二年前、改修されたばかりだという。トレーニングルームなんかもあり、生徒も届け出を出せば毎日放課後に利用できるらしい。運動の苦手な夏樹だけれど、たまにはトレーニングルームを利用して日頃の運動不足を解消するのもいいかもしれない。


 新入生の入場だ。上級生たちは帰ってしまったのでいないけれど、保護者が見守っている。保護者のために用意された席もほぼ満席のようだ。改修されてまだ年月経たぬ講堂を兼ねた第一体育館。新しい生徒を迎えるのは、まだ二回目だ。一年生の生徒たちは保護者席より前にあるクラスごとにかたまった席に着く。

 入学式が始まる。校長先生の話は退屈なものではある。しかし、もしかするとありがたいお話なのかもしれない。けれど、真面目に聞いている人はいるのかな、と夏樹は思う。短くも長すぎもしない校長の話が終わると、この学校の校歌の紹介がある。やはり富山県の学校であるからには「立山」というキーワードは必ず歌詞のどこかに入っているものだ。Z高校ももちろん例外にあらず、であった。

「新入生の皆さん、明日と明後日はオリエンテーションですので、校歌の練習の時間もあります。三日で覚えてくださいね」

 音楽の先生が注文をつけた。授業は来週の月曜からとのことだ。応援団のエールも迫力満点である。Z高校では体育祭に力を入れているという噂は夏樹もなんとなく聞いている。体育の苦手な夏樹にとってはそれがかえって不安だけれど。

 ともあれ、式典が終わる。一年生の生徒たちには、また教室に戻るように指示される。


 一年六組の教室。クラスの生徒全員が揃ったことを飯泉先生が確認する。

「皆さん、ご苦労様でした。自己紹介はまた明日にしましょう。明日の朝一で皆さん全員に教壇の上で一人一分くらいで自己紹介をしてもらいますので、何か気の利いたうまい台詞でも考えてきてくださいね。高校生活最初の宿題です」

 それを受けて、教室のところどころから軽く笑い声があがる。このクラスになってから初めて緊張がとけたような感じだ。二、三時間前までは名前すら知らなかった者同士だが、同じ学び舎に集う、しかも同じクラスの生徒同士の「絆」みたいなものは徐々にできていくのかな。夏樹はそう思うのであった。


「明日からは朝八時半までに登校して教室に集合するようにお願いしますね。では、今日は解散、です。おうちでゆっくり休んで、明日から寝坊しないように」

 飯泉先生が解散宣言を出すとともに生徒たちは徐々に散り散りになっていく。既に仲良くなり始めている者同士もいるようだ。もしかすると同じ中学校同士で前から知っている間柄なのかもしれないが。そこで夏樹にも声が掛かる。長田だ。

「折原。席の後ろ前同士、どうかよろしくな。また明日からな」

 そして、もうひとり。

「なっちゃん、お疲れさまー。今年は同じクラスなんだねぇ。よろしくねー」

 北村さんだった。夏樹と北村さんは中学校では同じクラスにはなることはなかった。だから、同じクラスになるのも小学校の頃以来である。

「おおっ、折原。今の女の子、同じ中学の子か?」

 一旦教室を出ようとしていた長田が夏樹のそばに再び寄ってきてそう言った。

「う、うん。そうだよ」

 夏樹はなんだか照れくさくなってしまいながら、そう言った。そこで北村さんが言う。

「なっちゃんとは幼馴染、なんだよねぇー。中学校からじゃなくて、幼稚園からー!」

「へぇー、幼馴染なんだ。なんか折原がうらやましいな。こんなかわいい女の子と幼馴染って。あ、俺は長田っていいます。長い田んぼでナガタ、じゃなくてオサダなのでよろしく」

 途中で北村さんのほうに向きなおりつつ、長田が言った。北村さんはそれを受けて言う。

「長田君。私は北村です。北村陽菜子といいます。このなっちゃん、折原君と共によろしくお願いします」

 二人がそういうやり取りをしているあいだ、夏樹はとくに何も言わず、何も言えず、沈黙を保っていた。

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