表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
春風はやがて  作者: 海凪 悠晴
2/17

弥生の章(二)

電車に乗った夏樹たち八人は中学校の近くの駅まで来る。ローカル線でたったの二駅とはいえど、距離にして三、四キロメートルはあるだろうか。

 高校生が主な利用者である、今はもうさびれつつあるローカル線の駅だ。

 電車を降りてホームに立つと心地よいがまだ若干の寒気の残る春風が夏樹たちの顔に当たる。どこからともなくウグイスの鳴き声も聞こえてくる。ホームにはサビの目立つ広告看板が数枚立ててある。主に沿線の医療機関などが出しているものだ。

 駅員らしき人も老いた男性がひとりで改札口を見張っているだけだ。ふつうの切符は自動券売機で購入することになっている。この駅舎で定期券など手続きが必要な切符が欲しいのなら、そのじいさんにお願いするしかないだろう。

 電車の本数は、朝の七時台、八時台や夕方など混雑する時間帯には一時間に六、七本で、昼間は一時間に三、四本。終電も午後十時台といったところ。確かに都会と比べれば少ない本数かもしれないが、地方としてはじゅうぶん多いとはいえる。

 木造の駅舎はすっかり黒みを帯びており何十年もの歴史を感じさせるが、しっかりとした造りであることも窺える。駅舎中央にはまさに大黒柱といわんばかりの大きな柱が立っている。まだ寒さの残る三月中旬、だるまみたいなストーブも置いてある。側面にはもう誰も利用しなくなったような伝言板もかかっている。地元の中学生や利用者の高校生らが書いていったと思われる下品な落書きとかが書かれている。


 さて、改札口を通ろうとするときに、夏樹は自分の切符を落としてしまったのに気がついた。

 慌てて中学の制服の詰め襟とズボンのポケットのなか、あと財布のなかをくまなく探すが切符は出てこない。今日は合格発表だけなので財布と受検票以外の荷物をとくに持っては来ていないのだ。恐る恐る駅員のじいさんに切符を落としてしまったことを伝える。

「本当は始発駅からのぶん、改めて払ってもらうんだけどね……。今日は友だちと一緒みたいだからまぁいいよ」

「すみません……。ありがとうございます」

「ところであんたは合格したのかい」

「はい、合格しました」

「そうか……。高校生になるんだからね、しっかりしないとね」

「ありがとうございます」

 寛容にも今回は許してもらえた。基本的に高校へは自転車で通学でき、歩いてもなんとかという範囲内。夏樹の自宅からローカル線の駅に向かっていると少し遠回りにはなるが、ここは中学校の最寄り駅であるから、これからこの駅も時々利用することになるだろう。もう、うっかりやごまかしは利くまい。

 このように、夏樹にはちょっと抜けたところがあるようだ。たまにしか電車に乗らないのもあるだろうけれど。

 実のところ、得意なはずの試験でもケアレスミスのために細かいながらも減点を喰らうことがたびたびあり、中学校の各教科の先生方もそこらへんを心配していたようだ。


 夏樹のおっちょこちょいのために他の七人の仲間たちにも五分ばかりの時間を取らせてしまったが、みんな口々にドンマイ、気にするな、と言ってくれる。もちろん今後、高校生になるに当たっておっちょこちょいなことを仕出かすることも減らしていきたいと夏樹は切実に思うが。

 とりあえずは駅から十分ほど歩けば、昨日卒業したばかりの「母校」である中学校だ。

 

「おう、ナツ。受かったよな?」

 中学校の生徒玄関で夏樹が自分の下駄箱の前で土足を脱ごうとしているとき、中学三年で同じクラスだった男子生徒に声を掛けられた。この男子生徒の名前は瑛太(えいた)という。

 瑛太からの質問に対し、夏樹はすかさず言葉を返す。

「うん、受かったよー」

「さっすが。俺も受かったよ」

「よかったね、おめでとう」

「おう。で、他のみんなはどうだったよ?」

「この中学からZ高校受けた八人、みんな受かったよ」

「おおーっ、みんなやるねぇ。ナツもみんなもおめっとー」


 アルバイト情報のフリーペーパーを片手に持っていた瑛太。彼は定時制の学科に進むことになった。

 瑛太は学業成績こそそう良くはなかったが、バンド活動に参加するなどしていた。中学生でバンド活動をする生徒というのは概して突っ張っているもので教師から煙たがれるものだが、瑛太は笑いをよく取るムードメーカー的な存在で、誰に対しても気さくであり、教師からもわりとかわいがられるほうだった。

 夏樹はよく知らなかったことではあるが、実は瑛太の家は母子家庭であった。家計を助けるために定時制に進学して、アルバイトに力を入れていくつもりだったようだ。

 ただ、瑛太の片手にあるフリーペーパーに気づいた夏樹は、早速アルバイトを始めて自分の手で金銭を得ようとしている瑛太に対して、自分と比べてオトナなんだなぁと尊敬の念を払うと同時に、中学の同級生でありながら早速「働く」ということができる瑛太に対して多少のうらやましささえ感じはした。夏樹の進学先では学業に専念せよということでアルバイトは基本的に禁止されているとのことだから。


 土足からは履き替えたものの昨日の卒業式までに内履きを持ち帰ってしまったので、靴下履きで中学校の校舎内を移動する夏樹とその仲間たち。校舎四階の第三学年の教室まで階段を上って移動する。夏樹たちのクラスは三年二組、二組の教室内には担任の武田(たけだ)教諭が待っていた。

「おお、折原、(とも)(さか)、ようこそ来てくれた。合格おめでとう!」

 武田先生は割と若い三十代前半の男性教諭で社会科の担当である。生徒への思いやりに満ちていて、生徒からも人気の熱血教師である。そして、友坂とはこの学校の三年二組すなわち夏樹と同じクラスからZ高校を受けた生徒の一人である。二組からは夏樹と友坂の二人が受検したのだ。

 夏樹は友坂と一緒に武田先生にお礼を言う。「仰げば尊し、我が師の恩」というほどではないけれど、武田先生の熱心な進路指導などがあってこそ勝ち得た「合格」でもある。教室内には武田先生と友坂、夏樹以外の人間はいない。それぞれが結果を報告したらすぐに帰ることになっているようだ。もっとも、先生はクラスの生徒みんなの合否をすでに把握しているので形式的に報告に行くような感じなのだけれど。もしも、不合格だったのならなかなか中学校にも足を向けづらいかもしれない。


 中学時代の仲間とも別れ、帰路につく夏樹。もう中学校に来ることもなくなるのかな、と思うと若干の名残惜しささえも感じていた夏樹であった。

 正門から入ってすぐ左脇にある、この中学校のシンボルであった銅像ともお別れ。とはいってもよくあるような二宮金次郎の像などではなく、ロダンの「考える人」の像である。中学時代というのは、自分について、他者について、世の中について、その他いろいろと、勉学のこと以外にも思索にふけることの多い思春期の多感なお年頃ではある。中学校にロダン像が置いてあるなんてなかなかユニークではあるまいか。

 その他、中学校の敷地内のいろいろなものもさることながら、三年間毎日通っていた通学の道ともお別れだ。銀行や郵便局にコンビニ、交番、病院。もうとっくの昔に店仕舞いしたたばこ店。用水路やその脇の畑。町工場などなど。毎日意識することなく通っていた道にあるいろいろなものも今日はやたらと目につくよな、と夏樹は感じていた。

 というわけで、三月三十一日までは本当は中学生だけれど、今日で中学校へ行くことも終わりだ。そろそろ夏樹の自宅に近づいてきている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ