二話
「私の最後のお願いはね」
ジェニファーは二人を交互に見つめ、最後にグラハムに視線を定めた。
「明日死ぬ私の恋につきあってもらえませんか」
にっこり笑ったジェニファーは告白する。
「私、グラハムが好きだったの。本当は告白する気なんて無かったのよ。ただ、どうしても、これが最期だと思うと、本当の気持ちを伝えておかないと後悔すると思ったの」
続いてリリアに視線を移したジェニファーが謝罪する。
「ごめんなさい、リリア。リリアとグラハムが好きあっていて、伯爵家として家格があうとして、近々に婚約することも知っていながら、本心を言ってしまって。
公爵家で、聖女でもある私は自由にできないことも多い。だから、こんなことにならなければ、生涯、胸のうちに秘めておくつもりだったことは分かってほしいの。
ごめんなさい、許して、リリア」
「許すなんて……。誰かを好きになることに咎めることなんて、なにも、ない、です」
静かに告げるジェニファー。
それに対し、リリアの方が泣きそうであった。現に言葉はとぎれとぎれであり、泣きたいのを我慢するあまり、声も震えていた。
「私に残された時間は僅かよ。明日の十二時まで。だからね、明日の十二時まで、グラハムと一緒に遊ぶことを許してほしいの。もちろん、夜は家に帰ってもらうわよ。
したいことは、そうね、俗っぽく言うとデートがしたいのよ、グラハムと。いいかしら、リリア」
「いいもなにも、私に了解など要りませんわ」
「そう? 仮にも、これから婚約する二人に割って入るのよ。まずはリリアに了承してもらわないと、きっと私が後悔するわ」
ぶわっと涙があふれてきたリリアは、頷くだけで、もう声が出せなかった。
ふんわりと笑んだジェニファーがグラハムを見つめる。
「お願いできるかしら、グラハム。私の人生の思い出に付き合ってもらっても」
「私なんかで良ければ、お供いたします」
「仰々しいのは、明日の昼まではなしにしてよ。折角のお出かけが台無しになるわ。
申し訳ないけど、どこに行くかなんて話し合っている時間もないので、予定はこちらで決めさせてもらっているの。神殿から屋敷に戻ってくるまで考えて、二人が来るまでに手配してて、本当に大変だったわ。明日死ぬなんて思えないぐらいにね」
おどけるジェニファーにグラハムも目を見開く。涙が一筋頬を伝う。
「二人が、私の学友で本当に良かったわ。私の遊び相手に選んでくれた両親にも心から感謝しないとね」
ジェニファーは満足気な微笑を絶やさない。
「幼少期から、私と一緒にいてくれてありがとう。二人と学べた時間はかけがえのないものだったわ。すべて、大切な思い出よ。
だから、お願い。もう、泣かないで。
これが三人揃う最後のお茶会よ。いつも通りにしてほしいの。こんな話をしておいて、虫が良いのは分かっているとはいえね」
「そんなことないです!」
グラハムとリリアは声を揃えて叫ぶと、急いで溢れる涙をぬぐい、歪な笑顔をジェニファーに向けた。
「楽しむ前に、簡単にこれからのスケジュールを伝えておくわ。
今日は十六時半まで、二人といつも通りのお茶会がしたいの。楽しく、ただ、幸せに。いつも通りの変りばえのない、なんの変哲もない日常を彩る楽しい時間を過ごしたいのよ。
十六時半を過ぎたら、グラハムと二人で出かけるわ。初めてのお出かけね、デートと言ってもいいかしら。
夕食を食べて、観劇をするの。チケットも手に入ったのよ。お兄様が用意していたものを譲ってもらったの。
観劇が終わり次第帰宅したら、きっと夜の十時になるわね。
そして、グラハムには明日の朝は九時に迎えに来て欲しいの。二人で街を歩きたいわ。これは当てもなく、大通りを歩きたいだけ。そして、カフェに寄って、十一時には帰るの。
最期にちゃんとお別れしたいから、グラハムが戻ってくる時間にリリアにももう一度ここに来て欲しい。
急なことで申し訳ないけど、私のわがままに付き合ってくれたら嬉しいわ」
にっこり笑うジェニファーに、グラハムとリリアは赤くした目を細めた。
「もちろんです」
二人の声が揃う。
ジェニファーはさらに満足そうに笑みを深めた。