表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

四話

十一時すぎ。街歩きを終えてジェニファーとグラハムが帰ってきた。

屋敷では、約束通り、リリアが待っており、二人をむかえた。


「お帰りなさい、ジェニファー様。お散歩デートは楽しかったですか」


明るい笑顔で両手を広げるリリアに、満足そうに微笑んだジェニファーが、駆け寄り、抱き着く。


「来てくれて嬉しいわ、リリア」

「約束ですもの、来るに決まっていますわ」

「昨日の告白があったから、来てくれなくても仕方ないと思っていたのよ」

「そんな不義理な事、できるわけありませんわ」


姉妹のように抱き合う二人を、ゆっくりと近づくグラハムが眩しそうに見つめる。


ジェニファーがリリアの顔を覗き込み、目を大きく開け、両方の口角もおおきくあげて、にっこり笑う。

笑顔を受け止めるリリアは、右と左を非対称に歪ませ、懸命に笑おうとした。


ジェニファーは振り向く。

グラハムには、両目を細め、眩しそうな笑顔を見せた。


「二人に渡したい品があるの。急いで、部屋に戻って取ってくるから、応接室で待っていてちょうだい」


ジェニファーはそう言うと廊下を走り始めた。

グラハムとリリアは、走り去るジェニファーの背中に子どもの頃の姿を重ね見て、涙が出そうになる。


リリアはきつく目を閉じ、グラハムは天井を見上げた。


一呼吸置き、執事が「どうぞこちらへ」と二人を応接室へむかうように促した。


執事に導かれ歩む二人は目配せし、いつも通りジェニファーと接しようと無言のうちに頷きあう。






案内された応接室で、グラハムとリリアはソファに座り、執事が淹れてくれたお茶を飲む。

突然、応接室の扉が大きな音を立てて開かれた。

同時に、元気のいいジェニファーの声が響いた。


「お待たせしてごめんなさい。グラハム、リリア。二人にプレゼントがあるのよ」


ソファから立ち上がった二人は入室するジェニファーへと体をむけた。ジェニファーの手には細長い小箱が握られている。

二人の前に立ったジェニファーは頬を紅色させ、満面の笑みを浮かべた。


「私から二人へ、プレゼントがあるの」


おもむろに、ジェニファーは小箱を開く。


グラハムとリリアは小箱を覗き込む。

そこには、小さな誕生石が飾られたネックレスが二つ入っていた。もちろん、誕生石は、グラハムのものとリリアのものだ。


「二人の婚約祝いに用意していたの。いつ渡したらいいか、迷っていたんだけど、渡せる瞬間はもう今日しかないから、どうか、今、受け取ってほしいのよ」


ジェニファーは両腕をまっすぐに伸ばして、二人に小箱を差し出した。


こみあげるものを抑えるようにリリアは口元を両手で押さえた。懸命に笑顔を見せるジェニファーを前に、リリアは動けなくなってしまう。


リリアの隣にいたグラハムが、大きく息を吸った。涙をこらえるように眼球を一度上に向けて、戻し、真っ直ぐにジェニファーと向き合う。

ここで臆してはいけないと心のうちで自己を叱咤していた。


両手を伸ばすジェニファーが持つ小箱をグラハムは受け取った。


「ありがとう。大事にする。一生、死ぬまで……。いや、死んでからも、いつまでも」


ジェニファーの手から離れた小箱がグラハムの両手に収まる。

しげしげとグラハムはネックレスを見つめ、声も出せないリリアに見せる。

気持ちが溢れるばかり、声を発っせられないリリアは両目に涙をためて、頭をさげた。


グラハムが小箱の蓋をしめて、もう一度、「ありがとう」と謝辞を告げようとした時だった。


ぐらりとジェニファーが身体が傾いだ。

笑顔のまま、身体を左右にゆらす。


三人の時間が止まりかける。


リリアにもグラハムにも、ジェニファーの揺れ、倒れる一連の動きがゆっくりと流れて見えた。


ジェニファーは笑顔のまま、膝をつく。


床に膝をつけた瞬間、ビクンと背を反り返したジェニファーが、がはっとおおきく吐血する。


多量の血が喉からあふれ出て、口元を赤くし、真っ青なワンピースの胸元を赤く染め上げた。


一気に落ちた鮮血が血だまりを作る。


虚ろな目が白く変色し、ジェニファーは血の海に沈むかのように倒れた。


刹那。


リリアとグラハムの時が正常に動き出す。


リリアの悲鳴があがる。

グラハムはジェニファーを凝視しながら、リリアを支えた。


周囲に侍る執事や侍女が動き出す。


倒れこむリリアを抱えたグラハムが数歩下がり、場を開ける。


使用人たちの人だかりに囲まれて、ジェニファーは神殿へと運ばれて行った。








運ばれた神殿で、ジェニファーは息を引き取った。


リリアとグラハムが、次にジェニファーを見たのは、清楚な銀の文様が刻まれた赤く艶やかな棺桶のなか。

色とりどりの花に囲まれる彼女の死に顔は穏やかであった。


薄化粧を施された死に顔は、聖女に相応しい神々しさを纏い、今にも起き出し、「おはよう、なにを皆さん、悲しんでいるの」と周囲を笑い飛ばすような雰囲気を醸していた。









半年後。

リリアとグラハムは、予定通り婚約式を行った。遅らせることは、ジェニファーの望むところではないと考えて。



郊外の神殿を婚約式会場に二人は選んだ。


雲一つない晴天。

控えの間の椅子に座り、窓辺から会場の庭をリリアは見つめる。

華やかな紫の花を散らす白いドレスを着たリリアへ、黒い正装姿のグラハムが近づく。

ぼんやりと外を眺めていたリリアが顔をあげた。


二人の胸元には、大切な人より贈られたネックレスが揺れる。

立たなくていいとかざした手を、リリアが座る椅子の背もたれにのせたグラハムが、彼女の顔を覗き込む。


「幸せになろう、リリア」

「グラハム……」

「月並みだけど、ジェニファー様の分まで。一緒に、生涯、幸せに……」

「そうね。幸せになりましょう。ジェニファーが安心できるように。天国から見つめるジェニファーが私たちを見て、幸せを感じて、微笑んでいられるように」

「うん。できたら、子どもは……、一人は女の子がいいよな」

「そうね。私も同意見」

「おこがましいかもしれないけどな」

「気にしないわよ、きっと。ジェニファー様なら。ジェニファー様と出会ったという証を込めて、名づけましょう」

「子どもには、重たすぎかな」

「大丈夫よ、きっと。産まれる子はきっと、すべてを受け入れて生まれてきてくれるものよ」


見つめ合い、微笑みを交わす。

胸元のネックレスを引き出した二人は、誕生石を握りしめる。


二人は同時に、その拳に、ありったけの気持ちを込めてキスをした。

























最後までお読みいただきありがとうございます。


来週から投稿始めるのは『平民出の聖騎士様に身代わりで嫁ぐことになりました。歓迎されていないけれど、行く当てもないのでお掃除していたらいつのまにか溺愛が始まっていたらしいです。いったい、いつから?』

https://ncode.syosetu.com/n8359ig/

です。



おまけ……↓

本当は婚約破棄エンドをしたいなあと考えたネタだけど、短編でこういう陰鬱な読後感ってどうなの?と思ってやめました。メリーバッドエンドの方がいいなと思って、切り替えです。


【没案エンド】


魔法のランプから漏れ出る魔の眷属の残留思念と交信したジェニファーは契約する。

リリアからグラハムを奪うために。

しかし、それは死を伴う呪い。


宝物殿で、魔法のランプの解呪を一人で行うのもランプとの契約のためであった。


呪いを受けることと引き換えにジェニファーは手に入れる。

グラハムの未来を。


―― 死をもって私はあなたを呪い(愛し)続ける


婚約式最中。

書類に著名したグラハムにジェニファーが残した呪いが発動する。

媒介はネックレス。


リリアの前で、グラハムは著名した書類を真っ二つに裂く。

呪いで我を失ったグラハムがリリアに宣告する。


「この婚約は破棄とする」


リリアはただ茫然とその婚約破棄に絶句する。


ジェニファーの魂は、グラハムの未来をすべて奪い、リリアに一泡吹かせ、高笑いする。


【没案、以上】


没、エンド。どっか、長編の一部で拾い上げるかもと思って、メモ残し。


重ね重ね、最後まで読んでいただきありがとうございます。

ブクマやポイントで応援いただけましたら、次作の励みになります。

★で読んだと教えてもらえたらとても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

▼礼(ゆき)の別作品▼

新着投稿順

 人気順 



― 新着の感想 ―
[一言] 切ないですね。 泣きそうです。
2023/08/11 15:23 退会済み
管理
[一言] いやいや、メリバというからてっきりボツ案みたいなことがあるんか?……((((;゜Д゜))))ガクガクブルブルと用心して読み始めましたよ。ラストなんて改行がいっぱいあるから、なんか隠してあるの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ