第五話
『君が魔祖で合ってるかな?』
動かすつもりもない口が勝手に動いている。
意志はあるのに身体の行動権が俺に無いという事は──これはかつての英雄の記憶。その追憶だ。
目線の先には不機嫌な表情の魔祖が居る。
『……なんじゃ貴様は。殺すぞ』
『ああ、申し訳ありません。僕は■■■、ちょっとした魔法剣士だ』
とことん興味の無さそうな視線を向けてくる魔祖に思わず身動ぎする。
……実際に身体が動いている訳ではない。あくまで俺の心構えであるが、それくらいの迫力があるという事。
『知らん。失せろ』
魔祖が手を軽く払った。
その瞬間目の前が爆炎で包まれる。
俺が動くまでも無く勝手に反応して防御姿勢を取っている“英雄”の反射神経には思わず脱帽するが────それよりも早く反応した人がいる。
『…………ほう?』
『いくら何でも手が早すぎる、もっと平和に行きませんか?』
この声────エミーリアさんだ。
これは仲間集めの最中。
戦場を一、二個経由して魔祖とかいうラスボスクラスの場所までいきなり行くの頭おかしいとしか思えないんだが……
『フン、片足程度は踏み込んでるらしい。だが……所詮はその程度だ』
『エミーリア、下がっててくれ。ここは僕が』
『ええい、貴様はどけ! 足元にも及ばぬような塵が楯突いて何に成る?』
妙に苛立っているな。
エミーリアさんは英雄を信用しているのか素直に後ろへと下がったが、それに魔祖は苛立ちを覚えたようだ。
『…………よかろう。そこまで死にたいと言うなら相手をしてやる』
『聞いてくれ、魔祖様。僕は夢があるんだ』
何度聞いてもタイミング唐突すぎて驚くが、それ故に魔祖も手を止めて耳を傾ける。
話術とかそう言う次元じゃない。
『今この大陸がどう言う状況か、貴女は知っているだろう。四大国による戦争に疲弊する民衆、常に戦力として補充されていく子供達。新たな時代が訪れる気配が完全に死滅した今のこの世界を』
『それが儂になんの関係がある。社会などと言う脆弱なシステムに頼らねば生きていけぬ弱者が始めたことだろう』
『ああ、そうだ。貴女には一切関係がない』
『────でも、僕には関係がある。
僕は戦争を止めたい。恒久的な平和を築きたい。そのためには大きな力が必要なんだ』
真っ直ぐ魔祖へと視線を向ける。
呆れた表情だ。俺でもそう思うわ、よくこれについていく気になったよなエミーリアさん。
『協力してくれ、魔祖様。貴女が必要だ』
# 第五話
……久しぶりに見たな。
同じ場面を見ることはそうないから貴重な経験だ。こう言うパターンもある、そう理解しておこう。
「あ、起きた」
「おはようステルラ。妖怪紫電気はどこ行った?」
俺の記憶が定かならばあの妖怪にボコられた後気を失って今に繋がるはずだ。電撃で記憶が飛ばなくなってることが既に違和感がとんでもないのだが、もう刺激で記憶を掘り起こされてるあたり逆に効果が出てる。
俺の身体どうなってんだろ。
「師匠なら、『お詫びと言ってはなんだけど今日はごちそうにしよう!』……って飛んでってから戻ってきてない」
「俺が飯で絆されると思うなよ」
「ていうか寝てる間に何があったの? 気が付いたらそこら辺の木が全部焼け焦げてるし……」
「話せば長くな……りはしないな。簡単に言えば師匠が本気出してきた」
詳細は省くが、ステルラにどう言うことをしてきたのかを軽く伝えた。
かの英雄はあの勧誘の直後魔祖とタイマンして実力を認めさせた。
と言うよりその思想とイカれた精神構造を魔祖が気に入って手を止めたんだよな。あの人あの戦いで数回死んでるけどその度に自己蘇生してるのが狂ってる、俺ですらそこまでやろうとは思わない。
まず痛いの我慢できないし。
あの死ぬ瞬間特有の途方もない虚無感に加えて薄寒い感覚は味わいたいとは思えない。
「座する者、ステルラは知ってたか?」
「話には聞いてたよ。でも見たことはないから見てみたかったな〜」
「やめてくれ。お前が至ったら俺は泣く。ギャン泣きする」
「そ、それは情けなすぎて見たくないかな……」
散々俺の情けないことなんか見て来てるだろうが。
「…………で、さ。その、どうだった?」
「……何がだ」
「わ、私の魔力!」
……………………????
言われた意味が理解できなくて困惑している。
え、これもしかして嫉妬してたのか? 師匠の魔力でしか起動してなかったからそこに若干独占欲を覚えたのか? 意味不明すぎるだろ。
大体魔力の使った感触ってなんだよ。
人によって違うとか俺にはわかんないよ。師匠の魔力かそれ以外かでしか判別不可能なンだわ。
「…………まあいいんじゃないか」
「…………いや、ごめんね。おかしかったの」
自覚があるならいい。
俺は一人のものじゃないからな。俺みたいに魅力的な男は多くの女性が集まって来てしまうのだ、いや〜すまないね。
「うぅ〜〜〜……! まだチャンスはある……!」
「聞こえてるぞ」
「もー! 乙女心を理解してよ!」
え、嫌だが。
俺の気持ちこそ理解してほしい。
考えてもみろ。魔力がゴミカスで完全物理型なのに同門は完全に魔法型だぞ。嫉妬もせずに不貞腐れずに研鑽を積んでる時点で俺は褒められて然るべきではなかろうか。
「フン、俺の好物の一つでも特定してから言うんだな」
「確かに……ロアって何好きなの?」
「毒がなくて味が美味い関節がたくさんある蟲以外」
「なんでも好きじゃん……」
普通に食べられる飯って時点で俺にとっては贅沢品だ。
あの細くて硬い足が口の中を自由に動き回る感触は本当に不愉快だ。最初に口に放り込んだときは胃の中のもの全部吐き出す羽目になった。
「しかも毒持ちだったせいで死にかけたんだよ」
「踏んだり蹴ったりだね」
師匠のガチ焦りが見れたからそれはそれでヨシとする。
普段から『いや本当大人の余裕なんで^^』と言わんばかりの態度を取っている人間が本気で焦ったときの声とリアクションは聞いていて心地がいい。俺が原因で余裕を崩した時とかたまらない。
格上に一撃当てたような達成感がある。
「まあそこから毒に対する耐性つけるために死ぬほど食わされたけど」
「師匠何してるの?」
「少しは毒に強くなったな。少しだが」
俺の身体はあくまで人間ベースなのでそんな超人的な力は手に入らないのだ。
悲しいな。
「……じゃ、じゃあさ。私がご飯作ってあげるって言ったら────」
「やあただいま二人共! 高級食材たくさん買ってきたよ!」
ステルラ…………
お前は不憫だな。
なんかこう、とことんこう言うタイミングで妨害入ってる気がする。そう言う星の下で生まれたんだよきっと、諦めろ。
「……何かまずかったかな?」
「結構酷いぞ」
「いいもんいいもん、どうせこうなる気はしてたから……」
あ〜あイジけた。
責任とって励ましてください。俺はその間飯の準備するんで。
女心を慰めるのと飯を作るの、より重たい労力がかかるのはどちらだろうか。
当然前者である。
他人の心を推測するのすら疲れるのに異性を励ます、それもその、ほら、アレ。
いろいろ気まずいだろ。
「じゃあお願いします。上手いことやらないと飯抜きだからな」
「おいロア。待て、せめて事情を────」
扉を閉めて外に出る。
いやー今日は天気がいいな。雲一つない満点の星空だ。
あの頃腐るほど見てきたこの景色がこんなにも心を満たすだなんて想像もつかなかったなー。
『……師匠』
『な、何かなステルラ。まあ落ち着いて話をしようじゃないか、ほらロアも一緒に交えてご飯食べよう?』
『もう知りませんっ!! 師匠のバカ!』
食卓の雰囲気が最悪なんだが……
仏頂面で飯を食い続けるステルラ。
それに対してチラチラ視線を送る師匠。
それら全てをガン無視して飯を食う俺。
何一つとして上手く行ってないだろお前。おい、どうすんだよこの空気。
横目で師匠を見たが目を逸らして口笛で誤魔化そうとしてる。
どうにかしろ、その意図を込めて鍋の具を押し付けた。
君がなんとかしろ、そう返さんと言わんばかりに笑顔で具を俺の皿に載せてきた。
…………………。
ぐぐぐ、と力を込めて押し返す俺。
それに対して箸で対抗してくる師匠。
「…………何二人でイチャイチャしてるの」
ヒ、ヒェ〜〜。
ステルラがキレ期ルーチェみたいになっちまった。
「別にイチャイチャなんてしてないさ。私はただロアは育ち盛りだから沢山食べろ、と言う親心で」
「それは老婆心という奴だな。やっと年齢通りの行動ができてよかったじゃないか」
高速で飛来した鍋汁が俺の右目を覆い隠した。
まぶたが防ぐ暇もなく襲撃してきた熱が俺の目を焼き尽くしている。痛い。電撃じゃ効果が薄いと悟って食べ物で攻撃してきやがった。
「ぐ、くく……少しは学んだようだな。その年齢にしてはよくやったと」
左目目掛けて飛んできた汁を防ぐことには成功したが、口の中に放り込まれたぐつぐつ煮えている野菜は殺人的だと思う。
舌の感覚がしなくなった。あーあ、また一つ俺は失ってしまった訳だ────人らしさって奴をな。
「ふ、ふへふは。はふへへふへ」
「……はぁ、しょうがないなぁ。わかったよう、もう」
灼熱の顔面が徐々に修復されている感覚によって視界が安定していく。
ふぅ、やれやれ。ピエロになるのは構わないがもう少し痛みを伴わない方法を編み出して欲しいところだ。終いには訴えるぞ。
「鍋ひとつでここまで追い詰められるとは考えていなかった。腕を上げましたね師匠」
「何も誇らしいことはしてないんだが……褒め言葉として受け取っておこう。あと次生意気なこと言ったら潰す」
最終警告だな。
これ以上煽ると生命が脅かされるので黙ってステルラにすり寄っていく。肩が触れそうな距離感になったら途端に離れていった。
……………………もう一度近付く。
離れる。
近付く。
離れる
師匠・ステルラ・俺。
三人並ぶことになってしまった。
「……なあ、狭いんだが」
「……ロアに言ってください。へんたい」
「俺は自らの命を守るため仕方なくお前に守ってもらおうとしてるだけだ。ゆえに全ての原因は師匠にある」
まあ俺は間近でステルラの顔が眺められるから不満はないが。
顔面を堂々と向けると顔を逸らすので仕方なく横目で覗き見ながら食べる。
こんなにも長閑に夕食を食べているのに、もうあと数日したら殺伐とした大会に出場せねばならない。
憂鬱だ。
「そういえば師匠。さっき座する者に至ってる人が二人はいるとか言ってましたが」
「ああ、そうだね。あくまで私の予想ではあるけど」
「俺と当たる人ですか」
「……さてどうだろうね。それは私の口からは言えないな」
チッ、少しは情報を漏らすかと思ったが全然じゃないか。
「前評判通り、ではあるだろうね」
「……そうですか」
なるほど。
軽く推測をするならば、魔祖の息子であるテリオスさんは至っている可能性が高い。
順位戦第一位を四年間も死守している実績もあるし、単純な実力者という観点ではナンバーワン。その次点でテオドールさんって所か。
師匠は紫電へと姿を変えるが、他の人たちはやはり各属性に変化していくのか。
エミーリアさんは炎、ルーチェ両親ならば氷と水。
「不完全とか言ってましたね」
「うん。全身を纏めて変化させることは出来ないからねぇ」
ズズズ、と汁を飲みながら話している。
「終ぞ私には到達出来なかった領域さ」
……ふーん。
確かにそれが出来ればかの英雄も死ななかったかもしれない。
しかし魔力切れが起こらなくなるわけではないからな。十分な余裕を持った状態でなければ基本的にリスクのある第二形態ともいえる。
「ステルラはまずテレポートを覚えてもらって、ロアは……諦めろ」
「上等じゃねぇか。目に物見せてやるよ」
「ハッハッハ、切った張ったしか出来ないんだし大きな口を叩くのは止しておいた方が身のためだ」
「やれ、ステルラ」
「そこで私に振るのがとことん残念なんだよね……」
なぜか呆れられてしまったが、ステルラの機嫌が治ったのでヨシとしよう。
しかし、二人か。
二人もあの領域に突っ込んでいる奴がいるのか。
なんとかして対策を立てねばならない。
……それこそ、また記憶に頼るしかないのか。俺にあるのはそれだけだからな。
自分で何かを生み出せるほど積み重ねた訳でもなく、ただ英雄の記憶を模造しているだけの劣化品。
それでも。
それでもやってみせる。
もう負ける訳にはいかないから。




