第六話
話は少し遡る。
俺とステルラがデートという名の散歩をしている時の話だ。
呑気に鼻歌なんか奏でながら心地よさげに歩くステルラの横で、俺は久しぶりの筈なのにどこか嗅ぎ慣れた田舎特有の香りを楽しんでいた。
「周囲の視線を妙に感じるな」
「あはは、ロアは有名人だからね」
そうか?
俺からすればステルラの方が有名人だと思う。師匠の名を継いでるし、幼い頃から大物になるのは決まってたみたいなもんだからな。
少々同年代からは距離を置かれているが大人はそうでもないんじゃないか。
その旨を告げるも、ステルラは少し歪な笑顔で流した。
…………ふ〜ん。
なるほどね。
どうやら俺が知らないだけでステルラにも思う所はあるみたいだ。
ピクついてる頬を掴んでむにむにしておく。
「むえ~~~」
「なんだその声は……」
腑抜けた顔でぐにぐにされるがままのステルラ。
フン…………特に言うことはない。強いて言うなら、俺が幼き頃から憧れていた関係性というものに近付いてきたのだから感慨深いものが込み上げてくる。
素直に言ったら負けた気がするから絶対言わないけど。
手を放して、ステルラの歩く速度に合わせる。
なにもデートと言うのは金を支払い外食をして共に何かの思い出を共有する事だけを指すわけじゃない。
こうやって大した特別感も思い出も無いが、互いの時間を使ってなんでもないひと時を過ごすのもまた風情がある。
それでいいじゃないか。
かつての記憶を鑑みれば、なんでもない日常こそが最も大切だと思わされることもあるのだ。
「スズリちゃんとは仲良くできそう?」
「問題ない。俺の妹だからな」
いきなり兄貴面するのはどうかと思うが、やっぱりスズリは俺の妹だ。
面倒くさがりで才能なくて本を読むのは暇つぶし。ウ~ン、かつての英雄が押し付けて来た(?)記憶が無かったら間違いなく俺もそういうルートを辿っていたと断言できる。そしてステルラが一人強くなる未来で俺は無力で、どうしようもない後悔に苛まれて生きている姿も想像できた。
「スズリはまだ幼い。まだ将来に悩むような年齢じゃないし、世界は思っているより娯楽に溢れているからな。何かに手を付けてそれから努力を始めたって遅くはない」
「スズリちゃんは意外と魔力あるからねー。鍛えればもっと育つかもしれないし」
なんだと?
こいつは今聞き逃せない一言を言い放った。
俺の視線に気が付いたのか、ステルラは「やってしまった」と言わんばかりに表情を変化させて目を逸らした。
「キリキリ話せ。今すぐに」
「え゛ッ、えぇっとぉ~~……なんといいますか……」
俺が魔力感知できないからってバカにしてやがんのか。
「五段階評価でE、最低値の更に下ってトコロかな?」ってニコニコ笑顔で言ってきた師匠はその日ボコボコにしてやろうとしたが逆に返り討ちにされた挙句魔力の扱い方をレクチャーされた。イヤミかテメェ、いつかぶっ飛ばすリストからいつかぶん殴るリストに格上げした。
そして今、俺が魔力感知できない程に魔力に恵まれていない事を忘れていたであろう幼馴染は汗を垂らしながら必死に思考を巡らせている。
「ま、魔力だけならって話だし……それにほら、魔力の有無は強さに比例しないし?」
そこじゃねえンだわ。
俺が気にしてんのはもしかしてメグナカルト家で魔力を持ち得ないの俺だけって可能性が発生したことなんだわ。俺だけが完全無欠に劣等生じゃねーか。
その意図を察したのか、ステルラは微妙な顔をして頷いた。
そうか…………
そうなんだな…………
薄々感じてはいたんだ。
俺は魔力なし才能なしやる気なしのダメ人間だが、父上は学者としてそこそこ権威のある立場だし母上もおっとりした天然さがありながらも大事な所は外さない芯の鋭い人だ。
俺はあえてあの二人に魔力があるのか無いのかを知ろうとはしなかった。
「俺だけか…………こんなに魔力がないのは……」
「う、うん…………」
ふ〜…………
ふん。
わかってはいたさ。
父上も母上も魔法を使えないのではなく、使う理由がないから使ってないってことくらい。
師匠が魔力をポンポン使って生活を楽にしてるのは、そういう文明の中で生きて来たからだ。
見た目が若いから忘れる人もいるかもしれないがあの人の年齢は百数歳(詳細を知ろうとしたら電撃で昏倒させられた)。
百年も進めば文明は進化する。
現に俺の部屋にある家具は魔力がなくても不自由なく利用できる物で揃えてあるし、実家の家具もそうだった。
ルーチェとかステルラの部屋は結構魔力を動力にした道具が多かったけどな。生活の一部で才能差を見せられるのは普通に悲しいからやめてほしい。
話を戻そう。
意図的にか、それとも偶然か。
師匠は俺が扱えないのはわかっていたからそういう道具で固めてくれたんだろうけど、父上と母上はどうなんだろうか。俺が生まれて俺が魔力がないことを知って、変えてくれたのかな。
もしそうなら有難いことだ。
「あ、あのねっ。おじさんもおばさんも隠してたとかそう言う訳じゃなくて、ええっと……なんていうかその……言うタイミングが無かったっていうか……わざとじゃないっていうか……」
こいつもう喋らせない方がいいかもしれねぇ。
人をフォローする才能がなさすぎる。無自覚に他人の心を抉りトラウマを築きダメージを与えるのは幼い頃から実証済みだったが、引っ込み思案になったことで解決できたと思ったら全然解決できて無かった。
溜息を吐いてから、慌てながら弁明を繰り返すステルラを見る。
「お前は本当に変わらないな」
「う゛っ…………」
俺をボコボコにし続けた頃から変わらないし、なんならルーチェとの関係にヒビが入った時とも大差ないだろ。
変わってなくてある意味安心する。
俺もステルラも、一生このままなんだろうなって。
「気にするな。俺はそんなに気にしてない」
「うぇ……ほ、本当?」
「本当だ。だからその下手くそすぎる誤魔化し方をやめろ」
えへへじゃねぇんだよ。
クソが、そう言えば俺が抵抗できないと思ってやがるな。
その通りだ。
「スズリに魔力がそこそこあるってのはどれくらいなんだ」
「えーとね。多分ロア百人分くらいかな」
もっといい表記の仕方はあったと思う。
俺を百人並べるよりヴォルフガング二分の一とかルーチェ五人分とか、絶対そっちの方が良かっただろう。なぜ俺を貶める形で例に出してしまったのか、ステルラに小一時間ほど問いただしたい。
「あ、でもね。別に魔法を使えたりするわけじゃないから大丈夫だよ」
「お前さては魔力のある人間全部に俺が嫉妬すると思ってないか?」
ステルラは目を逸らした。
ふざけんな。
確かに俺は魔力を持ってる生きとし生ける全ての生命体に対して嫉妬と怨嗟を抱えているが、それはそれとして身内という別枠のジャンルが存在している。
ルナさんとかステルラとかルーチェは別枠。
いやでも待てよ。
仮に俺に魔力があったとすれば、多分もっと手軽にこの領域に到達出来てるんだよな。
身体強化魔法と並行して雷魔法使えばいいだけだから並行処理自体はそこまで難易度高くないし、もしも俺が魔力を持っていたらそれはもう楽な道のりだっただろう。
前言撤回、俺は身内判定とか関係なく魔力が欲しかったし魔力を持つ人間に嫉妬する。
「俺よりお前の方が俺を理解していたみたいだな」
「今の間に一体何を考えたのかな……」
「ステルラは聡い奴だなと感心していたのさ」
「絶対嘘だ」
信用が足りねぇ。
あ~あ、スズリは俺以上の魔力どころかそこそこ高水準の魔力を抱えてんのか。
悲しくなっちまうな。
スズリがその道に進むかはわからんけど、もしも魔法使いになりたいって言いだしたらどんな顔すればいいんだろうか。俺は苦虫を嚙み潰したような表情で祝福を言えるのだろうか。
「ハ~~~~…………」
「ま、まあまあ。元気出してよ」
俺はいつだって元気だぞ。
元気だが眠たくてやる気がないのがデフォルトで、時には絶望に心が支配されてしまう事もあるだけで。
でもこうやって気が落ち込んだ時は少しでも気力を回復させるべきなんだ。
具体的にはそう、美味いもの食うとか。
「美味い飯が食いたい。ステルラ、お前料理できるか?」
「ウ゛ェッ!?」
どういう声出してんだよ……
ステルラお得意のダミ声を織り交ぜた驚愕を慣れた様子で受け流し、呆れた目線を送った。
コイツが料理出来ないのは周知の事実である。
だって師匠・俺・ステルラの三人で特訓した一週間で一度も飯を作らなかったからな。魔力だけは貸し出してくれたので調理器具を使えたのには感謝してるが、それはそれとしてだ。
俺だってそりゃあ、アレだ。
好きな女が作る手料理は味わってみたい。
でも俺が口に入れるチャンスがある時は毎回毎回別のやつが作っている。ステルラの手作りだと思って食べたらアルの手作りだった時は流石の俺も堪忍袋の尾が千切れて消滅した。
「あ~あ、ルーチェは作ってくれたのにな~」
「ぐぎっ……」
そう、ルーチェはお嬢様なのに料理上手なのだ。
花嫁修業的なのやってたのかと一度聞いてみたが、ルーチェ曰く「自分で作るしかなかったから覚えた」らしい。一々悲壮感が漂ってくるところにアイツらしさを感じてしまった俺は悪くない筈だ。
「…………べ、別に作れない訳じゃないし……」
「へ~~~、そこまで言うなら作って欲しいトコロだぜ」
ステルラはそっと目を逸らした。
はい、俺の勝ち。
師匠と同じくらいの飯を作れるようになってから言ってくれ。
俺が死ぬまでに美味いもん食わせてくれればそれでいいし。
「────ロア」
「どうした」
先程までのおふざけ空気感とは違い、至極真面目な表情で家の方を見つめるステルラ。
……魔力感知、か。
師匠がいるから大事ないとは思うが、耳を傾けておこう。
「スズリちゃんの場所で、あの時の魔力…………」
そう呟くが否や、ステルラは紫電を奔らせる。
あの時の魔力。
何時の事を指すのか俺にはわからんが、どうやら良くない出来事なのは確かだ。
そしてステルラは俺の手を取って────いや待て。
お前なんでナチュラルに俺の手を掴んでる訳?
いや確かに移動速度じゃ俺は勝ち目がないし、こうするのが合理的なのかもしれんけれどもさ。
バチバチ帯電したステルラの手を通して僅かに痺れる俺の手が、これから起こる悲劇を想像して震えている様だった。
「ロア、行くよ!」
「待てステルラ。おそらくその行動は正しいが俺の気持ちが──」
そして時は今に至る。
──痛ってぇ~~。
ステルラアイツ、俺の事を運ぶだけ運んで途中で手を放しやがって……絶対に許さねぇ。
左腕めっちゃ痛むんだけど、これ変な感じに着地しちまったな。折れてなければ動けるんだが……
でもスズリが危ない状態だったみたいだしそこは褒めてやる。人命を優先したってワケだな、俺の命が脅かされている事実は此処に関しては置いておいてやろう。
で、だ。
眼前で威嚇をする白い怪物────大戦時代の遺物、その体現。
随分と懐かしい野郎だ。
おおよそ十年前、おれはお前にしてやられたな。
そしておおよそ百年前、かつての英雄はお前達にしてやられた。
まだまだ未熟で足りない事のほうが多いこの身ではあるが、今ならお前に一手指し返すくらいの事は出来る。
いつまでも人の世に現れるもんじゃない。
怪物や伝説は、語られるだけの存在になるのが一番いいのさ。
光芒一閃を振りかざす。
こいつを一体斬るのに技は要らない。
技なんか使ってやらん。
雄叫びと共に俺に向かって、右腕で殴りかかってくる。
ンな単調なもの、今更くらって堪るか。
こっちは毎回毎回命を賭けて天才共と戦ってんだ。
どいつもこいつも強い奴ばっかだ。
大戦の頃と比べても個性豊かでずば抜けた連中だよ。
「起きてくんなよ、時代遅れ……!」
とんだ自己否定だ。
俺は埋没した英雄の記憶を頼りに成り上がろうとしているのだから。
滑稽な事この上ないだろ?
本物の英雄ならば一撃で両断できているだろう怪物の腕を断ち切る。
そのまま流れに乗っかって、生物のように痛みに反応してる怪物の首を切断する。
師匠の力を借りて、これだ。
まだだ。
まだまだ俺の力は足りてない。
この程度じゃ何も守れない。何も果たせない。
ズズン!
と、大きな音を立てて倒れ込んだ死体。
スズリに見せてないだろうなと確認するためにステルラの方を確認した。
ほわ~、なんて言いそうな感じで口を開いてるスズリ。
なんかスズリにめっちゃ話しかけてるステルラ。
アイツなんの気遣いもしてねぇな。
この白い怪物が魔力で構成されてるとは言え血しぶきと似たような噴出の仕方をする。
あまり多感な時期の子供に見せていい光景では無いのだが、そこら辺に気配り出来ないのがステルラ・エールライトって女。
「ロア、おつかれっ」
「おう。とりあえず俺に回復魔法頼む」
「え、怪我したの?」
「具体的には左腕、お前に叩きつけられた時のだ」
あっ……じゃねぇんだよな。
口をキュッと結んで冷や汗を垂らしているステルラの姿は非常に見慣れたものだ。
昔は天真爛漫で笑顔が良く見れる明るい女になると思ったのに、蓋を開けてみればコミュ障拗らせ対人下手くそ女になっていた。俺以外に靡く可能性が殆どないからそれはそれでいいんだが、一々病むような気質ではないステルラも見て見たかった。
…………んー?
何か引っかかった、ような気がする。
俺は確かにステルラ・エールライトという少女の事が好き(いろんな意味で)だが、こう、なんか…………
あれ?
俺は割と初めの方はステルラの事が嫌いだったんだが、一体何時から好きになったんだ。
普通に煽って来るし勝てないし一方的なあの女を好きになったタイミングがわからん。別に何時だって構わないんだが、そもそも俺の好みはなんだ。
……案外。
引っ張られてたのかもしれん。
かつての英雄に。
「はい、治ったよ。…………ご、ごめんね」
「気にするな」
グーパーグーパー繰り返して問題ない事を確認する。
痛みもないし、流石の魔法技術だ。
そもそも身体強化+雷魔法+回復魔法を同時並行で扱える時点で俺とは雲泥の差があるのだが、その差をどうにかこうにかして埋められてる師匠の祝福が異常な性能をしている。
痛みはデメリットに入らない。
不快だが我慢すればいいだけだからな。
「スズリ、怪我は無いか」
「あ、うん。お兄ちゃんこそ」
ステルラの腕から降りて、ふらふらとバランスを取る。
「カッコよかったよ。ぶい」
ブイサインを掲げてくる。
俺の妹だな……間違いなく。
こういう所でふざけられるのは俺のルーツ、というより父上のルーツ。変な所で胆力があるのは母上のルーツ。
「これどうする?」
一方でニコニコ笑顔で俺達の事を眺めていたステルラに死体を指さして確認する。
村の中でも人気がない場所ではあるが、大木が折れた上にあんな化け物の声が響き渡ったのだからその内大人達が見に来るだろう。
師匠が来ないとは思えないが──……まあ、色々あるんだろうな。
或いは、ステルラが大急ぎでここに来たのを感知していたのかもしれない。
「燃やすね!」
「それで本当にいいのか? お前ちょっと考えろよ」
「えっ、昔師匠が燃やしてたし……」
確かに雷で焼き殺してたが……
まあ今更こいつを調べる事なんてないか。
そうだとしたら以前の個体を隅々まで見てるだろうし、俺達の所に現れたのが唯一って訳でもない。
「……一つ聞くが」
この怪物が目を覚ますのは、魔力を籠めることが条件になっている。
俺の時はステルラが無自覚に流していて、おそらくテリオスさんの時もそうだろう。
魔法を覚えたての子供ってのはそんなもんだ。
だから魔法を教えるのには資格がいる。
俺には必要無いから知識としては蓄えてない。
「スズリは魔法使いになりたいか」
ボッ、と後ろで空気を全部破壊した炎が広がる。
スズリが俺の後ろに目線を送った。
俺はその視線を遮った。
「うーん…………なれればいいなって感じ」
「そうか」
ま、そんなもんだろう。
師匠の雷に惚れたステルラとは違い、英雄の剣技を遠目から見たくらいじゃ凄さは伝わりづらい。
剣を振ったことのある人間なら少しはわかるかもしれないけど、スズリは箱入り娘でやる気がない俺の妹だ。この程度で惹かれる程チョロい娘じゃあないのさ。
「……でも」
両手を見詰めて、スズリは躊躇いがちに口を開く。
「空を自由に飛べるのは、ちょっと羨ましいかも」
……そうか。
やりたいことと言うには早すぎるが、興味が少しでも沸いたのならそれでいい。
俺が言うのもなんだが、人生は思いのほか楽しい事に溢れている。斜めに構えてさえいなければ存外楽しめるもんだ。
ただし苦行はNGだ。
苦しくて辛い事をやるのは狂っている。
俺は俺がやりたいからじゃなくて、そうするしかなかったからやっただけ。
他の誰にだってこの生き方は勧めない。
「まあ空を飛べるようになるには滅茶苦茶努力しないと無理だが」
「やっぱやる気なくなってきたかも……」




