第十話
「いやあ、凄い戦いだったなぁ」
「そうですね」
「十二使徒門下としてはどうなんだい?」
「私は強くなることが目的ではないので」
それもそっか、呟きながら納得する。
十二使徒門下として最強格と謳われた二人の正面衝突────互いに人類を越えた若き怪物同士のぶつかり合いを見て、そんな感想が零れ落ちた。
語彙豊かに表現する必要すらない圧倒的すぎる後継。
見る者すべてに格の違いを魅せつける姿を見てなお、笑みが浮かぶ。
「あんなの一瞬で消し炭になっちゃうね」
「言葉と表情が合っていません」
「少年の心を忘れないのが男の秘訣らしいよ」
そんな事を言っていた友人の顔を思い浮かべる。
「────ところで、何故僕の所に?」
ナチュラルにやってきた女性──マリアさんに真意を問う。
こう言っては何だけど、僕と彼女に接点は無い。
これまで付き合いがあったわけでもなく、僕が一方的に押し掛ける事こそあっても向こうからやってくる理由なんて…………まあ、思い浮かばない訳では無いが。
それでも十分『おかしい』事態だ。
趣味が人間観察と自負しているがそれでも推し量れない事柄はある。
故に意図が知りたい。
用意した飲み物に口を付けて、気品溢れる所作を惜しみなく披露した後に話を始めてくれた。
「私に勝利した貴方は、この後戦うことになるでしょう。対戦相手は皇子、テオドール・A・グラン──実の兄が相手になる」
「そうだね。単純な実力差で言ってもかけ離れてる事実は否めないさ」
テリオス・マグナスという異次元の怪物さえ居なければ一位の座を長きに渡って守り続けたと言われるのが兄上だ。
僕とは違い将来を約束されたグラン家の至宝と言っても良いだろう。
「肉親にアレを放つことに対する問題かな?」
「……端的に言うならば」
「勿論使うけどね」
僅かに眉を顰める。
「倫理的・道徳的に問題だらけです」
「倫理も道徳も主観で決まるモノさ。ここは魔法を用いて戦う事を推奨している学園であるのだから仕方ないじゃないか」
「肉親が苦しむ顔を見たいんですか?」
不愉快そうな顔をしながらそれでも理性的に問う事は止めない。
そういう事が出来る人は大概好きだけれど、マリアさんは僕と同類な節がある。
一概に愛を語れる人ではない。
「見たいね。特に、兄上の顔が歪むところは是非見てみたい」
「…………歪んでますね」
「僕の心は兄上公認だぜ?」
信じられないと言った表情で僕を睨んでくる。
おかしいな、嘘は何一つとして言ってないのにどうしてここまで敵意を向けられているんだろうか。それも興奮に繋がるからいいんだけど、今は気持ちが一つに向いている。
「僕はそもそもかなり抑え目に生きて行こうと思ってたんだよ。兄上は優秀だから、僕にとっても自慢の兄上なんだ」
「自制できずに表に出ただけでは」
「結論それなんだけど切っ掛けがあったのさ。兄弟そろってやんちゃしたときにね」
今でも鮮明に思い出せる。
入るなと言われていた父上の書室に侵入した時。
当時は幼く、漠然と自分が異常だと周囲の反応から察し始めた頃だった。庭にいる虫を捕まえて手足を捥いで反応を見たり、そういう『純粋が故の残酷さ』が『人間性の歪み』と認知され始め──自身もそれを自覚し、出来る限り抑えようとしていた。
若くして社会と言うものを漠然と理解し始めたのは生まれが関係しているだろう。
その『生まれ』に固執しないのに自身の身の振り方は制限しているのは、何故か。
「…………さ、そろそろ行くか」
思い出を懐かしむのはここまでにして、準備が整った坩堝へと足を向ける。
「マリアさんは僕を応援してくれるのかな?」
「して欲しいんですか」
「美人が味方に居るってのは心強いよね」
控えめな溜息を吐いた後に、すごくどうでも良さそうな声で告げた。
「楽しめるといいですね」
「ありがとう。最高に励みになる」
#第十話
「遅かったわね」
「ああ。うたた寝してた」
律儀に二人分の席を確保してくれていたルーチェに感謝を告げつつ座る。
何故か席が空いてるのに俺の膝に座ろうとしてくるバカ炎使いを隣に放り投げて、相変わらず前列に一人でいるステルラに声をかける。
「アルはまだ来てないのか」
「あ、おかえり。まだどっちも来てないよ」
いいタイミングで戻ってこれたみたいだな。
そろそろ戻るか~って俺が思い始めた瞬間にルナさんがガチ睡眠始めたから焦った。寝顔は可愛かったからじろじろ見ておいたが、それは察知されてない事を祈る。
「後はステルラを見るだけだな……」
「何の話?」
「気にするな。俺の事情だ」
無垢な顔をしている。
子供の頃のステルラはこういう顔をよくしていた。
惚けている様な呆けている様な、何も考えてない表情だ。
「アンタ、こういうのが好みなのね」
「大好物だ」
「え、え? なになに何の話?」
ルーチェが眉を顰めながら軽い口調で言ってくる。
笑い話にしたいがなんとなく不快に思ってる感じだな。
かわいい奴め、ステルラに対抗心がある上に俺への謎の好意があるから余計捻くれた事になってるぞ。
「お前は嫌いか?」
「気に入らないだけよ」
「それは嫌いとも言うな」
「嫌いじゃないわ。好きでもないだけ」
普通ね~~~~。
お前らが二人で出掛けている回数を数えたらとても普通の友人って感じじゃ無いと思うが。かなり仲が良い友人とも呼べるだろ。
「残念だったなステルラ。お前の事はどうでもいいらしい」
「そんな事は言ってないでしょうが」
「え、えーと……ルーチェちゃん、私の事嫌い?」
「…………嫌いじゃないって言ってるでしょ」
にへらっと笑うステルラと口角が上がって照れてるルーチェ。
実に微笑ましいな。
整った顔つきの女性が朗らかな笑みを浮かべているのは目の保養になる。
「ねね、ロアくん」
「なんですか」
コソッと話しかけて来たアイリスさん。
「ルーナちゃんと何してたの?」
「昼の陽気にあてられて二人仲良く惰眠を貪っていた」
「それだけかな~?」
揶揄うような目をしている。
この俺を揶揄うだと? 随分と思い上がったな、アイリス・アクラシア。
温厚質実謹厳実直を地で往く俺が女性関係でふしだらな事をするわけが無いだろう。
師匠と共に暮らした数年間でどれほどの禁欲生活をさせられたと思っている。(便宜上の表記ではあるが)前世ですら数える程度の性的接触しかない程の紳士だぞ。
悪く言えば奥手です。
「それだけだ。なあルナさん」
「いっぱい可愛がって貰いました。嫁入り前なのに」
おい!!
「大概にしろよバカレッド」
「ふぁれがふぁかふぇっふぉふぇふか」
頬をびよんびよん伸縮させて黙らせる。
可愛がったのは否定しない。頭撫でたし一般的に言う『可愛い』という対象に行う動作としては何も間違えていないだろう。愛玩動物を柔らかく触るとかそういう類だ。
「よ、嫁入り前を重要視するような事を……?」
「そんな訳があるか。ルナさんが俺に抱き着いて来たから受け入れて撫でていただけだ」
よし、何一つ嘘は言ってないな。
さりげなくルナさんがと付け足しておくことで『先に始めたのは俺じゃ無い』とアピールすることが出来る。言葉一つに意味を込めるのは俺からすれば当たり前で、何も考えずに語るのは愚か者のすることなのさ。
「……ま、そんな事だろうとは思っていたけれど」
「これが信頼の差って奴ですよ、ルナさん」
ルーチェが勝手に納得したから余裕で俺の勝ち。
「一緒に寝た事実は揺るぎません。この時点で他の人達にアドバンテージがあります」
表情が一切変わってない癖にとんでもないくらいドヤってる。
残念ながら師匠とずっと生活してたから初めてではないんだが、あの人の枠組みは母親とかそういうジャンルになるからノーカウントだな。いくら顔が美人で髪も綺麗で肌も麗かで俺好みに仕上がっている人だとしても駄目だ。
本当に駄目か?
駄目じゃないか。
駄目じゃないかもしれない。
「なんか悔しいから駄目にしとくか」
「…………ロアくん。全然動揺してないんですが、どういうことですか?」
「俺への信頼が厚いんでしょうね」
「ロア、師匠と二人で暫く暮らしてたし」
ステルラさぁ。
俺が何のために心の中で結論を出したか分かってないよな。わかるはずもない。わからなくていいよ、お前の魅力はそういう所だ。
「ロアくん。詳細を」
「以前言ったが、数年間師匠と共に山暮らしをしていた。その時の話だ」
別に他意はない。
俺は嫌がったのに無理矢理連れ出されて半ば監禁のような生活を強いられていたのだから、寧ろ俺は慰められるべきではないだろうか。
確かに苦しい記憶ではあるが、魔法でとことん女として完璧な姿を見せ続けて来た師匠の所為で若干性癖が捻じ曲がった節があるのは否めない。感謝より先に恨みが出て来て然るべきじゃないか、俺。
「思わぬ強敵ですね……」
「俺と師匠の間にそういう関係はありませんよ」
「ロアくんは誰に対してもそう言うので信用できません」
やれやれ、信用無いね。
ムカついたので頭を撫でて黙らせる。
むふー、と鼻息を荒めに噴き出して落ち着いたルナさんは置いておいて、会場に入って来た姿に目を凝らす。
「テオドールさんか」
先に来たのは兄。
兄弟揃って愉快な性格をしているが、弟はヤバさに全振りしてるから比べてしまうと差を実感してしまう。テオドールさんはあくまで問題ないラインで愉しみ、アルベルトは問題になる範囲も含めて全部愉しんでいる。
厄介すぎるだろ。
至極真面目な表情で入場し、そのまま剣を地面に突き刺し待ち構える。
「……相対したくないな」
学生が出していい空気感じゃない。
歴戦の武将、それも総大将とかその領域が醸し出す雰囲気。
あの時代に傑物が揃っていたのだから今の時代に現れないとは限らないが、それにしたってヤバいだろ。
「強いよねぇ、テオドールさん」
「交戦経験が?」
「何回かね。剣の腕も凄い良いから楽しめるんだけど……なんかいやらしいんだよね」
視線がとかそういう意味合いじゃなさそうだ。
「わざとやってそうだ」
「やっぱりそう思う?」
「あの兄弟ですからね」
アイリスさんと視線が合う。
俺の予想は間違ってないみたいだ。
敢えてアイリスさんにだけ戦い方を楽しみにくい形に変更している。
「テリオスさんと戦う時はギラギラした目でやる癖に…………」
羨ましそうに言うあたりアイリスさんが恋してるように聞こえるが、この人は人に恋しているのではなく剣に恋しているのでノーカウント。
「ま、今はロアくんがいるからいいけどねっ!」
そうですか。
ぎゅ~っと俺に身を寄せてくる。
何故か対抗して反対側から押してくるルナさんがやかましい。
「モテモテね、色男」
「妬むな僻むな。俺は全部受け入れるぞ」
ルーチェが極寒の視線を向けてくる。
もう最近慣れて来たなこの感じも、マンネリってこういう状態の事を言うのだろうか。
マンネリと言うには少々命の危険が多すぎるのだが。
ルーチェは俺を殴って来るしアイリスさんは命を奪りにくるしルナさんも燃やすし師匠は電撃を浴びせてくる。やっぱステルラが一番大人しくて慎ましいな。
「俺にアルベルト並の感性が備わっていれば……」
「この世に生まれちゃいけないレベルのたらしが誕生するからやめて」
随分な言われ様じゃないか。
別にそんな特別な事は一切してないし、女性に惚れさせようなんて意識して行動したことはない。
相手の感情や気持ちを思い遣って言動に気を付けるのは人として当たり前の事であり、戦闘における才が塵程しか存在せず他人の借り物で見栄を張っている俺なのだからその位はしなくちゃな。
まあ俺はそこにつけこみ甘えてヒモ生活を望んでいるのだが。
「────で、だ。どっちが勝つと思う?」
「兄」
「お兄さんかな」
「テオドールさんでしょうね」
上からルーチェ、ステルラ、ルナさんの順番である。
アルには悪いが勝負は決まりみたいなもんだな。
こんな舞台で兄弟勝負を実現させたのだから、アルにも箔は付いただろう。
グラン家の出来が悪い方とかそういうイメージではなく、グラン家の実力のあるヤバい奴。
良くなってるのか、これ。
「しかしどうなるか…………」
テオドールさんが痛みに呻いて動けなくなる姿が想像できない。
俺もそれなりに耐えれる方ではあるが、骨が一本折れるだけで様々な状態異常が身体に振りかかってくる。折れた箇所が痛みを発し続け熱は出るし動かしにくいし力を籠めるのにだって覚悟が必要になる。
それを再現される、しかも相手はその状態異常が苦にならないと来た。
「戦場で出会うのは勘弁願いたいな」
「アルベルトくんの魔法は私もあんまり……」
「これは驚いた。アイリスさんは痛みなら何でもいいのだとばかり」
「そんな訳ないでしょ! 尻軽みたいに言わないでよね!」
そういう問題か?
「斬るも折れるも痛みに差異は無いが……」
「鋭い鉄が皮膚を裂いていくあの感覚がいいんじゃない」
コワ……
俺はルナさんを軽く持ち上げて席を交換した。
「酷くない!?」
「そこに死んでも死なないレアな存在がいるからご自由にどうぞ」
「ロアくん。いくら聖人の如き心を備えている私でも怒りの沸点というのは存在しています」
頭を撫でて黙らせる。
ルナさんは親の愛情に飢えているのか、それともエミーリアさんがよくこうやってしてくれていたのかわからないが、頭を撫でられると途端に静かになる。わかりやすい弱点を発見できたから俺としては大助かりだ。
「ン゛ンッ!! じ、実際問題アルベルトくんとテオドールさんではリーチの差が大きすぎます」
俺の手を受け入れたまま咳払いで呼吸を整えたルナさんが語る。
「近接戦闘しかできないのと、近接戦闘も出来る。何回か説明したような気もしますがこの違いは無視できません」
かつての英雄が剣だけに拘らなかったのもそこに理由がある。
最初の戦場にて雷魔法を応用した身体強化を行い、瞬く間に一軍を無力化した訳だが……当然軍隊なので魔法使いと近接戦闘の枠で別れている。近接戦闘は問題なく武装破壊したが、魔法使いの犠牲を問わない攻撃を防ぐのに悪戦苦闘していた。
遠距離から攻撃可能なのは圧倒的すぎるアドバンテージなんだ。
「──まあ、これはあくまで普通の理論です」
チラリと俺を一度見てから、改めて口にする。
「ロアくんを始めとして、この学園には近接狂いの人が多い」
「近接狂いとは不名誉だな」
「全くだよね」
「遺憾ね」
ここのメンバー半分が近接物理型なの本当に魔学か?
魔法に頼りきりでは上位に辿り着く事は難しく、仮に魔法一本で生き抜くのならばソフィアさんと同等の強さが無ければならない。
魔法戦ではなく魔導戦だからか。
「何が言いたいのかというと────一定のラインを越えた近接技術は、遠距離の魔法を上回ります」
「割と身体強化ありきですけどね」
「それでもです。ロアくんの場合全属性複合魔法すら無効化してるので正直ズルいですね」
俺からしたら魔法を十全に使える人達が羨ましいよ。
アルはそういう悩みあるのだろうか、一瞬考えたけど無さそうだ。
「最終的な勝利はテオドールさんが掴むでしょう。でも……」
アルベルトがただでやられるとは、思わない。
いつも通りの飄々とした表情で入場してきたアルに注目が集まる中で、相対するテオドールさんが口元を歪めて笑う。
『ようやく来たか。まだかまだかと待ちわびていたぞ』
『どうも、親愛なる兄上。少しばかりデートと洒落こんでいたのさ』
『女性を無理矢理手籠めにするのは庇えんからやめておけ』
『僕のイメージがどうなってるのか知りたいね』
カラカラ笑いながらアルは歩みを進める。
対するテオドールさんは未だ仁王立ちのような形を保ったままであり、戦う準備が整っているとは思えない。
『いい機会だ。この際明確に決めてしまうのも悪くない』
呟き、剣を引き抜く。
その姿を見てもアルはゆっくりと歩みを進める。
アルに関しては恐怖心とかそういう心が欠如している可能性が高い。
普通ぶった斬られる可能性があるんなら引け腰になる。絶対に防げる方法を持ってるなら別だけどな。
『A────どちらが相応しいかを』
『そんなの兄上に決まってるじゃないか。僕はどっちかと言えばやられ役だよ』
ミドルネーム。
二人揃って付けてる訳じゃなく、名付けられた時にそのままにしているのか。
『テリオスさんには?』
『話していないさ。一族の恥ずかしい拘りだ』
それ絶対この場で話していい話題じゃないと思うんだけど気にしないノンデリ兄弟は楽しそうにしている。
観客席の反対側に視線を向けると、ソフィアさんが頭を抑えて俯いていた。
あれは事情を知ってる側だな。
『俺に英雄願望は無い。お前にも英雄願望は無い』
『それに関しては母上に申し訳ないね。こんなのに育っちゃってさ』
『教育を押し付けるのは親の悪い所だ。成人もしていない子供に諭されているのだからな』
剣に炎が宿る。
開戦が近いのを悟ったアルが、ゆっくりと拳を構える。
『――――普段気ままに過ごしているのだ。偶の親孝行位いいだろう?』
『そうだね。期待してるよ、皇子さん?』




