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英雄転生後世成り上がり  作者: 恒例行事@呪勇5/20日発売
九章 弔鐘懺悔の音が響く
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第十話

 その一撃を防ぐ事ができたのは、俺が積み重ね続けた努力の賜物だった。


 首を断ち切るように振るわれる剣を受け止め、左手から放たれる魔法を蹴り飛ばす事で軸ずらし。

 空中という不安定な土台であるのにも関わらず剣閃を紡ぎ続ける化け物相手に必死に喰らいつくのは日常茶飯事であり、いつも俺の敗北で終わっていた悲しい事実がある。


 ──ステルラはどこだ。


 不安になる心をぐっと抑え込んで、ただひたすらに剣戟に集中する。


 俺が片手間に捌ける相手じゃない。


 俺にだけはわかってしまうのだ。

 この【英雄】の姿をした純白の化け物は、紛れもなくアルスという名を持った人物と同じ技量を保持しており。


 俺の完全上位互換────本物の、【英雄】なのだから。


「チッ────!」


 とにかく追い詰められないように捌き続ける。

 この応酬だってあと数分すれば俺の負けになるだろう。俺ですら感知できる程に高い魔力で構成された英雄相手に、未だその幻影に手が届いた程度の俺では太刀打ちできないと。


 身体強化に加え雷速での切り替え。

 すでに目で追うことは諦め、完全に感覚に託している。


 剣が身体を掠めるが致命傷には至らない。

 時間にしておよそ五秒程度の合間に二十は打ち合ったが、辛うじて出血も微量で抑えることが出来た。


「────紅炎王剣イグニス・ラ・テオドール!!」


 横合いから殴りつけるような炎が巻き上がり、英雄を飲み込んでいく。


 熱っち~~! 

 勿論目の前で斬り結んでいた俺に余波が振りかかるわけであり、手に焦げ付いた跡が残った。


「無事か、メグナカルト」

「少し手が焦げました」

「問題なさそうだな」


 くつくつ喉を鳴らして笑うテオドールさんに青筋を浮かべつつ、増援が来たことに安堵する。


 正直に言うと、一対一でアレに勝てるとは思えなかった。

 無論負けるつもりは毛頭ないけれど、それはそれとして現実にはどうしようもない差が存在する。俺に魔力があってステルラ並の才能があれば英雄を追い抜くことも出来たかもしれないが、そうはならなかった。


 でもなぁ~~、何時かは超えなきゃいけないとは言っていたが、今出て来いなんて誰も言ってないんだよ。


 これが大人達の企みだったのか。

 だとしたら大失敗してないかこれ、師匠はどこ行ったよ。


 ……………………まさかな。


アレ(・・)はなんだ?」

「【英雄】アルスの出涸らしです」


 疑問に即答する。

 もうこうやって表に出てきてしまった時点で俺が隠し通す理由は一切ない。


 ロア・メグナカルトとしてではなく【英雄】の記憶を持つ男という見方をされるのも構わない。俺にとって大切なのはステルラが死なないことだし、ステルラどこ行ったマジで。死んでないよな、大丈夫だよな。魔力感知が出来ないから生死の判断が出来ないのが死ぬほど歯がゆい。


「なるほど。お前の根源はアレか?」


 ぐるりと周囲を見渡している英雄。

 観客席からはすっかり人が消えており、退避が早くて安心した。


「根源なんて大それたものじゃないですよ」

「では、なんだ?」

「ん~~…………」


 端的に表せる言葉がない。

 それくらい複雑なんだ、俺の心は。

 今も冷静に落ち着いて対処しようと心掛けているけれど、本当は滅茶苦茶緊張してるしパニックになりつつある。


 ステルラの姿が見えないから。


「……ああ、安心しろ。エールライトは無事だ」

「マジすか」

「俺もこの眼で見た訳じゃないがな」


 つまり魔力感知で無事を確認したと。

 才能欲しいぜ。


「詳しく言えることはありません。……ただ」


 周囲に人が居ない事を確認し、俺達に剣を構える。

 それはいつも見ていた姿と全く一致しており、そしてまた、相対する俺と同じ構え方。


 本物は彼で偽物は俺。


「正真正銘、本物の【英雄】ですよ」


 師匠がくれた魔力を練り上げる。

 今の俺には限られた手札だが、温存していいこともない。

 ここでテオドールさんと協力し、さっさと打ち倒した方がよっぽど得するだろう。なにせ、この後も次々敵は現れるのだから。


「紫電──迅雷!!」


 紫電が視界に映り込み、身体中を蝕む鈍い痛みに歯を食いしばって突貫する。


 視界が高速に耐えきれず虚ろなものに変化するが、俺の勘は決して鈍っていない。常日頃から死ぬ思いをしている甲斐があるな、最悪だ。


 一撃で終わらせるために首を狙うものの、流石に読まれていたのか何の動揺も無く受け止められる。受け止められている間に紫電を両腕に集中させ、斬り合い特化に移行する。


 舐められているのか手加減しているのか、英雄は雷電を纏った高速移動をするつもりがないらしい。

 俺はそれをされた途端防御に手いっぱいになるから嬉しいが、何かを待っているとすれば嫌な予感しかしない。具体的に言うならば増援を待っているとか。


 テオドールさんも加勢してくれるが、二人で斬りかかっているにも関わらず涼し気に捌かれる。

 あ~~~、技量も本当に変わらないじゃんかよくそったれめ! 


「合わせろッ、メグナカルト!」


 大技ぶっぱするのを悟り、テオドールさんの隙をカバー。


 その刹那を縫うように斬撃を飛ばしてくるあたり実力差を痛感するが、こちらも負ける訳にはいかない。テオドールさんを狙った攻撃を全て叩き落して、捌けなかった斬撃は身体で受け止める。


 激痛が左脚を駆け巡る。

 思いっきり歯を噛み締めて痛みを堪え、完全に感覚が消え去った足の重心をなんとか整えて次の一撃に備えるものの、遅すぎた。


 マズい。

 マズいマズいマズい! 


 がら空きの胴体へと【英雄】の一撃が放たれる。

 それは何時か見た斬撃であり、俺が再現しようと躍起になっていた美しい軌跡。

 避けれない、死ぬ。こんなところで俺は死ぬのか。ステルラは無事だから大丈夫だけど、この後こいつと戦わざるを得ないんだろう。そうなればステルラは無事じゃすまないかもしれない、いや、師匠も無事じゃないのかもしれん。


 使うべきか。

 死ぬくらいならば、寿命を削ってでも一撃を────


「────紫閃震霆」


 俺に狙いを定めていた英雄は突如後方へと下がる。

 その直後通り抜けていった莫大な紫電に、俺は思わず安堵の息を吐く。


 ふらりと俺達の間に立ち、わずかに煤けた髪を靡かせながら、聞こえるように呟いた。


「遅くなった。怪我はないかい?」

「……………………」


 その問いの答えを出せない。

 なぜならば、俺の視界に映る師匠は、左腕が半ばから欠けている上にそこからボタボタ血を流し続けていたから。


「……ロア?」


 無言の俺に疑問を抱いたのか、振り返った師匠の顔は傷だらけだった。


「……一体、どこで何してたんだ」

「ちょっとした調査だ。……な、なんだ」


 この感じだと確定っぽいな。

 俺達にコソコソして大人達は静かに終わらせようとしていたようだが、失敗したらしい。


「どうして治さない」

「あ~……斬った場所から魔力を吸収するんだ。そういう効果が付与されていてね」


 死ぬほど厄介じゃん……

 俺スパスパ切り傷付けられてるけど大丈夫か。祝福刻まれた場所じゃないからセーフかな。


「いや、君は魔力無さ過ぎるからあんまり影響ないだけだ」


 は? うざ……


 弛んだ空気で話していたが、英雄は静かにこちらを見据えている。

 きっと貴方に記憶は無いし人格も無い、強さだけが再現された張りぼて。俺と同じ張りぼてでありながら、“英雄”としての強さを再現されている真逆の存在。


「なにがあったかは後で聞いた方が良さそうだな」

「……そう、だね」


 羨ましいぜ。

 俺はアンタの強さがどうしても欲しかったのに、こんな形で対面させられている。もしも本人と話す事が叶うのならば、なんで俺に才能を寄越さなかったのだと小一時間問い詰めてやる。


「そうだ、他に誰が調査とやらに出向いてたんだ?」

「エミーリアと私、それと他の十二使徒にテリオスくん」


 その戦力で行って失敗ってマジかよ。

 ちょっと自信無くなって来たけどやるしかないか。目の前に現れてしまった以上、ここから事態は加速していく。


「治さなくても問題ないのか?」

「おいおい、私は半不死の身体を持ってる超越者だ。こんなのじゃ致命傷にもならないさ」


 得意気に語るが、俺は思わずジト目で見てしまった。


 記憶の中ではある程度の怪我を負うと同じように死に至ると認識している。そうじゃなきゃ当時超越者だった連中は何処に消えたんだという話だし、そもそも英雄は超越者殺しを達成してる。


 座する者(ヴァーテクス)が隔絶した実力を持つのはその圧倒的な魔力と精密な操作によるものであり、完全な不死と呼べるのは魔祖以外は居ない。逆にアイツ全身魔力に変換しても生きているってなんなの? 


「……ん゛ん゛っ! それよりもロア、君は逃げろ」


 そう言いながら師匠は紫電を身に纏う。

 いつもより出力が抑えられているのは勘違いではないだろう。これでも十年近くずっと隣で見続けてきたんだから、コンディションを見間違う筈もない。百年近く溜め込んできた魔力量の底が見え始めたのか。


 それはつまり、長時間莫大な消費をし続けたことに他ならず。


「断る」


 かつての英雄達とは違い、あの地獄のような数日間を生き延びたのだ。


 俺はそれを心底凄いと思う。

 正直、こんな状況じゃなければ速攻師匠を退かせている。

 沸き続ける白い怪物、次々現れるかつての実力者達、一向に現れない救援。そんな状況で心折れず耐え切ることが出来たのは、師匠だからだ。


 それでも、今素直に退くことは出来ない。

 消耗してるのは治療しない事から丸わかりだし、ここで死のうなんて考えは決して遂行させん。


「他の十二使徒が集まったら考えてやらんこともない」

「…………ロア。()は君の手に負える相手じゃ──」

「彼? あれはそんな崇高なものじゃない」


 あんなのガワだけ被った偽物だ。

 俺と同様、英雄という存在の一側面だけが受け継がれた最悪の存在。

 彼に残されていた優しさが剥がれ落ち、無慈悲な実力のみが発現した力の塊にすぎない。


「確かに強いだろう。なぜならアレは英雄そのもの(・・・・・・)なんだから。強さだけなら魔祖にだって打ち勝てる、そういう領域にいる」


 でもな。


 英雄を英雄足らしめたのは、そんな強さだけじゃない。

 彼の底抜けの善意と人間らしさこそが、この世界を平和に導いたのだ。故に彼は【英雄】と呼ばれた。自身を顧みず他者の幸福を願い、光を纏って悪意に立ち上がったから。


「それでもアレは、英雄じゃない」


 アルスは死んだ。

 人格は抜け落ち、魔力と強さだけが悪意に利用され、記憶のみが役立たずに零れ落ちた。その事実を理解しているのは現状俺だけであり、才能がなかったから誰に伝えることも出来ず、この状況を招いた。


 俺がもっと強くて、俺がもっと【英雄】に近くて、俺がもっと────俺にもっと、才能があれば。


俺と同じ(・・・・)、張りぼての偽物だ」


 そう告げた瞬間、英雄の姿が目の前から消え去る。

 師匠が少し遅れて反応するが、それよりも早く嫌な予感が脳裏によぎった。


 一番弱い駒から削っていく。

 戦いの常套手段であり、戦争を経験した彼ならば即座に思いつく簡単な一手。

 だがこの状況において俺が狙われるのはここにいる二人ともが考えつくことであり、その対策を取らないとは考えられない。わざわざステルラを不意打ちした時点で相応の知能は備わっていると仮定するべきだ。


 あえて俺を狙うことで、他の戦力の足を引っ張り────本命はそっちか! 


 師匠の魔力を足にのみ回し、紫電と身体強化を同時に起動する。

 幸い二つの魔法程度なら俺でも発動可能であり、最低限の才能が備わっていたことに安堵した。


 俺の思考が正しければきっと奴の狙いは師匠かテオドールさん。


 そして師匠の優先度が高いのは俺の方であると、先ほど攻撃を庇われた時点で悟られている。


 狙いは手負の師匠だ。


 誰よりも早く動き出し、師匠よりも前に飛び出した。


 俺ならば(・・・・)こうするだろうという確信と予想を伴って、その剣の軌道に振りかざす。

 瞬間ぶつかり合った光芒一閃同士の衝撃が坩堝を揺るがすが、そこに甘えることなく幾度となく剣戟を繰り返す。師匠が割り込む余地は発生させないように時に攻め時に防ぎ、まるで互いを知り尽くしているかのようなやり取りが数十合に及んだ。


 確かに総合的な実力では、俺はこの英雄の人形に太刀打ちできない。

 それは先ほどのやりとりで嫌というほど実感したし、出来ることなら十対一くらいの割合でボコボコにしたい。戦力差が欲しいね。


 でも今それは叶わない。

 きっと大陸中に出現した怪物の対処に軍隊は駆り出されているだろうし、安全圏の確保と退避でそれどころではないだろう。


 だが幸いなことに俺がここにいる。

 この世界で唯一【英雄】を相手に生きてきた俺が、この首都の中心にいる。


 どういうタイミングで魔法を放つのか、彼が好んだ攻撃のリズムはなんだったか。

 剣戟はどれほどの割合を占めるのか、搦手はどのようなタイプか。

 崩しを混ぜるのは特徴を見つけた時、相手の性格を考慮して。


 急加速からの背後への回り込む斬撃や、初見では対応のしようがない突きなんかも俺には読めている。


 それは何度も見たことだから。

 俺が追いつきたくて追いつきたくて、それでもずっと先をいく天才共と肩を並べるために──十年近くずっと、貴方のことを想い続けて来たのだから。


 師匠には指一本触れさせないぜ。

 これ以上貴方に罪は背負わせない。貴方はもう休んでいいんだ。

 戦争を終わらせて、愛を求めてもよかった。そんな権利はないのだと、自分の感情を押し殺して余生を過ごさなくてよかった。


 意識が先鋭化されていく。

 これまで幾度となく繰り返したイメージトレーニングとは違って、技量だけでも本物と呼べる【英雄】が眼前にいるのだ。俺が倒したいと願っていた、倒さなければならないと信じている敵が。


 ああ、そうだ。

 きっと英雄ならばこうする。

 恐らく英雄ならばこうする。


 俺なら(・・・)、英雄ならば。


 英雄になるのならば────


「────ロアっ!!」


 師匠の声が耳に入った。


 英雄は俺と鍔迫り合う形で静止しており、魔法を放つ気配もない。


 先ほど傷つけられた脚からは絶えず出血しているが、それもまだ耐えられる程度だった筈だ。


 だが。

 それならば、俺の腹部を貫くこの剣は一体なんだ。

 焔を纏い、血肉を焼き焦がしながら俺の命を削っているこの剣は一体。


 喉の奥底から血液が這い上がってくるのを抑えられない。

 ずるっと引き抜かれた傷痕からは臓物がこぼれ落ちるだけで、傷自体は焼いて塞がれたらしい。激痛なんてヤワな言葉では表現できないほどの痛みが腹部を中心に駆け巡る。


 滝のように口から吐き出した血溜まりに膝を突き、呼吸もままらない身体を必死に整える。


 まだだ。

 まだ死ぬわけにはいかない。

 何も終わっていないし、何も伝えていない。死ぬならばせめて、何か残してから死なないと。


 痛い。

 苦しい。

 陳腐な表現しか浮かばないほどに混乱している最中、何者かが俺の前に立ち塞がった。


「テオドールくん。ロアを連れて逃げてくれ」


 白銀の髪を靡かせて、失った片腕を紫電で補った師匠。

 その身に纏う魔力は既に尽きかけているのだろう、力無くバチバチと小さく発光する紫電は彼女の衰えを示している。


 だめだ。

 今の師匠じゃだめだ。

 アンタ、このままじゃ死んじまう。


「……俺では無力か」

「ああ。君では無意味だ」


 そんなわけないだろ。 

 テオドールさんは強い。

 俺よりもずっと総合力で上にいる。この人がまだいるのならば、耐えられる時間がずっと多くなる。その間に救援が来る可能性もなくはないだろう。


「首都周辺の退避はまだ終わってない。いくらマギアが万能とはいえ、一度のテレポートで運べる人数は限られている以上百万人を移動させるのにはまだまだ時間がかかるんだ」


 俺たちに言い聞かせるように言葉を続ける。

 この間も俺が死なないよう回復魔法をかけ続けてくれるテオドールさんには感謝しかない。おかげで少しだけ呼吸が整ってきた。


「今はこれ以上被害を増やさないことが重要だ。わかるだろう、テオドール・A・グラン」


 奇襲が成功した時点で勝ち目はない。

 一度立て直し、攻略方法をしっかりと精査しなければならない。

 それくらいは俺でもわかるし、テオドールさんならば尚更わかっている話だろう。ずるい話し方だ。


「…………死にかけの十二使徒一人と、君とロア。どちらが大事かな」


 ふざけんな。


 確かにアンタ達魔祖十二使徒の最大のアドバンテージとも言える、莫大な魔力は無くなったかもしれない。

 それでも犠牲になっていい立場じゃないことくらい理解しているだろ。この女は理解した上で言っているのだ、この場で死ぬのは自分だけでいいと。自分が死んだ場合の影響を加味した上で、俺を生かそうとしてやがる。


 ごちゃ混ぜになった感情が沸騰する。

 脳が過敏に稼働しているのを実感した。


「…………確かに、この場を切り抜けるには一人抑える人間が必要だ。今はたまたま攻撃を控えているが、【英雄】だけじゃなく【将軍】の偽物まで現れた。三対一であれだけ戦いに差があったのに勝ち目があるとは思えん」


 言い聞かせるように呟くテオドールさん。


 俺に諦めろと言いたいのか。

 歯が砕けるほどに噛み締めているのがわかっているんだろう、身体の震えも感じ取っているんだろう。だから、俺に抑えろと。


「ガーベラさん。一つだけ聞かせてほしい」

「なんだい?」


 傷が塞がり、失った血液と体力はともかくとして即死の危険性だけは今免れた。


 故に俺から手を離したテオドールさんは、静かに師匠に問いかけを投げる。


「我が一族のお転婆姫様は、死んだのか」

「……………………わからない」

「貴女の予想でいい。教えてくれ」


 顔を見上げると、苦虫を噛み潰したような表情の師匠。


「…………恐らく、もう……」


 お転婆姫。

 誰のことを指しているのか俺にはわからないが、それだけで伝わる人物がいたようだ。


「なるほど。察するにアステルの時間稼ぎをしていたんだな」


 アステル? 

 それは英雄の大親友、もといもう一人の英雄の正体。

 俺の腹を貫いたのがそうだとするのならば、それの時間稼ぎをしていた…………一族の姫? 


「十二使徒が二人(・・)欠ける。これは少々、重すぎる」


 二人。

 グラン一族の姫。


 …………まさか。


「そして死人が蘇り攻撃をしてくるという点から察するに、ここで貴女まで死んでしまうと我々には勝ちの目がなくなる。故にここで俺達だけ退くという選択肢は────選べんな!」


 黄金の炎を剣に宿し、高らかに宣言する。


「誰の一人も死なさずに、坩堝ひいては首都からの離脱。中々に難易度の高い初陣じゃないか……!」


 なんでこの人燃えあがってんの? 

 先程まで滅茶苦茶シリアスで鬱側に傾いてた思考が一瞬で振り戻された。すげ〜カリスマ。


「それに、あくまでうちの婆様が死んだというのは貴女の予想に過ぎない。紫電で駆け抜けてきた貴女と違い、一歩ずつ此方へ上がって来ている可能性も考慮すべきだ」

「……………………」


 師匠は黙り込んだ。

 どこまでも合理的に効率的に、それでいて命を救う選択をする。

 強く気高くあるべきと古くから伝えられていた貴族としての在り方を貫くテオドールさんと、不意打ちだったとはいえあっさり腹を貫かれて足を引っ張った俺。


 やば、涙出そう。


「そう卑下するな、メグナカルト。お前が一対一であれば【英雄】を抑えられるが故の選択だ」

「普通に不意打ち食らいましたけどね」


 おかげで光芒一閃の出力が下がった。

 これでまともに打ち合えるかわからんが、多分だめだろうな。


「あれは止められなかった俺達が悪い。お前の因縁に動揺して躊躇った此方に責任がある」

「……ま、今更隠してもしょうがないんで。こうなる前に止めたかったんだが」

「その答え合わせは生き延びてからだ。状況は今から最悪になるからな」


 ? 


 俺の疑問をよそに、師匠とテオドールさんの表情は芳しくない。


 二対三で有利とはいえ、まだ逃げるのならば可能なレベルだが……


 俺が疑問を抱いた瞬間、俺たちを取り囲むように地面から魔力の奔流が流れてくる。

 英雄が現れた時同様、天高くまで伸びる純白の柱。


「────お出ましだ。まるで戦争の再現じゃないか」


 その言葉を皮切りに、柱から現れる純白の人型。


 誰も彼も見覚えがうっすらとある、かつての英雄の記憶に存在した人たち。

 死ぬ間際に放った一撃でほぼ全ての人型を駆逐したはずなのに、これほどまでにストックがあったとは。いや、違う。これはあの時いなかった人たちばかり集められているような……? 


「聖女に傭兵に剣聖。他にも戦争終結後に寿命で亡くなった実力者なんかもごちゃ混ぜ────さて、ここから如何にして逃げ出すか……」


 あ、これ詰んだかも。

 少なくとも俺が逃げ切るのは不可能に近い。

 二人が稲妻と同じ速度に至れても、魔力が切れかかってる俺はもう絶望的である。


 あ〜…………


「自分を置いていけ、なんて考えるなよ」


 釘刺された。

 この人アルベルトの兄なのに滅茶苦茶人格者だよな。


 こんな絶望的な状況なのに、生き延びる可能性を絶対に捨ててない。


 俺がそう言うと、困ったように肩を竦めて答えた。


「“全員“生きて戻ると約束してしまったからな」


 なるほどね。

 ソフィアさん、いい女だ。


「……やれやれ。学生がこんなにやる気なのに、私だけが死ぬわけにもいかないか」


 どうやら師匠も前向きになってくれたようだ。

 こういう絶望的な状況ではあえて明るく希望を見出すことに意味がある。心が折れることこそが、最も最悪なことであるから。折れまくってる俺には耳が痛い話だ。


「退路の確保は任せた。なんとしてでも全て防ぎきって見せよう」

「十二使徒第二席様直々に守ってくれるんだ。俺達が怠けるわけにはいかんな」


 師匠は紫電を、テオドールさんは黄金の剣を。

 そして俺は僅かに輝きが衰えた光芒一閃を構える。


 雰囲気は最高だな。

 この後確実に全員死ぬという予測さえ脳裏になければ、きっと最高の戦いになっただろう。


 手負いのお荷物である俺目掛けて数多の魔法が飛んでくる。

 それに対し残り僅かな紫電を見に纏い、間をすり抜けるように坩堝の外側を目指す。目的は倒すことではなく逃走すること、あわよくば一人でも戦力を削れればいい。


 視界は何も捉えちゃいないが勘だけは働く。

 重大なダメージを齎す攻撃だけを破壊して、他は全て受け入れる。死なないなら儲けものだ。


 会場から飛び出す頃には全身血塗れに変貌しており、追撃が次々に襲いかかってくる────が、それを弾く黄金の剣と紫電。

 俺だけが狙われているわけじゃないだろうに、カバーしてくれるのは本当に助かる。


「行け、メグナカルト!」


 音速で飛来する矢を弾き、飲み込むような濁流を炎が蒸発させる。

 一人で数人分捌き続けるあたりやっぱ強いな、この人。


 師匠もまた手負いの状況でありながらアルスとアステル、両名の攻撃を捌き続けているらしい。


 蒼の軌跡が二本、それに追われる形で先行する紫電の残光。


 ふー…………

 ここからは賭けになる。


 二人には申し訳ないが、俺は生き残ることよりも相手を打ち取ることに比重を傾けていた。


 理由としては、かつての記憶が挙げられる。

 アルスの持つ記憶では最後、打ち倒した人型が蘇ることはなかった。一人一体までという条件なのか、再現性がないのか、魔力の問題なのかは不明だが──少なくとも二体同時に同じ個体が現れることはなかった。


 そして当時滅ぼした個体は今回現れていない。


 つまり、ここで一体でも多く俺が倒しておけば後が楽になる。


 散らすのならば、ここが一番だろう。


 光芒一閃の輝きも残りわずか。

 このまま行けば魔力が無くなるのと同時に俺のカバーに動いたどちらかが不利を受け、一気に崩されることが見えている。


 師匠もテオドールさんもそれは理解してるだろう。


 だから俺に差し込めるのは、その不利を受けるようなカバーに動く前。


 命を犠牲に出力できる渾身の一振り。

 標的はここにいる人型全て、首都を分割するくらいの破壊力で吹き飛ばすことだ。

 問題点があるとすれば、俺が剣を振る方向に人がいた場合その人間も巻き込んでしまうので、難易度が高くなるもののなんとかして空中に敵を集めるしかない。


 俺一人を守る為に二人も巻き添えになるくらいなら、俺は死を選ぶ。

 当然進んで死にたいわけじゃない。まだまだ生きてやりたいことも過ごしたい時間も数えきれないくらいあるし、ルナさんとかに死ぬほど怒られそうだしな。


 でも、そうだな。

 俺のために誰かが傷付くのなら、俺が傷付こう。

 こういうところ誰に似ちまったんだかなぁ。


 俺を狙った攻撃が少しずつ苛烈になっていく。

 意識を集中させねば捌けないであろう多種多様な技を一つずつ丁寧に処理して、上手い具合に手足や胴体に直撃するのを浴びていく。


 追い込まれてるであろう演出、打つ手が削られている感覚、命の危機に差し迫っている実感。


 これら全てをただ一撃のために立てていく。


 最期に振り絞る一手が届けばいい。

 まるで俺の生き様そのものを表してるようで、才能のない惨めな末路だと思った。


 師匠はアルスとアステルという二代巨頭を相手にしているが故にタイムラグ無しでの行動は不可能、テオドールさんは俺以上の相手を抱えているので無理な援護は望めない。


 流石に英雄両名も巻き添えにするのは難しいが、俺とテオドールさんが相手にしている連中ならばまだ希望はある。


 こんな思考を回している間にも攻撃は勢いを増し、いよいよ首が回らなくなってきた。

 苦悶の表情を浮かべる余裕もなく、だだひたすらにチャンスを待つ。致命傷だけは避けながら、最悪片足片手があればいい。他は全て捨て駒にしてしまおう。


 剣聖の一振りと打ち合う。

 その衝撃で、光芒一閃にヒビが入った。

 師匠に悟られてしまえば、なりふり構わずこっちに来るだろう。先程の会話でそういう傾向があることは把握してある。


 光芒一閃に剣が喰い込んだ。


 まだだ、まだ耐えろ。

 ルナさんの火力程ではなく、それでもテリオスさんの剣と同等の範囲。半ばまで折れている光芒一閃でも問題なく放てるだろうから、あとは敵の集まり方だけだ。


 あと三秒だけでいい。

 三秒だけ致命傷を避けろ。


 ぐっ、と剣聖が剣を押し込む。

 光芒一閃は押し負け、半ばから断ち切られる形となる。

 首を取ろうと迫りくる剣をしゃがむことで避け、居合の構えでその時を待つ。


 光芒一閃が輝きを増し、俺の鼓動は徐々に弱まっていく。

 魔力を操る感覚に近い何かを捏ねくりまわし、触ってはいけないであろうものに無遠慮に掴む。命を捨てるというのはこういう事なのだと、嫌でも実感した。


 残った魔力は全部剣に回す。

 最低限の維持さえ出来ていればいい。肝心のエネルギーは俺の命を使う。


 もっと余裕がある状態で撃てれば最高だったんだが、これも才能の無さが招いた結果。大嫌いな努力も継続したし、身につくように工夫もした。結果も出た。


 それでも、最高の終わり方を迎える事は出来なかった。


 残念だ。


「…………本当に」


 残念だよ。


 何もかもが。


 光芒一閃が光り輝く。

 俺の命を吸っているとは思えないくらい綺麗で眩しい光。

 急速に死が近付いてきている感覚と共に、これを放てば死ぬという事を直感で理解した。


「────ロアっっっ!!!」


 師匠の叫び声が聞こえる。

 きっと貴女は、俺がこうするとわかっていただろう。幼い頃に一度見せたこの輝きは不完全で悟られないと高を括っていたのに、見抜いてみせた。才能が無くて、英雄の記憶に縋るだけの愚かな子供の事をしっかりと見て育ててくれた。


 おれにとってそれがどれだけ嬉しかったか、わかっては貰えんだろうけどな。


「────光芒(アルス)斬覇(ノヴァ)──!」


 一閃振り切ろうと右腕に力を込めた、その瞬間。


 俺の眼前まで迫っていた剣聖を飲み込む火柱が巻き上がり、強引に身体を引っ張られる。

 当然こんな状況で技を放ってしまえば命の無駄遣いなので、いったん引っ込めることで即死の可能性は免れた。……が、空中へと投げ飛ばされた影響で身動きが取れない俺に対し追撃が入る。


 情け容赦ないアルスとアステル、両名による剣戟。

 光芒一閃も既に折れ、戦う手段を持たない俺が抵抗出来る筈もなく。


 無惨にその首を刎ねられる────寸前で、何かが俺の身体を包んだ。


 鮮血が顔に掛かる。

 生温い感触がいやに感じ取れた。


 誰かが俺を抱き締めたまま、荒れ果てた首都の街中を転がる。

 魔力を利用していない常人なら耐えきれないだろう衝撃でぐちゃぐちゃにかき回されながらも、抱き締める力は一向に減らない。


 赤に染まった白銀の髪が風で靡いてる。


 止まれ。

 早く止まってくれ。


 俺の無力な願いが届いたのか、視界が上下反転する程に暴れ回ったのちに勢いよく建物に激突して止まった。


 ずるりと力なく滑り落ちる肢体。

 拘束していた力も抜けて、俺を庇った人物が良く見えるようになった。


「……………………師匠」


 三半規管が狂っている所為か、まともに立ち上がる事も難しいが、それでも無理を通して立ち上がる。


 綺麗だった白銀の髪は血と汚れで見る影もない。

 口から零れるのは僅かな音、コヒュ、ヒュ、と今にも途切れそうな呼吸と血液だけ。


「師匠」


 肩口から大きく切り裂かれた傷口。

 今も尚流れ続ける血液は赤黒く、誰がどう見ても、致命傷だった。


 祝福に刻まれた魔力は尽きた。

 光芒一閃の維持に全てを回して、俺が命を消費して作り上げた魔力も霧散した。十年二十年、どれくらいの年数分を使ったのかはわからないが、あと一撃放てればいいくらいだ。


 魔力が足りない。

 少しで良いんだ。

 ほんの少しだけ魔力があれば、師匠は死なずに済むかもしれない。


 上着を脱いで、中に着込んだホワイトシャツが真っ赤に染まるのも気にせずに師匠の傷跡に充てる。


 血が止まらない。

 欠けた腕からの出血も増え続けている。血の海に沈む、という表現がこれほどまでに適した現場もないだろう。


 焦り続ける脳裏とは裏腹に、俺の心は酷く冷静だった。

 いや、冷静であろうと自分に言い聞かせ続けているだけ。ここで俺が焦ってもいい事はなにもなく、出来る事は、とにかく師匠を死から遠ざける事。


「師匠」


 返事はない。

 虚ろな瞳が一瞬揺れ動き、俺を捉えた。

 見えているのか見えていないのか、鮮血と同じ色をした真っ赤な瞳を見つめる。


「…………ァ……………っ……」


 意味のない掠れた声だけが漏れた。

 なんの感情もうつさないまま、焦点がずれていく。


 だめだ、やめろ。


 死ぬんじゃない。

 ここであんたが死んだら、どうなる。

 あんたは敵に回るし、ステルラも泣くし、俺も酷く動揺する。


 なんで俺を守ったんだ。

 どうして俺を優先するんだ。

 強さで言えばあんたの方が圧倒的に上だし、ステルラを導けるのはあんたなんだ。


 どうして俺を優先した。


 こんな出来損ないの無能を、なんで。


「…………生きているのか?」


 テオドールさんの声だ。

 あの状況下で生きてここまで来てくれたようだ。


 回復魔法を少しずつ師匠に使ってくれているが、その表情は険しい。これだけの傷だ、治療に使う魔力も多いのだろうか。


「今のままでは間に合わん。退くぞ」

「あいつらは、どうしたんですか」


 ふと気が付いたが、俺達の場所まで追手が来ていない。死んだと判断されたのならば納得するが、そうじゃない気がする。


「ああ。残って足止めしているが、それも時間の問題だ。逃げるぞ」


 一体誰が。

 その問いは、喉を越えることは無かった。


 坩堝の方で大きな爆発が生じ、衝撃が吹き抜ける。

 紅蓮に唸る炎が蒼の残光と渡り合う、異常な光景。


「人的被害は最小限に抑えられた。……これが、最善手だ」


 テオドールさんが静かに師匠を抱え、俺の事もついでと言わんばかりに横抱きで拾い上げる。

 足が限界に来ていたのを悟られた。


「メグナカルト」


 呆然と炎を見詰める俺に、気遣うような声色で告げた。


「まだ負けてない。まだ、間に合う」


 だから今は、生きる事を考えろ。


 違う。

 違うんだ、テオドールさん。


 あの人に、伝えてないんだ。


 エミーリアさん。

 “英雄”の想いを、まだ貴女に────













 三時間後。


 魔祖十二使徒第三席、エミーリア・A・グランの魔力反応が消失。


 死亡の判断が下された。





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