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愛とか恋とか

もしかするとあれは愛とか恋とかいうものではなかったか

と彼女は思うのであった。

まだ高校生の頃のことである。

人口三万人ほどの、人が少ないわりに面積だけは広い市で育った。

住んでいる家のまわりは田畑が多かった。

最寄りの県立高校までは自転車で三十分近くかかった。

低い山並みがつらなる西日本の田舎。

平地は少なく、山の間を縫うように川が流れ、

その川の堤防の上の道を自転車でかよった。

高校はとりたてて楽しいとは思わなかった。

成績はほどほどで、授業にはそれほど興味が湧かず、

親しい友達は多くなく、かといっていないわけでもない。

部活動には入らず、授業が終わると自転車に乗って帰った。

川沿いの道は、春は心地の良い風が吹いた。

山は鮮やかな黄緑色で覆われて、流れる水はきらきらと光っていた。

雨が降ると雨合羽を着て自転車を漕いだ。

水粒がいくつも目の前を滴った。

それがときおり顔に当たると、

温かいとも冷たいともいえないその感触は

今自分がここにいるという感じがした。

夏になるととても暑くなった。

山は濃い緑に覆われ、

草木から水分の多い空気が立ち上ってくる。

人もまた、汗を滴らせる。

蝉の鳴き声がする。

すべてのものが生きていた。

生きているものに囲まれていた。

秋になると寂しい気持ちになった。

なぜか後悔と焦りが胸に満ちた。

自分は何も変わらず、季節だけが移ろっていく。

取り残されたようで寂しくなった。

葉は色づいて枯れ落ちて、山からは冷たい風が吹くようになった。

冬が来た。

自転車を漕ぐ息は白くなった。

街灯のない帰り道は暗くなり、自転車のライトをつけた。

狭い視界の中では、黒い舗装が流れていく。

自転車のタイヤと舗装がこすれる音だけが聞こえる。

鼻腔に入り込む、刺すような冷気。

その静けさは寂しくはなく、自分ひとりそこにいるという

たしかなものがあった。

東京に住んでいる今になって思えば、

彼女はあの田舎の風景と空気の匂いが、好きだった。

それは愛とか恋とかいうものだったような気もする。

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