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第十六話

 試合が終わった。


 あまりにも低い勝利の確率を手繰り寄せた、鬱陶しくもある意味付き合いの良い男の勝利で終わった。どこまでも苛烈で、それでいて鮮烈で、煌びやかな血筋とは対照的に泥臭い殴り合いの果てに────勝利を掴んだのだ。

 普段の態度も気に入らないし無駄に絡んでくるのはムカつくが、それはそれ。


 勝ちたいと願った末に勝てたのは祝うべき事だ。


「…………私だけ、か」


 これで勝てなければ、私だけが何時もの三人組で敗退する。

 それだけでも大きなプレッシャーなのに、相手はあのステルラ・エールライトだ。私のトラウマの根底にこびり付く女であり、同じ男を好いた者同士であり──その男の本命。


 悔しい。


 決して置いて行かれはしないけど、振り向いてくれることも無い。


「……………………勝つ」


 それでも。

 それでも、勝利を切望する想いは途切れる事はない。

 勝つために生まれて来たなんて大それたことは言わないけれど、生きている内に抱いたこの感情は偽物じゃないから。








 #第十四話 


 どうやら、先に入場していたのは相手の方らしい。

 準備が終わって速攻来たのに随分と早いものだ。それだけ私との戦いを大切に思ってくれていたなら、僅かにでも傷つけられた自尊心が癒されるような気がした。


「こんなことを考えてる時点でダメ、か……」


 甘すぎる。

 もっと厳しく自分に在らねばならない。

 彼女は、ステルラは生半な相手ではないのだ。逆立ちしたって縋り付けないほどの絶対的な実力差に、才能の壁。


「……ルーチェちゃん」

「早いわね。私のことなんて石ころと同じ程度に思ってるんじゃないの?」

「そんなこと思ってないよ!?」

「そうかしら。にわかには信じ難いわね」


 ぷりぷり頬を膨らませて否定してくる。

 こういう仕草は何ていうか、こう……子どもらしくて可愛いと思う。普段の小動物感とは裏腹な戦闘能力が恐ろしい。


「冗談よ。チョロい奴ね」

「ルーチェちゃんにチョロいって言われるのはちょっと……」


 心が苛立った。

 別にチョロい女とかじゃないから。普通に。なんか勘違いしてる男が多いけど誰にでも靡くような訳でもなくただ単にすり寄ってきた男の中でアイツが一番マシで一番心に響く励まし方をしてきたからその恩義があるだけで、別に簡単に堕ちてるわけじゃないし。


「…………何よ、文句あるの」


 ステルラは目を逸らした。

 こいつ……! 少し気になって観客席のバカ(二人組)に視線を向ければ、『チョロいのはお前だろ』と言わんばかりの表情でこちらを見ている憎き男が二人。


「イラついたわ。この怒りは全てアンタにぶつける事にしたから」

「それ、八つ当たりって言うんだよね」


 魔力を全身に張り巡らせる。

 身体強化魔法を関節の一つ一つにまで染み渡らせて、最初から全力で飛ばしていけるように準備する。


 ベルナールと戦った時は、全身全霊を賭けてやろうとは思わなかった。


 私にだって全てを賭ける相手を選ぶ権利はある。

 自分のこれまで培ってきた全てに応えるために、人生そのものに嘘をつかないように──命すらも賭け金にできる相手。それこそ、価値観の全てを賭けたって良い。


「…………ステルラ」


 既に身体の周囲に紫電を帯電させている時点で戦闘準備は十分できているのだろう。

 私は近接戦闘が主軸だ。それ以外何も持ち合わせていない、そう言っても良いレベルで。だからこその置き魔法、突撃してくる相手に対して待てば良いと言う合理的な回答。


 それを意識的にしろ無意識にしろ、一瞬で選択できるところに戦闘センスが垣間見えている。


「…………私は、ルーチェ・エンハンブレ」


 だからどうした。

 それが諦める理由になるか? 

 私以上に強くて、何もかもが優位で、好きな男の気持ちすらも既に手に入れている相手だからって────こっちが逃げ腰になる必要なんて何処にもない! 


「本気で来なさい、ステルラ・エールライト!」


 手を抜くなんて許さない。


 それが私の意地だ。

 勝つにしろ負けるにしろ、互いに全力を尽くして──! 


 刹那、踏み込む。

 紫電が真っ直ぐ飛んでくると言う読みをした上で直線勝負に持ち込む。

 身体強化すら勝っているとは言えない分野だ。全ての魔法を高水準で熟す才を持ち合わせている上で第二席を継ぐ化け物、それ相手に策を持たないのは愚かだとすら言われるだろう。


 じゃあ、自身の得意分野ですら負けを認めて、優等生みたいな手段に移行すれば満足か? 


 そんなわけがない。

 そんなわけがあるか! 


 自分を証明したいんだ。

 どこまで行っても十二使徒の娘、出来損ないの魔法適性を抱えた私であっても────努力は嘘をつかない(・・・・・・・・・)と! 


 大地を踏み砕き、莫大な衝撃をまき散らしながら()を駆け抜ける。


 一歩、二歩、三歩四歩と重ねるごとに速度は増していく。

 かつて見た白く眩い世界へと到達しても足の感覚は衰えることがなく、それでなお加速を続けて居る。これだ。この世界だ。私が求めていたのは、私がたどり着きたかった世界。


 私以外の誰もがいなくなって、私だけが世界に到達できたかのように思えるこの瞬間を。


 感覚に従って拳を叩き込む。

 恐らくこのあたりにいるだろう、これまでの経験上幾度となく放ってきた打撃と勘を信じて打ち抜く。


 完全にドンピシャなタイミングで硬い何かにぶつかった感触とともに世界が元に戻る。


 目の前には紫電を奔らせるステルラ、私の渾身の一撃を──片手で受け止めていた。


 動揺はなかった。

 即座に姿勢を変え蹴りを放つも、それすら軽く捌かれる。

 近接戦闘も問題ないようだ。予想はしていたから驚愕もない。逆にステルラ・エールライトという天才が格闘戦を苦手とするわけがないという自信すらあった。


 空中で踏み込めない姿勢であっても、今の私には壁を作り出す手段がある。


 魔力壁を簡易的に作成し高低差を活かして立体的な格闘戦を仕掛けた。


 右足での蹴り、回し蹴り、踵落とし、跳ね上がって逆さまに回転しながらの裏拳────何事もなく処理されるが、その事実がより私を高揚させた。


 戦えてる。

 かつて心折れる要因となった少女との才能差に臆すことなく、自信を持って私は立ち向かっているのだ。


 思わず口が歪む。

 勿論これは苦痛に歪んだわけではない。


 歓喜に満たされたから。


「────ねぇ!」


 組技に移行しようと腕に絡みつくが、僅かに紫電が見えたのでそれより先に動く(・・・・・・・・)

 一度距離をとって息つく間もなく再度駆け寄る。魔法を使えば遠中距離のアドバンテージを活かしきれるというのにその手は打ってこない。


「あの頃と比べて、私はどう!?」


 表情を見ればわかる。

 ステルラ・エールライトはこの戦いを僅かにでも楽しんでいる。


 眉間に寄った皺、輝く瞳、笑う口元。


 この私が、あの女を楽しませている! 


「強い。強いよ、とんでもなく!」


 嬉しいことを言ってくれる。

 歓喜を噛み締めながら、身体強化のギアを一段階引き上げた。

 こんなのは想定していない。自分の中でできる極限でやりくりしてきた筈だ。紛れもなく、今この瞬間までの私は全力だった。


 でも、ここからは。


 全身全霊、全てを賭ける。


「身体強化・限界突破(オーバーロード)────!!」


 いずれ使わねばならなかった切り札。

 氷に拘る意地も投げ捨てて編み出した、私のオリジナルとすら呼べない魔法。

 ただ純粋に自身の肉体の限界を越えて、常識も何もかもかなぐり捨てて────星へと追いつくために。


 自身の保有する魔力の全てを放棄する。


 これで戦闘時間は限られた。

 多く見積もってあと二分。肉体が手遅れになるのは一分三十秒と言ったところ。


 気にしなくて良い。

 それまでに決着はつくのだから。


 ────駆け出した。


 先程までの速度すら置き去りにする、雷にだって追い縋れる速度。肉体が悲鳴を上げるのに対して歯を食いしばって堪えて、宙を踏み込んで更に加速する。


 血が胃の底からこみ上げてきた。

 口の端から零れ落ちていく血液を飲み込んで、ステルラに肉薄する。


「──……紫電迅雷」


 小さく呟いた言葉の後に、視界から消え失せる。

 目で追えなかった。血管が破裂する程度には強化をしている視力ですら追いきれない速度。文字通り紫電と一体化したような、そんな馬鹿げた速さ。


 諦めるな。


 奮い立たせるように自身へと戒める。

 そのまま壁へと着地し、勢いを殺さぬまま駆け出す。

 反対側に同じように着地したステルラと一瞬視線を交わし、互いの狙いを完全に理解する。


 弧を描くように同じ地点へとたどり着き拳をぶつけ合う。

 鈍い痛みだ。同様に身体強化を行ってなお明確になる実力差に歯痒い思いを抱きながら、残りカス同然の魔力を更に練り上げて宙へと抜け出す。


 追随する紫の渦。

 意表を突くためにまた踏み込んで殴りかかるが、それすらも対応される。

 それでこそだ。それでこそ、ステルラ・エールライトだ。


「────それでも、勝ちを願うの!」


 宙を高速で駆け抜けながらぶつかり合う。

 余波で障壁に歪みが入っているが構うことはない。


 計算よりも早く魔力消費を行っているから、もうあと数度のやりとりしか出来ないだろう。

 それも織り込み済みだ。長期戦で勝てる戦い方じゃないのだから、短期決戦を望むのが正解に決まっている。


 未来への布石を全てここに持ち出す。

 ここから先は考えない。ただこの瞬間、この一撃に全てを賭けて! 


 風を切り、大地の束縛すらも断ち切った蹴り。


 それを鮮やかに避けて迫りくる紫の拳──避ける余裕は一切ない。

 清々しい気持ちだ。自分自身の限界すらも越えたのに、通じなかった。なんともないように対処された。


 走馬灯のように感情が湧き出てくる。

 あの頃に比べてとても強くなった。想像もできない程に努力は実を結んだし、一人の人間として成長できた。そうだ。後悔することなんて何一つとしてない。晴れやかに胸を張れる。


 ……………………だけど。


 それなのに。


 こうやって眼前に迫る敗北を前にして湧き上がってくるのは、結局…………


「…………悔しいなぁ」


 悔しい。

 負けたくない。諦めたくない。

 胸を締め付ける苦しみだけが、私の心を満たしていた。











「…………何しにきたの」

「何って……慰めに、とでも言ってやろう」

「要らないわよ」


 試合が終わり、一回戦の勝者が決まってから一時間と言ったところか。

 治療も終わったと思い医務室までやってきたが────思っていたより凹んでるな。


「良い戦いだったな」

「良い戦いなんて、なんの価値があるのよ……」


 あ〜も〜〜。

 あんなに戦ってる最中はウキウキしてたのにすぐこれだよ。

 まああれだけ勝つと息巻いていたのだから、そりゃあ負ければショックだろう。だがそれはそれとして、戦いの内容は褒められるべきなのだ。


 俺が言われたら? 


 ブチギレる。

 戦いの内容とかクソだろ。勝ちと負け、それ以外に何か意味があるか? 


「フン。納得のいく戦いじゃなかったか?」

「そうじゃないわ。…………負けたのよ、結局ね」


 椅子に座ったまま顔を俯かせる。

 学生同士の戦いだと言ってしまえばそれだけだし、大人は一度の失敗を引き摺るな、なんて前向きに生きるように言ってくる奴もいる。


 俺はそうは思わない。

 一度の戦いが人生を決めてしまうことだってある。


「アイツは本気じゃなかった。ある程度は全力を出してくれていたと思うけど、本気じゃなかった。手を抜かれてた訳じゃないのに、本気を引き出せなかった。…………何よりも悔しいのは、自分の不甲斐なさ」


 …………へぇ? 

 なんだ、思ってたより大丈夫そうだな。


「もっとやれた事はあったかもしれない。練り足りなかったかもしれない。全てを賭けたと思っていたけど、まだ賭けられるモノは残っていたかもしれないって。散々考えてきた内容が、次から次へと頭に浮かんでくるの。…………本当に、どうしようもない」

「俺はお前が成長したと思っているが」

「…………は?」

「他人を恨む事は無くなったんだな。自分に嘘を吐かないようになれたんだ」


 他人を恨む事が悪いと明確に理解していた女が、他人を恨むという選択肢すら完全に無くなっている。自分自身を恨むわけでもなく、まだやれた事はあったと引き出しを漁るようになった。それは大きな進歩だろう。


「自分の力だけで前を向けてる。強い奴だ、ルーチェは」


 心が折れている訳じゃない。

 次の戦いに向けて、今の戦いの反省点を振り返っているだけだ。


「────……冗談、よしてよ」

「褒める事は悪い事じゃないからな。お前が俺を甘やかすように、俺もお前を甘やかしてやろう」


 その証拠に負けた直後だというのに頬が緩んでいる。

 自分の成長具合なんて実感できないモノだ。他人からの評価があってようやく理解できるという非常に難しい指標。


 かつてのルーチェならば、ステルラに負けたという事実のみを見てショックを受けていただろうしな。


「……ああ、それと一つ」


 少し顔を腕で隠してるあたりがまさにそうなんだが……


「お前が一番チョロいぞ」

「うっさいわねバカ。歯へし折るわよ」


 宣言通りに飛んできた手は歯を折る事はなく、しかし俺の頬に大きな赤の模様を残すだけにとどまった。

 手加減できるようになったのも成長かもしれない。




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