第八話
束の間の休息を終え、俺達は再度作戦本部へと足を進めていた。
慌ただしい喧騒は未だ終わらず、寧ろこれから最後の攻勢を行うからこその緊迫感が張りつめている。
そんな空気を感じ取っているのかどうなのかはわからないが、隣を歩くステルラはいつものポワポワした顔つきではなく真剣な表情であった。流石のコミュ障でも現状の苦しさは理解できるらしく、物珍しい物を見たと面食らっているところだ。
「……なんか失礼なこと考えてる?」
「顔立ちが整っているなと改めて認識していたところだ」
「へぇ~…………えっ?」
今日も俺の勝ちという事でよろしいか。
レスバトルにおいて最も重要なのは相手の意表を突き動揺を誘いまともな思考を奪う事で反論を寄せ付けない事である。俺はこうやって幾度となく勝利を重ね代償として拳を浴びて来た、間違いない。
「……私が可愛いってこと?」
「己惚れるなよ」
「はい…………」
こう言い続ける事でステルラは自己評価が低いままで俺に依存し続けるってワケ。
我ながら中々に最低な手法を使っていると自覚があるが止める訳にはいかない。今はまだ俺しかステルラの魅力に気が付いていないからいいが、こいつが本来の明るさを取り戻してしまえばあっという間に周囲の視線を集め人気者になり面倒な貴族様とかが寄ってくるだろう(※寄ってきません)。
しょぼしょぼ顔を渋くさせたステルラを横目に、いつの間にか作戦本部前まで辿り着いていた。
急ごしらえの建物にしては立派であり、古い英雄の記憶でも利用したことは一度も無さそうなので戦後に何かしらの意図をもって建てたのだと推測する。
こうなることを予想してたとは思えんし、中途半端な山脈に打ち立てられた施設なんてなんのために使うのかもわからん。
「入らないの?」
「……ああ、行くか」
ぼうっと考えていたら復活したステルラに促されたので中に足を進める。
一階建てで会議室とその他四つ程度の部屋しかないプレハブ小屋に近い何かではなるが、この緊急時では十二分に機能を発揮してくれていた。持ち運びさえちゃんと行えば単体で利用可能な魔道具の存在がデカく、それなりに衛生的な医療空間を保てているのはそれのおかげだ。
それも限界に近づいてきている。
正直言って、あと一週間も持たないのは明白だった。
それは多分、ここにいるすべての人間が察していることだろう。
「ロア、だめだよ」
「…………急に察しが良くなったな。どうした?」
「もうっ! ……ロアを支えられるのは今は私しかいないからね」
…………なるほど、お前らしい切り替え方だ。
師匠が堕ち、俺を精神的に導いてくれる人はいなくなった。
要するに俺が矢面に立ち人々を先導しなければいけない立場になり、その余裕を癒してくれる人間が誰もいないことを危惧してこいつは切り替えたのだろう。じゃあなんですか、普段は師匠がいるから俺に何やってもいいと思ってたの? こいつ……
「……いや、それはその…………ちょっと心境の変化というものがございまして……」
安心と信頼のナチュラルボーンコミュ障ステルラ・エールライトをよろしくな。
「う、うぎぎ…………」
どこかで見覚えのあるリアクションを取る幼馴染。
俺と再会した時にそれくらい割り切り出来てる女だったのならと一瞬思案したが、それではこいつの魅力が全世界に晒されてしまうのでやはり今のタイミングがベストだと結論を出した刹那の思考で断ち切った。
他に比べて大きい設計になっている扉を開けて、数時間前に訪れた作戦室へと足を踏み入れる。
「む、ようやく来たか」
「時間には遅れてない筈だが」
「こういう時は年長者より早く来るもんじゃろうが!」
この女……自分が誰よりも偉くなったから好き勝手常識語ってやがる……
「うるせーよアルスにフラれたくせに」
「死ぬか? クソガキ」
「大変申し訳ございませんでした。英雄アルスは貴女様の事をお慕いしておりますゆえどうかご容赦を」
「なっ、情けな……」
おいおい侮るなよロカ・バルトロメウス。
こんなもの序の口だぜ。
「でもアルスの本命は別の人ですよ。教えてあげましょうか?」
「もう黙っててくれる? 多分悪い方向にしか進まないわ」
ロカさんが額に青筋を浮かべながら脅してきたのでしょうがないから黙ることにする。
このまま二度と会えない可能性もあるので好き勝手言って遊んでやろうと思ってたのに〜。
「儂はフラれた訳じゃない! ちょっと間が悪かっただけじゃ!」
「……母さん…………」
必死の弁明を繰り返す魔祖を見てテリオスさんが死んだ目になった。
「アルスの本命はエミーリアさんなんで、そこら辺押さえといてもらっていいですか?」
──空気が死んだ。
ふむ、これはどうした事だろう。
既に部屋の中にいたルナさんの表情はいつもと変わらないが、どこかハイライトが消え失せているように思える。
魔祖は弁明した顔のまま固まっているしロカさんは引き攣った笑みを浮かべたまま、テオドールさんは笑みを深くして心底愉快と言った顔つきでいる。性格悪い奴が一人紛れてるな?
「スゥ────ッ…………それ、本当?」
「ええ、まあ……俺は別人ですが、強い感情は伝わるって話はしましたっけ?」
「なんとなくは」
「つまりそういう事です。旅の終わり、最後にエミーリアさんと二人でのんびりと過ごしてたあの記憶はなかなかにクるものがありましたよ」
ロカさんが頭に手を当てて天を仰いだ。
「ああ、そういう……そういう事…………ああもう最悪……」
ロカさん本命はアステルさんだったし別にそんな警戒する事なくないか?
「黙らないと殺すわよっ!」
ヒェッ……
ポーカーフェイスを貫いているが冷や汗タラタラである。
しかし地雷踏みつけまくるの楽し〜〜〜! 俺が逆立ちしても勝てない超越者たちが一人の記憶でぐちゃぐちゃに翻弄されてるのは無様という他なく、具体的には、テオドールさんがゲラゲラ声を上げて爆笑しているのが全てを物語っていた。
「…………ロアくん。お師匠と英雄アルスは、つまり……」
「そういう事ですね」
エミーリアさんは英雄の最期に間に合わず、英雄はエミーリアさんを(おそらく)その手で殺害した。
最悪だ。
最悪すぎる。
こればかりは笑っていられない最悪さだが、俺たちはそれを受け入れなければならない。
「……なぜいまそれを…………」
魔祖が声を絞り出した。
死ぬ間際に暴露してやろうと思っていた秘密をここぞとばかりに今放出しているのは他でもない。
誰に知られるまでもなく死ぬくらいならば、皆に共有しておこうという純粋な気持ちだ。
俺の原点でもある、英雄の記録を全て公開するという夢。
そんなことは出来ずロア・メグナカルトという不出来な英雄としてこの場に足をつける羽目になっているが、それでも俺はあの男に憧れと憎しみを抱いているのだ。故に、仮に俺が死んでも、後世に遺したい話というのはある。
だって俺が死んだら誰も真実を知らないままだろう。
そんなのは嫌だ。
あの男が評価されていないなんてごめんだ。
俺を地獄に叩き落とす理由であり、俺が平和な時代に生まれることが出来た恩人であり、唯一手を届かせたいと願った幼馴染の隣に立つこととなった恩師。
そしてあと純粋に、超越者たちを手玉に取る快感を味わっておきたかったから。
最後の一文以外の旨を伝えるとどこか納得したような、それでいて納得できないような不思議な表情へと変わった大人たち。
「余計負けられない理由が出来たじゃないの…………」
「おお、それは良かった。アルスも滅ぼしてくれる事を望んでいるでしょう」
確実に言えることは、今の現状を彼は決して許さないこと。
戦争の遺物が未来に影響を与えることなど許さない、あの戦争は大人たちが背負うべき責務だと彼ならば言う。人らしい欲望を持ち合わせながらそれらほぼ全てを封じ込め、【英雄】というシンボルに成りたいと謳ったあの男ならばそう言う。
「他にアルスのことが聞きたければ俺が帰ってくることを祈っていてください。俺だって死ぬ気は毛頭ありませんが、何せ相手は彼ですから」
皮肉気に微笑めば完璧だ。
俺からやる仕返し(八つ当たりとも言う)はこれくらいでいいだろう。
これを理由に奮起してくれれば俺たちは首都から戦力が引いていき俺たちは有利に動けるようになるし、外側からジワジワ戦線を追い詰めてくれれば寿命が伸びる。
「お前も大概だぞ、メグナカルト」
「俺なんかを一緒にしないでください。テリオスさんが一番相応しい」
「そこで俺に投げるのは勘弁して欲しいんだけど……」
「【英雄】の記憶をもつ男に認められて負けるわけにはいかんな? テリオス」
これまた楽しそうに微笑むテオドールさんの言葉に苦笑いしながら、テリオスさんは柔らかく笑った。
「俺達は偉人の強さを知らないからね。絶望よりも希望を抱く方が容易いのさ」
「そういうことになる。もしかしたら俺達の方がやるかもしれんぞ?」
心強い二人だ。
「ヴォルフガングは……なんでもいいか」
「未知の強敵と戦えるのならば俺は構わんぞ」
流石に母親の過去について気になるところはありそうだが、それはそれとして割り切ってるこいつの精神力は一体どうなってるんだ? メンタル最強すぎんだろ……
「なに、今はまだ未熟だが──百年後の大地で最強に成れればいい。そして更なる高みを目指し続ければ、自ずと周りも強くなるだろう?」
やば……なんなのこいつ……
先程のテリオスさんが放った爆弾発言にも引いたが、それ以上に引いている。
「二度と俺は戦わんからな。勝ち逃げしてやる」
「ワッハッハ! あと一回くらいは戦ってもらうぞ!」
嫌すぎ〜〜〜!
先程から黙っているステルラを覗き見れば、俺を見てニコニコ楽しそうにしていた。
「どうしたステルラ」
「え? なんでもないよ」
そうか。
戦の前、ひとときの交流をしていたところで扉が開く。
あと来てないのはエンハンブレ夫妻だったか、あの人たちは一族と言っても過言ではないくらい広い家系だし準備も必要だったのだろう。
「待たせて悪かったわね」
「……あら、ローラ。もしかして」
ロカさんがニヤリと笑みを浮かべた。
それに釣られて視線を移して見ると、一体どうしたことだろうか、なぜかルーチェが同伴していた。
「ま、そういうことよ。用意だけはしてたからね」
うん?
意味深な事を呟くローラさんに続き、ニコさんも言葉を紡ぐ。
「ロア・メグナカルトくん」
「なんでしょうか」
俺の肩に手を置いて、おっ、ちょっと圧力感じるぞ。
笑顔は崩さないまま威圧感を醸し出しつつニコさんは続ける。
「君はヒモになりたいそうだね」
「はい」
威圧感が二割増しになった。
「……女性を侍らせることにも躊躇いは」
「ありませんね」
さらに三割ほど増えた気がする。
心なしか肩口が冷たくなってきたが?
おそらく地雷を踏んでいるのだと理解しながら、それを曲げるのは俺のプライド(消えかけの僅かなもの)にぶち当たるので堪える。
「…………ふぅ……………………」
大きなため息を吐きながらも徐々に威圧感は収まっていく。
一体何がしたかったのだろうか、今更俺に倫理を説いても遅いぜ。育ちに倫理がなかったからな。
「娘をよろしく頼むよ、英雄くん」
「言われなくても手放しません」
せっかく俺を好いてくれた女性をわざわざ手放すほど酔狂な男ではない。
嫉妬や羨望という醜い感情に浸かって生きてきたのだ、独占欲や自己顕示欲が少しなりとも噴出してもしょうがないだろう。そんな男に引っかかる方が悪いのであって俺は悪くない。
「ルーチェ。無茶だけはしないように」
「……ありがとう、お父様、お母様」
おいおい、なんでかよくわからんがルーチェも来る流れじゃないかこれ。
死ぬだけだ。
それを二人が理解してないとは思えない。
そんな俺の内心を察したのか、ローラさんが微妙な顔をしながら説明してくれた。
「ルーチェには私たちの祝福を与えたわ」
……………………?
「元々持ち合わせていた氷と水、中途半端に混ざり合ったそれを完全に融合させる祝福。複雑なものは刻めないけど、私たちの血を引く実の娘だから可能だったのよ」
…………へぇ。
ルーチェに祝福を与えたと。
水と氷の魔法適正をどうにかしちまう祝福を。
ルーチェの表情を見る。
心底嬉しいと言った様子ではない、何かを噛み締めるような顔つきだった。
「…………何よ」
「いいや、なんでもない。俺の所為か?」
とても抽象的な問いかけだったが、その意図を察してくれたらしく、静かに答えを呟いた。
「……そうよ。全部ロアの所為なんだから」
「……それは悪いことをした。ありがとう」
ルーチェにとってのコンプレックスの源。
彼女が人生を賭けてでも抗ってみせるとしたそれを解決する神の一手。俺たちが欲しい欲しいと欲しがってしょうがなかった、なんでもありのズル。
それに手を出させてしまった。
どれだけの葛藤があったのだろう。
お前が心に抱えていた闇を飲み込んでまで、そこまでする必要はあったのか。この戦いのためだけにこれまでの全てを無に帰したルーチェに、報いることは出来るのか。
それらを俺が口に出すのは憚られた。
「おめでとう。お前もこれで天才の仲間入りだ」
「…………あまりいいものじゃ無いわね」
そうだろう。
俺もずっとそうだった。
今だってそうだ。誰かの借り物で力を威張る事ほど情けないことはない。
それでもそうやって生きていくと決めてしまったからには、そうするしかないのだ。
頑張って生きていこうじゃないか。
互いに誰かの借り物で威を張ると決めたもの同士、傷跡舐め合って醜くな。
「────これで戦力は出揃ったか」
俺達の会話が一区切りしたと判断したのか、テオドールさんが切り出す。
「首都に突入するのは計9名。人型の数は正確には不明だが、おそらく7体程度。ヘイトを稼ぐ役目をベルナール、ヴォルフガングにやってもらう」
「……仕方ないですね。無事に終わったら貸しにして頂きたい」
「役割をしっかり果たしたのなら聞いてやろう。ヴォルフガングはどちらかと言えば全体の調整をやれ、死にそうになったやつをフォローしろ」
「随分な大役だ。拝命した」
ヴォルフガングのことめっちゃ高評価してるな……
まあその気持ちはわかる。戦いが好きで強くなることに重きを置いており、なおかつ戦闘中冷静に立ち回れる頭脳。百年前に生まれてたら確実に最強の一角として現代まで生き残ってるだろうし。
「ルーチェ・エンハンブレとルーナ・ルッサは坩堝から少し離れた場所で戦闘を行え。二体引き受けてくれれば十分だ」
「わかりました。ロアくん、終わったら聞かなければいけないことが沢山あるので絶対に死なないでくださいね。死んだら追いかけますから」
「一体くらい軽く捻り潰してやるわよ。勝手に死んだら許さないからね」
なんで俺に飛び火してんの?
おいテオドール何笑ってんだ。笑い事じゃねぇんだよ。
「俺、テリオス、ソフィアの三人は坩堝周辺で敵を堰き止める。理想を言えばここで【英雄アルス】以外全てを請け負うぞ」
「それは…………負担が大きすぎませんか?」
「お前達に負けたから信用できんかもしれんが、これでも自信はある。三日三晩戦い漬けになったのも初ではないからな」
「そのことは謝っただろ?」
「謝ってどうにかなるものではないだろうが……お前達二人の机から出てきた遺書を見て気が気でなかったんだぞ」
この二人は本当に何してんの?
ここ数時間でテリオスさんとテオドールさんのヤバ狂人度具合が急上昇している。もしかしてヤンチャし終わって落ち着いた時期だからまともに見えただけで、入学したての時とかもっとオラオラだったのか……?
ソフィアさんからは苦労人のオーラが滲み出ていた。
「しかも見つけたら血だらけで死にかけてるし、片方は人間辞めてるし、お前達は問題児だ」
「あれだけやって母さんには愚か者がとしか言われなかったからね……」
「う゛っ!」
魔祖、嘘だよな。
コミュニケーション下手すぎという代償に絶対的な魔法技能を手に入れた超越者の姿がこれだ。無様なもんだぜ。
「ふっ、話を戻すぞ。メグナカルトとエールライトは────言わなくてもわかるな?」
ニヒルな笑みを浮かべ、俺たちに視線を投げてくる。
ああ、言わなくてもわかってる。
こんなにもお膳立てして貰って、選択肢を間違えるわけがない。
たかが英雄の記憶を所持するだけで、特別な才能を持たない俺に、ここまで状況を整えてくれた。
感謝の言葉程度では言い表せないくらい有難いと感じている。
「この戦いを終結させ、俺が新たな【英雄】に成る」
この連鎖はここで終わらせる。
英雄大戦を終わらせた過去の【英雄】を倒し、負債を全て精算した新たな【英雄】に成ろう。
そうしなければ救われないのなら。
そうする必要があるのだから。
何よりも、俺がしたいから。
師匠を救いステルラを生かすためには、こうするしかないんだからな。
そして。
────…………すみません、エミーリアさん。
貴女に手が届かなかった。
もっと早く手を伸ばしていれば、もしかすれば届いていたかもしれない。
後悔は何度しても足りないくらいだ。いつだって胸中に渦巻くのは後悔と嫉妬と羨望ばかり、まともな感情なんてありゃしない。
こんな男が英雄に成りたいだなんて、とんだ笑い話だぜ。
「俺は、英雄になる」
自虐も罵倒も何もかも仕舞い込んで、もっとも見慣れて付け慣れない仮面を被る。
見本はいつだって見れたから、ぶっつけ本番でもさしたる問題はなかった。
「英雄────ロア・メグナカルトだ。全てに決着をつけに、行くぞ」
全てが集結する首都。
その中心に位置する、英雄がいるであろう坩堝へと。




