幕間 ①
「よう」
「ムッ、メグナカルトか」
待ち伏せ完了、だな。
今日の分の試合は終わり、観客はそれぞれが帰路についた。こっからが本番と言っても過言ではないのだが内容が濃かったお陰で興奮収まらぬ、と言った様子。
折角開催したことだし、師匠持ちで飯を奢ってくれると宣言したので行きたい連中だけで高級料亭に突撃する事になった。権力バンザイ。
それでどうせならヴォルフガングも誘おうと思って俺だけ残っていた訳だが……
「お疲れさん。晩飯奢りだから一緒にどうかと思ってな」
「わざわざ待ってもらってすまないが、遠慮させてもらう。試したいことが幾つもあってな」
「相変わらず上昇志向の高い奴だ。そんなに急がなくていいだろうに」
「仕方ない。義務でやっているのならまだしも、楽しいんだ。どうしようもない位に」
楽しい、か。
強くなることが楽しいのは理解できる。
自分の出来る事が日に日に増えていくあの感覚はいいものだが、それを得るための努力という概念がどうしようもない程に嫌いだ。
「それに、次こそお前に勝たなくちゃいけないからな!」
「勘弁してくれ。もうお前と戦うのは嫌だ」
「何故だ! きっといい勝負になる!」
ならねぇよ。
俺がボコられて終わるんだわ。
過大評価が凄いな? テリオスさんとタイマンでやり合える化け物に勝つ方が難しいんだが……
「とか言っておいて負ける気はないんだろう?」
「当たり前だろ。そもそも俺は勝てる勝負しかやらないからな」
「ハッハッハ! そういう所が実にメグナカルトらしい」
負けた時の屈辱を俺は誰よりも知っている。
かつての英雄が没した際のあの感覚。アレは中々な虚無感だ。
大戦が終わり、平和になった世で消え去ろうとした途端に現れた遺物。親友と共に死を覚悟したあの瞬間。共に駆けだした友が先に死に、残された剣を手に死力を尽くしてなお届かなかった時。
あれほどの絶望感をこれから先味わう事はあるのだろうか。
「…………無力なままでは居たくないからな」
あ〜〜〜〜、でも更に頑張らないといけないんだよな。
魔祖とやり合った時の技を習得しなきゃならんのか。改めて考えて無理ゲーすぎる。
「はー…………やはり世界は理不尽だ。もう少し俺に優しくならないものか」
「立ち向かうのも悪いものではないぞ?」
「嫌だよ。俺はぬくぬく平和を享受し子供達がはしゃぐ様子を見ながら本を読む人生を送りたいんだ」
「具体的だな……」
「願望すら形にしないと叶わないからな。シビアな世界だぜ」
最近は本を読むこともままならんし、学園の図書室に紛れ込んでいる英雄系の話を探っている途中なんだ。
ルナさんを通していくつか話を聞いているが……あの人、かなりの英雄マニアだ。本当に詳しいし、多分アレエミーリアさんに聞きまくってるな。二人きりの時の話とかめっちゃ知ってるもん。
だから俺にも興味を持ったのだろうが、こんなヒモ野郎で幻滅しなかったのが彼女の凄いところだ。
「まあ、なんだ。無理はするなよ」
「自身の体調管理くらいは問題ない。メグナカルトこそ、応援してるぞ」
手を振って別れる。
相変わらずクレイジーな奴だが、俺たちと違ってあいつは純粋なまでに強くなりたいという欲求を抱えているだけだ。何かに悩むわけでもなく、ただひたすらに研鑽を積み上げる。
結果は自分だけが知っていればいいという究極的な思考。
「…………強くなりたい、か」
そう言えば、俺が最初に抱いた感情もそうだった。
ステルラを庇い師匠に救われたあの日あの夜、確かに俺は強くなりたいと願った。フラッシュバックした記憶がそう思わせたのか、俺自身がそう思ったのかはわからないが。
確かに強くなった。
天才共と刃を交えられる程度には強くなった。
だが、絶対的に足りていない。
魔力が足りず魔法が使えないという圧倒的な弱点がある限り、俺はいつまでも追いつくことはできない。
「何を黄昏てるんだ?」
「……わざわざ迎えに来なくてもよかったのに」
「迷ってるかと思ってね、心優しいワタシが来てあげたんだから泣いて喜んでもいいんだぞ」
「ハッ」
ピリピリする〜。
人が年齢特有の感傷に浸っているのに邪魔をするな。
「師匠」
「なんだい?」
「俺の魔力は攻撃に転用できますか」
切り札の切り札、これ以上打つ手のない時にのみ扱える──奥の手。
「一撃限りでいい。一回撃てればいい。それきり魔力を失ったって構わない。どうしても、俺は勝ちたいんだ」
ステルラは必ず勝ち上がってくる。
ルーチェには悪いが、こればっかりは譲れない。俺はステルラ・エールライトという存在を信じている。
だからこそ応えたい。
「座する者へと届く一撃が、欲しい」
「…………だからと言ってアレは禁止だ」
「師匠が止めてくれるでしょ」
「私の心臓が保たないんだよ!」
「やっぱ老人は労るべきだな」
痺れるとかそういう次元ではなく焼け焦げてしまったわけだが、悲しいことに俺の皮膚は電撃に耐性を持ってしまった。俺はどういう生物に進化したんだ?
「全く……実際考えてあるんだろ?」
流石に喋れないのでコクコク頷く。
徐々に修復されていく特有の感覚を味わいながら立ち上がる。
「右腕だけでいい。そこに俺の魔力を掻き集める、それが欲しい」
「それだけなら大丈夫だが……光芒一閃と並行使用はできない」
「問題ない」
後は俺次第だな。
どこまでやれるか────結局ヴォルフガングと同じで鍛錬を積むしかない。
は〜あ、嫌になるな。俺は自堕落にまったりと出来れば欠伸でもしながら魔法の開発ができる程度の才能が欲しいんだよ。なのに実際にやれる事はひたすら自分の身を痛めつけることだけ。
「そう悲観するな。君は十分努力を重ねてるよ」
「重ねただけじゃあ何にもならないのが世の中です。俺は結果さえ出せればそれでいいんだ」
俺から話を振っといてなんだが、俺も高級料亭の飯食いたいんだけど。
そう思い師匠に言おうとしたら、本当ににっこり笑いながら俺の肩に手を置いてきた。
「そうか! なら私も付き合おう──今から!」
「馬鹿か?」
「なあに遠慮する事はない、結果が出る様に足掻こうじゃないか!」
遠慮するが。
あ、こいつ身体強化まで使ってやがる! 全然引き剥がせねぇ!
「嫌だ! 俺も美味いもん食べたいんだよ!」
「安心したまえ。テイクアウトも出来るから」
「そういう問題じゃないんだが?」
ずるずる首根っこを掴まれたまま運ばれていく。
…………ああ、くそったれめ。なんで俺ばっかりこんな目に遭うんだ。
恨むぞ師匠。具体的には寝てる間に悪戯する程度には恨む。性的な悪戯はしないが、寝てる口の中に虫を放り込む程度の嫌がらせはしてやる。
「ふーむ。なら優勝したら私が直々になんでもしてやろう」
「言ったな? なんでもだぞ」
「ああ! なんだってしてあげようじゃないか」
来たぜ来たぞ俺の時代だ。
優勝するしかなくなったな。師匠に永遠に俺のいうことを聞いてくれってお願いすれば無限にお願いし放題じゃん。あ〜〜〜、やっぱ頭脳が冴えてるな俺は。
「とんでもなくアホなことを考えてないか?」
「この世の課題を全て解決する様な秘策を閃いただけです」
「本当かなぁ……」
「散々思い出作って寂しくさせてやるよ」
「……………………ロアは無駄に鋭い時があるな」
「他人の心を思いやるのはいいことだろ」
改めて自覚し始めた様だな。
悪いが俺は皆を置いていくのは確定しているのだ。
だからこそ今を大切にしている。修行も大切だし、勝つのも大事だ。だがそれ以上にこれから長い刻を生きる人達に楽しい記憶を分け与えてやりたい。
「ていうわけで今日の修行は無しにしましょう。地位のある人間が行く料亭とか絶対うまい」
「ブレないな……まあ、そういう面もあるか」
よっしゃ。
思わずガッツポーズをとる。
「まあロアが特訓を始めても私はテレポートでいつでも戻れたんだけどね」
「貴様覚悟しろよ? 俺にだって怒りの概念は存在するんだ」
この後料亭に向かうまでの僅かな間に何度も黒焦げにされた。
魔力を補充されてないからどうしようもないということに気が付いたのは料亭についてからだった。最悪だ。
「…………英雄……」
呟いて、息を吐く。
胸の奥に詰まった大きな何かが永遠に引っ掛かったまま、僕は成長した。その結果が今であり今日に至る。
「羨ましいな、本当に」
見てしまったのは偶然だ。
見るつもりなんてなかった。たまたま帰り道でヴォルフガング君と話し込んでいる姿が見えてから、つい隠れて聞き耳を立ててしまっただけだ。
流石に秘策っぽい話を始めたから急いで聴力強化をやめたからよかったのだが、少し危なかった。
嫌だ嫌だと言いながら、決して努力を止める事はない。
その上周囲の人間への気遣いもしている。口では邪険にしつつも、大切に思っていることが丸わかり。僕のように取り繕っていることがバレても全く問題ない、素晴らしい人間性だ。
「僕じゃ、役者不足か……」
そんなの認めたくない。
こうなることがわかっていたから僕を英雄として育ててくれなかったんですか? なりたいと願う事はそんなに罪なのか。かつての英雄も、英雄になりたいと頼ってきたと……あんなに楽しそうに語っていたのに。
「こういう所が駄目なんだろうな」
自覚はしている。
本当に英雄ならば、こんなことを胸に抱くこともなかっただろう。どれほど自身の力不足を目の当たりにしても、どれほど苦しい現実を叩きつけられても諦めなかった不撓の英雄。
「こんなところで何をしている?」
「……テオドールか。少し、考え事をね」
あんなに嬉しそうな母を見たのは初めてだった。
なぜなら、過去を語るときの母はいつだって寂しそうな顔をしていたから。楽しそうなのに寂しい、そんな感情が目に見えて伝わってきたから。
俺はそれが嫌いだった。
いつだって笑っていて欲しい。楽しく生きて欲しい。
大戦という動乱を生き抜いて、人生の彩りを知り始めたばかりなのに最愛の人を失った。
その悲しみを忘れなくても抜け出して欲しかったんだ。
「ハリボテじゃ意味がないな」
「お前らしくもないな。メグナカルトに嫉妬でもしてるのか?」
「ああ、そうさ。僕はロア・メグナカルトに嫉妬してる。狂おしいほどにね」
英雄になりたい。
幼い頃に誓った願いは未だ果たされず。
それどころか、英雄と呼ばれる人間が出てきてしまう始末。
「座する者へと至り、同じ場所に肩を並べられたと思っていたんだけど……見当違いだったよ」
「フン、随分と贅沢な悩みだ。いつまで経っても至れない俺への嫌味か?」
「違うよ。自己嫌悪さ」
決して英雄とは呼ばず、僕に新鋭なんて二つ名を授けて。
彼のことを初めて見た時のことは鮮明に覚えている。母が何もかもを放り投げ、感情を大きく爆発させてるあの瞬間。
僕はどんな表情でそれを見届けただろうか。
「…………駄目だな。もっと制御できるようにならないと」
「くだらん。お前はお前だろう」
「僕に価値はない。僕は英雄になりたいんだ」
「そう言う事くらい知っているさ。何年お前と友人をやってると思ってる?」
「感謝してるよ、僕らの友情には」
「……だからこそ、言うぞ。お前はお前だ」
ロア・メグナカルトにはなれない。
「ルーナ・ルッサは強敵だ。証明して見せるんだろ、魔祖様に」
「…………うん。そうだね」
本当に俺は弱い。
取り繕っている仮面が剥がれないように塗り固めているだけで、本当は英雄なんて器じゃないんだ。
嫉妬と羨望に塗れた醜い人間。
「でも、諦めてなんてやるもんか……!」
僕こそが英雄に相応しい。
僕は英雄になって見せる。
二度と寂しい思いなんてさせない。英雄の代わりを務められるのは、僕だけだ!
「負けるなよ、テオドール。決勝で会うのは僕達だ」
「その通りだ。最高学年の意地がある」
拳をぶつけ合って誓う。
彼らに強い想いがあるように、こちらにも強い想いがある。
誰しもが勝ちたいと願っているんだ。
「それじゃあ飯でも行こうか。此間新しく出来た店が知り合いがオーナーでな」
「……それさ、密談とかに使うお店じゃないよね」
「今回は大丈夫だ。……多分」
「君さぁ!」
不安だ。
以前巻き込まれたのを思い出して思わず身震いする。
「周りのお客さんの顔に見覚えがあるから何事かと思ったよ、あの時は……」
「たまたま政治家が集まってただけだからな。俺は意図してないぞ」
「それでも沢山絡まれたからね!?」
お偉いさんとの遭遇で突然社交会のようなムードになってしまったお店。
店主さんも苦笑いだったよ。
「俺たちはまだ学生だ。学生らしい店を楽しむのもいいだろう?」
「……なるほどね。それなら大丈夫だ」
青春はまだ続いている。
夢があるんだ。僕には叶えられそうもない、大きな大きな夢が。
「明日は頑張れよ、親友」
「お前こそ負けるなよ、親友」




