第九話
「や、元気してるかい? ヒモ男」
「ついさっきまではすこぶる快調だったが、たった今不調になった。お前の顔を見たからだな」
「ウ~ン、元気そうで何より。はいこれお土産」
なぜか部屋までやって来たアルベルトの土産を受け取る。
えー……なんか見覚えのない袋だ。毒でも入ってんのか? 俺は毒味はやらんぞ。
「失礼だなぁ、こことは違う大陸の土産だよ」
「……そういえばお前一応グラン家だったな」
「僕ほど気品に溢れる人間になんて失礼なことを……」
「心にもないことを言うな」
別大陸、か。
戦争が終わってから数十年後に見つけたらしいんだが、人の手はまだ入ってるようには見えないとか未開の地だとか言われてる。
「マリアさんも呼び出しくらってたみたいでね。一緒に旅行気分を味わおうって言ったら断られちゃった」
「呼び出し…………ああ、そうか」
魔祖十二使徒の約半分程がそちらの大陸を調査している、なんて話は耳に挟んだことはあったが本当だったのか。
「流石にあの距離をテレポートで移動するのは不可能、魔祖十二使徒と言えども帰ってくるには一週間程必要。僕は移動に合わせて四日使ってるから、実質三日間しか滞在してないのさ」
「そういうものか」
テレポートも万能じゃないんだな。
多分その別大陸ってのも、想像したこともない位遠く離れた場所にあるんだろう。
「で、この土産はなんだ」
嫌な予感がするんだが……
縦に振りまわせばガサガサパラパラ乾いた音が聞こえてくる。……砂?
アルはふふんと得意げに鼻を鳴らしてから、悪びれもせずに言い放った。
「持ち込み禁止の新植物の種子だね」
「文字通り厄介事の種を持ち込むな」
◇
パチパチと火花が弾ける音が周囲に響く。
夏真っ盛りでジメジメムワムワと不愉快な熱気が経っているのにもかかわらず焚火で追い打ちしなくちゃならない手間を増やされたのは普通に謝罪して欲しい。
「ああ、隠して持ち込むの苦労したのに……」
「アウトラインを一瞬で越えてんだよ。助かりましたルナさん」
クソバカを縛り上げて他にモノは無いか詰問したところ、流石にやりすぎるとマズいと判断していたのかこれだけだと言ったので信用することにした。
まず持ち込むなよ。
ドッキリにしたって限度があるだろ。
燃やすためだけに魔祖十二使徒を継ぐ人を呼びつけるのはどうかと思ったが、これが原因で異常が起きてもしょうがない。
念には念を入れてってヤツだな。
俺が呼んだ時は(家まで行った。エミーリアさんにも挨拶した)僅かに楽しそうな空気感が漂っていたのに今はまるで違う。虚ろな瞳で火を見つめ続ける姿は流石の俺でも恐怖を感じざるを得なかった。
「私は都合のいい女です……」
「すみませんって、埋め合わせは今度してあげますから」
「やりました、何でも言ってみるもんですね」
ボソッと呟いた言葉に反応したら元気そうに返事をしてきた。
コイツ……俺の事を嵌めやがったな、許せねぇよ。
「ロアくんに学びました」
「これはロアの所為だよね」
「ふざけんな。人の所為にするとかお前ら常識がないのか?」
「胸に手を当てて自分に問いてみると良いよ」
試しに胸に手を当ててみたが変わらぬ平常心と心拍数、異常は何処にもない。
一体何のことを言ってるかわからんな。
「は~~、今日も俺の心は晴れやかな空模様だ。何一つとして後ろめたいことは無い」
「なんでこんなのに惚れたんですか?」
「自分でもわからなくなる時があります」
うるさい奴らだ。
取り敢えずアルベルトを縛り上げている縄を外して、部屋に戻る。
いつまでも暑い空間に居たくない。
部屋の中は冷房(魔力で動くが、俺は魔力が殆ど無いので予備魔力を借り受けている)が効いている。金さえ払えばそういうサービスを受けられるのが都会のいい所だ。その金は師匠の懐から出ているが。
「文明の利器最高。山には二度と戻りたくない」
「まあ魔法が使えれば自分で調節可能なんですけどね」
「水差すような事言わないでください。水かけますよ」
「水くらい弾けるから構いませんよ」
クソが…………
何言っても勝ち目がない。
ルナさんは先日のデート以来顔を合わせるのだが、相変わらず波長が合う人だ。
より具体的に言うのならノリが気安くて楽。
「とか言って本当にやらないからね、ツンデレだ」
「ロアくんは優しいですからね。人が悲しむ行動はあまりしたがりません」
「寄ってたかって俺を虐めて楽しいか?」
ニコニコ明るく「うん!」と即答したアルは後でシバくとして、ルナさんはいつも通りの無表情でコクコクと頷いた。
「チッ…………で、何しに来たんだ。まさか本当に土産を渡すためだけに来たのか?」
「まさか。誘いに来たのさ」
誘い?
俺を犯罪に巻き込むなよ。
師匠の名を傷つけるような事はあまりしたくない。俺がヒモだと世間にバレるのはどうでもいいが、明確な犯罪行為は流石にアウトだ。
「君は僕をなんだと思ってるんだ?」
「女性と殴り合いをして興奮する変態」
「やれやれ、何も否定できないね。正論は時として暴力になるんだぜ」
喧しい奴だ。
「ま、今回の誘いは君にとっても得がある筈さ。そうじゃなきゃ話すら持ってこないし」
「聞くだけ聞いてやる。用件を言え」
一応さっき出した茶をズズズと啜った後、アルベルトは楽し気な表情で言った。
「────夏と言えば?」
「暑い」
「うんうん、それもそうだ。でもそれだけじゃあないだろ」
問いかけか。
夏と言えば、に続く言葉を当てろという事。
常識的に考えれば海だろうな。真夏の海水浴は風物詩になってるとは話に聞いたことがあるけど、あんなもん金持ちの道楽だから気にしたことすらなかった。
忘れがちだが俺は田舎出身山育ちの野生児である。
「夏と言えば海ですね」
「正解です、ルーナさん」
俺も正解に辿り着いてたから実質正解だったな。
「という訳で、心優しい僕は海に行ったことが無いだろう貧しい君を海に遊びに行かないかと誘いに来たのさ。勿論皆一緒にね」
「少々不愉快な物言いだがお前にしては珍しい心がけだ。何を企んでいる?」
「一夏の思い出ってのを僕も作っておきたいのさ。学生の特権だろ?」
ふーん。
アルベルトは変態でカスで外道な部分がナチュラルに混在しているだけで、世間一般的(?)な常識は持ち合わせている奴だ。
心の奥底でまた変な事を考えてる可能性は高いが、友人と遊びに行きたいという欲望は間違いないと見た。
「で、本音は?」
「君が女性陣に囲まれてボコボコにされてる所がみたい」
「お前本当にイイ性格してるよ」
「────という訳で、水着を買いに行きます。準備は良いですか」
無表情で楽しそうに啖呵を切るルナさんを眺めつつ、俺は菓子を口に放り込んだ。
美味い。
甘めのお菓子で以前喫茶店で嗜んだように珈琲が欲しくなる。
「美味い。ありがとうルーチェ」
「口に合ったなら良かったわ」
口を隠すように肘をついてそっぽを向くルーチェ。
俺とステルラが実家に帰省している間、首都近郊の実家に戻っていたらしい。
一人暮らしをしているのはコミュニケーションエラーが原因だが、少しはトラウマというか心の傷が癒せたのならそれは良い事だ。
「私も貰っていいの?」
「当たり前でしょ」
「やった!」
そして何故か一緒に来たステルラ。
俺の家に来るより先に向こうに寄ったようだ。
仲良しになってて俺は嬉しいよ。
ルーチェはともかくステルラは友達が少ないからな。男友達は出来る限り作らないで欲しいし俺以外見ないで欲しいが、同性の友人は増えれば増えるだけステルラの人生を豊かにする。でも変な奴とは関わんないで欲しい。
「……で、何をいきなり言ってるの。水着?」
「先程説明した通りですが、アルベルトくんの厚意で海に連れて行ってくれるそうです。持つべきものはお金持ちの友人ですね」
「多分ルナさんの家もお金持ちに分類されますよ」
「…………言われて見れば……」
楽しそうにお菓子を食べているステルラと俺の家が一番下。
そもそも二人とも魔祖十二使徒の家族なんだから裕福に決まってるだろ。
「嫌味になっていました。すみません」
「別に気にしてませんが……受け取っておきます」
そもそも俺は働いてすらいないから貧乏煽りを喰らう程弱くもない。
「……そういえば、海なんて行ったこと無いわね」
「意外だな」
「他人の視線が多い場所で肌を晒したくないのよ」
でもお前俺と戦う時滅茶苦茶脚振り回してたよな。
あれ、最悪下着まで見えてた可能性があるんだが──そこまで口に出そうとしたが、藪蛇を叩きたくなかったのでだんまりを選択。
「ロアくんの前なら良い、と。聞きましたか?」
「そんな事一言も言ってないでしょうが!」
偏向が凄まじいことになっているルナさんの言葉に憤りを示すルーチェだが、思い上がりじゃ無ければコイツは俺に対して肌を晒す事をあまり躊躇ってないように思える。これまでの経験上デレた時の解放感はルーチェが一番だ。
「……なによその目。ぶん殴るわよ」
「怖い怖い。ステルラ、お前も水着用意しろよ」
「む゛く゛ッ」
唐突に標的にされた事で驚いたのか喉に菓子を詰まらせたらしい。
お茶で一気に流し込んで台無しにしている辺りがステルラっぽいが、今回はいきなり話しかけた俺にも非が有るかもしれないのでちょっとだけ反省しておく。
「み、水着ってあの…………し、下着同然の奴?」
「そうだが……なんか言い方がイヤだな」
言われて見れば下着同然だ。
でもそれはそういうタイプの過激な水着を指しているのであって、普通に被面積が多い物を着用すればいいのでは?
「あっ…………そ、それは……ソウナンデスケド……」
フッ。
ステルラが何を考えているのかはわかった。
あえて触れないでいてやるのも優しさだ。
今のステルラには時間が必要なんだ。現実を受け入れる時間が。
「あ、ロアくんはついてこないでください。当日までの秘密ですから」
「なんで俺の家に集まったんですか? 最初から別で話してくれ」
なんでこの流れで俺をハブるんだよ。
おかしいだろ。
見た目が整ってて俺に好意を抱いている女性陣の水着姿を見てぇよ。
「ロアくんの趣味に合わせるのはいいんですけど、今回は私達の仁義なき勝負なので」
つまり各々の趣味に合わせてくれるって事だな?
それはそれで楽しみだ。
ぶっちゃけた話俺は長い間文明に触れていなかったから私服がかなり適当である。こないだルナさんとデートした時の服は多少気合を入れたのを着たが、普段着はめっちゃ適当。
一方部屋の中にいる女性陣の服装は綺麗で似合っている。
「センスで勝負です。
衣服のセンスは女性にとって必須。
着飾る事で美しく自分を表現し、ロアくんが一番好みだった人間がロアくんと夜の砂浜デートできる感じで行きましょう」
「なんでわざわざ夜なんですか」
「そっちの方が雰囲気出るって本に書いてました」
ロマンチストだな。
満天の星空を眺めるのは確かにいい雰囲気だろうし、流れで少し手が進むこともあるかもしれないが、残念な事に俺は嫌という程星空を見て来た。もう本当に嫌になるくらい。寝転ぶと同時に虫が身体を這いずる感覚を思い出す。
たくさん生えてる足がうねうね肌の上を元気に駆け回るあの感触は不愉快という言葉だけでは言い表せない。
「…………ふーん。いいわ、受けてやろうじゃない」
「ものの見事に釣られましたね」
ルーチェ…………
お前はどうしてそうなんだ。
いや、俺と夜の砂浜を歩くのを楽しみにしてくれるのは有難い。
それに可愛い女の子を見るのは好きだ。ていうか見た目が整ってて自分に好意を寄せてくれてる異性で尚且つある程度両想いの相手が着飾ってる姿を見たくない奴は居ないだろ。
「……なによ。文句あるの?」
「何もない。楽しみにしてるぜ」
ふん、と一呼吸おいてルーチェは満足げに息を吐いた。
「俺とステルラは田舎者だからな。ドレスアップは任せた」
「少し意味合いが違いますが……まあいいでしょう。敵に塩を送るのは不服ですが、フェアな勝負にならなければ意味がありません」
「一体どこからその情熱が沸いてきてる訳?」
「わからないんですか、ルーチェさんともあろうものが」
やれやれと気障なモーションと共に呆れた声を出したルナさんに対して青筋を浮かべながら、ルーチェは怒りを飲み込んで言葉を続けた。
「トーナメントで手に入れられる筈だったチャンスです。田舎から出て来たばかりの芋娘に都会で育ったレディの威厳を見せつけ男を奪うチャンスなんですよ」
「そんなことしなくても全員見ますけど」
「だまらっしゃい!」
フンスじゃねぇんだよな。
楽しそうなのはいいんだが、言われている張本人である芋娘は口角がピクピク震えている。
「……俺達の地元に、流行りの服屋なんて洒落た店は無かった。美容室なんてモンも無かったし、流行りの雑誌なんて見た事すらなかった」
「……………………」
ステルラは口元をキュッと結んで顔を逸らした。
「ステルラ。期待してるからな」
「…………はい……」
ステルラは目を逸らした。
おい。
こっちを見ろよ。
正面に座ってるくせにルーチェの方へ逃げようとしたステルラの肩を掴む。
「頼むぞ。
俺は本気で期待してる。
これでしょうもない恰好だったら一生かかってもお前を許せないかもしれない」
「あ、あぅ……」
「目が本気ね……」
「本気ですね……妬けます」
外野が何かを言っているがどうでもいい。
わかったなステルラ。
以前アイコンタクトでお前と話した時があった。あの時と同じくらいの想いを俺は視線に乗せている。
──わかるだろ。
──ハイ。
完璧なコミュニケーションだな。
「勝負は三日後。
浜辺で最も似合う水着を選択し着こなした人間の勝ち。
勝者にはロアくんとの夜散歩デート権利が与えられます!」
うおおー、なんて盛り上がるルナさんと静かにお茶を飲むルーチェ。
「あ、この話はアイリスさんにも通しておくので気を付けた方がいいですよ。私の勘ですが……彼女は曲者です」
なんだそのダークホース的な扱いは……
でも確かにアイリスさんって身体のプロポーションいいし顔整ってるし可愛い系の女性である。
ルナさんは子供、ルーチェは美人、ステルラはどちらかといえば可愛い系。
成長の見込めないステルラと違って一足先に大人の女性に近付いているアイリスさんは伏兵というより本命と言った方が正しいのではないだろうか。あの人常識兼ね揃えてるからな。
あれ?
俺が一番期待できる人ってアイリスさんじゃないか?
「ふっふっふ、三日後を楽しみにしておくといいです。咽び泣きながら私に抱き着くロアくんの姿が想像できますゆえ」
「吠え面かかせてやるわ。覚悟しておきなさい」
「わわわ……どうしようどうしようどうすればいいんだろ……」
三者三様、みんな違ってみんな良いという言葉があるが、ここまで全員色が違うと逆に統一感があるように思えてくる。
海、海か。
一度だけ彼の記憶で見たことはあるが、確かに綺麗な風景だった。
どこまでも広がるような青い水、僅かに波立つ美しさ。白と青が混ざり合っていて、太陽の輝きを反射した青が更に煌びやかに映る。
……いい思い出作り、か。
誰がアルベルトに手を回したのかはわかりやすいが、素直に受け取っておこう。
「む。なんですかじっと見て。惚れました?」
「そうっすね。気遣いの出来る女性は好みですよ」
「……やっぱりロアくんは意地悪です」




