第三話
「おっ、ロア坊じゃないか」
「お久しぶりです」
部屋に荷物を置いてリビングに降りてくると、客人として招かれていたのかエールライト(父)がいた。
顔は老けたがその身体に衰えは見られない。
腕の筋肉とかチラ見えしてる胸元の筋肉とか発達しまくってる。流石農家、一生懸命働いているだけで肉体が鍛えられる過酷な職業だ。
「随分大きくなったじゃないか! ステルラに手を出してないだろうな」
「手を出すわけないじゃないですか。俺は向こうから手を出してこない限り攻めませんよ」
理由としてはそれをネタに脅されたくないからだ。
揶揄われる程度ならばレスバしてボコればいいが、女に手を出したというのは些か不利になりすぎる。責任とかいう俺が最も忌み嫌う単語すら発生してしまうし、学生で養われている身でやるのはちょっとヤバいやつだろ。
師匠の名誉も傷つけてしまうのでやらん。
「アイツはなんだかんだ言って普通の女。こっちから愛を囁いてやればそのうち我慢できなくなって襲ってくるだろう。そしてステルラは強いやつなので、必然的に俺は悪くない流れが作れるわけだな」
「昔より酷くなったな」
「聡くなったと言ってほしいですね」
扱いやすさで言えば上から三番目くらい。
一番扱いやすいのはルーチェ、二番目に扱いやすいのはルナさんと師匠、三番目にステルラ、アイリスさんもそこら辺だな。あの人ストレートに感情をぶつけるのに弱そうだからその手で攻めてみるのも良さそうだ。
「……ま、結局うちの娘を追いかけてくれたのはロア坊だけ。アイツも満更じゃないだろうし、俺は許す。泣かせるなよ」
「勝手に泣くから最後のは承諾しかねますね」
涙目になってルーチェに言葉責めされてる姿を何度か見たことがある。
もうちょっとぐいぐい押してきてもいいじゃねーかとは思うんだが、ステルラにはステルラのペースがある。俺の精神力が鋼(笑)だから耐えられているが、これが普通の青少年だったらどうなっていたのだろうか。
恋愛に関してクソ雑魚すぎる俺の周り、一番心臓が強いのはアルベルトだからもうお終いだよ。
「これは時間の問題かしら」
「孫の顔が見られるのはそう遠くなさそうだなぁ」
おいコラメグナカルト夫妻。
他人の恋愛事情に突っ込んでやんややんや言うのは正直あまり好きじゃない。好きだの嫌いだの、そういう感情は本当に本当に本っ当〜〜〜に丁重に扱わねばならん。
好きと嫌いはありとあらゆる感情を置き去りにするほど重たいんだよ。
それを気軽にいじったら爆弾が爆発したなんて事例は腐るほどあるし、実際学園の中でも恋愛で破滅する男を見かけたことがある。逆に恋愛で破滅させる男も周りにはいるが、そうならないように俺は細心の注意を払っているのだ。
俺?
俺はノーカンだろ、だって向こうが俺のこと好きなのわかってるし。
見え見えなのが悪い。
「エイリアスさんの教育の是非がわからんな」
「フッ、俺が優秀すぎるせいでそう見えてしまうのも仕方ありません」
「少なくとも個人を活かすタイプなのは間違いないようだ」
さて、と口ずさみながら膝に手をついて立ち上がるエールライトさん。
「邪魔したな。折角だから顔を見たくて抜け出してきたんだ」
「お疲れ様です。俺も今度会いに行きますよ」
「俺じゃなくてステルラに会いに来い。ずっと寂しそうだったんだぞ、全く」
ふ〜〜〜ん。
愛しい奴め。
友人としてか異性としてか、詳細は問わないがアイツにとって俺が重たい比率を占めている事実だけで正直興奮する。
しょうがないだろ。
子供の頃から負けっぱなしでもうそれ自体が性癖に刻まれてるんだ。師匠に対してもステルラに対しても、本当に認めたくはないが色々思う所があるのは否めない。
俺も大人になったからな。
色々考えて受け止めることができるようになったのさ。
家から出て行ったエールライトさんを見送って、父上が呟く。
「いやー、久しぶりに話したけど元気そうだな」
「へぇ、最近付き合いなかったのか」
意外だな。
俺とステルラが幼馴染というより、家族ぐるみでの付き合いの方が大きいと思っていた。
「向こうが忙しくてな。エイリアスさんが抜けた穴を埋めてたから仕方ない」
「あ〜〜〜…………」
そういやあの人めっちゃ役職抱えてたわ。
今更思い出したが、軽く数えるだけでも七個くらい並行して仕事してたような気がする。
あれ?
これって俺のせいで村に負担押し付けたんじゃないか。
少なくとも元の予定ではステルラに対して英才教育にも似たスケジュールを組んでいた筈。
無論ステルラが首都魔導戦学園に入学するのは確定だろうから、そこに合わせて引き継ぎや各種手続きを行う予定だった。ところが俺という異物が乱入した結果俺にかかりきりになった師匠は引き継ぎ等を元のペースで行うことが出来ず、村のいろんな方面に迷惑をかけた…………
あー…………
うん。
これ俺が悪いな。
子供だからと言い訳するのは容易いが、冷静に考えたら破茶滅茶に迷惑かけてる。
その旨を伝えると、俺の想像とは違った答えが返ってきた。
「いや、別にそこらへんでは苦労してないぞ?」
「マジかよ」
「エイリアスさんが教育も兼ねて次の世代と一緒に仕事してたからな。ちょっと効率とかが落ちたけど一年くらいで慣れたもんだ」
俺が想像しているよりも大人たちは冷静で優秀である。
そりゃそうだ。俺は十五年しか生きていないがこの人たちは俺の倍の年数生きている。
経験したことも学習してきたことも俺とは比べ物にならないだろう。
そんな風に少し感心していたんだが、あの人が忙しい理由はまた違うらしい。
「単にアイツが村長も兼任してるから忙しいだけだな」
「…………村長かよ……」
「因みに俺は何も負担してない。ワッハッハ!」
「働け」
全く、感心して損したぜ。
見事なまでに村に関心がない父上を黙らせたところで、俺は妹の部屋へと向かっていた。
理由はただ一つ。
仲良くなりたいから。
折角血を分けた唯一であるし、俺の方が年上だからな。
怠惰で自堕落な性質を持つ俺であっても最低限の礼儀は持ち合わせているのさ。
長年顔すら合わせてなかった男がいきなり兄ですなんて言ってきてもあまり嬉しくはないだろうが、どうせ長い付き合いになるのだ。
「スズリ。今時間いいか?」
扉をノックして反応を伺う。
礼儀作法だけは完璧に仕込まれているので失礼はない筈だが、反応はない。多分いるのはわかってるので寝てるか無視されてるかだな。
仮に無視されていたら寂しいんだが、俺がヘラるより先に扉が開いた。
「……なんですか?」
相変わらず覇気のない瞳で、顔だけひょっこり覗かせている。
敵意はないし警戒されてるわけでもなさそうだ。多分これがデフォルトでそういう性格なんだろう。
「折角だし仲良くなろうと思ってな。どうだ、俺がめんどくさくない範疇で遊んでやるぞ」
「遊ぶのは面倒くさいのでちょっと……」
……………………。
「……身体を動かすのは嫌いか」
「嫌いっていうより、動きたくないですね」
……………………。
「休日といえば」
「読書です」
「勉強は」
「興味のあることだけやりたいです」
流石は俺の妹だ。
急に親近感が湧いてきたので頭をわしゃわしゃ撫で回したが、特に反応がないままぐりぐりされている状態だった。
少し乱れた髪の毛を自分で整えてから、スズリは口を開く。
「本を読むだけで生きていける仕事ってありますか?」
「父上の脛齧って生きていくのがベストだな」
何かに満足したのかスズリが扉を開いて中に入っていった。
これは俺も入れってことか。違ったら出てけって言われるだろうしお邪魔しよう。
歳の離れた妹の部屋だが特に緊張はない。
女子の部屋とか入り慣れてるしな。ルーチェの部屋がメルヘンな物ほとんど置いてないのによくわからん寝巻きがあるのとか、ステルラの部屋は可愛い系のぬいぐるみが沢山ある所とか、人それぞれで結構違う。
スズリの場合大きな本棚と積み上がった本。
まるで俺の部屋みたいだな。
「本が好きか」
「本を読んでいる間はいくらでも言い訳できるから好きです」
滅茶苦茶正直だなオイ。
その理屈は理解できる。俺もステルラにボコされて一週間の間何もする気にならず、どう足掻いても俺は負けたんだという事実を受け入れるために心を無にして本だけ手にしていた時期があった。
本を読んでいるときは言い訳ができるんだ。
勉強している、本に興味ができた、読むのが楽しいから、時間を潰せるから。
自分の心を落ち着かせるための時間が欲しいだけなのに、読書という工程が入るからまるで自分が正しい行動をとっているかのように錯覚できる。
「何もないですがどうぞ」
「本がある」
借りていいか聞き了承を得たので一冊手に取る。
大戦時代の少々過激な描写もある伝奇だった。
過激と言っても性的な描写が濃いのではなく、単純に戦争の凄惨さが色濃く描写されている本。一夜にして滅んだ街とか、住民全てが焼死した村とか、魔法で溶けた貴族とかそこら辺。
かつての英雄の記憶に結構そういうのあるから想像できてしまうのが余計キツイのかもしれない。
「お兄ちゃんの本も幾つか読んでました。ごめんなさい」
「気にするな。本は読まれるために書かれてるんだ」
持ち主が山に消えたからな。
埃を被っているよりかは読んでもらったほうが本にとって本望だろう。
本だけに。
特に何も考えずに開き癖の残っているページを開いて、なんとなく読む。
「父上も母上も、何も言ってこないだろ」
「そうですね。すごい気楽です」
「俺もそれに救われてた。抜けてるようで妙に察しのいい両親だからな」
ステルラにボコされて抜け殻のようになっていた俺に過度に干渉することもなく、かと言って距離を離しすぎるわけでもなく。
待てるだけ待って、ダメそうなら手を貸そうってスタイルなのが俺には合っていた。
「スズリは勉強が嫌いか」
「嫌いではないけど……楽しくはないです」
楽しいことだけやっていてぇ。
楽したいよな〜〜〜、わかるよその気持ち。
本読んでるだけで褒められる世界に生まれたかったと思うこともある。
「人生なんてそんなことばっかりだ。俺もできることなら一生誰かに養われていたいし縁側で本を読みながら眠くなったら寝る動物と同じ生活がしたい」
出来ないのがわかってるから文句を言いながらやるしかないのが辛い所だ。
やらないことは現実に反映されず、僅かにでもやったことだけが人生に影響を及ぼしていく。
「夏休みの宿題はあるのか?」
「あります。やってないです」
清々しいな。
俺も課題は出されているが向こうの家に置いてきた。
休む時と(非常に心苦しいが)頑張るときはメリハリをつけなくちゃいけないと師匠も言っていた。九割脱力一割全力スタイルの俺にとってこの言葉は金言だった。
「やるときはやる。これが中々面倒くさい」
コクコクと頷く妹。
血は争えない、か…………
「お兄ちゃんは極度の面倒くさがりだと聞きました」
「間違ってないが少し不愉快だ。父上が犯人だな?」
「ごめんなさい。でも好きな人のために数年間苦しんでいたって話も聞きました」
俺の本命普通にバラすのやめてくれないか?
ふぅ〜〜〜〜っ…………
ステルラ以外全員気がついてることはいいだろう。
認めてやる。人に気配りするのが得意で苦手という謎の矛盾を抱えている俺が認めてやるのだ、それは事実だ。
ステルラが好きなのを認めるのはいいが、それがステルラの耳に入らないように騙しまくってる俺の気持ちにもなってくれ。
「なんで頑張ったの?」
先程と同じく覇気のない瞳で見つめてくる妹。
純粋な興味か、何かしらの感情があるのか。
流石に付き合いが短すぎるから読み取ることは出来ない。
どう答えれば正解か────そうやって探るのもよくなさそうだな。
「それしかなかったからだな」
シンプルな答え。
俺にはそうするしかなかった。
ステルラが将来的に死に瀕するような予想をしたのも、自分が努力しなければいけない理由も、どうにかしたいという感情も全部含めて考えた結果がそれだった。
他人に期待するのは楽だが気持ち良くはない。
期待を無責任に投げかけて他人を潰すだけの生命体にはなりたくなかった。かつての戦争を終結させた英雄、彼に全てを押し付けた過去の人間のように。
俺には記憶がある。
全て背負って立ち向かった側──要するに、押し付けられた側の記憶がある。
「そうするしかなかったんだ」
だからやった。
それ以外に方法があるなら教えて欲しかった。
魔法は使えず、強くもなくて、でも未来に惨劇が起きる可能性を俺だけが予知している。
記憶があるなんてことを誰かに言ったところでどうにもならず、十二使徒という超越者たちはかつての英雄へ複雑な感情を持っているのに、「英雄の記憶持ってるよ。他人だけど」なんて変なガキが現れても困るだけだろ。
「ま、それ以外にマウント取れるからやったんだけどな」
「うわ…………」
「勉学はステルラにボコボコにされたが礼儀作法は完璧だ。いきなり貴族のパーティーに呼ばれたって褒められる自信があるぜ」
外面は整えるだけ得をするからな。
「スズリも覚えておくといい。
勉強は楽しくないが役に立つ。
運動は苦しくなるが役に立つ。
努力はゴミクソだが役に立つ。
以上をロア・メグナカルト三箇条と名付けよう」
「すごく嫌なアドバイス……」
大人も所詮は子供だ。
子供が大人に成長しただけで別に大人じゃない。
変な言い回しになってしまったが、要するに人生経験を積んでいろんな考え方や生き方をする人に出会った奴こそが最も成長するのだ。
ロクな人生経験も出会いも他者との触れ合いもなく生きてきた人間がどういう大人になるのか、想像は容易い。
その点で言えば俺に成長する要素が一切無いのも道理である。
最初から知識や見識の面で言えば伸び代ないので。
英雄の記憶が全てを証明してくるせいで俺の人生はすっかり変わってしまった。変わったおかげで後悔しなかっただろう事柄は多くあるが、変わらなければ抱かずに済んだ苦しみも沢山ある。
俺はそれを投げ出すこともできたが、投げ出さなかった。
投げ出そうというつもりにもならなかった。本気で捨て去りたいと思ったことはあったが、なくなっては困ると認識していたんだ。
俺に才能はない。
幼馴染を守る力は備わっていなかった。
だから選んだ。
助けてもらった。
俺の話をそれなりに真面目に聞きつつ、力の籠ってないやる気のなさが丸わかりなモーションでスズリはベッドに倒れ込んだ。
スズリはまだ子供だ。
社会の仕組みも、大人の強さも知らない。
まだ、知る必要もない。
「今は夏休みだ。長期休暇とは学生が青春を駆け抜けるためにあるのであって、即ち俺たちは楽しまなければ学生の本分を全うしていないということになる」
「一理ある」
「遊びに行くのが面倒くさいなら、好きなことをすればいい。俺は人を導けるほど優れちゃいないが、困っている人間を放っておくほど薄情でもないからな」
そう言いながら本を元の場所に戻す。
「…………そうなんだ」
敬語が抜けたな。
唐突に現れた男としては及第点を貰えたのだろうか。
年も離れた初めて顔を合わせる兄妹なんて前例がないからありのままで対応したが、スズリにとって俺が不愉快な対象ではなかったのは喜ぶべきことだ。
あの両親に育てられてるんだしそうなるだろうとは思っていたが……人には個人差がある。
「お兄ちゃんも勉強嫌いなんだ」
「勉強は手段だ。大変心苦しいことではあるが、手段を用いることで達成できる目的もある」
他人にマウントを取る時とか。
「運動も勉強も何もかも、手段にすぎないと思っておけばいい。スズリにやりたいことはあるか?」
「ないよ。なーんにもない」
ボケッと天井を見つめる妹。
いまだ年若いのに既にそんなにやる気がないのは少々心配になるが、案外そんなものだ。
「やることが無いから本を読んでる。これが一番疲れないんだ」
「そうか。なら俺も肖るとしよう」
スズリの隣に邪魔にならないように寝転ぶ。
疲れないのはいいことだ。
世の中には適度な運動をしなければいけないという常識があるが、そんなもの知ったことではない。
面倒くさいことは面倒くさい。
やりたく無いことはやりたくない。
どうでもいいことに時間をかけたくない──その感情を振り払えない人達だって多くいる。
その堕落と怠惰の果てにかつての戦争に繋がったのだから忌むべきものだが、少なくとも俺はそう思ってる。
「たまにはこんな日も悪くない。どうしても何もやりたくない時はな、何もしなくていいのさ」
「いいね。お兄ちゃんのこと、結構好きになったよ」
「嬉しいこと言うじゃないか」




