不運なスナイパーⅡ
2022年9月9日投稿の「不運なスナイパー」の続編です。
ーーとある狙撃者の話…なのだが…
ー俺の名前は“スモーカー”。ライフルを相棒とする殺し屋だ。煙のように現れ瞬時に相手を仕留め、そして煙のように去っていく。それが俺が“スモーカー”を名乗るいわれだ。
今回の彼のターゲットは、多くの政財界の実力者とパイプを持つ大物フィクサーだ。
ー前回は仕事中におふくろから電話が来るわ、宅配業者から不在通知の電話が来るわ、おふくろがターゲットと親密な関係を築いているわで過去最大のヘマを起こしちまった。
依頼者からの仕事のために必要な情報を得るために電話の通知を遮断するわけにはいかず、結果、余計なものを引き寄せることになってしまった。因みにその時のターゲットは別の同業者に依頼し、始末させた。“スモーカー”が元請け、別の同業者が下請けのような形となった。報酬は同業者と山分けとなった。
おふくろは突然姿を消したフィアンセのことで強く心を痛めていたが、息子である俺が慰め続け、なんとか今は立ち直っている。しかし、おふくろにはとんでもない親不孝をしてしまった。
ー今回は絶対にそんなヘマはしねぇ。依頼者からターゲットに関する情報を事前に十分に聞き出し、あらゆるターゲットの行動パターンを予測した。携帯電話はマナーモードにした上で電源を切ってあるし、宅配物は別日に指定してあるし、アジトの家賃はもう支払ったし、DVDの延滞もしていない。完璧だ。
あとはターゲットが料亭から出てくるのを待つだけだ。その料亭がよく見える高層ビルのとある部屋に入り込み、窓からライフルを構えている。窓枠は奥行きが広く、ライフルを安定して置くのに十分なスペースがあった。風も無く、コンディションとしては完璧だ。
ーさぁ来い。すぐに仕留めて煙のように去ってやる。
“スモーカー”はスコープを覗き込み、目と引き金を持つ指先に全ての集中を注ぐ。
「失礼しまーす。」
突然、部屋のドアが開けられ、何者かが入ってきた。慌てた“スモーカー”は、カーテンを閉め、窓枠に置かれているライフルを隠す。それと同時に部屋の電気が付けられ暗闇が吹き飛ばされる。
「あら? 社員の方?」
“スモーカー”の姿を見た作業服を着た中年の女は意外そうな顔をして目を丸くする。
「あ…はい、そうです。」
“スモーカー”は咄嗟にそう答えた。難なくビルの中に侵入するために今回はスーツを着ていたため、幸い怪しまれることは無かった。
部屋に入ってきたのは四十代か五十代くらいの清掃業者の女性従業員、所謂“清掃のオバチャン”だ。
「この部屋に人がいる事、滅多にないのでびっくりしちゃって。」
「あ…た、煙草吸いに来たんですよ。」
“スモーカー”はそれらしい言い訳をする。
「え? でも、喫煙所ならあっちに…」
清掃のオバチャンはドアの外を指差す。
「あ…ひ、一人で吸いたかったんです。気分転換に…」
“スモーカー”はとにかく怪しまれないよう、必死に弁明する。
「あ、なるほど、そうですか。ではすぐに終わらせていきますね。」
「はい~(マジかよ…)」
ーどうすんだよ~この間にターゲットが出てきたら…
仕事中に着信が入るという課題を解決したと思ったら、今度は人が間近に来てしまうという別の問題が巻き起こった。“スモーカー”は、とにかく清掃のオバチャンが早く部屋を出ていく事を祈り、煙草を吸いながら外を眺めた。
ー早く出てけ~、早く出てけ~
煙草の煙を吸ったり吐いたりしながら、後ろを動き回る清掃のオバチャンの帰りを待つ。今日の煙草は全く美味くなかった。
「あの~」
後ろから自分を呼ぶ声がした。
「な、何ですか?」ライフルが見えないようにゆっくりとカーテンから顔を出す。
「吸い殻、どうされます?」
ーなんだ…そんなことか…
“スモーカー”は安堵し胸ポケットから携帯灰皿を取り出す。
「あ、持ってたんですね。」
「ええ、ヘビースモーカーなもんで。」
「じゃ、大丈夫ですね。それでは失礼しました。」
清掃のオバチャンは部屋から出ていった。
ーあっぶねぇ~
“スモーカー”はこれまでにない思いで胸を撫で下ろす。いつも人が来ないであろう場所・時間を慎重に見計らって狙撃場所を選んでいた。このようなパターンは初めてだ。“スモーカー”は、次回から改善すべき点に今の一件を含めておくことにした。
ー邪魔者は去った。いよいよ本番だ。今回のターゲットはでかいぞ~
“スモーカー”は部屋の電気を消し、再びライフルに手をかける。中から暖色の光が漏れ出ている料亭の和風の引き戸は度々開く。しかし、例の大物フィクサーは未だに現れない。
ーさっさとしろ~煙は長くは居られないんだぞ~
自分の名は“スモーカー”。煙のように現れ煙のように去って行く。
ーこの俺が確かにお前の頭を…コンコンコン
ビクりとする“スモーカー”。あわててカーテンから顔を出し、ドアの方に顔を向ける。
「失礼しま~す。」
部屋に入ってきた人物を見てヒヤッとする“スモーカー”。しかし、すぐにそれは杞憂だとわかった。服装から一瞬、警察官かと思ったが、入ってきたのはこのビルの警備員だった。警察官だったらまずかったかもしれないが、警備員ならやり過ごせるだろう。
「あれ? このビルの方ですか?」
「はいっ。そーですぅ~。」
「そうですか。あれ、電気は付けないんですか?」
「あっ、ちょっと落ち着きたかったもので~。」
「あ~なるほど。じゃぁ、消したままでいいですね。」
「はいっ。お願いします~。」
“スモーカー”はこの短時間で嘘が異様な程上手くなった気がした。
「失礼します~」
“スモーカー”は絶句した。警備員に続いて、先程の清掃のオバチャンが再び入ってきたのだ。
「あれ? まだいた。」
「え? さっきもいたんですか?」
警備員は清掃のオバチャンに聞いた。
「ええ。煙草吸ってたそうで…」
「あ~煙草!」警備員は深く納得した様子を見せる。
「ええ。気分転換に喫煙所じゃないところで吸われてたそうで。」
「はいはいはい! まあ窓からの景色を眺めながらも良いですよねぇ~ 」
“スモーカー”は、内心うんざりとした感情で一杯だ。
「で…なんでまた電気消されてるの?」清掃員が薄暗い部屋を見ながら言った。
「落ち着きたかったそうですよ。」警備員が答える。
「あ~そういうこと~。あ、じゃぁ邪魔しちゃ悪いですね。雑巾一枚落としちゃったもので、それじゃすぐに出ますね。」
清掃のオバチャンは、部屋の床に落ちていた雑巾を拾い上げると、警備員と共に部屋から出ていった。
ー煙が消えている…
“スモーカー”は疲れた。煙ならとっくにここから姿を消している。しかし、言ってはいられない。なんとしてでもターゲットを討ち取るのだ。
ー…………
かれこれ二時間待っているがターゲットが全く料亭から出てこない。
ー!
すると、料亭の中から着物を着た老齢であろう女が出て来た。女は客と思しき人物を見送ると暖簾を外し、中へと入っていく。
ーは⁉え⁉は⁉
そして料亭の引き戸のガラスから明かりが消えた。
“スモーカー”のいる部屋は沈黙に包まれている。ハッとした“スモーカー”は、携帯の電源を付け、マナーモードを解除する。するとすぐに携帯から振動がした。
〈ターゲットが既に料亭から離れているが、どういうことだ?〉依頼主は開口一番そう言った。
「大事にしないためだ。安心しろ。すぐに始末する。」
それだけ言って“スモーカー”は電話を切った。
窓から見える夜景を眺める“スモーカー”。見上げると、黄金に輝く満月が見えた。
「あぁんのババァ~~~~~~~~‼」
狼男の如き絶叫が夜空に響いた。
ーー終わり