巻き込まれた僕達は
[番外編ショート][シリアス]
婚約破棄騒動を起こした王太子殿下の、学友をしていた側近候補の貴族子息の話。
※本編シンデレラ〜を読まなくても読めます。
※本編、スピンオフを読んでおくとより良く読めます。
※本編よりスピンオフに沿った内容です。
少し話をする。
ぼくの名前は、エイラ・キャンベル。キャンベル侯爵家の長男だ。ぼくの父は王宮で腕を奮っている敏腕宰相で、母はいたって普通の貴族令嬢。両親は在り来りの婚約からの結婚だ。ぼくは父の後を追って文官になる為に、父の仕事を意識し始めた十三の頃から一生懸命勉強していた。王宮で働くのが、父と共に仕事をするのが、楽しみだった。将来国王になる王太子殿下に仕えるのが、待ち遠しかった。
貴族が通う学園に五年間通い、卒業式を明日に控えた夜のパーティー。学友であり将来の主であるはずの王太子殿下が非常識極まる婚約破棄騒動を起こした時、ぼくは自分の夢が粉々になる音を聞いた。
◇ ◇ ◇
「明日の茶会には王太子殿下も参加します。心して挑むように」
夕食が終わったあとに呼ばれた父の書斎で、自身も緊張しているであろう母が真面目な顔でぼくに言った。ぼくと母が招待されたのは、王妃殿下が主催する茶会だ。呼ばれているのは夫が王宮務めであり、尚且つ一定以上の身分の夫人とその息子たちだという。
「王太子殿下のご友人、有り体に言うのなら将来の側近候補を選ぶための茶会だ。私の息子として恥じない成果を期待しているよ」
歳若く宰相の地位についた父の目には期待が見て取れた。ぼくは真っ直ぐに背筋を伸ばし、はい、と力強く答えた。
茶会で会った王太子殿下は、王妃殿下のお顔立ちと国王陛下の色を持つ整った容姿をしていた。他の子息に混じって話をしてみると、少し内気だがぼくたち貴族子息とそんなに変わりのない、普通の公子だった。優しい人柄だというのは何となく透けて見えていて、学園に通うようになったら仲良くなれそうだ、とぼくは好意的に考えた。
学園に通う歳になるまでは、国の催す祭事で度々父に連れられ王太子殿下と顔を合わせた。同い年の騎士団長の三男も、一緒に行動することが多かった。
狩猟祭に初参加した時のぼくたちは本当に要領が悪くて、小動物エリアで無駄に駆け回っては息を上げ、弓が苦手だという王太子殿下のためにぼくと三男は獲物を追い込む係に徹したが、殿下は尽く弓を外して結局兎一羽。ぼくと三男は当然手柄なしという有様だった。陛下用の天幕の中。並んだ陛下と父と騎士団長の三人に、情けない、情けないと嘆かれたのは、苦い思い出だ。
◇ ◇ ◇
入学試験を経て、ぼくたちは王国国立学園に入学した。成績順に五つに分けられたクラスのうち、ぼくと王太子殿下は二番目のクラスに振り分けられた。王太子殿下の婚約者は、最上級クラスにいるという。それを面白くなさそうに呟く殿下の顔には、陰りが見えていた。
側で友人として過ごしているうち、何となく分かってきたのは王太子殿下が自分の能力の無さに打ちのめされて、意欲を失っているということだった。彼を削っていたのは、国王である父親からの過剰な期待と、その期待が外れてしまった時のガッカリとした顔。そして、彼の教育係や周辺の者の心無い言葉だった。
聞いている限り、彼についている教育係は思いの外厳しく、教えたことは出来て当たり前という態度で彼に接していた。どんなに努力しても結果が伴わなければ冷たく叱責され、結果を出しても特に褒められることはないという。難しいことを難なくこなす婚約者とも比較して、遠回しに貶しているようだった。評価されない辛さ。それが少しずつ積み重なって、彼の自己肯定感はどんどんと下がっていった。
昼休み。王族専用サロンで二人きりになった時、彼は時折ポツポツとぼくに弱音を吐露した。話を聞けば聞くほど彼の教育係が彼に適した教育をしているとは思えず、父親に相談するように促したこともある。けれど、彼は「父のガッカリした顔を見るのはもう嫌だ」と頑なだった。父親と仲が良かったがために、それが裏目に出ているようだった。出来の悪い自分、父親への後ろめたさ。色々なものが彼をどんどんと追い詰めていくのを、ぼくは止めることは出来なかった。
父に相談したこともある。もう彼の気持ちはズタボロで、このままでは彼がダメになってしまう、陛下にどうか相談して欲しい、と。だが父は「彼は王族に生まれたからこそ弱さを表に出すことは許されないのだ。せめて表面上だけでも繕えるようになるよう克服せねば、国王という立場には耐えられないだろう」と一蹴した。自分が彼の側に置かれている意味が、分からなくなった。
部屋に戻ったぼくは、勢い任せにソファを蹴った。何が学友だ。何が側近候補だ。将来仕えるであろう主の心さえ、守れない。なんの立場もない自分に腹が立った。そして、弱さを抱えながらも隠し続ける彼にも腹を立てた。
王太子という立場。声を上げれば、現状を訴えれば、状況は改善されるのではないか。幾度となく進言した。友として、臣下として。だが、彼は状況に対して悲観的になっていた。行動して、何も変わらない、それどころかむしろ弱さを追求されてより立場が悪くなることを恐れて、口を噤んだ。何も出来ない自分が歯痒くてたまらなかった。
成績が落ちた殿下は、ひとつ下のクラスに落ちた。勉強も運動も、集中力に欠けていた。そうなっても仕方ないと思った。昼休み、王族専用サロンに顔を出すと、見た事のない令嬢が王太子殿下の横に座っていた。身分を問い質すと、その娘は子爵令嬢だった。
その日から、王太子殿下は子爵令嬢と一緒に行動するようになった。殿下の笑顔は増えたが、周囲からの眉を顰められる視線も増えた。良くないと、思った。
「王太子殿下、あなたには婚約者がいます。それ以外の女性と親しくなるのは不貞にあたります、どうかおやめください」
どうせ親の決めた婚約だ、向こうも自分には心などないだろう、今くらいは自由にさせろ。そう言った殿下を、ぼくは悲しい気持ちで見つめた。ぼくの考えていることが分かったのか、それとも「また失望された」と傷ついたのか、彼は居心地悪そうに眉根を寄せるとぼくから視線を外した。
それ以降、ぼくは二人の関係には口出しをしなくなった。三男も、他の側近候補も、注意なり進言なりをしたのだろう。王太子殿下が見えない場所では気まずそうな顔をしていた。令嬢の件は、父に報告だけは上げていたが、卒業までの遊びだろう、とちゃんと取り合ってはもらえなかった。子爵令嬢が笑顔を向けると、王太子殿下も表情を和らげる。その柔和な笑顔は、初めて会った茶会の時に見せていた笑顔とよく似ていた。優しく弱かった王子は、逃げて、逃げて、逃げ続けて、そして堕ちてしまった。
◇ ◇ ◇
婚約破棄騒動のパーティーが強制解散になったあと。帰宅したぼくは、自分の部屋に閉じこもっていた。父が訪ねてきて話をしたい、とドアの前で言ったが、話をする時期などとっくに過ぎていると思ったので、体調が良くないと言い訳をして退けた。
自分を含めた学友という名の側近候補たちは、王太子殿下を止めなかった、または止められなかった者として何らかの沙汰が下るだろう。ぼくの婚約者も、離れていくかもしれない。
けれど、自分は不思議と後悔はしていなかった。子爵令嬢は確実に殿下の心の穴を埋めていた。彼の悲しみを、多分、分かっていた。それがなければ婚約破棄騒動どころではない、もっと酷いことになっていたかもしれない。そんな予感もあった。
自分がなにかできたかもしれないと、そう思うのは傲慢だろうか。
「王太子殿下、ぼくは…」
開け放った窓、吹き込んでくる夜気が肌に冷たい。バルコニーに出て、星空の下で、ぼくはほんの少しだけ涙を零した。
◇ ◇ ◇
側近候補たちはこの件に関して、特別な配慮として、何ひとつ咎められることはなかった。関係者から話を聞き取った際に、それぞれがお互いの父親に報告を上げ、そしてまともに取り合われずに放置されていたことが判明したからだ。ぼくたちが上げていた報告はひとつも国王陛下の耳には届いておらず、逆に陛下から申し訳なかった、と言われぼくたちは恐縮するしかなかった。
「愚息が迷惑をかけてすまなかった。あやつを見てくれていたこと、心を割いてくれたこと、感謝する」
そう言って目を伏せた国王陛下は、ただの父親の顔をしていた。本来ならば陛下は王族として、臣下の前では毅然と『国王』の仮面でいなければならないはずなのに。廃嫡されてしまったあの人のことを連想させる人となりが僅かに見え、それが棘となって心を刺した。
ぼくたち元側近候補は、そのままそれぞれが志していた進路に進むことになった。結局ぼくの夢は粉々になってなどいなかった。けれど、その夢に映っていた仕えるべき主は、消えてしまった。自分は文官に、三男は騎士団に、ほかの者たちもそれぞれの仕事に就いた。多分、もう、自主的に顔を合わせることは無いだろう。
仕事を始め、慣れるまでの慌ただしい日々は、とても早く過ぎていった。婚約者との結婚も迫っていた。そんなある日。
「話がある」
その一言で父の書斎に呼びつけられ、ぼくは首を傾げていた。なにか話すことなど、あっただろうか。不思議そうにするぼくに、父はこれは機密事項なので他に漏らさぬように、と前置きをしたあと話し始めた。
元王太子は廃嫡になったのち、断種の呪いを賜って平民として放逐されたこと。そして、同じく身分を失った元子爵令嬢が、放逐される彼に寄り添ったことを聞いた。驚きに目を見開く。
国王陛下と一部の側近しか知らない話。父はぼくの心を慮って、それを話したようだった。王太子についての報告と相談を一蹴したことも、息子を傷つけ、主の息子に道を踏み外させたのではないかと後悔しているようだった。
「彼は、今はどうしているのですか」
聞いていいのかは分からなかったが思わず口から出てしまった言葉に、父は言っていいものかと僅かに逡巡したが、少しだけ、と続けた。
「あの元子爵令嬢の実家に、二人で身を寄せたらしい。家族にも受け入れられ、それなりに上手くやっているようだ」
これ以上は、と切り上げられて、父との会話は終わった。自分の部屋に戻り、ゆっくりとソファに座る。父が話した内容は、王家の影からの報告だろう。
「彼女は、彼についていったのか…」
自分には出来なかった選択。彼が望み、彼女が望んだからこそ、現れた新しい道。
「ぼくは結局、何も出来なかったな」
自嘲気味に呟いて、誰もいない部屋で苦笑を漏らす。彼が背負った数多の苦しみを下ろす手伝いをしたのは、自分が玉の輿目当てだろうと断じて厭っていた少女だった。
二人の道行きが、明るくありますように。
窓に顔を向けると、雲ひとつない青が見えた。空を見上げ、天に向かって、仕えることが叶わなかった主の幸せを願った。
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婚約破棄ものの「王太子殿下の側近候補の学友」も、しんどい思いをしてたんかなぁ…という気持ちから転がったネタです。サイドストーリー増やしててすみません。
この子たち(学友たち)は表面上はお咎めなしで本来望んでいた進路に進みましたが、その望んでいた進路もある程度は王太子ありきの進路だったので(将来の側近候補からも外れましたし)周りの目とか自分のモチベとかが微妙になっちゃうんですよね。それが彼らへの実質的な処分なんだと思います。それを乗り越えて出世できるといいね、