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英雄転生後世成り上がり  作者: 恒例行事@呪勇5/20日発売
九章 弔鐘懺悔の音が響く
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第四話

「──…………よぉ、英雄サマ。まだ生きてるか?」

「君こそ、随分調子悪そうだね」

「バッカお前、興奮が抜けてきてこうなってるだけだ」


 口から零れる血を拭って、アステルは笑って答える。

 しかしその瞳に安堵は無い。険しく絞られた眉間が現状の苦しさを表しており、短く震える両手が消耗を示していた。


 フゥ、と一度息を吐いて。

 小さく呼吸を整えたのちに、絞り出すように声を紡いだ。


「…………悪い。結構限界だ」


 英雄────アルスはその言葉を聞いて周囲を見渡す。


 崩れた山、削れた大地、荒れ果てた文明。

 元より人の手が入っていない僻地で暮らしていたとはいえ、自身が愛情を持っていた土地がこの有様だと落胆の一つもするだろう。


 ──…………。


 哀しい感情を胸の内にしまいこんで、アルスは口を開いた。


「大体三日位経った。首都で忙しなく動いてるだろうマギア達が来ない事を察するに、この魔力障壁はそういう効果もあるみたいだ」

「破ろうにも破れないくらいには硬ぇのがクソだ。あのクソジジィ、死んでからも迷惑かけやがって……」

「おいおい、キミの上司じゃないか」

「諸悪の根源だぜ」


 軽口を叩き合うが、状況は悪化の一途を辿っている。


 現実は想うだけでは変わらない。

 彼ら二人ともそう確信し、幼い子供ながら努力を積み重ねて強さを手に入れたからこそ今もその思想は変わることはない。


 舌打ちを一つ鳴らし、アステルは呟く。


「こいつらだけなら何年でも耐えられるだろうが……」

「懐かしい顔ぶれがこうも揃ってると、ね」


 白い異形の怪物は魔力で形成されているのか、形を失うほどのダメージを負うと虚空へと霧散する。既に三日も戦い続けていると言うのに止まることのない軍勢に加えて、新たに現出した人型の敵。


 剣を持つ者、槍を持つ者、杖を掲げる者、魔法を現出させる者。

 どれもこれもが二人にとっては見覚えのある光景であり、今からおよそ十年近く前に終結させた戦争にて命を散らした猛者達が、魔力のみでこの世界に再度復活していた。


 口元まで流れて来た血液を舌で舐めとって、アステルは剣を握り直す。


「ったく、死人が顔見せてんじゃねーよ」

「別れを済ませるいいチャンスじゃないか」

「あのなぁ……」


 呆れるアステルではあるが、アルスの言葉を聞いて柔らかく口元を緩ませた。


「緊張感のない野郎だ。死ぬしかない状況だってのに」

「これまでだってそうだったさ。ただ死ななかっただけでね」


 アルスの脳裏に浮かぶ、激烈で苛烈で過酷で凄惨な日々。

 血と汗と涙を忘れたことなど一日たりとも存在せず、苦しみもがいて命を枯らした子供達の姿や、命乞いをする人間の最期の表情など──彼にとって、いつだって現実は辛く悲しい存在だった。


 そんな現実が嫌いで、彼は足掻いた。

 到底勝てないであろう格上に食らい付き、世界を平和にするためだなんて大口を叩いて異名をつけられ。功名よりも平和が欲しいと尽力した彼の願いは届いた筈なのに。


 何時だって、現実は上手くいかないことばかりだ。


「僕の予想を言ってもいい?」

「希望に溢れた言葉ならな」

「これを止める手段を考える猶予は無い。もう限界が来る」

「…………だろうな」


 フゥ、と一度息を吐いてアルスは剣を胸の前に掲げた。


「増援はない。

 応援もない。

 ここにあるのは過去の遺物、遺しちゃいけない災厄。

 未来に希望を残すと誓った僕らがやれることは、あと一つだ」

「……は~~~…………」


 互いに大人になった。

 年若く、手の届かない大きすぎる夢に手を伸ばすことは出来なくなってしまった。

 夢物語や英雄譚が輝ける時代は終わりを告げて、ここから先は人類が発展し平和な文化が築かれていく。そんな世界が待っているのに、ここで遺恨を残すわけにはいかない。


「行こう、アステル。命を捨てられるのは、今しかない」


 アルスの瞳に力が宿る。

 胸の前に掲げた剣を構え直して。霞構えへと移行した。


「……今ばっかりは、超越者共に感謝してやる。どうにかしてくれるって思えるからな」


 アステルの瞳に輝きが宿る。

 握り締めた指先から迸る魔力、剣を包み込むように輝く雷炎が煌めいた。


「あの世で仲良くしようぜ。英雄サマ」

「君こそ僕の事を見捨てないでくれよ。友達だろ?」






 ◇






 ────剣を振るう。

 一閃薙いでもう一閃、一撃一撃で命を奪うという意思を籠めながら連続で斬り続けるという矛盾。それでも尚防がれる俺の剣技に自信がどんどん失われていくがしょうがない。相手は俺の思う最強に近い人間なのだから。


 片手でいとも容易く振るわれる絶命の一振りを受けて捌いて身を翻し避け、ようやく差し込める一手も空いた片手で受け止められる。


 そうだよな。

 アンタならこの程度簡単に受け止められる。

 きっとそれはステルラも同じだ。あいつはフルプレートに身を包んでいたりしないけど、有り余るほどの魔力強化によって生身とは思えない強度になるのは間違いない。


 そんなことはとっくの昔にわかってんだ。


 フルプレートの隙間を縫う斬撃何て今更要らない。

 既にそれは出来る技術であり、俺に必要なのは鎧を相手にした戦闘方法ではない。力押しに対して抵抗する術を見出す事だ。


 まあそれが簡単に見つかるようなら俺は才能が無いと嘆くことは無かっただろうし、こんな風に記憶の中の敵を頼りに藻掻いたりする必要が無いワケだ。


 あ゛~~、勝てる気しねぇ~~! 

 空想の中で命のやり取りをしてみたが毎回普通に首を跳ね飛ばされて終わる。

 俺のイメージが強すぎるのか? いやでもこの記憶を頼りにするとこうなるんだよな。だってこっち(英雄)も強い筈なのにそれでも追いつかない時とかあるもん。合計で五回くらい戦ってるけど一回目は惨敗、二回目も敗走、三回目でやっと惜敗(せきはい)まで持ち込んだ。


 俺の上位互換がそんなザマなんだから俺が勝てる訳無くない? 


 剣を握って身体を動かすだけが鍛錬では無いとは言え、身体が資本の俺としては、なんだかこう……ちょっとでも動かしてないともやもやする。別に運動が好きとかそういうわけではなく純粋に、少しでもやってないと焦りがこみあげてくるからだ。

 俺らしくないが、俺だって人間だ。

 いつも冷静沈着で頭脳明晰な俺にも焦る時はある。


 と、いう訳で頑張るのにも具体的な策が必要だと改めて認識したので次の手段へ移行することにした。


「ロアくんから呼び出しがあるから期待してきたのに……」


 アイリスさんがぷりぷり怒っている。


「嫌でした?」

「嫌とかじゃないけど……残念な気持ちになるの!」


 女心はよくわからん。


 俺は単に『助けて欲しい事がある』って相談しただけなんだが……


「いーもんいーもん、どうせそんな事だろうと思ってたもん……」


 しょんぼりしてしまった。

 俺がアイリスさんを呼んでお願いしたことはただ一つ。

 俺の剣を見定めて、貴女の感性で構わないから伸ばせる方向性を教えて欲しいという願いだった。


 俺はかつての英雄の技を参考にしているけれどそれだけじゃない。

 他にもたくさんの剣豪を勝手に利用しているしごちゃまぜになってる部分がある。霞構えなのはそこから技を展開することが基本だったから真似してるだけであって、俺が剣技を培ったわけじゃないのがここにきて響いている。


 その旨をアイリスさんに伝えたところ、まあまあ予想外な感想が返って来た。


『ロアくんの剣? 確かにたまにバランス悪いな〜って思うことはあるけどそんなに変には見えないよ』


 と、改造の余地があることを教えてくれた。

 だから今日改めて誘ったんだ。


『今日デート(斬り合い)しませんか』

『デート(お出かけ)!? いくいく〜!』


 以上、ここまでの経緯。


「デートはデートでしょ! なんで学園に来るのさ!」

「誰にも知られない良い場所があるって言ったじゃないですか」

「言ったけどさぁ~~~~!」


 不満が止まらない様子でアイリスさんはカチャカチャ音を立てて剣の整備を始めた。

 なんだかんだ言って準備はしてくれてるので素直に謝っておこう。俺が女性の心を弄んだと噂がたってもめんどくさいし。


「すみませんでした。今度俺の家に招待しますよ、何もありませんけど」

「…………二人きりって条件付けてよね」


 許してくれるらしい。

 優しい心を持った女性が周囲にいるお陰で俺の人生は安泰に向かいつつある。

 具体的に言うと、燃やしてきたり痺れさせてきたり殴ったり蹴ったりしてこない女性は貴重なんだ。おかしいよね。


「へっへ、言ってみるもんだね」

「もしかして俺の事嵌めました?」

「さ~~~てなんのことかな~?」


 この女ァ……ッ!! 

 俺はアイリス・アクラシアという女を勘違いしていた。

 狡猾で目標を達成するためならどんな手も厭わないタイプ、つまり俺と同族。気が合うじゃないか、くそったれめ。


 先程とは打って変わり楽し気に剣を手に取り、部屋を見渡す。


「学園の個人練習場──まさかここで斬り合おうなんて、考えもしなかったよ」

「夏休みとは言え申請さえすれば使えますからね。密室で周囲に見られることも無く、それでいて犯罪にはならない合法的に訓練が出来る場所。ここを使えるのは俺達の特権ですよ」


 ステルラと俺によって地雷を踏み抜かれ許容範囲を悠々超えたルーチェが不貞腐れて隠れた場所でもある。


 俺が使う時は魔法実習をなんとか合格するために使うときなので、ここを血に塗れた空間に変えてしまうという事実には申し訳なく思う。だって俺達がこれからやるの、殺意が無い殺し合いだし。一番やりたくない手段をやらなくちゃならん領域まで押し込まれてきてるのが最悪だよ。

 あ~あ、もう剣を競い合う必要なんてないと思ったのにな~! 

 最強格になったと思ったのに上にまだ人がいるなんて誰が思うよ。魔法全盛の時代と言っても過言ではない現代に於いて他人の記憶でズルしてる俺を超える怪物が居るとは思わんだろ。


「なにぶつぶつ言ってるの?」

「この世に苦しみなんて言葉が無ければいいのに」

「たまに聖人みたいな事言うよね……」


 聖人君子を志した事は無いが、少しはそうありたいと願う心はある。

 そうじゃなきゃ英雄なんて二つ名抱えて生きてられない。でもそうやって生きるのは俺にとってストレスだからそんなもん知るかと言わんばかりに投げ捨ててヒモ志望全開マックスで人生をお送りさせてもらっている。こんだけ苦しんでんだからそれくらい許してくれ。


「今日の予定は?」

「とことん俺に対して嫌な選択肢(・・・・・)をとってください」

「ん~……いいけど、私とステルラちゃんじゃ違うよ」

「わかってます。でも共通点がある」


 共通点? と疑問符を浮かべるアイリスさん。


 俺が思うに、アイリスさんの剣は才能が大きい。

 だっておかしくね。我流でひたすら磨き上げて来た剣技しか習得してない上に学園にも本当の剣豪と呼べる存在なんていないのに、彼女は俺の剣を見抜いた。確かに複数人からハチャメチャにパクって今の形にしたとはいえ、俺なりに整えているし師匠と共に組み上げたんだ。


 それを我流で剣を振って来た人間がわかるとは、俺には思えない。

 だから才能だと評価した。ステルラが魔力・魔法・戦いにおいて天賦の才が与えられたように────アイリス・アクラシアは剣に於いて圧倒的な才を保有すると。


「つまり、才能がある人間がどう対処してくるのかを知りたいのかな」

「そういう事です」


 テリオスさんやテオドールさんも中々得難い人材ではあったのだが、今回はアイリスさんが適任だった。

 だって俺は魔法を使用した戦いを極める事が無意味だもん。あの人達剣も使うけど本質は魔法だからな、所謂英雄とお揃いの『魔法剣士』ってヤツ。師匠が俺を仕立て上げようって冗談で言ってたヤツね。


 当然魔力の無い俺は魔法剣士にはなれなかったが、時間制限付きで魔法剣士に追い縋れる手段を手に入れた。


 でも基本が魔法じゃない。

 師匠曰く、俺にとって最も根幹にあるのは精神(・・)

 どれだけ打ちのめされ弾かれみっともなく敗北を喫したとしても、決して折れない鋼の心なんだとさ。


 そしてそれはもう完成している。

 おれ(・・)が子供の頃からステルラに負けて折れ続けた心は何時しか鋼の強度を誇りつつ折れてもすぐに修復できる驚異的な性能に仕上がった。師匠のお墨付きだから間違いない……んだと思う。多分。


 よって、俺がこれ以上磨けるとすれば魔法か剣の二択。

 魔法は自力で使えないんだから剣を選ぶのは必然。


「という訳なんで、アイリスさんは俺の剣が何も対処を選べなくなるくらい嫌な選択をひたすらし続けてください。泣きながら食らいつきます」

「泣かれるのはちょっとイヤなんだけど…………そういう事ならわかった。お姉さんに任せなさい!」


 そう言いながら剣を手に持って立ち上がった。

 服装は汚れてもいいやつって伝えてあるから簡素な運動着だが、煌びやかな装飾に身を包むよりこっちの方が俺は似合ってると思う。本人が喜ぶかわからないから言わないけど、アイリスさんは戦いの中で輝く女性だから。血に塗れたドレスも美しいかもしれないけどな? 俺の好みはこっちなんだ。


「先手は……俺が貰います」

「フフン、しょうがないなー。────いつでもいいよ」


 刃を潰してある特別性の剣を握り締め、俺は何時もの形、つまり霞構えのままアイリスさんへ向けて一歩踏み込む。


 ────その瞬間、アイリスさんは俺より早く踏み出した。

 そりゃ妨害しろとは言ったけど最初からやってくるとは思わないだろ! 

 見てから反応したことから察するに身体強化も使ってる。俺の要望通りガチガチに嫌がらせをしてくれるらしい。


 才能ある連中はこれだから困る。

 俺はその現実を改めて脳に刻み込んだ。

 忘れるな。俺の相対する人間は全て俺より才能があって努力も出来て強くて格が上だ。


 どこか勘違いしていたかもしれない俺の自己評価を再度最低まで叩き落してから、アイリスさんの突きを避けるために受け流す。


 独特の金属音を奏でながら緩やかに滑っていく剣を弾こうとするが、そこを力で抑えつけられる。


 ──まずい。

 失策を悟りつつ、がら空きの胴体へと振るわれる蹴りの間に肘を差し込むことでクッションにする。激痛と共に衝撃が内臓まで伝わってくるが、少しでも痛みを減らすために自分から跳ぶことで緩和した。代償として既に右肘がジリジリ痛いぜ。最悪だよ。


 横跳びして着地するが、少々不安定な体勢。

 その隙を見逃される筈もなく容赦のない高速移動からの大振りな追撃が飛んでくるのに対し、俺はここで凌ぐ事ではなく真っ直ぐ処理する事を選んだ。


 ガッッ!! という大きな音と共に鍔迫り合う形に誘導し、その隙をついて身体を密着させる。


「随分情熱的だね?」

「少しは滾ってるんで────ねっ!」


 口づけでもするのかという至近距離まで顔を近付ける。


 ギラギラと今にも爆発しそうな輝きを秘めたアイリスさんの瞳と見つめ合い、口角がつり上がるのを実感する。

 少しだけ、俺自身でもわからなかった事だったのだが…………この瞬間悟った。


 どうやら俺にも、俺だけのプライドってものがあったらしい。


「あはっ、ロアくん…………!」


 何だと答えるのも野暮だった。

 互いに考えている事は同じだと、なんとなく確信している。


 以前トーナメントで戦った時とは全く違う感情。

 勝てない相手に挑むことが嫌いで、そもそも戦う事が嫌いな俺が高揚している。

 まるでルーチェと初めて戦った時のように、俺は今、血が流れる事すら楽しんでしまえるだろう。


「きみ、本当は!!」


 やめろよ。

 言うなよその続き。

 アイリスさんの腹部へ渾身の蹴りを叩きこもうとするが、それを察知したのか後ろへと跳び──すぐさま俺に斬り返してくる。身体強化に身を任せた暴力的な加速だが、俺にはそう来ることがわかっていた。

 首筋に迫る剣が命の危機を知らせ、心に抱えたままの恐怖心や劣等感という感情を吹き飛ばしながら突き進む。


 チリ、と。

 僅かに俺の首筋を、アイリスさんの剣が掠めた。

 しかし断ち切られた訳ではない。俺の首はしっかりと胴体に繋がったままなのだから、この程度のリスクはノーリスクとさして変わらない。


 そしてそのまま前のめりに倒れ込むような深さで沈み込み、踏み込んだ足を軸に大きく剣で斬り上げた。

 弧を描くような一撃──たとえ相手が巨大な怪物だったとしても確実に斬り殺せるであろう斬撃に対し、目を見開いて集中しきったアイリスさんは反応して見せる。完全にがら空きだった筈の胴体は強制的に生み出された運動エネルギーによって前へと消えていき、俺の剣とは真逆の弧を描きながら空を舞う。


 そこを逃す手は無い────! 

 そのまま追うように剣を動かそうとした俺の考えを嘲笑うように、斜め上の選択肢を取ってくることも予想して。


 空中のままならば加速は不可能だろうと判断したのは間違いじゃなかった。


「────バランスくらい、崩せよ……っ!」


 笑みすら消し飛び全ての意識をここに集めているだろうアイリスさんにとって、空は弱点になりえない。

 剣を握った手から伝わる力を正確に受け止めながら、その勢いを活かして後方へと────


 飛ばない! 

 俺の胸倉を掴み、身体強化による恩恵を受けた肉体によって無理くり空へと身を投げ出される。

 くそが、なんでもありじゃねぇか! そう悪態をつく暇すらも勿体ないため思考を断ち切るが、既に遅かった。


 追撃の剣よりも先に背中にぶつかった衝撃。


 狙いはこれか! 

 壁に叩きつけられた事で肺から空気が漏れ出す。

 一瞬視界が明滅したのを理解し、そして、直感と呼べるかすらわからない感覚で俺の身体は勝手に動いていた。


 予知能力とまではいかないが、死の感覚に対する嗅覚。

 俺が最も優れている才能はこの瀬戸際でも大活躍だ。その内褒美をやるよ。


 俺の胴体があった場所に奔った斬撃は強化されてる筈の壁を容易く切り裂き崩壊させる。


 あれに当たったら確実に死ぬ。

 死なない程度に加減してくれるかもしれないが、ワンチャン死ぬから駄目だな。食らえない。


「……………………すごいなぁ」


 嫌味か? 

 こっちは肩で息をしてるのに対し、アイリスさんに呼吸の乱れはない。

 まあ当然だよね。向こうは身体強化でもりもりに持ってるけど俺は使ってない。


 ていうか、この感じから察するにさ。


 トーナメントでも普通の順位戦でも使ってなかった身体強化使ったら、アイリスさんはどこまで伸びるんだよ。


 そんな俺の考えを否定しつつ、答える。


「あはは、違うよ。私並行して使えないから」

「……そうですか。それは嬉しい話だ」

「これはね、意味が無いの。ある意味ロアくんにしか通用しない奥の手だね」


 意味が無い────呼吸を整えつつ立ち上がった俺に対し、小さく呟く。


「身体強化なんて当たり前、この程度の速度は当たり前、この程度の強さは──この学園じゃ、当たり前。だから私は魔法を全部剣に注いでるんだ」

「あー…………そういえば、そうでしたね」


 ルーチェと戦った時を思い出した。

 俺からすればルーチェの身体能力は圧倒的に格上なのに対し、無理矢理光芒一閃と素の身体能力で対抗していたあの順位戦。


 まったく、羨ましい限りだ。

 身体強化すら他人の力を借りなければ使えない俺からすれば全員が強者。

 

 その大事な基本をどうやら、少しだけ忘れていたみたいだ。


「…………俺は、才能がない」

「私から見れば才能あるように見えるんだけどなぁ」

「だまらっしゃい。俺は今過去を見詰め直して悪かった点を非常に遺憾ながら洗いざらい抜き出している最中なんすわ」

「……たぶん、才能無い人はそんな努力できないよ…………」


 まあ、それが才能で片付けられるのは構わない。

 正しく俺にとって才能がないことを自己認識していれば問題ないのだ。

 だって俺は誰かさんの記憶を頼りに生きてきてるんだもん。自分自身が何か大事な事をしたわけじゃないと理解しておけ。


「でも、ちょっと安心したよ」

「安心ですか」

「うんっ!」


 先程までの戦闘モードとは打って変わり、アイリスさんは花開くような笑顔で言う。


「ロアくん、私と戦うの嫌いじゃないでしょ!」


 ……………………。


「いや、そんなことは……」

「あんなに楽しそうだったのに~?」


 ……………………いや、違うんだ。

 否定させてくれ。俺は確かに残り僅かのプライドが高揚していると独白を重ねた。

 しかしそれはあくまで戦闘時に昂った異常状態だからこそ導き出した答えであり、ようするにイレギュラー。平時の俺は勿論、トーナメントだってぶっちゃけ戦いたくないと思いながらやってたんだからそれはあり得ないだろ。


「理由は私にはわからないけど――――そんなにイイ目で見られちゃうとさ……」


 ゾクリと背筋が凍り付くような笑みを浮かべ、アイリスさんはゆっくりと剣を構え直す。

 

「がんばれ男の子! 好きな子に勝ちたいんだろっ」

「ぐ、ぐぎぎぎ……!!」

 

 歯軋りをして顔を顰める俺に対し、より一層深みのある笑顔で笑った。

 

 この後やる気に満ち溢れたアイリスさんの魔力が切れるまで永遠にボコされ続けたのは言うまでもない。いきなり強くなることはないが、自分自身の実力を見詰め直すには丁度いい機会だった。勿論ステルラとの差を感じて絶望したところまでがワンセットである。



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