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第一話

 完全に休息に割り振った一日を過ごし、翌日。

 師匠に金を貰い、色々試したいことがあったので街に繰り出したのだが…………


「メグナカルトか。奇遇だな」

「…………どうも」


 店の中、俺が知りたい分野の書物が置いてある場所になぜかテオドールさんがいた。


 一度棚を見てから、どこか納得したような表情で頷きながら話す。


「魔法の成績は下のほうだったか」

「ええ、まあ。俺は根本的に才能がないので」


 悪かったな初心者用の本で。

 入門編も良いとこ、かつてステルラが初見で発動した身体強化くらいしか載ってない本だよ。


 別に理論を理解してない訳では無い。

 もっと単純で効率的、もしくは普通の人間ならば使わないであろう発動方式を調べたいのだ。


「テオドールさんはなぜここに?」

「連れがいるんだが……ある魔法に対して異常な執着がある奴でな。没頭し始めたから退散してきたと言う訳さ」


 肩を竦めて仕方ない、といった雰囲気だ。


 誰かと出掛けても基本付きっきりだから別行動するのは珍しく感じる。金がないから付きっきりじゃないと駄目とも言う。


 そんなテオドールさんの視線を無視して目的の本を手に取った時だった。


「お前と話してみたいとは思っていた。どうだ、一杯付き合わないか?」

「連れの方は?」

「小一時間はかかる。奢るが」

「行きましょう」

「……噂通りだな」


 何笑ってんだよ。

 金ないんだから仕方ないだろ。師匠、不必要な分をくれないケチんぼだから。








 テオドールさんに連れられて、街中の喫茶店にやってきた。

 連れの人が定期的にこうなりその度に待たされることになるので、最終的に「店で待ってるから気が済んだら来い」と言うスタイルになったらしい。もう出掛けない、と言わないのはすごいと思う。


 俺も言わないけどな。

 ステルラの私服選べるとか結構楽しいだろ。俺色に染めてる感じがして……これかなりキモいな。やめておく。


「苦手なものは?」

「特には」

「いいことだ」


 アルベルトの所為で色々麻痺しているが、この人はとんでもない金持ちである。

 そんなお金持ちが利用する店とか恐怖でしかない。


 ────まあ、奢ってもらえるならばなんでもいいのだが。


「で、答えられることなら答えますよ」

「話が早いのはいいが、もう少し前菜を楽しむことを覚えた方がいい。特に女性相手ならば」

「俺の周りにいるのなんて俺のことを知ってる奴だけです。気にする必要はない」

「学園随一のヒモ男は言うことが違うな」


 俺公式でヒモ扱いされてんの? 

 もうどうしようもないだろ。英雄への風評被害半端ないことになってないか。


「アクラシアの心すら射止めたのは流石としか言いようがない。剣に乱れる、そんな皮肉を言われるような女性が男に靡くとは考えてもいなかった」

「俺は来るもの拒まずをモットーに生きているので」


 アクラシアさんは変な女性ではない。

 一つ勘違いして欲しくないのが、あの人は『自制心』をしっかりと備えた人だと言うこと。

 自分で悟った本性、それでもなお社会性を認知していたのだ。アルベルト程突き抜けていない狂人ではあるが、単に他の人間と価値観が違うだけ。死生観が狂い切ってるアルベルトと同じにしてはいけない。


「お前のそう言う部分が引きつけてるのだろう。俺たちのほうが年齢は上だが、どこか経験の差を見せつけられている気分だ」


 同世代に比べれば他人のサンプルは沢山あるからな。

 戦闘する時にも相手の情報は役に立つ。性格、気性、武器、二つ名────その全てを把握するとまでは言わないが、ある程度理解できる範囲で知っておかなければならない。


 柔軟性に欠ける俺の手札ではそうするしかない。


「そこも踏まえて、まず一つ。お前は英雄についてどう考えている?」


 真剣な表情で問いかけられた。

 どうやらこれが本題のようだ。


「偉大な人間で、狂った戦争を止めるために立ち上がった聖人」

「他には?」

「…………特には」


 何を知りたいんだろう。

 俺が英雄をどう思っていようが関係ないし、この問いの目的がわからない。


「ふむ、そうか」


 届いた飲み物を口にして喉を潤す。


「友人が英雄にコンプレックスを抱いていてな。当人は英雄になりたいと思い努力を続けてきたのだが、誰も認めてくれなかったそうだ」


 ……………………あ〜。

 正体わかった。テリオスさんのことか。

 あの人そういうことだったんだな、全部繋がったわ。俺に対する感情重たすぎないか? 勘弁してくれよ。


「俺は何もしてやれませんよ」

「知りたいだけさ。英雄と呼ばれる人間が、“かつての英雄“に何を思うのか」


 なるほどね。

 目的がわかった。

 テオドールさんはかつての英雄を知らない。テリオスさんのように近しい者の主観的な話を聞いたわけでもないから情報として知っているだけ。故に、あくまで昔生きていただけの人物としか見れないのか。


 だから知りたい。


「……これは俺の本音ですが、あまり口外しないでもらいたい」

「魔祖の様子を見ればそれくらいは理解できる。俺だって命が惜しいからな」


 殺されはしないだろ。

 多分大人になってるから批判的な意見に対しても死ぬほど拳を握りしめて魔力を練り上げて歯を食いしばって放つ三秒前くらいになってから止まってくれるはずだ。


「頭のおかしい人間」

「…………具体的には」

「人生を捧げてまで世界を平和にしたいなんて願った狂人、死という恐怖の根源を人間のまま克服しようとした気狂い」


 これくらいならば誰かに口外されても問題ない。

 印象だからな、印象。自堕落な俺の本質を知っている人物ならば「ロアならそう考える」と理解してくれるだろう。


「俺はそんな高潔な人間じゃない。手の届かない範囲が傷つくのが嫌だから届かせようと足掻いているのであって、かつての英雄とは似ても似つかない行動原理が存在している」

「……では、魔祖十二使徒の英雄への感情はどう考える?」


 また答えにくい質問が飛んできたな。

 記憶があるとか一言も漏らしてないのにめちゃくちゃ的確な質問してくるじゃないか。


「そればっかりは憶測ですが、後悔しているんじゃないですか」

「後悔? なぜだ」

「彼の最期を知る者はいないから」


 憶測は本当で理由は嘘だ。


 後悔しているだろう。

 平和になったと油断して、自分たち強大な力を持つ人間達が止められなかった戦争の遺物によって命を落としたのだから。その正体を見極めることもできず、いまだにソレに備えて戦力を維持している始末。


 彼の最期を公式で記している書物は一つもないから理由としては十分だな。


「だから俺に過度な期待を向けている。師曰く、俺の剣技はかつての英雄と同じらしい。それ故に後悔によって感情が膨れ上がっているのではないかという推測です」

「…………なるほどな。少し整理させてくれ」


 ロカさんとかエンハンブレ夫妻は振り切ってると思うけど、片想い組とエミーリアさんがズタボロになりすぎなんだよ。

 時間が癒してくれるというのは嘘だったのか? 全く振り切れてないんだが。


「一つ疑問だが、君は第二席によって剣を仕込まれた訳じゃないのか?」


 やべ、やらかした。

 そう言えばそれで通してたんだった。ここで言われておいて良かったかもしれない。


「……ソウデスヨ」

「……まあ、深くは聞かないでおく。君の天賦の才、ということにしておこう」


 誤魔化せてねーじゃねーか! 


「君が何を知っていて、何を誤魔化したいのかはわからない。だが今回の話を聞こうとしているのは俺で、あくまで知りたいのは『ロア・メグナカルトがかつての英雄に何を思うか』のみ。そういうことだ」

「助かります。いや、本当に」


 自分で借りを作ってしまったかもしれない。

 そういう事をしないのを信条に生きていた筈なのに気がつけばボロが出ている。え? ルーチェに貸しを作ってマウント取ろうとしてた? 


 …………知らんな。


「話を戻すぞ。英雄と呼ばれることになったのを強く否定しない理由はあるのか?」

「俺は常に英雄じゃないと言い続けているんだが…………なぜか誰も聞き入れてくれないだけです」


 若干呆れ顔のテオドールさん。

 だってそれが事実だし。俺は英雄なんて器じゃないと言い続けてるのに誰も訂正しないからこうなっているわけで。


「謙虚なのか豪胆なのか…………アイツが聞いたら怒り狂ってしまうかもしれん」


 ウェエェ〜〜! 

 テリオスさんの「嫉妬してしまうほどには」ってガチでそんくらい重たい言葉だったの? だからアルはあの時「面白いものが見れた」とか言ってたのか。アイツ本当許せないな。


「冗談だ。そんな顔をするな」

「グラン家って全体的にこんな感じなんですか?」

「弟の格が違うだけで俺は悪辣じゃないと自負している。少しばかりは自覚はあるがな」


 この兄弟マジでさぁ…………


 聞きたいことは一通り聞いたようで、満足した顔で飲み物を飲んでいる。

 俺は奢ってもらう立場だからな。余程露骨に蔑むような事を言われたとしても一度ならば許すことにしている。次してきたら裁くに決まってんだろ。


 話すこともなくなり少しだけ静かな時間が流れ、氷が溶け始めて音を奏で始める頃合い。


「────テオ!」


 閑静な空間に響き渡る声。

 聞き覚えのあるその声は足音を立てながら俺の背後へとどんどん近寄ってきている。対面のテオドールさんはニヤニヤしているので、この人が待ち人で間違いなさそうだ。


「聞いてくれ、今日発売の特典としてエイリアス様の直々のサイン付きだったんだ! 永い時に渡って表に出てこなかった人物の初期サイン、これは絶対後世に残さねばならない逸品に────」

「それは良かった。だがソフィア、彼の前で態度を崩してもいいのか?」


 たまたま相席していると思ったのだろうか? 

 テオドールさんの目の前まで来て興奮さめやらぬと言った様子で力説していたのだが、俺の顔を見て徐々に動きが止まっていく。


「……………………メ、グナカルト」

「どうも、ソフィア・クラークさん。師匠のファンなんですか?」

「エイリアス様の、というより十二使徒全部だ。それも重度の」


 フリーズしたまま動かなくなってしまった。

 別にいいんじゃないのか、俺も究極的には英雄オタクになるしな。


 しかも扱いとしては英雄のことめっちゃ調べてるし知ってるけど自分が英雄扱いされるのはイヤとかいう典型的なめんどくさ野郎である。


「わざわざ変装までするんすね」

「恥ずかしいと思ってるらしい。俺はいい趣味だと言い続けてるのに一向に信用されんのでな、婚約者(・・・)としては悲しい思いをしているよ」

「ちょっと待ってください。なんでもないように爆弾発言するのやめてくれませんか?」


 やっぱアルベルトの兄貴だよこの人、確実に血の繋がりを感じるわ。


「────何を暴露してるんだお前は……!」

「店の中でくらい静かにしたらどうだ? 落ち着きがないな」


 あ、テオドールさんが魔法で攻撃食らってる。

 なるほどな、いつもの俺は側から見たらこんな感じなのか。人の振り見て我が振り直せ、でもルーチェとかステルラが煽れる状況なら煽るよね。我慢漬けの人生だったからその反動で我慢ができなくなってしまった。


「師匠のサインか……」


 しかし、その手があったか。

 師匠にサインを書いてもらってコレクターに売りつける。魔祖十二使徒の俺への感情の向け方は度外視して、その稼ぎ方があった。やる気はないけど。


 俺のために書いてくれた奴を売るってこう、さ。


 何か酷い話だろ? 


「あ、ソフィアさんどうぞ。俺は暇つぶしに付き合ってただけなので」

「むっ、そうか。ありがとう」


 席を譲る。


 俺と違って耐久力も完備しているテオドールさんはピンピンしている。

 羨ましいぜその魔法耐久。俺も欲しい。


「ご馳走様です、テオドールさん。また今度お礼をしますよ」

「気にすることはない。俺から誘ったのだし、面白い話も聞けたからな」


 英雄関連の話をすることはなかったから結構新鮮な気持ちで話をさせてもらった。

 そう言う意味では俺が感謝するべきでもあるのだが、これ以上借りを作るわけにはいかない。


「ああ、その前に一つだけ。これが最後だ」


 またそっち系かな。

 十二使徒が好きな人の前で俺が知ったかぶりをするのはイヤだからそれとな〜く話を逸らしたいんだが……


「お前は何を背負っている?」


 …………ふむ。


「いろいろ、とかじゃダメですか?」

「漠然とした回答でも構わないが、お前は内容物をしっかり認識してるタイプだろう」


 バレてーら。

 それもテリオスさんを測る物差しに使うのだろうか。

 俺なんぞよりよっぽどまともで優秀な人だと思うんだが……まあ、隣の芝生が青く見えるのは人間のサガ。しょうがない部分もある。俺は生きてる人間全員に嫉妬してるよ。


「煌く星の輝きが損なわれないために。伝わりますよね」

「十分だ。似たもの同士だよ、お前らは」








「……………………」

「何を拗ねている。ちょっと奢っただけだろうに」

「そうじゃない」


 なぜか拗ねている婚約者様に嘆息しながら理由を考察する。

 情報が漏れた程度で怒るほど器量の狭い女じゃないし、この後飯に行くのだから他人と二人でいたのに引っかかっているわけでもなし。


「……メグナカルトだからか?」


 不機嫌と言った様子を隠さないまま俺からグラスを奪い取り飲み干してしまう。


「アイツは次の対戦相手だ。別に私たちが婚約者だとか十二使徒のみなさんのファンだとか暴露された事は気にしてない。ああ、一切な」

「気にしまくってるじゃないか。安心しろ、お前が負けるとは思っていないさ」

「……だが、テリオスのことだろう?」


 理解した。

 つまり、俺はメグナカルトとテリオスが戦うと想定していると思っているのか。


「軽んじているように感じたならすまない。確かにあの二人が戦うのは面白いと思っている」


 英雄になりたかった男と、英雄にされた男。


 この二人の戦いがどういう結末を迎えるのか──楽しみじゃないわけがない。

 因縁、運命、宿命……何と名付けてもいいのだが、あえて名前をつけるとするならば。


浪漫(・・)さ。ロア・メグナカルトという人間と、テリオス・マグナスという人間──その二人がぶつかり合う瞬間を俺は見てみたい。舞台に関係なくな」


 よき友人ではある。

 だが、俺では彼の悩みに干渉する事はできない。

 だからこそ少しは期待しているのだ。全てにおいて対極をいく男に。


「ソフィアのことをどうでもいいと思ってるわけじゃないさ」

「……………………ならいい。私もそれなりに楽しみなんだ、水を差さないでくれ」


 




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