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第十一話

「勝ちました」

「おつかれさまです」


 ぶい、なんて言いながら指を立てている。

 なぜか俺の膝に座って来た。……確かに周囲に席はないからな、これが合理的か。


「ふん、良いだろう」

「やってみるもんですね」


 勝手に俺の手を取るな。

 まあいいか。なんかぬいぐるみ抱えてるみたいで懐かしい感覚を……待てよ。俺は子供の頃にぬいぐるみを抱くことはあったか? 嫌ない。


 ではこれは全く知らない感覚だ。


「ちょっとルナさん。貴女色々隠してましたね」

「聞かれてませんので、特に話す必要もないかと」


 よく言うぜ。

 対抗手段がワンチャンないわけじゃないんだが、今の俺には使用不可能である。寿命削れば一撃与えるくらいは出来ると思うけどさ、多分それやったら師匠にクッソ怒られるんだよな。


 一回やろうとして死ぬほど怒られた。


座する者(ヴァーテクス)、か。でも俺は安心しましたよ」

「安心、ですか?」

「ええ。これで一人にしなくて済む」


 これは確信だが、ステルラは絶対に至る。

 師匠がいるから寂しくはないだろうが、それでも仲のいい人間が先に逝くのを見続けるのは精神的に堪えるだろう。それを少しでも和らげることが出来そうで俺は心底安心した。


「末長く、よろしくお願いします」

「…………ああ、なるほど。そう言うことですか」

「察しが良くて助かりますね」

「ふふん、ロア君のことならなんでもわかりますよ」


 嘘つけ。


「むっ。その顔は嘘つきとでも思ってますね?」

「なんでわかんだよ」

「女の勘です」


 勘でそこまで当てられたら世話ないぞ。

 ムカつくので頬をぐにぐに引っ張ったり揉んだりして嫌がらせする。ぐええ〜、なんて言いながら止めろとは言ってこないのでそのまま続行だ。


「ぐ、ぐぬぬ……」

「ほらお姫様、行かなくていいの? 取られちゃうよ?」


 余計な事を吹き込むな! 

 いいだろステルラお前一週間一緒に暮らしてたんだから。お前俺が寝ついてる間に頬触ってきたの覚えてるからな。


「ヴェッ!?」

「一時間も触ってたら普通に目が覚めるわバカたれ」

「……………………ぐう」


 唸りながら師匠の後ろに隠れた。

 ケッ、俺に勝とうなんて十年早いんだよ。俺は生まれて数年で勝利への執着を覚えたんだ、格が違うぞ。


「ルーチェはいいのかい? 混ざらなくて」

「…………別に。それより次に集中しないと」


 それもそうだ。

 ムニムニしていた手を止めて思考を切り替える。


「……ヴォルフガング、勝てると思うか?」

「無理だろうね」

「無理だと思う」

「無理でしょう」


 満場一致で無理は可哀想過ぎるだろ。

 上からアルベルト・アイリスさん・ルナさんの並びである。この三人が無理って言ったらもう無理だろ。


「順位戦一位を在学中ずっと維持してるのは控えめに言って頭がおかしいから。これまでの歴史上成した人物は一人もいないんだぜ?」

「バルトロメウス君が弱いのではなく、相手が強過ぎると言ったほうが正しいでしょう。私も勝てるかどうかは怪しいところです」


 なあルナさん。

 その発言さ、そう言うことか? 


「むむっ。……な、なんの事デショウカ」

「いいです、その情報は知りたくなかった。更に深い絶望が俺の胸を埋め尽くしています」


 は〜〜〜〜〜〜……

 そりゃあ一位維持できるわけだよ。


「安心してください。負けるつもりはありませんから」

「余計安心できないんだが……」


 ヴォルフガングがどこまでやれるか。

 アイツも才能はとてつもないが、それ以上に化け物が多い年代すぎて目立ててない。過小評価されていれば御の字、って所だな。


「……そう易々と、負けるような奴じゃない」


 腹を斬られて腸を剥き出しにしても心底楽しむようなジャンキーだ。

 下馬評なんざ覆して見せろ。








 #第九話 


 あれほど見慣れた坩堝の景色が変わっている。

 入場して最初に抱いた感想はそれだった。選手一人一人に与えられた控え室の豪華さに驚き、本当に学園全体が注目しているのだなと思い知らされた。


 恐らく魔祖様の魔法であろう、映像を映し出す魔法で他選手たちの戦いを見ていた。


 圧巻だった。

 誰も彼もが正面からぶつかり合い信念を打ち付け自分こそが一番だと証明しようとしている。

 ……まあ、そう言う感情を持ってない人もいたみたいだが。選手たちの呟きすら鮮明に聞こえるのがいいところでもあり悪いところでもある。


「相変わらずだ」


 観客席で囲まれている人気者に目を向ける。

 果たして彼が逃さないのか、それとも周りの人間が逃さないのか。その両方だろうな、と自分の中で納得する。


「────やあ、待たせたね」


 柔らかい表情と裏腹に闘志が溢れる目つきだ。

 纏っている空気感、雰囲気、そして────滲み出る圧倒的な魔力。


 格上。


 その二文字で全てを言い表せるほどの圧倒的な存在感。


「…………ふ、はは」


 凄まじい相手だ。

 俺が相対してきた中で、それこそ十二使徒本人にすら届きうる実力。感じとれてしまった。戦うより先に自身の敗北を悟ってしまった。


 俺はどう足掻いてもこの相手に勝つことはあり得ないと。


「君がヴォルフガング・バルトロメウス君か。話には聞いているよ」

「光栄な事だ。俺も貴方のことは耳にしている」


 強者と戦うために、この学園に来た。


 初戦は負けた。

 相手が強かった。本人は自虐ばかりしているがその実力は確かなものだし、その努力は計り知れない。彼はまことに英雄と呼ばれるだけの積み重ねがある。


 その後は、とにかく相性の悪い相手と戦った。

 戦って戦って戦って、ようやく登り詰めた一桁。


「…………本当に、ありがたい」


 まだまだ俺は強くなれる。

 その確信が胸を埋め尽くしている。天上にはまだ見ぬ存在(魔祖)が居て、明確に目指せる場所すらわかる。

 こんなに恵まれていていいのだろうか。俺の願いを成就させるのに必要なピースが揃っている。


「胸をお借りします! 新鋭(エピオン)と謳われた偉大なる人間の!」

「君みたいな熱い子は嫌いじゃない。先達として、恥のない姿を見せてあげよう」


 魔力を練り上げ、初っ端から全力で行く。

 出し惜しみは一切しない。小手調べも必要ない。相手は圧倒的な格上だ、ならばこちらの振舞う礼儀は────喰らい付いて魅せる事だ。


「────暴風(テンペスト)!」


 二つ名としても名を馳せた最強を解き放つ。

 入学当初と見比べて随分と練度の増した魔法に、我ながら最高の一撃だと思う。


 嵐どころでは無い、これはもう風という形を取っただけの破壊の渦。

 最上級魔法として完成形を迎えた事をここに確信した。


 先程までの試合よりも強化された魔力障壁に余波で罅割れを入れながら、上空へ一瞬で飛び立つ。


 最上級魔法を一発ではとても足りない。

 彼を超えるにはとても足りない。


 ────冷静に分析している様に、俺は語った。

 負けるだろう、と。実績や実力差を客観的に見比べて、俺は勝てないだろうと予測を立てた。


 それは会場の誰しもが思っている。

 ヴォルフガング・バルトロメウスの勝利を予想している人間なんて誰一人としていないだろう。


「────それでも!!」


 自分だけは自分の勝利を信じている。

 勝利を想うことこそが、過去の自分への手向けになるのだから! 


「それでも!! 俺は勝ってみせる!!」


 既に放った一撃は容易く打ち破られた。

 風を断ち切る様に放たれた光の剣。どこまでも見覚えのある光景だ。

 かつては敗北を喫した。今は成長した。敗北を糧に、俺は一つ上へと登ったんだ。


 それでも破られた。

 最上級魔法程度(・・)では足りない。

 足りないのなら────もっともっともっと高く! 


 魔力を掻き集める。

 自身の身体に満ちる魔力全て、防御も何も考えずにこの一撃に全てを籠めるために。

 両手の中を渦巻く嵐を圧縮し続ける。


 倦怠感が脳内を支配するが、そんなものはお構いなしだ。


 今この瞬間を味わわなくてどうするんだと奮い立たせる。


「これが俺の全力! 未熟なこの身で放てる最高の一撃!」


 未だ至る事のない我が身だが、いずれ辿り着くと信じている。

 俺は諦めない。どこまでも勝利を追い求めている。ただ自分が強くなるために、誰とも関係もなく────ただ、どこまでも高い景色を見てみたいから。


 視界の一部が嵐と一体化(・・・・・)した様な錯覚を覚えた。 

 ここが限界だと悟り、しかし感じた事のない全能感と高揚感が溢れ出ている。今ならば、今ならば出来るはずだ! 


「────喰尽す暴風ヴォルフガング・テンペスト!!」


 正真正銘最高の一撃。

 自身の名を冠する、俺だけの技。

 誰かの後を追うんじゃない。二代目ではない。ロカ・バルトロメウス二世ではないのだ。


 ────俺は、ヴォルフガング・バルトロメウス。


「今、成った(・・・)のか……!」


 目を見開くテリオス。

 第一位を死守し続けた怪物が俺に対して動揺している。

 強く、果てしない強さだと感じた格上が俺に対して警戒をしている。これほどまでに嬉しいことはあるだろうか。


「だが、一歩踏み出した程度(・・)だ……!」


 その手に再度光が灯る。

 一瞬煌めいて、爆発的な閃光の後に手に剣が握られる。


「負ける訳にはいかないんだ。僕が証明するために……!!」


 ギ、と口を紡ぐ。

 詳細までは聞こえなかったが、来る。

 俺の一撃を打ち払うための攻撃が! 


 片目が光の粒子へと変貌する。

 あれは──紛れもない証拠。テリオス・マグナスは座する者(ヴァーテクス)へと至っている! 


月光剣(ムーンライト)────!」


 溢れんばかりの極光が、天へと放たれた。








 嵐と光、二つがぶつかるのが見えた。

 その衝撃は計り知れない。先程の全属性複合魔法と月光のぶつかり合いより、もっともっと大きな衝撃。


「どうなった……!?」


 腕の中にいたルナさんを庇ったためまともに風に煽られてしまった為に結末を見逃した。


 ヴォルフガングが至り、テリオスさんが迎え撃つ。

 とんでもない出力の魔法がぶつかりあった末に生まれた爆風は会場全てを撫で切って駆け抜けた。


「…………いい、戦いだった」


 師匠の呟きと共に少しずつ煙が晴れていく。

 片手に剣を持ったまま天を仰ぐテリオスさんと────地面に倒れ伏すヴォルフガング。


 勝負は決まった。


『……強かった。君はこれからもっと強くなれる。ヴォルフガング・バルトロメウス』


 その言葉は届いてはいないだろう。

 だが、その確信は本人も抱いている筈だ。


『それでも僕は負けない。あの人に育てられたのだから。あの人に誓ったから。どれだけ否定されても、僕はそこを諦めない……!』


 その言葉の後に、俺に視線を向けてくる。

 特に何かを交わしたわけではない。ただ視線が合っただけで、何かを伝えようとしたわけじゃない。


 それでも伝わってきた。

 テリオス・マグナスという人物は明らかに俺に何かしらの感情を抱いている。


『────勝者、テリオス・マグナス!』


 歓声と共に勝敗が決まり、彼は朗らかな笑顔を浮かべながら控え室へと戻っていった。


 これで一日目の対戦は全て終わった。

 最終戦に相応しいぶつかり合いだったが……気になることが増えたな。


 具体的には厄介ごとの気配。

 ていうかおかしくない? ヴォルフガング片足突っ込んでたよなアレ。

 普通に対処するテリオスさんはなんなの。予想通りだったけどよ、このブロックおかしいだろ。


 ソフィアさんが唐突に成らない事を祈る。


「やはり強敵ですね」

「頑張ってくださいよ」

「もう少しいい感じに言えます?」

「頑張れ、ルナ」

「オ゛っ…………」


 耳元で囁いたら動かなくなった。

 恥ずかしいからフォローしてほしいがマジで反応がない。しょうがないから頬をムニムニして気を紛らす。


「君、よくアレに勝てたね」

「俺もそう思う。今やったら絶対負ける」


 ヴォルフガング、おかしくない? 

 上に移動する速度が速すぎたし、あの技なに。


「歴代の十二使徒門下でもオリジナルを組み上げた人間ってのは本当に少ない。彼と、そしてルーナ君はすでに資格があると言ってもいい」

「なんでそんな化け物に囲まれてんだよ……」

「君も大概なんだけどね」


 師匠の言葉に絶望する。

 それに勝てるテリオスさんヤバすぎだろ……故に新鋭(エピオン)か。既存の魔祖十二使徒という枠組みを超えられる新たな存在。

 もうちょっと楽な世代に生まれたかった。


「大丈夫さ。ロアならやれる」

「なんだその信頼は」

「君のことは誰よりも見てきたからね。信じてるよ?」


 …………ふん、まあ、言われなくてもやることはやるが。

 相手が化け物なのは承知の上だ。それでも負けられない領域がある。時間切れを狙う様な人達ではないからまだ勝機がある。


 もう貰えるものは貰った。

 後は俺次第だな。


「で、ルナさん。そろそろよけてもらっていいですか?」

「…………もう少しだけこのままでお願いします」

「まあいいですけど……」


 仕方ないな。

 明日にはステルラとルーチェの戦いがある。

 俺はどっちを応援すればいいのだろうか。どっちも応援すればいいか。


 戦いがないことに安堵しつつ、膝の上の重さを少しだけ楽しんだ。





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