ずっと柴犬
春。
ポッカポカ陽気。
おいらの鼻さきに、桜の花びらが。
フエックショイ!
あー、こう暖かいとウトウトしたくなるよなー。ねむっ。
いいねえ、こんな日は小屋でゆっくりしたいもんだ……。
と、そんなおいらの首輪にリードが……。
え?もうそんな時間?
「ほら、散歩に行くわよ」
ママさん……ほんと嬉しそうに……。
前はご主人が行かないから代わりにってことであんなに暗かったのに、
今はほんとニコニコだ。
そりゃそうだ。
やっと、長いトンネルから出られたんだから。
あ、そうだ、説明遅くなってスマン。
ご主人はもう、この家にいないんだ。
会社の寮ってとこに入ってて、そこで暮らしてる。
一人で?
いやいや、二人で、だよ。
ああそうだ、あの後何があったか、ちゃんと話しておかないとな。
ご主人、彼女さんから事情話されて、しばらく茫然としてたんだ。いくらおいらが引っ張っても動かない。
で、彼女さんの姿が見えなくなってから、待ってくれって言って走り出した。
おせーよ!
とゆーか人間ってほんとこうゆうとこ多いよな。
なんて言っても仕方ない。動かねーよりましだ。おいらは彼女さんの匂いをたどって全力疾走。
そしたらさっきおいらが、車で引かれそうになったところに来た。
道路挟んでる。彼女さん、どんどん遠くなる……。そん時だった。
「俺と、結婚してください!」
ご主人が、道の向こうの彼女さんに向かってそう叫んだんだ。
え?何言ってんの?
俺は別にびっくりもしなかったんだけど……。
ほかの人たちがビックリして立ちどまったんだ。もちろん彼女さんも。
え? この人今なんて言った? なんかすごいこと言わなかった?って。
ご主人、道路渡ろうとしてる。車の流れ見てるから分かる。
必死な目、してる。
彼女さん、そんなご主人見てる。
でもその足が、なんか、なんかこの場から逃げたそうにしてる……待って!待って!
犬のおいらにはよくわかんないけど、今逃げちゃダメだ彼女さん!
「俺と、結婚、して、下さい!」
ご主人、また叫んだ。大音量。おいらにとっては耳が痛いヨ。
「結婚、してくださいーっっっっっっっっっっっっっっ!」
するとその時だ。車の流れが止まった。なんと周りの人が、車を止めてくれたんだ。
何すんだよと車の窓から人が怒鳴る。すると周りの人が、大事なことなんで、ちょっと止まってあげてと。
すると車の人、ご主人に、どうでもいいから早く渡れと怒鳴った。
するとご主人、またなんか立ちどまっちゃった。おいら、ご主人の足元を見る。震えてる。
おいらに任せな。引っ張って行ってやるよ!
おいらに引っ張られ、ご主人、彼女さんの処に。
ご主人の顔を見る。目か潤んでる。でも、おいらにはわかる。ご主人は、何かに打ち勝った。
そしてそれが、彼女さんのおかげだってことも。
よくわかんないけど分かる。
だから彼女さんをこうして追いかけてきたんだ。
「結婚、してください」
お願いします、とご主人、彼女さんに頭を下げた。
「でも、私、さっきお話ししたでしょう? こんな人間ですよ」
「だからです」
「私の話、聞いてなかったんですか?!」
「だからです!」
「わ、私のこと、何も知らない癖に!」
「だからです!」
わっ、て言って彼女さん泣きだした。そんな彼女さん見てご主人棒立ち。あー、もう、気が利かない。
こうゆう時はだな、こうするんだよ!
おいら、リードを思い切り引っ張った。
ご主人の体が、彼女さんに向かって倒れ込んだ。うわ、何すんだとご主人。
おいらのやったことが、丁度二人、抱き合う格好になった。
オメデトーって周りの人が拍手してくれた。もちろん、おいらに対してだよね? エッヘン!!
とまあこんなわけで。
おいらは家に残った。で、今、ママさんが散歩がかりってわけ。
ちょっと寂しいけど……。
でもさ、もうじき、またご主人家に帰ってくるんだ。
どうしてかって?
赤ちゃんが出来たからなんだって。
そう言えばなんかワチャワチャやってたな。子供が産まれる―って言って。
子供かあ。
おいらがご主人から拾われてこの家に来たのも、ご主人が子供の時だったな。
なんて思いだしながら、おいらは元気よく散歩に出かけた。ワフッ。