理想郷
おじさんの足と腋が臭うなる季節や。
あおいでもあおいでも汗が出る。
はえもうじもいもむしも そこらじゅうを這うておる。
かえるもぴょんぴょん跳ねて 畳の上でひからびる。
猫が来て犬が吠えて にぎやかだなあ。
枝豆ができた。
ビールがあるよ。
ああ、ビール! ほら飲もう飲もう、コップこれな。
プシュ。
はい乾杯。
はあ、ええな、やっぱり、ビールは。夏といえば、ビールや。はあ。
そうしたら 網戸から風が入ってきて、
ああ、ええ風やなあ。夜になったら 涼しなったわ。
土のにおいと草のにおいと。足と腋のにおいとが。渾然一体。
夏やで。
。。。
トワエモア。
なんだかよくわからないが君は
東北地方の平野。春が来て
草木が芽生え 遠くの山の残雪が
素晴らしい風景だ。
走る列車を見送る。
もんぺをはいて ほっかむりして。
あの列車はどこへ行くのだろう。
東京、なんてことはない。
学校の裏の 草ぼうぼうの空地。あるいはその下の池。
そこには主と呼ばれる魚が
いるのだとあいつが言っていたが
いとも簡単に埋められてしまった。
トワエモア。
もう帰ろう。
日は高く昇り
夏が来る。
。。。
縁側にすわり うつむき
あるいは曇り空を見上げる。
湿った風に青葉はあおく
指先でひざこぞうをなぞる。うぶげがそよぐ。
やわらかいおにく。
足の指をひらいて、そのむこうの石を見る。地面だ。
猫のしっぽが足の裏を撫で
くすぐったいねえ。
いつもいつもさしたる違いはない。
また不安になる。
裏通りをバイクが走る音や、
頭上を飛ぶカラスの鳴き声も含めて。
いまはなき茶色い家。
跡地には今
えんどう豆が植えられている。
。。。
ぎょうにんべんは僕等の頭上で輝く!
そう書いてあるポスターがひらひらと舞う。落ち葉のように。
街はいつしか冬。路面電車には雪が積もり。
道行く人はコートを着て。
皆一様にポケットに手をつっこんで歩いている。
前傾姿勢。
クレーンが走り抜ける。
大通り。
電停を隔てる透明のアクリル板には
赤いクレヨンでこう書いてある。
ゆふいんの湯。
ああそれもいいわね、こんな冬は。
母は子の手をとり
路面電車のレールをまたぐ。