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第七話

『────さあ、ついにこの時がやってきました!』


 ……眩しいな。

 天井が空いているので、太陽の光が直射されている。

 じりじりと焦されるほどの熱量ではないから大丈夫だが、長引くと影響がありそうだ。


『開催を待ちわびた一週間と二日、我々はじっくりことこと煮込まれる野菜のような』

『その下手くそな比喩をやめんか! お主何年間この席に座っとるんだ』

『す、すみませ〜〜ん!』


 どう言う実況なんだよ……

 しかも魔祖直々に解説席に座ってんじゃん。


『全く……お、小僧じゃないか。お〜い小僧、こっちじゃこっち』


 面識ないのにめっちゃフレンドリーじゃん。

 コワ……かつての魔祖を知る身としては恐怖が勝る。

 いや、多分、かなり変わったんだろう。大戦時の傍若無人っぷりはだいぶ鳴りを潜めてると思う。それでも性格がアレと評される程度には残念だが。


 目線を向けると、視力の都合上顔の様子は窺えない。 

 ただ声色から楽しそうにしているのは想像できた。


お前(・・)には期待してるからな、精々楽しませて見せろよ?』

「…………英雄サマサマ、だな」


 随分と高評価を戴いているみたいだ。

 かつての英雄のお陰だな。彼の技を再現しようとしているだけで、俺のオリジナリティはひとつもないのにこれだ。

 少しだって威張れない情けなさがある。


『えー、すでに入場しているのはメグナカルト選手(・・)です。二つ名は英雄、魔法適性とは裏腹な近接戦闘能力が特徴的ですね!』

『貴様ら小娘、童共にはわからんかもしれんが────アレは正真正銘かつての彼奴の技だ』


 場内が騒つく。

 やめろ。俺をナチュラルに英雄扱いするな。

 別人だからな。俺はあくまでも彼の背中を追いかけてるだけの未熟者に過ぎない。


『エイリアスの奴が仕込んだにしてはクオリティが高すぎる。

 故に彼奴は英雄。儂らが誰一人として反対しないのがその証拠じゃ』

『おおお……!』

『まあ、彼奴はあんな情けない男では無かったがの』


 ぶっ飛ばすぞロリババア。

 若作りしやがって、年齢だけで言えばそこら辺の樹木どころかこの大陸くらいの年齢してるくせに。


『オイクソガキ、今余計なこと考えただろ』


 イイエ、決してそのようなことは考えてイマセン。 


『チッ……エイリアス、もっとしっかり教育しておけとアレほど』


 放任主義こそ至高。

 年がら年中絡まれて付き纏われる方が嫌だね。あれ? でも俺師匠とずっと一緒にいたのでは……


 …………切り替えていこう。


『フン、態度こそ舐めてるガキそのものだがあの技だけは認めてやる』


 いまだに英雄の域に達していないと俺は考えているが、昔の英雄を知る人間ほど俺のことを否定することはしない。

 それだけ彼の技が素晴らしかったのだろう。


『────ただ、今回相手をするのもそうそう容易い相手ではないぞ?』


 場内と観客席を分けるように、薄い魔力の壁が張られる。

 すぐに透明に変質したがその場所に確かに存在している。なるほどな、こうやって安全をとるわけか。


『この小娘もまた、時代が違えば……英雄等と呼ばれることはあっただろうな』


 正面から人影が現れる。

 しっかりと地に足つけて、腰に剣を差した女性。


「よろしく、メグナカルトくん」

「……こちらこそよろしくお願いします、アクラシアさん」


 アイリス・アクラシア。

 現代の魔法が発展した世界において、(スパーダ)の二つ名を戴いている怪物。


「アレ、便利だね。ちょうど私たちに声が入らないようにしてるみたい」

「俺たちの戦いに必要かどうかはわかりませんけどね」

「確かに。静かで、それでいて情熱的に……きっと君は満たしてくれるよね」


 …………ん? 


「剣と剣。

 斬る感触と斬られる感触。

 肉が破れて血が弾け、命の火が消えていくあの感覚。

 何物にも変えられない貴重で大切で魅力的で暴力的なあの世界」


 あ、この人ヤバい人だ。

 俺は悟った。ただ強いだけの人じゃないわこれ。


 なんで現代にこういう怪物が生まれてくるのだろうか。

 いや、生まれても矯正出来るように教育は進化したはずだ。逆か? むしろ個性を伸ばしましょうみたいな方向性に行ってしまったのか。


 そりゃあ時代が違えば英雄と呼ばれる筈だよ。

 敵を殺しまくれば戦場で英雄になれるんだから。


「君は……………………斬られてくれる(斬ってくれる)?」


 なんて物騒な誘い文句なんだ……

 それに応えるのって相当な変態だぜ。

 俺は斬る感触も好きじゃないし、当然斬られるのは嫌いだ。痛いし怖いし。


 ────だが、嫌いな事だって受け入れて生きてきた。


 今更すぎるな、その問いは。


「斬ってあげますよ。でも俺は我流なんでね、作法は期待しないでくれ」

「いいの。一緒に踊ってくれるだけで十分だから」


 腰に差した剣を一本取り出し、俺の目の前へと投げてくる。

 ふーん……まあ、疑わなくてもいいか。そういう人じゃないだろう。


「ごめんね。君の剣でもいいんだけど、二人で(・・・)楽しみたいな」


 めっちゃ拗らせてるよこの人……そりゃあ剣乱(ミセス・スパーダ)なんて付けられるわ。


「しょうがないですね、乗ってあげます。俺は優しいからな」

「……ふふっ、自分で言うと台無しだよ?」

「大胆不敵でいいでしょう?」


 いつも通り霞構えで待ち受ける。

 魔導戦学園でのトーナメント初戦が、魔法の干渉しない物理で開幕していいものなのだろうか。

 アクラシアさんも剣を持ち、中段で構える。


 互いに射程内では無い。

 だが警戒する。あの魔祖が、時代が違えば英雄と呼ばれるとまで言った。

 ただ剣が巧いだけじゃ無いのはわかっている。もっと深く読み取れば、『英雄と呼ばれる位には敵を殺せる』技術があると言うこと。


 つまり──戦い自体が巧いのだ。


 始まりの鐘は鳴らない。

 互いに相手の状態くらい把握している。

 その上で、納得した勝利を俺たちは求めているのだ。そんな無粋なことはしないさ。


 完全なる状態の相手を下さず、何が勝利だ。


「アイリス・アクラシア。順位戦第六位、我流」

「ロア・メグナカルト。順位戦は圏外、魔祖十二使徒第二席が一番弟子」


『────いざ、尋常に』


 踏み込む。

 先手を取る、取らないは関係ない。

 互いに斬ることを目的としているのだ。近づかねばまず話が始まらないだろう。


 故に、作戦だのなんだのは全て無視して駆け寄る。


 その思考は相手も同じだったようで、場内の中心にてぶつかり合うこととなった。


 勢いを殺さない突きを剣で逸らし、そのまま突きを返す。

 軽く首を捻ることで避けた状態──即ち身体のバランスが崩れたまま剣を斜めに切り返してきた。


 巧い。


 胴体を狙った一撃だろう、真っ向から剣を叩きつけて対抗する。


 折れない。

 折る気は無かったが最低でも怯んで欲しかったところだ。

 そのまま押し切られ、顔と顔を突き合わせるような近距離で鍔迫り合う。


「……同じくらい、だね?」

「まことに遺憾なが、らっ!」


 身体を弾き距離を取る。

 今の交差である程度理解した。俺とアクラシアさん、剣の技量がほぼ同じだ。

 対戦経験(記憶の中)がある分俺の方が上だろうか。だがこれはハリボテ、実質的には彼女が上だろう。


 やれやれ。

 才能ってのは本当に理不尽だ。

 かつての英雄、そして相対した強敵との経験。それを余すことなく存分に利用してきた俺と平和な時代に生まれた突然変異が互角。


 勘弁して欲しいね、全く。


「そう易々と譲る気は無いけどな」


 剣を握り直し、改めて呼吸を整える。

 集中しろ。他の何もかもを排除して、剣を振るうことだけに注力しろ。今はそれが出来る、それをしても許される場所だ。目標も理想も何もかも放り投げて、今この瞬間だけは────剣に賭ける。








 ……空気が変わった。


 肌を突き刺すような鋭さが支配している。

 思わず喉を鳴らし、自身の身体が正常なことを確認してしまった。


 ロア・メグナカルト──またの名を、英雄。


 伊達でも酔狂でもなく正真正銘本物とまで言われた怪物。

 ワクワクする。きっとこの人は私を満たしてくれるだろう。いや、これは確信だ。きっと私のことを造作もなく斬り捨ててくれる。


 この叶えられることのないと半ば諦めていた願望が、叶うかもしれない。


「────ふふっ……」


 幼い頃、料理の手伝いをしていた時に指を切った。


 その程度の事だった。


 自分の指から溢れ出る血と覗きみえる赤い肉、鋭く燃えるような痛み。

 アレを知った時から、私の人生は大きく変わっていった。いい方向にも悪い方向にも、どちらにも。


「ふふ、あははっ」


 胸の内を満たしているのは歓喜。

 先走る期待が私の全身を駆け巡っている。電撃(・・)のような速さで、痺れが全身に行き渡る。


「────ありがとう、私! 今日この瞬間まで、突き進んでくれて!」


 瞬間、駆け出した。

 剣の重さは既に感じない。

 何年も何年も使い込んだ、私のお気に入り。


 何人もの肉を斬った上段からの振り下ろし。

 いとも容易く受け止められた事実を喜色とともに受け入れ、次の手へと移行する。


 引き摺るように剣を下段から振り上げる。

 この高低差にも少しも引っかかる事はなく、それどころか易々と対応して見せた。

 視力を強化しているわけでもない、純粋な戦闘能力。勘、と言い表せるものか。


 一、二、三四、五六七八九────止まることのない剣戟が繰り返された。


 剣には癖が出やすい。

 師事を受けた人間の好み、と言った方が正しいか。

 これまで戦ってきた人は皆誰か(・・)が見えていた。そこまで歩んできたであろう誰かの経験、知識、そう言ったものが受け継がれてきているような。


『君の剣でもいいんだけど、二人(・・)がいい』。


 この言葉の意味を理解してくれてはいるのだろうか。

 誰かの魔力でも、誰かの力でなくても。そうじゃない、私が気にしてるのはそこではないんだ。


 (ロア・メグナカルト)()を知りたい。


 初めて君の試合を見た時から、私はずっと願っていた。


 金属と金属がぶつかり合う独特の音が響く。

 甲高い耳触りのいい音。


 少しずつ、僅かに彼が有利か。

 体格の差はある。素の力で私は押し負けているが、そこを技量で無理やり補っている形だ。

 それだって長く続く訳ではない。力量が拮抗しているならいずれ負けている部分で押され始めるだろう。


 …………その瞬間まで、ただ只管に打ち合っていたい。


 そう思う私も存在する。

 だが、だけど────それは何時でも出来る。

 彼と私、命の奪い合いにならない程度(・・)の斬り合いなんていつでも出来るんだ。


 なら今の私が求めるのは。

 今の彼に求められているのは。


 全力全開────この身に重ねた武勇を解き放つこと。


 自分が現代に於いて異端なのは理解してる。

 血を求めるのも、斬り合いを求めるのも、金属と金属がぶつかり合うような鉄火場を好むのがおかしいのも。


 故に我慢した。

 堪えた。欲望をひたすら押し留めて将来を考え、少し満たせればいいと考えていた。

 合法的に人を斬ることが出来る手段を模索した。命を絶つのが目的ではないけれど、命のやり取りというものをどうしてもやりたかった。


 人を殺したいんじゃない。

 仲間を探したかっただけなんだ。

 共に斬り合い、探り合い、深い沼にのめりこんでくれる仲間を。


「────君は、“英雄”なんでしょ!?」


 鍔迫り合う。

 先程同様に顔と顔がくっつくような近さ。相手の吐息すら感じ取れるくらいには近距離だ。

 こんな風に付き合ってくれる人も居なかった。誰も彼もが魔法を使い、勝つための方法を模索していた。


 そうじゃない。


 私は勝ちたいんじゃなくて────分かち合いたかった。


「受け止めてよ! 私の全部!!」


 これまで一人で積み上げた研鑽。

 かつての時代ならば英雄になれた、なんて皮肉を言われる程度には高めた私だけの剣。


 誰にも重ねない。


 私の、私だけの剣技。


「──────剣乱卑陋(ミセス・スパーダ)!」


 斬り合おう。


 勝敗なんてどうでもいい。

 生死だってどうでもいい。


 今この瞬間、私達は出会ったのだから。










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