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英雄転生後世成り上がり  作者: 恒例行事@呪勇5/20日発売
七章 栄光を掲げし者たち
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第四話

 会場の空気が変わる。

 控え室から歩みを進め、未だ激戦の痕が残る坩堝場内に足を踏み入れる怪物。

 身体から溢れる魔力とその激烈なまでの闘志が揺らぎ、完全に空気を飲み込んでいる。


 未だ戦闘が始まっていないと言うのにこれ程までにやる気とは…………


 やれやれ、困っちまうな。


「待たせてしまったかな?」

「ハンデ代わりの準備運動をさせて貰いました。それくらいは譲ってくれますよね」

「構わない────って、言いたい所だけど……」


 光の粒子が瞳から零れ落ち、涙を想起させる。

 しかしその一粒一粒がテリオスさんの『覚悟』の果てであり、俺にとっては何よりも欲しくて何よりも羨ましいものだった。


 俺はどれだけ努力しても、ああ言う形になることはない。

 その事実が今更積み重なって蓋をして、俺の傷だらけの精神に僅かに痛みを与えてくる。

 羨ましい。俺も出来ることならずっと生きていたい。生きていることができないから諦めた振りをしているだけで、結局のところ俺は誰よりも嫉妬し羨望し切望している。


「君相手にそんな悠長な事も言ってられない」

「冗談を。俺みたいな格下に本気にならないでくださいよ」


 肩を竦めて戯ける。


「貴方は最強だ。この学園で、この世代で、この時代における『最強』。魔祖十二使徒という怪物集団にすら喰らい付ける正真正銘本物の天才」

「ありがとう。…………でも、さ」


 一度話すのを躊躇った後に、苦笑しながらも深呼吸を挟んで続けた。


「僕は英雄になれない」


 …………知ってるさ。

 テリオス・マグナスという人物が求めてるものは、十二分に知っている。

 ただ一人のために目指した到達点がぽっと出に奪われて、それに嫉妬することすら矮小だと自らを戒める高潔であろうとする精神。俺にとってはそれだけの強さを兼ね揃えていることが偉業であると言いたいが、彼にとってはそうじゃない。


 そんなものを評価されても嬉しくないんだ。


「僕は英雄になりたい」


 まるで子供の願望だ。

 幼い子供が絵本を見て憧れを抱き、『英雄になりたい』なんて言ってしまうような戯言。


「僕は、英雄になりたいんだ」


 心の奥底から響く声。

 静かに、それでいて複雑な感情が入り混じったこの言葉は重たくて、俺と似た理由(・・・・)で英雄を渇望する男の心境は容易に想像できた。

 もしも俺がステルラに全く追い縋れることはなく努力もしなかったら、もっと後悔していた筈だ。考えたくもない『もしも』の可能性が脳裏を過ると、顔を顰めたくなるくらいの不快感が身体中を駆け巡る。


 きっと、そうなんだ。

 テリオスさんが味わってる負の感情は、それに似た物だ。


「……僕は、君が羨ましい」


 震える声で吐き捨てる。


「才能がない現実を直視して、それでも前を向ける君の強さがね」

「それは愚かとも言いますよ。無いならないで諦めればいいんだ」

「よく言うよ。そんなこと思ってもないくせに」

「思ってるさ。俺に才能があれば、こんな風に辛い思いをする必要もなかったって」


 俺に才能があれば。

 かつての英雄の生まれ変わりとして堂々と生きていける程に強ければ。

 ロア・メグナカルトって存在が塗りつぶされるくらいに弱くて、英雄として完全に成れ果てていれば違う結果だった。


 でもそれは『もしも』だ。

 空想にしかならないし今から派生することもない、決して訪れることのなかった都合の良い世界。


「だが現実として苦しんだ。血反吐を吐いた。虐待かと思うくらいの毎日を過ごした。死と隣り合わせどころか死は友人と呼べるくらいの気軽さで俺の元に訪れた」

「そ、それは中々……流石に同情はするよ」


 久しぶりにストレートで怨嗟をあげていたらテリオスさんが引き攣った表情をしている。

 観客席の師匠を覗き見たらステルラにジト目で見られながら下手くそな口笛で誤魔化していた。全然誤魔化せてないからな、そろそろ世間からの視線が痛くなる頃合いだぞ。


「ン゛ン゛ッ! まあ何が言いたいかっていうと、ないものねだりはするだけ得だが損をする。心が落ち着いても現実に反映されることは無い、非情で生温く残酷なものだってことです」

「……その通りだ。でも、人は空想に縋らないと辛いだけさ」

「するななんて言いませんよ。ただ、現実を見ることを止めちゃいけないって話です」


 現実を見続ける。

 どれだけ辛くても、どれだけ苦しくても、どれだけ気持ち悪くても、どれだけ残酷でも────どんな末路でも。


 最期まで付き纏うのは歩んできた現実だけ。

 夢物語で終われるほど、世界は優しくない。


「そんなのクソ喰らえだ。いつだって現実は甘やかしてくれないし肩代わりもしてくれない癖に、無理難題ばかり押し付けてくる。俺はそれが気に入らない」


 そうさ、気に入らないんだ。

 俺に才能がないのも、ステルラに才能があるのも、かつての英雄の記憶が頼りになることも、頼らざるを得ない俺も、破滅か生存の二択しかない究極の選択が未来に控えている事実も何もかも──気に入らない。


「だから足掻いてる。

 俺は絶対認めない。

 俺が才能がないってだけの理由(・・・・・)で諦めるなんて、気に入らない」


 才能がないからなんだ。

 才能が無いと言い訳したらステルラは死ななくて済むのか。

 現実から目を逸らせばステルラや師匠は俺の前から居なくならないのか。


 違うだろ。


 俺自身が繋ぎ止めないと駄目だ。

 誰かに頼る以前に、自分自身が明確な意思を持って立ち上がらないと誰もついてこない。


 誠に遺憾ながら、それをかつての英雄が証明してしまった。

 そして俺はそれを知っている。世界で唯一、かつての英雄の心の内を知っている。


 ならば、現実から目を逸らすわけにはいかないだろ。


「どれだけ嫌いな努力であっても、怠惰を望む性根であっても、俺が諦めることは絶対ない!」


 英雄の記憶を借りて築き上げたハリボテであり空虚な俺の中身ではあるが、それでもそんな俺に色んな感情を託してくれる人がいる。虚構と自嘲してもそんなことはないと否定してくれる人がいる。


 俺にとっては、それだけで頑張る理由になった。


「俺は英雄じゃない。英雄にはなり得ないが────導いて、もらったんだ!」


 そうだろう、テリオス・マグナス。


 努力する理由なんてそんなもんだ。

 努力する理由に特別性は必要ない。

 実際に努力を積み重ねより多く実らせた人間こそが、現実の勝者となるのだから。


 全身に刻まれた祝福を起動する。

 もはや解号は必要なく、俺が念じれば発動できる程度には馴染んだこの魔法。

 師匠に与えてもらった最高の証であり、最高の祝福であり、最高の呪い。俺が英雄と同じ道を歩む起因でありながら決して離すことのできない願い。


 手中に納めた光り輝く光芒一閃を握りしめ、霞構え。


 そうして、胸に刻んだたった一つの誓い口にする。


「俺はロア・メグナカルト!」


 この学園に入った時から何一つ変わらない。

 俺は何も見失っちゃいない。俺は今、現実に抗い続けてやっとこの場所に立っている。

 俺なんかじゃ一生懸けても辿り着けない天才達を相手に勝ち抜いて、勝者のみが立てるこの舞台に立っている! 


紫電(ヴァイオレット)の一番弟子にして、遥か先を往く星を追い続ける者だ!」


 俺にはわかる(・・・・・・)

 貴方は天才だ。この学園にいる人間の大半が天才だ。


 ……だけどな。


 それでも! 


 星の輝きステルラ・エールライトを追い続けるのは俺だけだ! 


 世界で唯一俺だけがアイツを追い続ける。

 他の誰もが諦めたって、俺だけは追いかけ続ける。


 いつか届くと手を伸ばし続けるんだ! 


「いいか、最強!」


 やけくそ染みたテンションで言葉を吐き出す。

 どいつもこいつも俺に押し付けやがって。俺は両手分しか抱えられないし、その両手はすでに埋まってる。 


「英雄になりたいんだろ!」


 背負えるものはとっくに背負った。

 誰にも言えない悩みは心に根深く染み付いてる。

 傷つく心はすでに擦り切れて、傷ついてもそれを深く受け止めることしかできない。


「英雄を、諦められないんだろ!?」


 ああ、くそが。

 どうしてどいつもこいつも俺をそんな目で見るんだ。

 俺は凡人で、才能なんてなくて、どこまで行っても捻くれた性根を抱えた小心者で。


 俺なんかじゃ太刀打ちできないくらい強くて立派な皆が見るような、出来た人間じゃ無いってのにな……! 


「────英雄は(・・・)此処にいる(・・・・・)!」 

「…………本当に、君は……」


 テリオスさんの魔力が、可視化出来るほどに高まった魔力が、光の粒子へと変貌していく。


 濁った灰色の悉くを滅ぼす魔力ではなく、希望と未来に満ち溢れた輝きへ。


「…………そうさ」


 収束する粒子はやがて剣を形成し、手の中に収まる。

 その輝きは光芒一閃に負けずとも劣らず、かつての英雄を知る師匠と大差ない程に類似する剣へと変化したそれを握りしめ、正面に構える。


「諦めて、たまるか……!」


 背中に羽ばたく翼を展開し、ルナさんとの戦いで見せた全力の姿へと移り行く。


 圧倒的な絶望感だ。

 どこまでも駆け抜けていく光を携えて、どこまでも突き抜ける鮮烈な輝きを放つ。


 間違いなくテリオスさんは、ステルラに比肩する程の才覚を有しているだろう。


『英雄として相応しい』表情を捨てて、心の奥底に溜まった重苦しい感情を吐き出した。


「────()は、英雄になりたい!」

お前(・・)が妬ましい。母さんに英雄と呼ばれ、寂しがらせず、楽しませることのできる英雄が!」


 言葉は憎しみに塗れているが、その表情は晴れやかだ。

 忌々しいが、おそらく俺もそうなんだろう。さっき吐き捨てた言葉とは裏腹に、こんなにも忌み嫌った戦いへの欲求があるのだから。


「どうして俺じゃない! なぜ俺が英雄じゃない! そこに立つお前が、どうしようもないくらいに邪魔で嫌いで憎くて────でも、それ以上に…………」


 言葉の途中で何かに気がついたのか、少しだけ言葉に詰まった後に、苦笑と共に続けた。


「…………それ以上に。君以外に『英雄』と呼ばれるのなんて想像できないくらいに、納得したよ!」


 魔力が高まる。

 先程までの闘志の揺らぎどころでは無い、全力全開の一撃を放つのに足りる程の火力。


「君は英雄だ! ならば僕は、君を倒して英雄に成る!」


 互いの剣が光り輝く。

 俺は紫電を見に纏い、テリオスさんは光り輝く粒子を漂わせる。


「行くぞ、英雄!!」

「来いよ、英雄(・・)!!」


 足に全力をこめて、紫電迅雷を発動し大地を蹴る。


 既に視界全てが白い閃光に包まれたが、俺の勘が告げている。

 死という絶対の領域に何度も足を踏み入れ成長した俺の唯一頼れる勘が、告げているのだ。


 きっとテリオス・マグナスならば────正面から挑んでくると。


「────月光魔導剣ムーンライト・マグナス!」


 闇と光の交わった陰陽の剣を振りかざし、銘を叫びながらテリオスさんが肉薄してくる。


「────星縋閃光!」


 ぶつかり合う二つの剣。

 発生した衝撃波だけで障壁が歪み観客席に漏れる魔力の渦。

 現役の魔祖十二使徒の魔力と、それに匹敵する存在の全力のぶつかり合いだ。


 鍔迫り合いの最中、互いの顔をはっきりと視認する。

 牙を剥くような凄んだ表情、俺の最も苦手とする戦いへの苛烈な情熱を持った男の姿。


 だが、その瞳に反射する俺の姿もまた、激情を迸った末路であり。


 その事実を深く受け止めて、仕方ないと飲み込んだ。


 既に俺の出せる全力は切った。

 テリオスさんも俺に時間制限があるのを理解した上で正面から戦うことを選択した。


 ならば、その選択に敬意を表して──苦しみもがいて勝利を手にしようじゃないか! 


 肉体が鳴らす死への警笛を全て通り越して、悲鳴を上げる筋肉すらも酷使して剣戟を繰り返す。

 大技を放った直後に反動を無視するなど愚の骨頂。それが許されるのは才があって柔軟性に長けた人間だけであり、俺のように積み重ねこそが全ての人間がやっていいことじゃない。


 だが、やる。


 そうしなければ負けるから。

 そうじゃなきゃ負けるから。

 そうしないと、勝てないから。 


 無理無茶無謀は慣れ親しんだ作戦だ! 


星縋(・・)────!」


 剣戟一振り一振りに、俺の全てを籠める。

 此処までやってようやく同等だ。剣の才能が負けてるわけじゃない。押し切るには、これくらいしなければならないのだ。


 魔力の高まりに気がついたのか、一歩離れて様子を伺うテリオスさんだが──それは悪手だ。


「閃光────!!」


 紫電を纏った剣圧が空に放たれる。

 軌跡そのものに攻撃力を含ませた衝撃派がテリオスさんの身体に迫るが、焦った様子もなく、ただ一度──悔しげに笑った後に、剣を構える。


「斬撃を飛ばすか。無茶をするよ、本当に!」


 剣を胸の前に掲げ、莫大な魔力を収縮させる。 

 右目が光の粒子へと崩れ落ち、既に人を超えた領分を解き放っていることを表している。それは、俺に対する警戒度を一歩引き上げたことを意味していた。


()は、テリオス・マグナス!」


 ルナさんとの戦いで見せた、究極の一撃。

 複合魔法と複合魔法を混ぜ合わせる人外とも呼べる其れを輝かせた後に、迫りくる攻撃を前に叫ぶ。


「遥か昔の栄光を追い駆け、無謀にもその身を捧げし者!」


 両翼が羽ばたき、剣を構える。

 全てを乗り越えた先に栄光があると信じて、その身を滅ぼす魔法を編み上げて高らかに謳い上げる。


「────月光終焉剣ムーンライト・カタストロフ──!」








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