どすこい柴犬
ワフッ。
寒いと思ったら雪だ……ワフワフワフ。
おいらのくるっとまいた尻尾に雪が。ひゃー、冷たい。
昨日からママさんがあったかい毛布を小屋に入れてくれたけど、やっぱ寒い。
あれから、ご主人の様子にあまり変わりはない。
公園に行かなくなったのも。
彼女さんに会わなくなったのも……。
わふう……。俺は小屋から鼻を出して外を見た。
今日はご主人、朝から出かけてたから、学校というやつだ。
日が傾いてきたからそろそろ帰ってくるはずだ……。
ちと心配。
ほんとはついていきたい。
でもおいら犬だし……。
と思ってたら、塀の向こうに見慣れた頭のてっぺんが。
ワフワフワフワフ! ご主人!
俺はホッとして吠えまくった。
あー、もう、煩いお前と言いつつご主人頭を適当に撫でる。
おい、モフモフが足りんぞっ!前足でもっと撫でモフしろと催促したけど無視された……わぉン。
しばらくしたら散歩かな。
頼むからママさんと交代なんて言わないよね。
それやられっとシンゾーに悪いからやめて。
と思ったらママさんがリードつけた……ワフッ。
ま、まさかご主人……。と思ったらご主人、靴履いてた。ホッ。
さ、行こうと言われてテチテチ。
でもやっぱ、あの公園には行かない……。
こうなってどれくらいたったろう。
俺はテチテチ歩きつつ、ご主人の顔を見上げた。一度オス同士で話をせねば(どうやって)
話しって何って、そりゃオスとしてのけじめだ。
何があったかは知らないが、このままではよくない。
ご主人今のところ外出もしてるし、普通に生活してるように見えてるけど、おいらの目は誤魔化せない。
そんなご主人じゃダメだ。何がダメと言われても犬のおいらには……だけど。
ダメだってことだけははっきり分かるよ。ダメなんだ。
そんなおりだった。
ご主人とパパさんママさんの会話がまた、聞こえてきた。
その日はおいらの嫌いなご飯……鳥のささみ。
ないよりましとハグハグ食ってたら、
「そうか! その気になってくれたか」
パパさんの嬉しそうな声が聞こえてきた。
ワフッ?! な、なんだワン?
おいらは聞き耳を立てた。
なんか、パパさんがスゲー嬉しそうに話してる。そうかそうか、お前もようやくもう一度頑張る気になってくれたか、父さんは嬉しいぞって。
「だったら塾にも行かなきゃな。よし、最高にいい塾を捜してきてやろう」
「あなた、あんまり先走らないで」
ママさんの声だ。
「あんまり追い詰めちゃ、この子が可哀想よ。もっとゆっくり……」
「お前がそんな風に甘やかすからだ!」
ばあんとなんか叩く音。ワフワフ? い、一体何が? パパさん怒ってる?
「お前がそんな風に甘やかすから、せっかく良いところに入ったのに挫折することになったんだ!」
わふわふわふわフ?! ぱ、パパさん?!
「私は甘やかしてなんかいないわ、ただ、追い詰めないでと言ってるだげて……」
「追い詰められたくらいが丁度いいんだ。人間、そうでもしなきゃ成長しないだろ」
もういい、とパパさんがどすん、と座る音が聞こえてきた……ってことは今まで立ってたのか。
人間って怒ると立ち上がるよな……。
俺は犬小屋の前でオロオロしてた。パパさん、ママさんも心配だけど、なんかその時の俺には、
ご主人の心が泣いてるのが聞こえてきたんだ。
ご主人、ご主人、
わ、ワフワフとなんかほえた。人間のパパさんママさんには、ほら、パパが怒鳴るからケンタがびっくりしたじゃない、しか伝わらなかった……。
おいらには、何にもできないのか。
ご主人が子供の時に、おいら、拾ってもらったんだ。
ゴミ捨て場に置いてあったんだよ。おいら。
段ボールの箱の中でキューキュー鳴いてたら、ご主人がやってきて抱っこしてくれたんだ。
それからずっと一緒だった。
なのに何も出来ないのか。
わぉん!と吠えた。
すると二階の窓が開いた。
ご主人!
俺は、その顔を見て尻尾の毛が逆立った。
なんて、なんて顏してんだ。
籠った時と同じ顔だ。
やばいよ。これやばいやばい。
ああ、神様、どうか俺とご主人を話しさせてください。
俺から伝えたいことが、伝えたいことが山ほどあるんだ!