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春風はやがて  作者: 海凪 悠晴
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卯月の章(一)

 入学式の日を迎える。四月八日水曜日の午後からがZ高校の入学式だった。

 同日の午前中は二、三年生、つまり夏樹たちの上級生の第一学期の始業式が行われ、それと入れ替えになるかたちで上級生は昼で帰宅し、午後から一年生の入学式が行われるという日程である。

 部活の勧誘などの目的で学校に残りたい上級生もいるだろうが、入学式のある午後からは学校に残ってはいけないと注意されている。新入生への声かけなどは、また明日以降にしなさいということである。

 もちろん在校生代表として挨拶する者や、放送部・合唱部・吹奏楽部、そして応援団などに所属している者は、入学式の進行やお祝いに欠かせない役目にあり、残って昼の時間のあいだにも最後の打ち合わせをするのだ。


 中学校の卒業式を過ぎてからの三週間にわたる春休み生活で、夏樹にもすっかり夜更かしと朝寝坊の癖がついてしまっていた。今日の入学式当日は午後からの登校とはいえど、明日からはもちろん朝から学校に行かなければならない。今朝も昼食前までぼんやりとベッドの上で寝転がっていた。こんなので明日からの学校生活、シャキッといけるかな、という不安もあることにはある。


 入学式は原則保護者同伴である。まだ高校生だから、もう高校生なのに。

 今日、夏樹は母親と一緒に登校する。共働きの夏樹の家だが、今日は母親が入学式のために有給休暇を取ってくれた。

 小学校の入学式のときも母親に連れられて学校への道のりを歩いていった。もう九年も前だ。あの日あのときはすごく遠く感じた小学校なんて、高校までと比べればずっと近い場所にあるのに。小学校、中学校、高校とどんどん(まな)()は離れたところになっていく。

 十五歳の春、母親と足並みをそろえての登校、といいたいが。もう夏樹のほうが歩くのがはやくなっていて、足並みをそろえていられない。母親にリードされた小学校の入学式のときと大きく違うところだ。四十代も半ばの母親は自動車での移動に慣れてしまっていて、十五歳の夏樹の足では小一時間の道のりを歩いていくのは母親にとっては相当しんどそうである。


 桜が咲いている。まさに今花盛りである。桜の花びらがちらちらと舞い散っていく。夏樹と母親の二人、桜の花びらが制服や靴に時折降りかかる中、新しい学校への歩みを進めていく。Z高校が近づくに連れて、この高校の新入生とその保護者らしき人影が目につくことが増えてくる。生徒の男女を問わず大概は母親が同伴しているようだが、両親ともども同伴というケースもちらほら見られはする。


 Z高校の正門前。「富山県立Z高等学校、平成十年度入学式」と書かれた立て看板の前で記念撮影である。もちろん正門前で記念撮影したい生徒は大勢いるので順番待ちというかたちになる。まずは夏樹ひとりでの写真を母親がシャッターを押して撮る。そして親子揃っての記念写真も次に順番についていた男子生徒の同伴の男性にお願いした。彼の父親にしては少し年が行っているみたいなので祖父なのかもしれない。

「ありがとうございました」

 母親と夏樹は揃ってお礼を言う。


 新入生とその保護者でごった返すZ高校の正面校庭。グラウンドは校舎の後ろに隠れているので、正面校庭はそう面積的にも広くはない。そこにもある学校のシンボルであろう銅像。こんどは笛を吹く少女の銅像のようだ。笛を吹く少女が何を隠喩しているのかはわからないが、その脇に校訓が彫り込まれた大きな石が据えられている。


 中学時代の仲間のうちの三、四人が集まっているのを見つけた夏樹。声を掛けてその中に入ろうとする。

「やぁ、ナツも来たか。今日からみんな高校生だなぁ!」

「みんな、何組だったよ? 俺は三組。さわやか三組だ」

「俺は四組だ。友坂は一組だってよ。ナツは?」

 皆が口々に言うので、夏樹も口を開く。

「クラス発表、まだ見てないや」

「クラス発表はあそこでやってるよ! さっさと見てこないと!」

 それに対し、「さわやか三組」になったほうの生徒が人差し指を夏樹が向いていたのとは逆の方を指しながら言った。合格発表の日に受検番号が貼られていた掲示板の位置だ。やはり黒山の人だかりができている。


 ちょうどそのとき、夏樹に母親から声が掛かる。

「夏樹は六組。北村さんと同じクラスみたいだよ」

 母親のほうがクラス発表を先に見に行ってくれたようだ。夏樹に知らせてくれた。

 合格発表のときもそうだったが、夏樹はたとえ重要な発表でも人が殺到するところにすぐに出ていくのを敢えて避けることにしている。もっとも、重要な発表のときこそ、たいていすぐに人が殺到するものだが。


 北村さん。同じ中学出身でこのZ高校に入学する八人のうち唯一の女子生徒。フルネームは北村陽菜子(ひなこ)という。

 北村さんとは幼稚園時代から一緒だった。夏樹にとってのいわゆる幼馴染の女の子といってもよいだろう。夏樹のことを「なっちゃん」なんて呼んでくれるくらいだから。ただ、今の夏樹から北村さんを「陽菜子さん」だとか、ましてや「ひなちゃん」なんて呼ぶのはちょっと抵抗がいる。


 やがて残りの者も加わり、同じ中学出身の男七人でかたまる。全員のクラスが判明した。あいにく、北村さん以外の同じ中学出身者とはみんなクラスは別であったようだ。つまりはクラスでは、男子はみんな知らない者、女子も北村さんしか知っている人はいない環境にまず夏樹は置かれる。


「おっ、噂をすれば、その北村さん。向こうにいるぜ」

「北村さんはすっかり高校生って感じで決まっているよなー」

「俺たちなんて中坊と変わんないぜ。だいたい学ランって中学と同じ制服だしな」

 同じ中学の男衆同士そんな会話を交わしていた。

 北村さんがその両親に連れられて、向こうを歩いていくのが見える。夏樹の目にも、幼稚園の頃から知っているはずの北村さんは確かに大人びて見えた。中学の女子の制服はセーラー服だったが、Z高校の女子の制服はブレザーだから余計にそう見えるのであろう。


 入学式に先立って、まずは生徒はクラス発表で確認したはずの教室に入って、担任教師も交えてクラスメイト同士最初の顔合わせをすることになっている。保護者は先に入学式会場であるこの学校のメインの体育館である「第一体育館」、略称「一体」に入ってPTA会への入会などにあたっての説明を受けるので、生徒と保護者は一旦分かれる。

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