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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛・短編

癒やしの力を持つ聖女は王太子に嵌められ民衆の恨みを買い処刑され時を巻き戻る〜二度目の人生は誰も救いません・短編

「大逆罪人リート・レーベンは聞け! 貴様は養父バルデマー・レーベン公爵と結託し、人頭税を払えない子供達を奴隷商人に売り払い多額の見返りを得た! その罪まことに許しがたい!」


王太子殿下が冷酷な表情で私と養父の罪状を読み上げる。 


「聖女の癒やしの力を使い貧しい子供達の病や怪我を治療したのは、健康状態を良好にすることで少しでも高く売る為だったことはすでに調べがついている!!」


広場に作られた処刑台、その上に設置された二台の古いギロチン。


私とレーベン公爵はギロチン台に首をセットされていた。


広場には場を埋め尽くす程の大勢の人が集まり、殺気立った目で私達を睨み、恨み言を叫んでいる。


「返せ! 私の子を返せ! 性奴隷として他国に売られるぐらいなら病で死んだ方がましだった!」


子供を失った母親達が鬼の形相でこちらを見ている。


「また両名は隣国との間に戦争の火種を作り故意に戦争を引き起こし、我が国に多大な損失を与えた!」


王太子が謂われのない罪状を次々に述べていく。


「戦場で兵士の傷を癒やせば、己の聖女としての地位が向上すると考えたのだろう、なんと愚かで非道な計画だ! そんなことの為に戦争を引き起こすなど悪魔の所業! 貴様に治療された兵士は何度も何度も戦場に送られ廃人と化した! 貴様達の犯した罪は万死に値する!」


夫や子供を失った人たちから冷ややかな視線を向けられる、彼らが私を見る目はゴミを見るときと同じだった。いや殺気を含んでいる分もっと悪い。


「息子は戦場から帰ってから心を壊した!」

「生きて帰ってきても元のあの人じゃない! 心臓が動いていても生きていない! 生きる屍よ! あんなに苦しむあの人の姿を見るくらいなら戦場で死んだ方がましだった!」

「己の地位を高めるために戦争を起こすなんてお前たちは人間じゃない、化け物だ! 鬼畜だ!」


民衆から暴言と共に卵や果物や石を投げられる。


隣のギロチン台を見ると養父にも卵や石が当たっていた。


「リート貴様は公爵家に災いをもたらした、貴様など養子にするのではなかった……」


養父が恨みのこもった目で私を見据え、呪いの言葉を放つ。


私には癒やしの力がある、病でも怪我でもたちどころに治し、失った手足すらも元に戻すことが出来る恐ろしい力が。


私は十四歳の時その力に目覚めた。十三歳で両親を亡くし天涯孤独だった私は、村の人の怪我や病を治し見返りとして僅かな報酬を得てほそぼそと生計を立てていた。


ある日王太子殿下が私の住む村を訪れ、一緒に王都に来てほしい、国王の病を治してほしいとお願いされた。


王族の願いを断れるはずもなく、私は馬車に乗せられ王城に連れて行かれた。


国王陛下は重い病で伏せっていらしたが、私の癒やしの力で病を治すことが出来た。


それからはあっという間だった。


私は国王陛下より聖女の称号を与えられ、レーベン公爵の養女になった。


そして王太子にプロポーズされ、王太子の婚約者になった。


王都に来てから三年間、ずっと王太子の指示で孤児院や教会を訪れ貧しい子供を治療してきた。


隣国メーアト国との戦争になってからは、二年間毎日傷ついた兵士を治療した。


それらは全て国王と王太子の命令だった。


貧しい子供達が人頭税を払えず奴隷に落とされ、他国に売られていたなんて知らない。


治療を施した兵士が精神を病んで廃人になっていたなんて、そんな話聞いてない。


養父も私も隣国に戦争なんて仕掛けてない。


「隣国メーアト国が攻めてきた、戦争を回避する手立てはない。我が国の戦力では到底メーアト国に敵わない。


このままでは我が国の敗戦は確実、メーアト国の属国にされてしまう。


属国になれば若い男は国境の警備として北方に送られ、女は娼婦として売られ、利用価値のない年寄りは殺され、幼い子供は労働力として他国に奴隷として売られるだろう。


リート助けてくれ! 兵士達の傷を癒やし不死身の軍隊を作ってくれ! 我が国が生き残る道はそれしかない! 国の命運は君の癒やしの力にかかっている!」


国王と王太子に何度も何度も頭を下げられた。国王や王太子の頼みを断れるはずがない。国を守るためと自分に言い聞かせ、私は傷ついた兵士を治療することを承諾した。


それなのに戦争が終わったら、私と義父に全ての罪をなすりつけて逃げるおつもりですか?


国王も王太子も隣国に勝てたのは私のおかげだと言って、あんなに喜んでいてくれたのに、褒めてくれたのに。


大怪我を負った幼い子供の治療したとき、母親は「助けて下さりありがとうございます! 聖女様! この御恩は一生忘れません!」と言って涙を流して喜んでくれたのに……それなのにその母親は私に石を投げつけている。


兵士を治療した時も「聖女様が治療して下さったおかげで息子が無傷で戻ってきました!」「聖女様、夫の命を助けて下さりありがとうございます!」みんなあんなに喜んでいたのに……その人たちは今、私に向かって卵を投げつけ罵詈雑言を吐いている。


「ユーベル様……」


「なぜこんなことを……」と続けたかったが、民衆の投げた石が顔に当たり言葉を続けられなかった。


「黙れ貴様との婚約はすでに破棄されている! 軽々しく僕の名を呼ぶな! 大逆罪人が!」


王太子は私に蔑みの眼差しを向け、口汚く罵った。


「罪人リート・レーベンの罪は明白、よってリート・レーベンを極刑に処す!」


私の死刑が確定すると民衆から歓声が上がった。


「レーベン公爵は爵位を剥奪の上、死罪とし、レーベン公爵家は取り潰すこととする!」


レーベン公爵は私をギロリと睨み「疫病神! 悪魔! 貴様のせいだ!」と叫んだ。 


「元レーベン公爵と元聖女のリートの犯した罪は重い、二人を処刑だけでは民の怒りは静まらないだろう! 二人の罪は決して許すことは出来ない! 元レーベン公爵家の人間は当主の三親等先まで死罪とし、使用人から家畜に至るまで処刑する!」


「……そんな」


養父の顔色は青を通り越し真っ白だった。


「どうして関係のない人たちまで巻き込むのですか……!」


養父の家族も使用人の人たちも何も悪いことなどしてないのに……!


「悪魔の聖女リートはアポテーケ村の出身だと聞く。このような悪魔を育てたアポテーケ村の罪は重い、よってアポテーケ村を焼き払い、村人は全員捕らえ首を()ねる!」


「止めて……! 村の人たちは関係ない!」


懐かしい村と心温かい村の人達の顔が浮かぶ。なんの罪もない純朴な村の人達を処刑するなんてあんまりです!


「黙れ罪人! 貴様が犯したのはそれほどの大罪だ!」


私はただ、国王陛下と王太子殿下の命令に従っただけなのに……!


なんの罪もない大勢の人を巻き込んでしまった……!


「刑を執行せよ!!」


王太子が合図するのと同時に、兵士がギロチンの刃を固定する縄を切った。







私が癒やしの力など持っていなければこんなことにはならなかった……。


もし人生をやり直すことが出来るなら、十四歳の誕生日に戻れるのなら……今度は誰も癒やさない。




☆☆☆☆☆




目を開けると古い木組みの天井が見えた。


見覚えのある部屋、嗅いだことがある匂い。


「私、ギロチン台にセットされて……それから……」


処刑されたことを思い出し戦慄した。ブルブルと震える手で首に触れる。


「よかった……繋がっている」


首筋に手を当てて確認したが、傷一つなかった。


その時扉がドンドンと叩かれた。


「リートちゃん、起きてるのかい? 私だよ」 


ドアの外から聞き覚えのある声がする。


この声はアポテーケ村にいたとき、お隣に住んでいたおばさんの声だ。


私はベッドから出て、ゆっくりと扉を開けた。


にこやかに笑う中年のご婦人が立っていた。間違いない、昔隣に住んでいたおばさんだ。


おばさんは右手には大きなバスケットを抱え、左手にピンクの花を持っている。


「やっと起きたね。おはようリートちゃん、それから誕生日おめでとう。クッキー焼いたからお食べ、土手に綺麗なお花が咲いていたから摘んできたんだよ、よかったら食卓にでも飾って」


おばさんがにこにこ笑いながら、お菓子の入ったバスケットと、花束を私に手渡した。


「誕生日……?」


「やだ忘れちゃったの? 今日はリートちゃんの十四歳の誕生日よ」


「ボケるにはまだ早いよ」と言ってケタケタと笑いながら、おばさんは帰って行った。


扉を閉め、ゆっくりと息を吐く。


胸に手を当てると、心臓がどくどくと激しく音を立てていた。


「時間が巻き戻ってる……?」


私は部屋の中を見回す、三人がけのテーブルと椅子、古ぼけた食器棚、一人用の木のベッド、壁にかけられた小さな鏡、間違いなく十五歳まで私が住んでいた家だ。


壁の鏡の前に立ち自分の姿を確認する。


栗革(くりかわ)色の髪に胡桃(くるみ)色の瞳の見慣れた顔、でも鏡の中の私はあどけなさを残していた。


どう見ても十三歳〜十四歳ぐらいの少女の顔だ。


「タイムリープ……したの?」


未来の記憶を持ったまま、精神だけ時を遡り、過去の自分の体に宿るタイムリープというものがあると、王宮の書物で読んだことがある。


おばさんは今日が私の十四歳の誕生日だと言っていた。


やり直し前の私は二十歳だったから、六年分の時が巻き戻ったことになる。


十四歳の誕生日、私は癒やしの力を得た。


その日の夕方村長様が馬車の下敷きになり大怪我を負う、私はそこで初めて癒やしの力を使った。


「私は……この村にいてはいけない」


私は急いで荷造りをし【旅に出ます】と書いた紙を机の上に置き、生まれ育った村を後にした。


両親は一年前に亡くなった、私が村を出て行っても悲しむ人はいない。


私はここにいてはいけない、この村にいたら私は村長様を助けてしまう。


私が村長様を助けるために癒やしの力を使ったら、いずれ王家に知られてしまう。


王族に見つかり利用されるのはもう嫌、沢山の人が私のせいで不幸になるのを見たくない。


やり直し前の人生、始めのうちはアポテーケ村の人や近隣の村の人達の怪我や病を治しているだけだった。


私はそのままひっそりと村の人たちを治療して、一生アポテーケ村で生きていくつもりだった。


でも運命は残酷で、王太子が私の噂を聞きつけてアポテーケ村を訪ねて来た。それから私の人生はおかしくなった。


王都に連れて行かれ、国王の病を治したことで聖女として崇められ、王太子に「皆の為」と説得され、大勢の人を癒やした。そして要らなくなったら全ての罪を押し付けられ処刑された……そんな人生はもう嫌。


私が王都に行けばまたレーベン公爵の養女にされるだろう。レーベン公爵家の人を巻き込めない。


レーベン公爵家の人は平民出身の私にも分け隔てなく接してくれた、養父である公爵は貴族としての嗜みを、養母である公爵夫人は読み書きや刺繍やダンスを教えてくれた。


メイドさんも執事さんも、みんな情に満ちたいい人達だった。


私を養子にしたばかりに養父は爵位を剥奪され、家を取り潰され、養父の三親等先の親族は処刑され、使用人まで殺された。


私が治療を施した貧しい子供達は奴隷として海外に売られた。


私が癒やした兵士達は、何度も何度も治療され戦場に送られ廃人になった。


ハイル国に攻められたメーアト国は、戦争に負けハイル国の属国になった。


今回の人生でも、私が癒やしの力を使えば遅かれ早かれ王家に嗅ぎつけられる。この力を王家に悪用させる訳にはいかない。


村長様が大怪我をするのを分かっていて見捨てるのは、心苦しい。


だけど私が癒やしの力を使えば村が無くなる。六年後アポテーケ村は悪魔の聖女の誕生した地として焼き払われ、村人は皆殺しにされる。


私はアポテーケ村にいない方がいい。


今回の人生では聖女の力を使わない。


大勢の人を巻き込まない為に村長様を見捨てる私は酷い人間だ、でも他に選択肢がない。


今回の人生は誰も私の巻き添えにしたくない。


私は最低限の荷物を背に村を後にした。


「ごめんなさい村長様、さようなら村の人達」


私がアポテーケ村の土を踏むことは二度とないだろう。




☆☆☆☆☆





村を出てから二年が過ぎ、私は十六歳になった。


二度目の人生で私は癒やしの力を一度も使っていない。


隣国のメーアト国に渡りいくつもの町を転々とした。今はフルスネコの町という大きな町に落ち着いている。


メーアト国に来て知ったことがいくつかある。


メーアト国はハイル国よりも国土が広く、温暖な気候で穀物がよく育ち国自体が豊かで、民の生活も安定している。


音楽を好む人が多く、ファッションや建築学が進んでいるということ。


やり直し前の人生で私はメーアト国を滅ぼしてしまった。


こんなにも自然が豊かで、人々が穏やかに暮らしている国を、私は不死身の軍隊を作り出し滅ぼしてしまったのね。


やり直し前の人生で王太子が言っていたことを思い出す。


『メーアト国の人間は皆野蛮で攻撃的だ。料理は手づかみで食べ、男は暴力的で気に入らない人間がいると女でも子供でも平気で殴る。


好戦的な民族で民から税を搾取し兵器の開発ばかりしている。そのせいで民は食べる物にも事欠き苦しい生活を強いられている。


メーアト国が攻めて来たら今のハイル国の兵力ではなすすべもなく負けるだろう。そうなればハイル国の国民は皆奴隷にされてしまう。


だからリートの癒やしの力で傷ついた兵士を治療してくれ! 強力な兵器のない我が国がメーアト国に勝つためには他に方法がないんだ!』


ユーベル様はそう言って私に兵士の治療をさせた。


今なら王太子が嘘を言っていたと分かる。


メーアト国は大きな国だが人々は温厚で、町中で誰かが暴力を振るっていることなどない。まれに見ることはあるが、そういう人は直ぐに兵士に捕まり牢屋に入れられている。


私は国政には詳しくはない、だけど音楽や文学を好むこの国が、民から税金を搾り取り兵器を開発しているようには思えない。


国王陛下も王妃陛下も王太子殿下も平和を好む穏やかな人だと皆が口を揃えて話している。


今なら分かる、好戦的な性格の悪人はハイル国王と王太子のユーベル様だったのだと。騙されたとはいえ、私はとんでもない過ちを犯してしまったのだと。


メーアト国の人達はよそ者の私にも良くしてくれました。


私はこの国の為にも癒やしの力は二度と使わない。


ユーベル様のような人間に癒やしの力を悪用させないために、私の持っている力のことは死ぬまで秘密にしよう。



☆☆☆☆☆



私はメーアト国で写本師として働いています。前回の人生で公爵夫人に文字の読み書きを教わったのが役に立っている。


写本師の仕事は貴族からの依頼で、本を手で写すこと。


字が書けない人の代わりに、字を読んであげたり手紙を書いてあげたりすることもある。


収入がいいので自宅兼仕事用に小さな部屋を借りられました。


「おはよう、リア」


朝早く仕事部屋に仕事仲間が訪ねてきた。


「おはよう、ビーネ」


リアというのは私の偽名、万が一の為に本名は隠している。


「新作の売上はどう?」


「俺の絵と君が書き写した文章が合わされば鬼に金棒だよ、ヒットしない方がおかしい」


ビーネは写本装飾師だ。私の写した文章にビーネが絵やページ飾りを描き、上等な紙でカラーの表紙を作る。


ビーネが装飾した本は人気が高く、貴族のご令嬢やお金持ちの商人のお嬢さんに高値で売れている。


時折医学書や法律関係の本も書き写しているけど。医学書や法律関係の書物も高く売れるのだが難しい用語が多く、一字一句間違いなく写さなくてはいけないので気が抜けないのが難点。


やはり写本するなら物語に限る。


「リアとビーネのコンビは最強だって、巷で評判なんだけどな」


「聞いたことないわよそんな話。絵はともかく写本なんて誰がやっても同じでしょう?」


「同じじゃないよ、字にはその人の性格が出るからね。リアの字は癖がなくて、誤字脱字が少ないから貴族ご令嬢方に大人気なんだよ」


「そうなの?」


「そうだよ。リアはもっと自分に自信を持ってもいいと思うな」


自分に自信ね……そんなもの持ってもいいのかしら?


「ねえ、リア」


ビーネが急に真剣な顔をした。


「なぁに、ビーネ?」


ビーネは真空色(まそらいろ)の髪に天色(あまいろ)の瞳、長いまつ毛、整えられた眉、きめ細やかな肌、綺麗な顔の持ち主。


思わず見惚れてしまうほどの美青年に至近距離で見つめられ、心臓がドキドキ音を立てる。


「仕事だけでなくプライベートでも俺のパートナーになってくれないかな?」


「えっ……?」


ビーネは私より二つ年上、背がスラリと高く、物腰が柔らかな好青年だ。


ビーネが難しい法律の本をスラスラ読んでいるのを見たことがある、それに彼の身のこなしは優雅で洗練されている、恐らくそれなりの教育を受けている。


やり直し前の人生で、たくさんの貴族やお金持ちの商人を見てきたので分かる。


本人は隠しているようだが、おそらくビーネは貴族の庶子かお金持ちの商人の息子。


そのビーネが私にプライベートのパートナーになってほしいと言ってるの? どうして?


ビーネは真面目に仕事をこなすし、乱暴な言葉を使わないし、紳士的だし、良い人だとは思う。


でもなんで私なの? ビーネならもっと他に良い人が見つかりそうなのに。


「聞いてもいいかしら?」


「なんだい?」


「どうして私なの?」


「君が好きだから」


「好き……?」


「リアのひたむきなところも、仕事に手を抜かないところも、健気なところも、全部好き」


ビーネの「好き」という言葉を聞いて、やり直し前の人生でユーベル様に告白された時のことを思い出した。


ユーベル様と私の出会いはアポテーケ村だった。


アポテーケ村に聖女がいるという噂を聞きつけた王太子が衛兵を引き連れ村にやってきたのが全ての始まり。


ユーベル様は初対面の時から、ただの村娘であった私に優しく接してくれた。


金色の髪に緑の目の見目麗しい王太子が私の前に跪き、


『君の全てが好きだ、結婚してほしい』


と言って私の薬指に指輪を嵌めた。


恋愛経験のなかった私は王族にプロポーズされて舞い上がってしまった。


四年後全ての罪をなすりつけられ、王太子に殺されるなど夢にも思わず、私は結婚の話を承諾した。


ユーベル様を愛していた、信じていた、大切に思っていた。


裏切られ、全ての罪を押し付けられ、ギロチン台に繋がれ首を()ねられるまでは。


時間を巻き戻して全てをなかったことにしても、愛する人に裏切られゴミのように捨てられた心の傷は消えない。


ビーネはユーベル様とは違う、それは分かっている。


でも怖い、利用され、裏切られ、切り捨てられ、紙くずのように捨てられるのではないかと疑ってしまう。


「……少し考えさせて」


「分かってる、気長に待つつもりだよ。何年でも何十年でもね」


ビーネはそう言って儚げに笑った。


ビーネは『気長に待つ』と言ってくれたが、彼はモテる。


きっとそのうちいい人が見つかって、私のことなど忘れ……他の誰かと結婚するだろう。


ビーネが教会の祭壇の前に立ち、知らない女性のヴェールを捲る姿を想像してしまった。


そのとき私はきっと、会場の隅の席に座り幸せな二人を眺めているのね、もしかしたら式にすら呼ばれていないかも。胸がチクリと痛む……そうなったら寂しい。


誰かと付き合うのは怖い、秘密が知られてしまいそうで精神が抉られる。


でも彼の隣にいると安心するのも事実で……どうしていいか分からなくなる。


「今のまま、仕事のパートナーのままでいられないのかな」


ビーネの背を窓から見送りながらポツリと呟く。


愛していた人に裏切られるのが怖い、誰かを心から信頼出来ない。


土足で心をぐしゃぐしゃに踏み潰されるような、あんな思いは二度としたくない。


いつかこんな気持ちを乗り越えて、彼のプロポーズに笑顔で「はい、喜んで」と応えられる日が来たらいいな。


私が人を心から信頼するには、もう少し時間がかかりそうだ。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



やり直し後の王太子


――ユーベル(王太子)視点――



父である国王が病に伏し二年が経過する。


我が国には伝説がある、国王が重い病に伏した時、癒やしの力を持つ聖女が現れると。


聖女の力は絶大で、病でも怪我でもたちどころに癒やしてしまう。


あらゆる傷を癒やし、欠損した手足を元通りにすることも可能。


それどころか死して間もない者なら、復活させることも出来る。


その力があれば不死身の軍隊を作り、大陸を支配することも許される。

 

僕は弱小国の一王太子で終わるつもりはない。もっと上を目指したい。そのためにはどうしても聖女の力がいる。


僕は王太子の権力を駆使し聖女の情報をかき集めた。


だが一年が経過しても全く聖女の情報は集まらなかった。


どこかの村が聖女の力を独占しようとして、聖女を隠しているのかもしれない。


僕は自ら兵を引き連れ、村々を回り聖女を探すことにした。


村長の首に刃を当て「聖女がいるなら出せ! 出さないなら村長を殺すぞ!」と脅し、百数えても聖女が出てこないときは村長の首を切り落とした。


村を破壊し、女、子供、年寄りを問わず尋問したが聖女の情報は得られなかった。


そうこうしているうちに父の容態が悪化し、王都から国王が危篤だという知らせが届いた。

 

僕は急いで王都に帰ったが、父の死に目に会うことは叶わなかった。


くそっ! なぜ聖女は見つからなかったんだ! 聖女さえ見つかっていればこんなことにはならなかったのに!


国葬のあと三ヶ月喪に服し、僕が新たな王として即位した。


僕が村々で虐殺を行ったことが知れ渡っていたので、僕に対する貴族からの評価は最悪だった。


その上地方で疫病が発生し、多くの民が死んだ。


疫病は王都にまで広がり、僕も疫病にかかった。


特効薬はない。


僕の治療にあたった王医は(さじ)を置き、首を横に振った。


くそっ、聖女さえ、聖女さえ見つかっていればこんなことには……!


「聖女は……聖女は……どこだ、探せ……聖女を探せ……」 


これが僕の最期の言葉となった。


国葬は質素に行われ、王の名は聖女伝説に取り憑かれ民を虐殺した狂気の王として、歴史に刻まれることになり、歴代の王を祀る霊廟に入れられることはなかった。


聖女さえ見つかっていれば父を救えたのに! 


聖女の力を利用し不死身の軍隊を作り上げれば大陸の覇者にもなれた!


聖女さえ、聖女さえ見つかっていれば……!



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



ビーネから告白され三ヶ月が過ぎた、私はまだ告白の返事を出来ずにいる。


「リア、家に籠もって仕事ばかりしていると体に良くないよ、たまには外に出て新鮮な空気を吸おう」


ビーネが家に訪ねて来て、私を森の湖畔へと連れ出した。


馬車に、お弁当に、飲み物に、お菓子にシート……これだけ準備されてしまうと断りにくい。


御者はビーネが務めた。二人きりの時間を楽しみたいから御者を雇わなかったそうだ。


湖畔に他に人影はなく、風が木々を揺らす音や、小鳥のさえずりがよく聞こえた。


木々の隙間から柔らかな日差しが差し込んでくる。


「のどかな場所ね、都会の喧騒から離れるのもたまにはいいわね」


「だろ? 外に出て日光浴しないとカビが生えちゃうぜ」


「それは困るわね」


ビーネと顔を見合わせ、クスクスと笑い合う。


シートを広げお弁当を食べていると、リスやうさぎなどの小動物が寄ってきた。


果物を与えるとさらに数が増えた。


食べ物を咀嚼する彼らの姿に癒やされていると、茂みの奥からガサガサという音が聞こえた。


「鹿でもいるのかしら?」


呑気に構えていると、リスとうさぎが食べ物を地面に落とし、一目散に逃げていく。


野生で生きてる彼らは人間より勘が鋭い。


茂みの中に何かいる、そう気づいて茂みから距離を取ろうとした時にはもう手遅れだった。


茂みから人の背丈の倍はある大きな熊が現れた。


「きゃー!」


私は逃げようとしたが足がもつれ、転んでしまう。


「リア下がって!!」


ビーネが剣を構え、私を背に庇い熊の前に立つ。


「だめっ! ビーネ逃げて!」


「逃げてもこいつは追ってくる! 心配ない熊の一頭や二頭なんとでもなる!」


ビーネは熊の攻撃を避けつつ、剣で熊の体を傷つけていく。


だが厚い体表に阻まれなかなか致命打を与えられない。


何十回目かの攻撃でビーネの剣が熊の喉元を突いた。


熊が断末魔を上げ地面に仰向けに倒れた、それとほぼ同時にビーネも地面に膝を突いていた。


ビーネが押さえている脇腹からおびただしい量の血が流れている。


「ビーネ!」


私はビーネに駆け寄り彼を支える。


「ごめんリア……帰りは君を家まで送れそうにな……い、俺はも、だめだ……一人で、帰っ……て」


ビーネはそう言って、眠るように瞳を閉じた。


ビーネの体が徐々に体温を失っていく、顔色は青を通り越して白に近い、このままではビーネが死んでしまう。


「嫌っ! ビーネ! 死なないで!!」


私の叫び声が虚しく湖畔に響く。


……癒やしの力を使えばビーネを助けられる。


幸いここには私とビーネしかいない、能力を使っても他の人に見られる心配はない。


でも万が一、癒やしの力を使うところを誰かに見られたら?


一命を取り留めたビーネが私を売ったら?


……脳裏に断頭台で首を落とされた日の映像が浮かぶ。


怖い……もう二度とあんな思いをしたくない。


でもビーネを失うわけにはいかない!


「ビーネ死なないで!」


気がつけば私は癒やしの力を使っていた。




☆☆☆☆☆




癒やしの力で傷が癒えると、すぐにビーネが目を覚ました。ビーネは傷口に手を当て、傷が綺麗に治っているのを知り驚いている。


「俺はどうして助かったんだ? リアが俺の傷口に手を当てて、リアの手が光ってそれで……」


あのときビーネは気を失っていなかったようで、自身に起きたことをしっかりと記憶していた。


「傷口が完全に塞がっている……もしかしてリアの力? 君はもしかして隣国に伝わる古い伝説の……」


この国に来て、癒やしの力を持つ聖女の話が古い伝説として残っていることを知った。


ハイル国の国王が病に伏したとき現れるという聖女、そんな古い伝説が残っていたから、王太子が自ら兵を引き連れてど田舎のアポテーケ村まで来たのだと。


「お願い何も聞かないで」


私はビーネの言葉を遮った。


「明日全て話すわ、だから今は何も聞かないで。それから今日起こったことは誰にも話さないと誓って、お願い」


「分かった今は何も聞かないよ、今日起こったことは二人だけの秘密にすると誓うよ」


「ここに長居するのは危険よ、血の匂いを嗅ぎつけて熊や狼が出るかもしれないわ、帰りましょう」


私はビーネを急かし、馬車に戻った。  


ビーネは血のついたシャツを脱ぎ、新しい服に着替えた。湖で水遊びすることを想定し、替えの服を持ってきていたようだ。


ビーネは手綱を握りながら時折隣に座る私をチラチラ見てくる。


今日起こったことを知りたい気持ちがビーネの中にあるのだろう。


ビーネは明日全てを話すという私の言葉を信じ何も聞かないでくれた。その気遣いに心から感謝した。


私は移りゆく景色を眺めながら、これからどうしようか考えていた。




☆☆☆☆☆




夜明け前、必要最低限の荷物とお金を持って家を出た。


ビーネは癒やしの力について話す人ではないと分かっている、この力を利用するような人ではないということも。


それでもやはり怖いのだ、断頭台で首を刎ねられた日の記憶が消えない。


何かのきっかけでビーネ以外の人に力のことを知られてしまったら……また利用されてしまったら……そう考えると怖くて仕方ない。


癒やしの力を戦争や奴隷売買に利用されてしまう。いえもっと酷いことが起こるかもしれない。


奴隷として売られる子や、廃人になる兵士を作ってはいけない、癒やしの力を戦争に利用させてはいけない。


私がこの街から姿を消し長い時間が経てば、ビーネは私のことを忘れる。


時間が経てばきっと昨日のことを夢だと思ってくれるはず。そんな淡い期待を抱き私はドアに鍵をかけた。


「どこに行くの?」


「ビーネ、どうして」


後ろから声をかけられ振り返ると、不機嫌そうに眉を釣り上げたビーネがいた。


「それはこっちのセリフ、今日説明してくれる約束だったよね? それなのにそんなに大きな荷物を持ってどこに行くつもり?」


「ごめんなさいビーネ、何も聞かずに私をこのまま行かせて、私のことは忘れて」


「リア!」


ビーネの横を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。


ビーネの真空色の瞳が真っ直ぐに私を見つめている。


「行くなリア!」


「お願い行かせて、それがあなたのため、いえこの世界のためなの!」


この街の朝は早い、ビーネと話している間に人々が起き出した。窓を開けたり、井戸に水を汲みに行く人などが増え始めた。


「ここで長時間いると目立つ、人に聞かれていい話でもないし、家の中で話せないかな?」


ビーネの言うことにも一理ある、家の前で揉めるのはまずい。


「分かったわ、家の中で話しましょう。その代わり話を聞いたら帰って、そして私のことは忘れて」


「それは保証出来ないな」




☆☆☆☆☆




話が長くなるので紅茶を淹れ、お茶菓子を用意した。


長椅子に隣り合って座り、ゆっくりと今までにあった経緯を話し始めた。


私に癒やしの能力があること、この世界が巻き戻り後の世界であることなど包み隠さずに全て話した。


話すからには私の力は危険だと言うことを知って貰いたい、そのためには全てを話した方がいいと思った。


私はハイル国の外れにあるアポテーケ村という小さな村に生まれた。


十三歳のとき両親を亡くし、両親の残してくれた家で一人で暮らしていたこと。


十四歳の誕生日に癒やしの力に目覚め、その日の夕方馬車の下敷きになった村長様を助けたこと。


そのことをきっかけにアポテーケ村や近隣の村人の病や怪我を治療することになり、僅かな報酬を得て生計を立てていたこと。


癒やしの力を持つ娘がアポテーケ村にいるという噂が王都にまで届き、王太子が訪ねて来たこと。


王太子に国王の病を治してほしいと言われ、王都に連れて行かれたこと。


癒やしの力で国王様の病を治すことに成功したこと。


王太子は私の力に目をつけ、私を公爵家の養女にし自身の婚約者にした。


王太子はとても野心家で邪悪な心の持ち主だった。


王太子は私に貧しい子供達を治療させ、裏で人頭税が払えない子供を奴隷として他国に売り払っていた。子供の病や怪我を治療させたのは少しでも高く売る為だったこと。


王太子は領地拡大の野望を抱き、隣国のメーアト国に戦争をしかけたこと。


私にはメーアト国が攻めてきたと嘘を吐き、国を守るために兵士を治療するように命じたこと。


私は王太子の言葉を信じ兵士の治療をした、それが国を守ることに繋がると思っていた。


何度も何度も治療され回復するたび戦場に送られた兵士は、戦争が終わったとき廃人になっていた。


戦争が終わり、王太子が子供を奴隷として他国に売ったことと、隣国に戦争をしかけたことが公になりそうになると、王太子は全ての罪を私と養父に押し付けた。


私は王太子に婚約破棄され、養父の公爵と共にギロチンにかけられた。


養父は公爵の地位を剥奪され、公爵家の人間は養父の三親等先の親族と使用人に至るまで処刑されたこと。


私の育ったアポテーケ村は王太子に悪魔を育てた村と責められ、王太子に焼き滅ぼされたことを……。



 




「ギロチンで首を()ねられたはずの私は、気がついたら生まれ育ったアポテーケ村にいてベッドで眠っていたの。十四歳の誕生日の朝まで時間が巻き戻ったみたい。私は村人に何も言わず置き手紙を残して村を出たわ」


ビーネは黙ったまま私の話を聞いてくれた。


「酷い女よね、その日の午後に村長さんが馬車の下敷きになって大怪我することが分かっていたのに、何もしないで逃げたのよ」


村長さんの顔が脳裏に浮かぶ。


両親を亡くした私に子供でも出来る仕事を紹介してくれて、時々夕飯にも招待して下さった優しい村長さん。


私は親切にしてくれた村長さんを見捨てて村を出たのだ。胸がズキリと音を立てる。


「時が巻き戻ってから、私は癒やしの力を隠して生きてきた。


助けなかったのは村長さんだけじゃないわ、目の前で苦しんでいる大勢の人から目を背け見捨ててきたの」


病にかかったお年寄り、大怪我をした幼児、獣に襲われ瀕死の傷を負った若者……私はたくさんの人を見捨ててきた。


「でも、俺のことは助けてくれた」


「それは……」


ビーネのことだけは見捨てられなかった。冷たくなっていく体から手を離せなかった。


「リア、君は優しいよ。村長さんの命と村人の命を天秤にかけて、村人の命を助ける道を選んだんだろ?」


「……」


「他の人達についても同じだよ。リアの話が本当なら、この国は数年後ハイル国に攻められ敗北する。


戦場で多くの兵士が命を落とし、メーアト国はハイル国の属国になる。属国になれば国民は今までのような生活を送れない。


若者は国境の警備として徴兵され、女性は娼婦にされ純潔を踏みにじられ、子供は労働力として他国に売られ、年寄りは殺されるだろう。


リアは目の前にいる数人の命と、この国の数十万人の命を天秤にかけて、より多くの人が助かる道を選んだだけだよ。リアは悪くない。俺がリアでも同じ選択をしたさ」


「それでも、助けられる人を見殺しにしたことに変わりはないわ。私は目の前で苦しんでいる人を見捨てたのよ」


ビーネが私の手に自身の手を重ねた。


「泣かないでリア、俺はリアが傷ついているのを知ってるよ」


「ビーネ」


「リアは病や怪我で亡くなった人の話を聞くたびに涙を流していたよね? 始めのうちはリアが慈悲深い人だからだと思っていた。心根が優しいから見ず知らずの人の死にも心を痛めるのだろうとそう思っていた。


でも違った、君は苦しんでいたんだ。助ける力を持ちながら、何もしなかった自分を君はずっと責めていた」


ビーネの手が私の頬を拭う、私はいつの間に泣いていたのかしら?


「泣かないで、リア。君は思いやりのある情け深い人だよ。これからは俺がリアを支える。君の苦しみも痛みも悲しみも、俺が一緒に背負うよ」


ビーネが私の頭をそっと撫でてくれた、小さな子をあやすように撫でてくれた。


「昨日は馬車に乗る前に着替えたし、血のついた服は家に持ち帰り暖炉で燃やしたから、血のついた服は誰にも見られていない。馬車も念入りに掃除した、これで俺が怪我をした証拠はどこにもない」


ビーネの空色の瞳が真っすぐに私を見つめる。


「命をかけて誓う、俺は絶対に誰にもリアの能力のことを話さない」


「うん……」


「それでも怖いならこの街を出よう、その時は俺も一緒に行く。一生君の側にいさせて、何があっても俺が君を守るから」


「……ビーネ」


「二人なら辛いことや悲しいことは半分、嬉しいことや楽しいことは倍になるよ」


「ありがとう、ビーネ」


私はビーネの手をきゅっと握った。




☆☆☆☆☆




紅茶のお代わりを入れ、少し落ち着いた頃、ビーネが自身の生い立ちについて話し始めた。


「リアの秘密を知ってるのに、俺の秘密を話さないのはフェアじゃないよね」


知りたいビーネのことを、もっと沢山。


「俺の本当の名前は………アルフォンス・グロスマン」


名字があるということは、ビーネはやはり貴族だったのね。


「俺の母は写本装飾師だった、注文された本を貴族の屋敷に届けに行ったとき、侯爵家の嫡男だった父に出会った、二人はひと目で恋に落ちた」


ビーネには高い教養があるので貴族か商人の庶子ではないかと思っていたが、私の推測は当たっていたようだ。


「一年後、母は妊娠していることを隠し父の前から姿を消した。侯爵家に公爵家の令嬢との縁談が持ち込まれたからだ。


母は生まれ育った町に帰り女手一つで俺を育ててくれた。


母は亡くなる前に俺の父親について話してくれた。『お前の父親は偉い侯爵様だ』と『侯爵様に手紙を書いたから、私が死んだら引き取ってくれるはず、だから心配しないで』と。そう言い残して母は亡くなった。俺が七歳のときだった」


お母さんの話をするビーネは寂しそうだった。


「母の葬儀に場違いなぐらい立派な喪服を着た人がいて、その人が侯爵だった。


侯爵家は何も言わず俺のことを引き取ってくれた。母親を亡くした俺は孤児院に入るか、侯爵家に付いていくか二択しかなかった。疫病や凶作で孤児院がいっぱいだったから俺は侯爵に付いていくことにした。俺が意地を張り孤児院に入ることで定員がいっぱいになって、本当に身寄りのない子が孤児院に入れなくなると困るから」


ビーネは子供の頃から思いやりが深かったのね。


「侯爵家には正妻と正妻の産んだ娘がいた。二人は突然現れた愛人の子の俺を寛大に受け入れ愛情を持って接してくれた。


読み書きや剣術は侯爵家で習った、父親はほとんど家に帰って来なかったけど継母も妹も使用人も性根の良い人たちで、とても幸せだった……あの日が来るまでは」


ビーネは辛そうに顔を歪めた。


「侯爵家は妹に婿養子を取って継がせることが決まっていた、だけど父が『侯爵家は長男のアルフォンスに継がせたい』と言い出して……それからあの家はおかしくなった」


ビーネが両手をぎゅっと握りしめた。


「妹が侯爵家を継がないと分かった途端、妹の婚約者は妹に婚約破棄を突きつけた、『侯爵家の跡取りでなくなったお前なんて用無しだ、ブス』と言って大勢の前で妹との婚約を破棄をした。


妹はその日から部屋に籠もるようになって、穏やかな性格だった継母はイライラして俺に当たるようになった。そんなある日、食事に毒を盛られた」


「そんな……」


ビーネが毒を盛られたと知り、私の心臓がどくどくと音を立てる。


「一命は取り留めたけど、俺は侯爵家にいてはいけないんだと思い知った。俺が妹を不幸にしたんだと……だから名前と身分を捨てて家を出た」


「……辛かったのね」


「リアの人生ほどではないよ」


「それでビーネが家を出たあと、ご家族はどうなったの?」


「父親は妹に起きたことと継母の犯した罪を知り、自分の一存で跡継ぎを決めたことを反省したようだ。


継母は俺を本気で殺す気はなかったらしい。俺に毒を盛ったことを凄く後悔していて、長かった髪をバッサリと切ったと人づてに聞いた」


貴族の女性は美しい髪を誇りにしている、髪を伸ばしトリートメントし、より美しく見せることにこだわる。その髪をバッサリ切るのは社交界から身を引くことを意味する。


「それでも継母は自分が許せなかったらしく、国で一番厳しい修道院に入り二年間過ごしたらしいよ」


「そうだったの」


お義母様はとても反省しているのね。


「妹はしばらく家に引きこもっていたけど、妹を慰めに来た幼馴染の伯爵家の三男といい仲になり、婚約したみたいだ。


しばらくして妹の元婚約者は博打や女遊びが好きなとんでもないクズ野郎だと分かってね、縁が切れて良かったと継母も妹も喜んでるって話だよ」


「そうだったのね」


「妹と継母が不幸にならなくてホッとしてる、俺はあの人達の不幸を望んでいる訳じゃないから」


「情け深いのねビーネは」


「ありがとう」


お互いの秘密を全て話して、私たちはお互いに楽になった。



☆☆☆☆☆



その日の話し合いは一旦終わりとなった。


私はビーネに説得され、ビーネと共に生きることを決めた。


数日後、ビーネが新聞を片手にやってきた。


「ビーネ、その新聞はどうしたの?」


「ハイル国とアポテーケ村のことが気になってね調べてみたんだ」


「えっ?」


ハイル国とアポテーケ村のその後……私がずっと目を背けて来たことだ。知りたいような、知るのが怖いような。


「長くなるからコーヒーを淹れよう」


ビーネがコーヒーを淹れてくれた。


「まずはアポテーケ村の村長のことだ、やはりリアの十四歳の誕生日に馬車の下敷きになり、助け出されたけど怪我が酷くて翌日亡くなったらしい」


「そう……」


胸がズキズキと痛む。


「聞いてリア、村長が亡くなったあと村を出ていった村長の息子が戻って来て、村長の職を継いだらしい」


「えっ? あの何年も消息不明だった息子さんが」


村長様の息子はアポテーケ村の生活に嫌気が差し、何年も前に村を出ていった。


「村長さんの息子は街で石鹸の作り方を学んだらしく、石鹸の作り方を村人に教え、今ではアポテーケ村の産業になっているらしい」


アポテーケ村には産業がなく貧しかった、特産物が出来てホッとしている。


「そう、良いこともあったのね」


「三ヶ月前にハイル国で疫病が流行り大勢の人が亡くなった、だけど手洗いうがいを徹底していたアポテーケ村は被害が少なくてすんだらしい」


「そう」


やり直し前の人生でも疫病は起きた、私が直ぐに治したから大流行には至らなかったけど。


「疫病は下水を処理しなかったことでネズミが増えたのが原因らしい、ネズミに寄生するノミが病原菌を媒介し、ノミが人を刺し疫病に感染した……それからは下水の処理は徹底するようになり、病人の使っていた衣服や食器は煮沸消毒したり、手洗いやうがいを普及させ病気の感染を防ぐようにしたらしい」


「疫病を治すのではなく予防する対策をしたのね」


その発想はなかったわ。


「聞いてリア、君がいくら優れた力を持っていたとしても不老不死にはなれない。君の能力に頼り切った国は君が亡くなったあと遅かれ早かれ破滅しただろう。今回、君が力を使わなかったことが結果的に良い作用をもたらした」


「ビーネは何が言いたいの?」


「つまり、いいことか悪いことかは、後になってみないと分からないってことさ」


「いいことか悪いことかは、後になってみないと分からない……?」


「そうだよ。だから、世界中の人の命を自分が背負っているという顔をしないで」


「ビーネ」


「少しは重荷から解放されたかな?」


「ええ、少しだけ」


私がニコリと笑うと、ビーネが眉根を下げた。


「それからねハイル国の王太子……いや今は国王か、ユーベル・ハイル国王は亡くなったよ、疫病でね」


「えっ?」


ユーベル様が亡くなった?


「国王はかなり残虐な手法で民を傷つけていたらしい、亡くなっても歴代の王の位牌を祀る霊廟に入れて貰えなかったそうだ」


「そう」


「ユーベル王はかなり強引な方法で聖女を探していたらしい、ユーベル王の死後、聖女がいると信じている派閥は新国王により一掃されたよ」


ユーベル様が亡くなったのね、かつてあれだけ思った人が亡くなったと知らされても、全く心が動かない。いつの間にかユーベル様は私の中でどうでも良い存在になっていたらしい。


「これでユーベル王が聖女を探すことはない、ユーベル王が聖女の力を悪用し戦争を起こす未来も回避された」


「私今ホッとしてるの、酷い話よね、人が亡くなったのに」


「君がホッとするのは当然だよ、ユーベル王はやり直し前の人生で酷く君を傷つけたのだから」


ユーベル様に見つかるのではないかと、心のどこかで怯えていたみたい。


彼が死んだと聞いて安堵している自分がいる。


「聖女の力に固執していたユーベル王は死んだ、これで安心して生きて行けるね」


「そうね」


「憂いが一つ減ったかな?」


「正直に話すと、ユーベル様に見つかって王宮に連れて行かれるのではないかとずっと不安だったの。王宮に連れて行かれ首を刎ねられる夢を何度も見たわ」


いつの間にか私の体はガタガタと震えていた。


「大丈夫だよ」


そう言ってビーネが私を抱きしめてくれた。


「悪い奴らはみんな死んだよ」


ビーネが髪を撫でてくれる。


「うん」


ビーネが私の顔を覗き込む。


「これからは俺がリアを守る、そう約束したろ?」


「うん、ありがとうビーネ」








私はビーネと共にこの街で生きて行く、ビーネが一緒ならきっと大丈夫。





☆☆☆☆☆



――二年後――



私はフルスネコの町に今も住んでいる。


ビーネと結婚したときは、貴族のご令嬢や、大商人の娘が何人も訪ねてきて大変だった。


泣きながら「ビーネ様はみんなのアイドルなの! 結婚しちゃだめ!」と騒がれた。


ビーネがご令嬢に人気なのは知っていたけど、これほどまでとは思わなかったわ。


ビーネが「俺はみんなのアイドルじゃないよ、たった一人愛する人を守る騎士だから」と言って私の前に跪き手にキスをしたとき、とてもかっこよかった。


私達の仲の良い姿を見せたら、ご令嬢たちは諦めて帰ってくれた。


中には怒って「もう買わない!」と言う子もいた。


でも大半のご令嬢は「結婚してもビーネ様の作品のファンであることは変わりません」と言って、結婚を認め応援してくれた。


ビーネのファンは温情のある人が多くて助かったわ。








私は写本師として、ビーネは写本装飾師としてフルスネコの町で働いている。


貴族からの依頼も前より増えて生活も楽になった。


『いいことか悪いことかは、後になってみないと分からない』


結婚する前にビーネが言ってくれたこの言葉が、今も私の救い。


私はこれからも癒やしの力を使うつもりはない。


傷ついて倒れる人を見るたびに胸が締め付けられ、血の涙を流すだろう。


だけど何があっても癒やしの力は使わない、

癒やしの力を悪用させる訳にはいかないから。


私が血の涙を流していると、ビーネが抱きしめてくれる。


『泣かないでリア、君の苦しみも悩みも痛みも後悔も俺が一緒に背負うよ。だから一人で傷つかないで』


ビーネが支えてくれるから、辛いことがあっても、苦しいことがあっても生きていける。


私は一人じゃないから。









☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





――巻き戻り前の国王と王太子と国のその後――




――王太子ユーベル・ハイル視点――




隣国メーアト国との戦争に勝利し、領土を拡大することに成功した。


癒やしの力を持つ聖女を失ったのは痛いが、メーアト国の財を手に入れることが出来たので良しとしよう。


メーアト国の財を利用し兵器を作る。メーアト国は音楽や芸術に優れている国だが、僕はそんなものに興味はない。


若い男は徴兵し軍事力を強化する。手先の器用な年寄りは武器を作る工場で働かせよう、動けない者は殺せばいい。


若い女と子供と見目の良い男は性的な奴隷として他国に売り払い、武器の材料を買う資金にしよう。


これからだ、もっともっと勢力を伸ばし大陸の覇者になってやる。


僕は英雄として歴史に名を残す選ばれた人間だ!


「王太子ユーベル・ハイル! 覚悟ーー!!」


リートを処刑して一年が経過したある夜、城に賊が侵入してきた。


衛兵は次々にやられ王太子の部屋まで押し入ってきた。


賊はすぐに捕らえられたが、僕は右肩から鎖骨にかけて切られた。


医師を呼び直ぐに手当てさせたが、傷口が塞がらず血が止まらない。


医師の話では剣に特殊な毒が塗られていたようだ。


賊はレーベン公爵家の分家の者だった、無実の罪を着せられ殺された親族の恨みを晴らすための犯行だったと自白し、奥歯に仕込んであった毒薬を飲んで自害した。


同時刻、国王である父も賊に襲われていた。父上を襲った賊もその場で捕らえられたが、奥歯に仕込んであった毒を飲み自害した。


父も僕と同じよう右肩から鎖骨にかけて斬られた。


父を襲った賊の剣にも毒が塗られていたらしく、父上の傷口も塞がらないようだ。


城の中に内通者がいると僕は推理した。でなければ国王や王太子の部屋にやすやすと賊が入ってこられるはずがない。


手引きした人間を調べるように命じ、そこで意識が途切れた。


目が覚めたら自分のベッドで寝ていた。


医師がベッドの脇で真っ赤になった包帯を取り替えているのが見えた。


苦しい……苦しい……血が止まらない……熱も出てきた……吐き気がする。


「ぐっ、がほっ……げほぉっ……! リート、リートはどこだ……ぐぁっ……、リートさえ……奴さえ、生かしておけば……こんな怪我……」


医者の話では剣に塗られていたのは、猛毒を持つバジリスクの毒だという。バジリスクの毒に侵された者は絶対に助からない。


幻と言われるユニコーンの角を手に入れるか、奇跡が起きて伝説の聖女が現れない限り、バジリスクの毒は解毒出来ない。


バジリスクの毒に侵された者は一週間以上尋常でない痛みに苦しみ、苦痛に悶え「殺してくれ……!」と泣き叫びながら死んでいくらしい。見かねた家族が患者の首を()ねることもあるという。


「がぁぁぁっ、ぐはぁぁっ……! ぐぼぉぉっっ……! リートが……リートさえ……げほぉぉっ……、奴が、奴さえいればぁぁぁぁ……!!」


僕はリートに罪を押し付けギロチンにかけたことを後悔した。恐らく父も僕と同じ気持ちだろう。


朦朧(もうろう)とする意識の中で罪をなすりつけ殺した少女の名を呼びながら、僕は息を引き取った。


父も僕とほぼ同じ時刻に亡くなった。


僕と父の死後レーベン公爵家の残党により、僕と父が犯した罪が全て明らかにされた。


貧しい子供を奴隷として他国に売ったこと、メーアト国に戦争を仕掛けたこと、リートを騙し兵士の治療をさせ不死身の軍隊を作りだしたこと。


それら全ての罪が白日のもとに晒され、王族は民の信用を失った。


父上と僕の遺体は王族の霊廟に祀られることもなく、山に捨てられた。


レーベン公爵家の残党がクーデターを起こし、僕の死から十年後、ハイル王国は地図から姿を消し、新たにレーベン王国の名が歴史に刻まれた。


ハイル王家の霊廟が暴かれ、ご先祖様の遺体も野に捨てられた。


あの世でご先祖様に会わせる顔がない。








――終わり――








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【どうでもいい豆知識】

国王 ウン・ハイル→不幸

王太子 ユーベル→災い

公爵家 レーベン→生命、命

村 アポテーケ→薬局

ヒロイン リート→歌

ヒーロー ビーネ→ミツバチ

という意味がありました。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


下記の作品もよろしくお願いします。

【連載】「不治の病にかかった婚約者の為に危険を犯して不死鳥の葉を取ってきた辺境伯令嬢、枕元で王太子の手を握っていただけの公爵令嬢に負け婚約破棄される。王太子の病が再発したそうですが知りません」 https://ncode.syosetu.com/n5420ic/ #narou #narouN5420IC


【連載】「約束を覚えていたのは私だけでした〜婚約者に蔑ろにされた枯葉姫は隣国の皇太子に溺愛される」 https://ncode.syosetu.com/n4006ic/ #narou #narouN4006IC

新作投稿開始しました!

婚約破棄ものです!




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― 新着の感想 ―
初めまして。 主人公が巻き戻り後は幸せになり、王太子も報いを受けたようでホッとしました。
[一言] すみません、他のユーザーに丸ごと盗用されているようです。 確認次第このメッセージは削除して構いません。 →https://ncode.syosetu.com/n6737je/
[良い点]  癒やしの力を使う以前に戻れた際の、リアの気持ちを思うと心が痛みます。周囲の者たちを巻きこんでしまった罪悪感は耐えがたかったに違いありません。その直後にとった行動に選択の余地はなく、強く共…
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