明太子の論文
明太子について、彼は論文を書いた。
その論文はとても精緻な論理によって書かれており
一部で少し評判になった。
しかし時とともに忘れられた。
彼はそのことを気にしなかった。
そしてまた次の論文を書いた。
こんどは流れるような美しい構成の論文だった。
「素晴らしい」
あるとき、目利きで有名な山口教授が彼に目をつけた。
教授は彼の過去の論文にも目を通し、
彼が並外れた才能の持ち主だと確信した。
「私の研究室に来てほしい」
教授は最大限の研究費と給与を用意して彼を迎えた。
教授のもとで彼は研究を続けた。
やがておいしい明太子ができた。
彼は教授への感謝の気持ちを込めて明太子を山口と名付けた。
これが昨今人気のある山口型明太子の誕生物語である。
今年で百年になる。
☆
匂いを嗅ぐということを思い出さねばならない。
雪の積もった竹林を歩く。
古びた列車から見知らぬ田舎の景色を眺める。
子供の頃の思い出。
息を止めて生きてきた。
東京に来てからのこと。
古い息を吐き出して匂いを吸う。
いやなことばかり思い出す。
つらい。
やりたくない。
やれよ。
はい。
正月の匂いも忘れたんだろう。
☆
あれは忘れたんじゃなかったか。
ほら、あれ。
どれよ。
あれだってば、忘れたけど。
困ったね。
そうして忘れちまったあれは、記憶の底に灰のように降り積もる。
(あるいはそれは雪だったかもしれない)
天気予報を見てため息をつく。
数年に一度という大雪が降り続いていた。
いつ止むとも知れぬ。
もう終わりにしよう。
と私はひとりごちた。




