大切なおともだち
ぼくはね、幸せを呼ぶかぎしっぽの黒猫――の、ぬいぐるみ。四さいの女の子、千尋ちゃんのおともだち。千尋ちゃんのお誕生日プレゼントに、って、千尋ちゃんのお姉ちゃん――都尋ちゃんが、ぼくのことを作ったんだ。
都尋ちゃんは、小学校四年生。縫い物はまだまだ苦手みたいで、ぼくの足の長さはバラバラだし、両耳も少し歪んでる。でも、赤い糸で縫われた口がにっと笑っているところとか、しっぽが幸せを呼ぶかぎしっぽなところとか、ぼくは大好きなんだ。
ぼくの笑顔で、千尋ちゃんを笑わせることができる。このかぎしっぽで、千尋ちゃんに幸せを呼んであげることができる。大切なおともだちが顔いっぱいに幸せを浮かべて笑っているところを見るのが、ぼくの幸せだもの。
でも、ある日。
ぼくと千尋ちゃんと都尋ちゃんで、ちょっとした裏山に入って遊んでいたんだけどね。
千尋ちゃんは、ぼくのことを落として、なくしちゃったんだ。
もちろん、千尋ちゃんも都尋ちゃんも、探してくれた。だけど、ちょっと見つかりづらい、大きな葉っぱの影に隠れちゃっていた(ぼくに隠れるつもりなんてなかったけど、結果的にそうなっちゃったんだ)から、二人にはちょっと、僕がどこにいるのかはわからなかったみたいで。
そのうち、お家に帰りましょうのチャイムが流れ出したから、二人はとぼとぼお家に帰っていった。
すぐそばにいるよ、ここにいるよ、って叫んだつもりになっても、ぬいぐるみはしゃべれない。二人の後を追いかけたくても、ぬいぐるみは動けない。
暗い裏山で一人きり。寂しい夜を送った。
次の日、都尋ちゃんが一人でぼくのことを探しにきた。幼稚園生を連れていくには危ないところを歩いて、服を汚しながら、ときどき落ち葉で足を滑らせながらも、ぼくを探してくれた。実際、都尋ちゃんはぼくのいるところのすぐそばまで来てくれていたんだ。
そして、もう少しでぼくのことを見つけてくれそう! と思った、そのとき。
カァ! って大きな鳴き声が聞こえて、ぼくは、空を飛んでいた。
ぼくと同じ色の鳥――カラスが、ぼくを見つけてなぜか巣へと運んで行こうとしていたんだ。
「あっ! カラス! 私たちのだよ、返して!」
都尋ちゃんも気づいて大声を張り上げたけれど、カラスは悠々と空を飛んで、裏山のてっぺんにある巣にぼくのことを置いちゃった。こんなところ、いくら都尋ちゃんでも来られない。そして、ぼくは自分の力では動けない。
――ぼくはもう、千尋ちゃんにも、都尋ちゃんにも会えない。
カラスの巣で、ぼくは何回の昼と夜を繰り返したのだろう。夜になるたびに月を見上げて、カラスのことを温めながら千尋ちゃんと都尋ちゃんのことを考えていた。
千尋ちゃんはきっと、ぼくがいなくなって悲しくて、たくさん泣いているだろう。都尋ちゃんはぼくを見つけられなかったこと、連れ帰れなかったことを、自分のせいにして責めているだろう。そして、その気持ちを誰にも言わずに、ぎゅっと心の奥底に押し込めて、妹の千尋ちゃんを慰めているんだろう。もしかしたら、ぼくじゃない、新しい猫のぬいぐるみを作っているかもしれない。分からないけれど、でも。
ぼくは、二人のところに帰りたい。二人の笑顔が、また見たい。悲しいことがあった時はそばにいてあげたい。嬉しいことがあった時は一緒に喜びたい。
だって、ぼくは千尋ちゃんの、二人のおともだちだもの。
そんな祈りが通じたのか、数え切れないほどの日々を過ごしていたら、ある満月の夜に、ぼくはしゃべって動けるようになっていた。
「……二人とも、泣いてないかなぁ」
思わずこぼれていた言葉に、初めて聞いた自分の声に最初はすごくびっくりした。
でも、動けるならぼくは、おうちに帰ることが出来る。ぼくのいるこの場所は、運がいいことに二人のお家が近い。千尋ちゃんや都尋ちゃんの足でも五分かからないくらいの場所だ。
よし。会いに行こう。
そう決めて、ぼくはカラスの巣のある木から飛び降りた。
少しくらいぶかっこうでも、ぼくはれっきとした猫だから、地面に打ち付けられるなんてことはない。しっかり、四本の足でふわっと着地してみせたよ。
それからはずっと、てくてくと二人のお家に向かって歩き続けた。
そして朝になって、ぼくは二人のお家の前までついた。
だけど、ぼくが知らない間に、二人は大きくなっていた。そして、黒猫のぬいぐるみになんか見向きもせず、ぼくの目の前を走り抜けていった。
二人は、ぼくのことを忘れてしまったんだ。
そのことが悲しくて悲しくて、ぼくは思いっきり泣いた。涙なんて流れないけれど、大声をあげて泣いた。
それから、おともだちだった千尋ちゃんと都尋ちゃんにさよならを言って、ぼくは、家を離れることにした。
てくてく、てくてく。
どのくらいの時間が経って、また何回の昼と夜が過ぎただろう。
猫のふりをしていたから、道行く人たちはぼくを撫でようとしたり、餌をくれようとしたりしたけれど、そのたびに心の中で「ぼくはぬいぐるみなので、ごめんなさい」と謝りながら逃げ出した。動けて喋れるぬいぐるみなんて、きみ悪がられてもおかしくないものね。
あるときは、犬に吠えられて怖い思いもした。またカラスに連れ去られそうになって、慌てて逃げたりもした。
どこか、ぼくがいてもいい場所がないか、とにかくたくさん探し回った。
けれど、そんな場所はなかなか見つからなかった。
ぬいぐるみとはいえ、とうとう歩き疲れたぼくは、ある日、捨てられた黒猫を見つけた。
段ボール箱の中、たった一匹で、すごく心細そうで。
……その気持ちが、痛いくらいに分かるから、さ。
ぼくは、その黒猫と、一緒にいることにした。
黒猫はちっちゃくて、とってもあったかかった。一緒にいると、寂しさが紛れてちょうどよかった。
だけど、そんな日々は長く続かない。
その黒猫は、死んでしまった。
ある日、動かなくなってしまって、だんだんと冷たくなってしまったんだ。
「ねえ、ねえ、起きてよう」
思わず声をかけたけれど、黒猫はうんともすんとも言わない。また、胸が張り裂けそうに痛くて、黒猫に寄り添いながら、頬を擦り寄せることしかできなかった。
そんなとき、だった。
「……きょうだい、死んじまったのか?」
知らない声が突然降ってきて、ぼくは慌てて動かないぬいぐるみを演じることにした。
「あれ? きょうだいかと思ったらお前、ぬいぐるみだったのか」
ぼくを持ち上げてそう言ったのは、活発そうな男の子。
「……お前さ、おれんち来ない? おれ、最近飼ってた猫を死なせちゃってさ。……おまえ、あいつにそっくりだからさ。一緒に、いてくれないか?」
だけどその子が、あまりにも寂しそうに笑うから。
「――もちろん!」
普通のぬいぐるみのふりを忘れて、叫んでいた。
ぼくが普通のぬいぐるみじゃないと知っても、その男の子――亮くんは、怖がらずに、むしろ面白がって喜んでくれた。話し相手ができた、と笑ってくれた。
そして、そのあとどうなったかって?
言うまでもないけれど、ぼくらは、大切なおともだちになったんだ。
そして、亮くんが大人になった後も、ぼくはずっと、亮くんのそばで、彼の笑顔を見続けているよ。
ギリギリ滑り込もうとして、1分の僅差で間に合いませんでした。なのでこれは冬の童話祭2023参加作品もどきです。