第九話
いざ決戦へ、と意気込んだのは良いものの、陸路で首都まで侵攻する訳にはいかない。
厚く広がった戦線を越えて中心地まで赴くのはリスクがデカすぎるし何より時間が掛かり過ぎる。俺達に残された時間は多くないのだから、最短距離で向かわねばならない。
その事情はよくわかっている。
わかっているし理解しているが、だからと言って積極的に危ない目に遭いたい訳じゃないのだ。
「は~~~~~……」
「もー、いつまで文句言ってるのさ」
「お前は空飛べるんだからいいかもしれんが、空を飛ぶことも勢いを殺す事も出来ない一般人からすれば高高度からの落下など自殺に等しいことだ」
作戦はこうだ。
首都上空へと魔祖のテレポートでぶっ飛び、そこからは各々何とかして首都に着地。
以上。
「…………儂だって無理があるのはわかっとる」
「これで戦う前に死んでも呪わないでくれ。全てはステルラ次第だ」
「任せてよねっ」
スイッチを切り替えたステルラは頼りになる感じがしているが、これは幼き頃の傍若無人スタイルに戻っただけなのでその内俺が割と食うことになるだろう。
「ほう、英雄でも落下死は恐ろしいのか」
「アンタも飛ぶ手段は無いでしょうに」
「俺はこいつを使うから良い」
そう言いながらテリオスさんの事を指差した。
「テリオスさん、反撃するべきだ。どうせ愛しの婚約者に助けて貰えますよ」
「おい」
「はっはっは、そうだね。俺の事なんかすぐ忘れてイチャイチャしだすに違いない」
「おい!」
銀色の髪を後頭部で纏め上げ動きやすいようにしたソフィアさんが額に青筋を浮かべて怒鳴る。
「……テオドール、少しは真面目にやれ」
「今はテオと呼んでくれないのか?」
「くたばれ」
実の婚約者に死ねと告げられた男は楽しそうに笑ってる。
いい空気吸ってやがるぜ、流石はグランの家系。
これが実質的に国の中枢全てを掌握していたという事実があるのだから、そりゃあ戦争だって起きるだろうと思ってしまう。テオドールさんがそんなことする人だって意味じゃないぞ。
一通り周囲を煽り気が済んだのか、先程まで纏っていた緩やかな空気を一変させ、真面目な表情を作り話を始めた。
「なぜわざわざ空からを選んだ?」
「……フン。さっき一度だけ転移して状況を確認してきた」
魔祖の声色は優れない。
いい事は起きてなさそうだ、少なくとも良くない事が起きた事だけは間違いない。
「首都全体を閉じ込めるように、魔力障壁が展開された。おそらく昔と同じパターンじゃな」
…………なるほどな。
それはつまり、正真正銘アルスの時を再現しているという事か。
つくづく因縁というものを痛感させてくれるぜ。
英雄なんかにはなりたくないと言っていたのに、いつの間にかそうならざるを得ない立場までやってきた。そのお膳立ては意思を失くした英雄がやってくれたし、後は倒すだけと。
「ゆえに、まず侵入するために破る必要があるのだが────」
「呼ばれてやってきました、ロアくん愛しのアイリスです」
桃色の髪が所々赤く染まり、制服にも血が滲み、特に頬辺りに飛び散った血がとても特徴的な女性──アイリス・アクラシアさんがひょっこり顔を出した。
「いや~、お久しぶりだね。ロアくん元気だった?」
「……もしかしてずっと戦ってました?」
「…………あんまり近寄らないで欲しいかも」
怪我はしてなさそうだが、その……結構強烈な臭いがした。
久しぶりに嗅いだから一瞬驚いたが、ぶっちゃけあの山暮らししてたときに人間が発せられる最大限の激臭に悩まされていたので今更である。
躊躇わず一歩踏み出すとそれに合わせて下がられた。
「はよせい」
「あっ、はい。という訳でこれ」
そう言いながらアイリスさんは剣を突き出した。
赤黒く光り胎動するような脈動を繰り返すその一振りは、間違いなく簡単に手に取っていいものではなかった。具体的に言うなら呪われた剣、ていうかこれ、どっかで見た事ある気がするんだが……
「聖なる祝福を授かった剣を聖剣と呼ぶのなら、魔の祝福を授かった剣はなんと呼ぶか」
恐る恐る左手を伸ばす。
利き手である右で握っても良かったが、なんだかそれは嫌だった。
だって師匠の祝福は右手に多めに刻まれてるし? それに干渉とかなんかされたくなかったし、ちょっとやだ。
「お前の記憶にそれはあるか?」
「…………朧げにしかない。これは?」
左手で握り締めると、違和感が生じる。
気持ちが悪いような気持ちがいいような矛盾した感覚。胸の奥底から吐き出したくなる感情と、その剣先を早く何処かへ振りかざせと強制させるような意思。早い話が、これは呪いの類ではないだろうか。
「…………ほぉ、腐ってもあやつの記憶を持つだけはある」
「それ言って後悔しないか?」
「ええいやかましい! それは所謂魔剣────敵を殺す、壊すことに特化した剣だ。常人が持てば容易く飲み込まれるだろうよ」
魔剣。
その概念を耳にしたのは初めてだが、聖剣があるなら魔剣もある。
光芒一閃は聖剣に分類していいのか? あれも言い方を変えれば斬る事を目的としてるから魔剣の類では……
「そうでもない。魔剣の使用者は大体ぶっ壊れるからの」
「なんてもん渡してんだこのロリババア」
「あ~……その、それ欲しがったの私だから……」
アイリスさん?
にへらと疲れた笑顔で笑う彼女は明らかに先程まで戦っていたであろう汚れが身についている。
「私は他の人みたいに君を励ましたり、助けたり、器用な事が出来る訳じゃない。……斬る事しか出来ないからさ」
「……何日間戦ってるんだ」
「三徹はしたかな」
背中に突き刺さる視線が痛い。
テリオスさん。
言わなくても流石に俺だってわかる。明らかに重たい愛を俺に寄せてくれてる人をどうにかしろという視線を送るな。あんたも大概だぞ。
テオドールさん。
絶対お前面白がってるだろ、堪えてる声が聞こえてくんだよ。いい加減にしろよ。
「あー…………アイリスさん」
「なに?」
「とりあえずこれは預かります。二度とそういう事するなよ」
確かにアイリスさんはあの怪物を相手にするのならばまあまあ適任だろう。
現代でも有数の剣の腕を持ち、唯一扱う魔法は魔力の剣を作り出す事。
最悪普通の剣でも十全の戦闘力を発揮できる彼女にとって、魔力で構成された動きの遅い怪物など難しい相手ではない。精神力もずば抜けており、戦場に於いて高揚し愉しむことが出来る天賦の才も持ち合わせている。
俺なんかよりよっぽど戦いの才能に溢れていて、それを生かす事も出来る性格。
戦い続けても問題は無いように見える。
────だが。
「受け入れてやるとは言ったが、突き抜けて良いとは言ってない。貴女がそうならないように俺が全部解決してやるから、寝て休んでろ」
あの怪物が血を出すとは思えないから、きっと負傷した仲間たちの血だろう。
周囲で傷ついて行く人を無視していたのならあれだけ付着しないだろうし、しっかり庇って撤退とかもしたと推測する。制服ボロッボロだしな。
剣を振るいたくなる全能感が溢れてくる。
麻薬か何かか? 戦いにおいて必要な要素が大体詰まってるんだろうが、日常生活を送るにあたって支障しかない効果を催しているのは如何なものか。魔祖が直々に渡してんだからそこまで酷くないのはわかるけども。
「…………んふふ」
左手に赤黒い剣を携えた俺を見ながら、アイリスさんが小さく笑った。
「なんですか」
「ん~ん、なんでもない。ちゃんと帰って来てよ?」
「善処はします」
「任せといてください!」
ステルラが元気に割り込んで来た。
まあいい。
しょぼしょぼしてるステルラも見てて楽しいが、結局のところ、おれに対して色んな事を仕出かしたのは昔のステルラだ。例えお前が進歩する事を拒み昔に戻ったとしても、約束通り肯定し続けよう。
「ごめんね、力になれなくて」
「十分です。これをアイリスさんの代わりだと思うには少々禍々しいんだが……」
多分血を吸って喜ぶタイプの剣だろ。
俺とは真逆の精神だ。アルベルト辺りにぶっ刺しておけば平和に解決しそうだな。
「一つ聞いておく。魔祖、これは何処産だ?」
「さてな。効果は把握しておるが時代まではわからぬ」
「……効果は?」
「斬りつけた先にある魔力を消滅させる」
えぇ……
これで斬れば万事解決じゃん。なんてご都合主義ソードなんだ……
そんな俺の内心を察したのか、呆れながら魔祖が言葉を続けた。
「残念な事に限界があるらしい。お前の剣もそうだろう?」
「ちっ……そう上手くはいかないか」
「流石にそれで決着付けたら師匠も微妙な顔すると思う」
そうか?
全部綺麗に終わらせたら万事解決で許されねぇかな、俺も楽だしこれ以上の被害が極限まで抑えられたという事でラッキーだよ。
要約すると、この魔剣は斬りつけた先の魔力を消滅させる効果があるらしい。そしてその許容範囲には上限があり、雑魚をひたすら殺し続けるのには一切支障が出ないが、アルスやアステルですら破壊して逃げ出す事が叶わなかった障壁を一度でも斬りつければ────その時点で折れるだろう。
「片道限定、なんとも世知辛い加護だな」
「帰りの分は既に握ってるじゃろが」
粋なことを言う。
アンタにそんなセンスがあったとは驚きだ、とおどけて煽ろうとしたが額に青筋が浮かんでいるのを見て中止した。俺の人格も大分掌握されて来たと見える。
「…………はふぁ、なんか眠くなってきちゃった」
アイリスさんが口元を抑えながら欠伸をする。
隈はえげつない事になってるし髪も大荒れ、あの夏の夜でさえここまで酷くはならなかったのだからやはり戦場においてアイリスさんは爛々と輝く人のようだ。
「楽しめましたか?」
「────……うーん……」
一度考える仕草をとり、少しだけ眠そうに頭を揺らしながら、それでも答えてくれた。
「あんまり。私斬り合うのは好きだけど、人の不幸が好きな訳じゃないからね」
聞いてるかアルベルト、聞こえてますかテオドール。
つくづくあの赤髪の友人は性格が悪いのだと再認識させられる。でも師匠の恩人だからな……くそっ、板挟みってのはこうも辛いのか。
「あんな形で血を見るのは好きじゃないよ。だから────また、私とも斬り合おうね?」
「……………………年に一回くらいなら……」
「めっちゃ嫌そうじゃん……」
本当に嫌なんだもん……
何度も言っているが、俺は進んで痛めつけられたい訳ではない。強くなるためには痛めつけられるのが最も効率が良かったからそれを許したのであって(恨みはしている)、この事変さえ乗り越えれれば俺を縛るものは何もなくなるのだ。
つまり自由。
つまり自堕落。
俺は晴れてヒモニートになることを許されるという訳だな。
「んもう! すぐそうやって誤魔化すんだから」
「なんと、誤魔化してなどいません。アイリスさんが俺の事を想って言ってくれた心配と応援を誤魔化すだなんて」
「……改めて言われるとなんか照れるからやめてね」
そう言いながらアイリスさんは退出していく。
これまた負けられない理由を一つ背負ってしまった。重さが増えたのかどうかすらわからんくらい背負ってしまったのだが、それを選んでるのも俺である。もう少し自分に素直になれればもっと生きやすいのにな。
禍々しい光を放つ魔剣。
お前は一体誰の願いから生まれたんだ。
さっぱりわからないが、最初の願いは何だったのだろうか。少しだけそれを知りたいと思うし、誰かが遺したであろう祈りを一回きりの使い捨てにしてしまうのは悪い気もする。
「……ありがたく使わせてもらおう」
それも全部飲み込んでやるさ。
過去の全てをここで清算すると決めたのだ。今更因縁一つ背負ったところでなにも変わりはしない。この戦いを終える為に、どこの誰ともわからない呪いは役に立ったのだと俺だけが刻めるように。
「…………ふん。準備はもう良いな?」
「ああ。待たせた」
魔祖の両手に魔力が集まっていく。
首都から百万人近くを速攻で退避させ、三日以上戦い続けていると言うのにこの女から余裕が消え去る事は無い。圧倒的な魔力量に圧倒的な魔法センス、一から魔法を築き上げた史上最高の天才。
仮に俺達が全員無駄死にしても、この大陸が滅んでも、人類は滅ばないだろうという確信を抱ける最後の砦。
安心して戦いに赴ける。
たとえ派手に命散らす事になったとしても、俺に後悔はない。
「それではの。────また会おう、英雄たちよ」
視界が不思議な空間へと移り行き、わずかな浮遊感と共に引っ張られるような感覚を伴って────俺達は、決戦の地へと向かった。




