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英雄転生後世成り上がり  作者: 恒例行事@呪勇5/20日発売
九章 弔鐘懺悔の音が響く
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第三話

「…………お、おかえり、ロア」

「…………何してんだ」


 一泊二日のハーレム旅行(誇張ではない)を終え、予想外の剣戟に巻き込まれたりアルベルトに飲酒させられたり帰り道でステルラに電撃を浴びせられたりルナさんに燃やされそうになったりして安寧の地へと帰ってきた俺を待っていたのは、人の布団に包まって睡眠を決め込む不法侵入者兼家主だった。


 あまり見たこともないような動揺をしながら、ゆっくりと俺に視線を合わせる。


「確かにアンタは変な奴だが、一手踏み込むことはしないと思っていた。なぜなら最低限の面子と立場があって社会的な地位を崩される訳にはいかない人間だからだ」

「違う。ロア、落ち着いて聞いてほしい。深い事情があるんだ」

「そうか。どういう事情があれば百近く年齢が離れてる男の布団に潜り込んでぬくぬく惰眠を貪れるのか是非とも教示して頂きたいな」


 荷物をパッパと元あった場所に戻しながら、未だに布団に包まったままの女に視線を向ける。


「いや~……ちょっと忙しくてね。ホラ私、家が田舎にあるだろう?」

「ああ。少し遠いな」

「うんうん。そうなんだ距離がかなり離れてるからわざわざ帰るのが手間でね首都で用事があったしというか寧ろ暫く首都を中心に行ったりきたりしないといけないから大変でねだから都合よくロアの家で寝泊まりしようと思っていたわけなんだ」


 早口で捲し立ててくるが、この女は根本的な言い訳を間違えている。

 距離が遠い、確かにな。馬車でも数日かかるし連絡したりするのも不便だし言いたいことはわかるぜ。


 でもな。


「テレポートすれば良くないですか?」

「…………フッ……」


 フッ……じゃねぇんだわ。

 まあ人の布団を勝手に使っていたことはいい。そこはどうでも良い、だって師匠に買ってもらった奴だし。


「来るなら来ると言え。強盗かと思った」

「む……それは、すまない」


 しょんぼりしながら目元くらいまで布団に隠れた。


「土産はない。道中何処かに寄った訳でもなく、単にアルベルトの所有する別荘に泊まっただけだからな」

「楽しかったかい?」

「……ええ。楽しかったですよ」


 眼福とはああいうことを言うのだろう。


 周りにいるのは俺に好意を持った女性、しかも皆目麗しい人達が水着で楽しそうに遊んでる。

 前世の英雄が見る事の無かった……あー、いや。見る事はあったな。お偉いさんの策略でハニートラップは仕掛けられまくったけど、あの頃の彼はそんな事より救済だっていう救いの権化だったからしょうがない。


 当たり障りない対応してたのを覚えている。


 それに比べて俺は彼の作り上げた平和の中ですくすく健康に(?)育ったので、ああいう時間をちゃんと楽しめるようになっている。ありがとう英雄。


「……そうか。楽しかったなら、よかった」


 そう呟くと師匠は布団から起き上がり、少しだけ荒れた髪の毛を魔力で強制的に解していく。


「師匠」

「なんだい?」

「櫛を貸せ。梳いてやる」

「…………わかった」


 ギシ、とベッドが音を立てる。

 俺が乗り上げた音だ。師匠はうなじ付近で髪を持ち上げるように待機しており、透き通るような白い肌が見えていた。今更この程度に動揺するような少年心を持っている訳では無いので、特に反応する事も無く髪の毛に触れる。


「忙しいのか」

「……少しね」


 魔力で編んだ櫛を使って丁寧に流していく。


 綺麗だ。

 薬の影響で抜け落ちた、と記憶の中で語っていた。

 俺には教えてくれてない話だ。大戦時代、英雄の仲間になってすぐの頃。


「懐かしい場所に行ったんだ。あまり心地いい場所ではない、それでも私にとっては……故郷みたいな場所だった」


 吐き出すような言葉。

 師匠にとっての故郷────要するにあの実験施設だ。

 故郷と呼ぶには血生臭くて嫌な場所だろう。同じ境遇の仲間がいて、その仲間たちも実験に次ぐ実験で命を落とし続け、生き残った人間で構成されたグラン帝国の闇。


「知り合いも、友人も、家族もそこには残ってない。私達が居たという記録だけがあって、それすらも僅かな資料一枚分程度しかないんだ」


 知っている。

 ロア・メグナカルトが知る筈もない情報だから決して口には出せないけれど、俺は確かにそれを知ってるよ。


「寂しくなりましたか」

「……そう、だね。寂しくなったのかもしれない」


 本当にそれだけか。


 昔の俺──それこそ子供の頃の俺なら、そうだと納得したかもしれない。

 なぜなら師匠の事をよく知らなかったから。年齢相応に無知蒙昧だったおれ(・・)ならば、あんた程の人間がそう言うのならと納得していたかもな。


 だが、今の俺は違う。

 あんたの事を良く知っている。

 エイリアス・ガーベラという女性が思っているより打たれ弱くて心が弱くて今でも引き摺っている過去の傷があるって事を。


「寂しいだけか?」

「──……そういう事にしておいてくれ」


 …………ふ〜〜〜ん。

 本人がそうして欲しいって言うんならそれで良いけどさ。


 長く生きてる分色々考えてるんだろ。

 俺は英雄の記憶があるとは言え十年と半分しか生きてない若造であり、戦争の記憶はあるが自分自身で体験したわけではない。


 そこは大きな違いがあると思っている。


「教えてはくれないんだな」

「聞いて楽しい話でもないからね。負債のようなものさ」


 それでもずっと覚えてるんだろうに。


「これはあくまで俺の主観だが────忘れられないように誰かが覚えてくれるってのは、案外嬉しい事だと思うぞ」


 無論前提として諦めているという状況が必要だが。

 俺は魔力に愛されてないからいつまでも生きている事は不可能だと理解しているし、使おうとしている技的に長生きするのも難しいと悟っている。だからこそ既に長生きするのが確定している親しい人間には俺を刻み込もうと躍起になっているし、いつまでも覚えていて欲しいと直接口にすることもある。


 師匠の仲間は既に死んだ。

 百年以上前の戦争で、誰の記憶に残る事も無くあっさりと。

 俺はその現場を見ていないからどのようにして死んだのかすらわからない。


 なぜなら────師匠が自分の手で殺したと、記憶の中で言っていたから。


「それがどんな形であってもな」


 英雄は語り継がれた。 

 本人は後世に名を残す事を良しとせずに歴史の裏に消えようとしたが、残された人間がそれを許さなかった。立役者が称賛されないなんて―バカげた話だが、世界には時として起きる問題だ。


 形を変えて彼は完全無欠の英雄として現代に名を遺している。


 彼がこの話を聞けばどう思うだろうか。

 馬鹿げていると笑うのか、盛りすぎだと苦笑するのか、それとも困るのか。


「…………ロアは、たまに古臭い事を言う」

「今そんな言葉あったか?」

「ああ。古臭くて懐かしい言葉だった」


 懐かしい言葉。

 無意識のうちに誰かさんと同じような事を言ってしまったのかもしれない。

 まあリスペクトしてるからな。嫌いだけど好きだし、俺は英雄に関して面倒くさい感情を抱えていると遺憾ながらも認めている。


「時たま思う事があるよ。君は本当に()の生まれ変わりなんじゃないかって」

「俺もそうだったらいいなと思う時があります。主に才能面で」

「ブレないね……」


 才能さえあればな~~~! 


 こんな風に悩んだりしないかもしれないのに。

 今の俺は一体どうしてこうなってしまったのだろうか。才能が無さ過ぎた? それはある。でもそれ以上に何かが俺に作用したんだ。とてもくだらなくてどうでもいい僅かなプライド────男の矜持ってモンがな。


「はい、綺麗になりました。素人のやったことなので気に入らなかったら直してください」

「いや、構わない。ありがとう」


 そう言って師匠は立ち上がった。


「もう行くのか」

「うん。あんまり休んでいられないからね」


 随分と忙しそうだ。

 ルナさんもエミーリアさんがひっきりなしに動いてて全然家に居ないという話はしていたし、大人は大人でなんかやってるんだろうな。俺? 俺は子供であるという立場を活かして絶賛サボタージュ中です。


「飯くらいは作ってやるからちゃんと帰ってこい。夏休み中くらいはな」

「……ロアがそんなこと言い出すだなんて、明日は槍でも降るのか」

「次舐めた事言いやがったら晩飯は全部雑草にする」

「出さないとは言わないのがロアだねえ」


 ぐ、ぐぎぎっ…………!! 


 歯軋りが止まらなくなった俺を見てケラケラ笑いながら、師匠は歩き始める。


「またそのうち来るから、食事は豪勢なのを頼むよ」

「金置いてけよ」

「…………ああうん、そうだよね」


 非常に残念そうな顔でため息を吐いた。

 しょうがないだろ金ないんだから。こちとら無職ヒモ志望のダメ人間だぜ。










 それなりに纏まった額をポンと残し師匠は何処かへ消えて行った。


 大人達の作戦を教えてこないあたり俺達子供に伝える気はないんだろう。

 巻き込みたくないという願望からなのか、単純に戦力も人数も足りてるのかはわからん。学徒動員をしなくていい世の中だというのは、かつての英雄にとっては嬉しい世界になったのだろう。


 その分大人達は大変だ。

 俺がそんな立場になったら血反吐を吐いて毎日地べたを這いずりながらじたばた暴れて休みを要求する姿が見える。


 そしてやる気の欠片もない俺は今日も楽しく読書を貪る──事が出来れば良かったのだが。


 誠に遺憾ながら現在は夏休み。

 ただ無様に怠惰に時間を消費するのにもってこいではあるのに俺はその選択を取れない。この自堕落を自負している俺がだ。こんなにも悲しい事はあるだろうか。


「は~~~~~…………」


 長い溜息に絶望の感情を滲ませつつ、立ち上がって隠し持っていた剣を手に取る。

 首都のど真ん中で真剣を所持するのは流石に危ない奴なので刃を潰した師匠お手製の道具だ。魔法使える連中が蔓延ってるのに今更何をと思うかもしれんが、魔法は個人によってなんかこう……感じ取り方が違うだとか何だとか。だから仮に犯罪が起きてもすぐに特定できる、らしい。


 俺にはわからない話だ。

 殺傷事件が起きて俺の所為にされる可能性は限りなく0に近いと思うが、念のため。


 この剣は山籠もり何年目くらいだっけか。

 大体三年目くらいで師匠に作って貰ったんだったか。

 素振り用として、俺が一番嫌いな努力という概念を体現するこの道具を他人に見られるのは少し嫌だった。


 持ち手に滲んだ俺の血と汗────度々洗っているというのに拭えないくらい染みこんだ俺の人生。

 そんな簡単に落とせてたまるかという僅かなプライドと、そんなものに価値はないと否定する俺の心。相変わらず矛盾した二つを抱え持つのは特別感があってちょっといいだろ? いいと言え。じゃなきゃ泣く。


 中庭への窓を開いた瞬間夏の熱気が部屋中に入り込んでくる。

 蒸し暑くて肌が張り付く不快感が全身を覆うが、眉を顰める事も無く平常心で外に踏み出す。


 あ゛~~、暑い。

 なんでこんなバカみたいな気温なのに外で鍛錬しなくちゃならんのか。

 全部ステルラに勝てばいいだけなのにその勝つって行動が非常に難しいのが原因である。許せねぇよやっぱ俺……


 脱水症状で死なないように常温の水を用意して、終わる頃にはぬるま湯になってるので残念な気持ちになる一杯を想像して嫌になる。


 確かに俺はアルに勝ち目が薄いという話をした。

 だがそれはそれとして、現実がそうだからと諦めるようなことはしない。

 そうじゃなきゃ俺の人生無駄になっちまうだろ。今この瞬間をどんだけ嫌いな努力に費やしても勝てるのかわかんないんだからそりゃああるだけ全部ぶち込んでやるさ。努力は積めば積むほど未来を豊かにするかもしれない(・・・・)んだから。


 記憶を反芻しながらイメージトレーニング。

 子供の頃から幾度となく繰り返した、俺の強さの根幹を司る要素。


 今日の相手は……そうだな。

 先日アイリスさんと戦った感じ近接戦闘は問題なさそうだ。

 確かにコロコロ戦術を変えられるとやり辛いが、それはそれとして一本突き通すしかない俺にはあまり関係のない話。ステルラがどれだけ天才だとしても、唯一勝利を拾えるこの距離を譲るつもりはない。


 これまでだって、これからだって。


 あ、待ってやっぱり訂正したい。

 結局近接戦で勝ててない相手はいる。

 想像上の相手ですら勝てないんだから現実で対面したらまあ勝てないだろ。


「────…………そろそろ、アンタに勝ちたいところだな」


 脳裏に浮かべるのは、かつての英雄。

 その片割れとも言うべき、歴史の裏に葬られてしまった悲しき運命を持つ男。


 師匠が模造体として魔力で再現した彼は決して本物じゃない。


 俺の記憶の中にいる彼────アステルは、もっともっと強い。


 ガキの頃を思い出すよ。

 毎日毎日師匠に生み出された作り物のアンタにボコボコにされて、やっと少し抵抗出来るようになったかと思えば二人がかりで斬りかかってくるようになった。これやっぱ虐待だよな。


 今ならアンタの偽物くらいなら一捻り出来る。

 だから、俺が掲げるべき目標は────二人の英雄を超え、その上でステルラを倒す事。


 不相応にも戴いた“英雄”を冠するのならばこの程度やってみせなくてはならない。


 目の前に揺らぎを伴い現れた幻覚。

 何度も何度も何度も繰り返しイメージをしまくった結果、相手の動きを想像しながら自身も剣を振り身体を動かすという誰が得するのだと疑問を抱きたくなるような能力を手に入れた。俺しか知らない記憶から勝手に読み取ってるのだから仕方ないが、それはもう奇特に見えるだろう。


 しかも何が問題あるってさ。

 俺の記憶はあくまでかつての英雄のものであり、俯瞰的に周囲を見渡したりすることはできない。一人称視点で始まるこの記憶は常に激烈で苛烈であり、俺のようなやる気なしには少々目に毒なのさ。


 剣を構えて備える。

 ステルラ・エールライトは紫電を操る魔法使い。

 奇しくもアステルは雷電を操る魔法使いで、それが座する者(ヴァーテクス)に届かない人間の限界とでも呼べるような強さであり──逆に言えば、この程度超えられなくちゃステルラには勝てないって事だ。


 上等だ。

 決戦までまだまだ時間はある。


 絶対に勝ち抜いてやるさ。


 そうして俺は大嫌いな努力を続ける事を誓い、翌日にはやりたくない嫌だと駄々を捏ねて地べたを這いずりながら中庭に身を引き摺り下ろしぶつぶつ文句を言いながら鍛錬を続ける不審者と化してしまうのだった。一日を終えて眠りにつく俺の元に現れる英雄二人は揃って呆れたような表情をしているような気がした。


 呆れるくらいだったら強さをくれ――――おれの切実な願いを聞き届けてくれることを祈るばかりだ。


 


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