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英雄転生後世成り上がり  作者: 恒例行事@呪勇5/20日発売
四章 咲き誇る氷華
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第三話

 あくびを噛み殺しながら歩く。


 昨日は酷い目に遭った。

 まさか失神した俺を医務室に放置してスタコラ帰宅するとは思わなかった。俺たちの友情はその程度のもので、心配はされても看病はしてくれなかった。


 深い悲しみに包まれた俺は悲壮感を漂わせながら自宅へと帰宅したのだ。

 あ〜あ、一人っきりで家に帰るの寂しいナ〜〜。そんなオーラを漂わせていたのにも関わらず誰一人として俺のことを待っていなかった。当然のように家の中に入り込んでいた妖怪紫ババアに安堵すらしてしまったのだ。


 失態だ。


 しょうがないから晩飯を二人で食べて久しぶりに組み手をした。

 雷耐性があるとは言えビリビリするし筋肉は動かなくなるしで普通に最悪なんだよな。人体の構造上電撃は相性が悪すぎる。


 おかげでスッキリ眠れたからよしとするが、今日は一言いうつもりである。


「…………しかし、早く来すぎたな」


 いつもなら爆睡かましてる時間帯なんだが、今日は幸中の不幸(誤字ではない)で師匠が泊まりだった。

 電撃で叩き起こされるし朝飯もしっかり食べてきたし笑顔で見送られた。ここまでされてサボろうと思うほど薄情な人間ではないゆえ、仕方なく学園に足を運んだのだ。


「誰かいるか」


 扉を開い中の様子を見る。

 窓際で突っ伏している奴が一人いるだけで他にはどこにも姿が見えない。

 女子生徒──あれ、ルーチェか。随分と早起きだな。


「おはよう」


 声をかけてみるが返事はない。

 早起きだと言ったな。あれは嘘だ。コイツ爆睡してるぞ。

 顔をうまいこと隠しているが俺に躊躇いは存在しない。ちょっと顔の向きをずらして寝顔が見える角度へと揺らしたが、それでも意識を取り戻すことはない。


 小さな寝息が僅かに聞こえるだけだ。


「いびきはしないタイプか……」


 俺はいびき所か周囲を魔獣に囲まれた状態で生きてきたから図太いとかそういう次元ではなくなってしまった。即死しない限りは受けて反撃するくらいの防衛システムは自分で確立してあるのでそういう点で問題ない。


 あ? 師匠の電撃はどうしたって? 


 ……………………。


 細かいことは置いておき、とりあえず寝顔を観察する。


 流石に泊まり込む訳にいかないからな。

 男女はある程度の年齢を越えれば寝床を分けろなんて言葉があるくらいだし、ルーチェが性欲の怪物へと成り果てて俺を襲う可能性は無くはない。俺が襲う可能性もあるにはあるが、正直ちょっと枯れ気味なのを自覚してるのでそこは多めに見て欲しい。


 性的快楽より堕落してたい。


「さてさて、どうしてくれようか」


 筆記用具を取り出す。

 今日一日は消えないペンで落書きしてやるか。

 内容は、そうだな……『†薄氷†』とかにしとくか。『卍フロス卍』でもいい。悩みどころだな……


「ここは『卍薄氷卍』で統一感を出していくのがベストか……」


 頬を触りつつ、ゆっくりと太い方で文字を書いていく。

 今思ったんだがこの漢字だと字が潰れるな。額に書くのは趣味が悪いと思うから頬で我慢するが、薄がバカつぶれて何書いてるか分からなくなってしまいそうだ。しかし後悔先に立たず、既に『卍』を刻んでしまった。


「くっ……どうする」


 やはりフロス? 

 卍フロス卍しかないのか。


「…………何してんの」

「ああ。ルーチェが無防備に寝顔を晒しているから悪戯書きをしようとしている。候補は『卍薄氷卍』だったんだが、文字が潰れてしまうからな……」

「……………………そう」


 全く。

 俺は今忙しいんだよ。

 この話し声でルーチェが目を覚ましたらどうする、俺の生命ここで途切れるぞ。


「ところでロア。血文字ってお洒落だと思わない?」

「野蛮すぎるな。ルーチェは戦化粧と勘違いしてつけるかも知れんが」


 血文字は趣味ではないが、ダイイングメッセージは床に残した。

 犯人はルーチェ・エンハンブレ。俺の陥没した顔面と教室に散らばった血液が全てを証言してくれるだろう。最期に見たルーチェは冷め切った瞳と対象的に、仄かに赤く染まった顔が印象に残った。







 #第三話


「おっ、クソボケ君じゃないか」

「ぶっ飛ばされたいのかカス野郎」

「おお酷い酷い。僕は君の顔に書いてある文字を読んだだけなのに」


 クソが。


 確かに寝ている女性の顔にいたずらしようとした俺が悪いのは認めよう。

 一歩間違えば法機関へと突き出されていてもおかしくはない。だが、だがな。それ以前に俺は殴られて失神させられているのだ。


 その仕返しをしようとしたのに返り討ちにあった俺が蔑まれるのはこの世が狂っているとしか言いようがない。


「あら、お洒落ね」

「出たな蛮族」


 頬に『卍』と刻んだ女、ルーチェ。

 俺の血は頑張って落としたのだろう、その気遣いと努力を俺にも向けて欲しい。


「左頬にボケ、右頬にクソ。お前は俺に恨みがあるのか」

「目には目をって言うでしょう?」

「おれは一方的にやられているんだが……」

「年頃の女の子の寝顔を見た罰ね」

「そこまで言うんだったら責任取ってやろうか」

「…………バカね、冗談よ」


 はいおれの勝ち。

 こう言うのは恥じらいなく躊躇いなく恥ずかしいことを真顔で言った奴が勝つんだよ。

 ポーカーフェイスは任せとけ、この世界でも随一の表情筋を持っている俺だからこそ仕掛けられる勝負だな。あ〜あ、また一つ勝利を刻んでしまった。


 負け越してるだと? ぶっ飛ばすぞ。


「図太いよねぇ」

「人生図太い奴が得をする。俺は出来る限り損をしたくないからな」


 て言うか図太さで言えばお前がナンバーワンだから。

 正直さと失礼さを履き違えて生きているとしか思えないアルだが、コイツはわかっててやってるので本当に性格と趣味が悪い。


「なんでコレを選んだの?」

「私が聞きたいわ…………」


 やれやれ。覚悟しろよ、俺は一度捕まったら逃げる気はないからな。


「自信満々に言う事じゃないのよ」

「うーん、ロアって感じ」


 失礼な連中だ。

 俺はこんなにも自分に正直に生きているのに、世界は俺を認めてくれない。

 この理不尽さを幾度となく嘆いているのに世の中は変わらない。やはり自分で世界を変えるしかない、か……


「クソボケくん、宿題出してよ」

「ンだとこの野郎。俺は相手が女でも手を挙げる男女平等の使者だぞ」


 なぜこんなにクラス内でのヒエラルキーが低いんだ。

 これでも順位だけなら結構上なんだが。一年生全体で鑑みれば上位一割には喰いこんでるんだが? 


「普段の行いでしょ」

「普段の行いだねぇ」

「解せん」


 ちょっと面倒くさがりでちょっとやる気ないだけじゃないか。

 ルーチェに昼飯集ってるとか、ルーチェを揶揄ってる度に殴られてるとか、ステルラとルーチェに挟まれてるとか、たまにルナさんが遊びに来るくらいで……俺は特に何もしてない。だからか、何もしてないから余計ヘイトを集めているのか。


「謎は解けた。これからは自己評価の上昇に励もう」

「多分そういうトコだと思うよ……」


 アルが呆れ顔で指摘する。


「フン。そんなに言うならいい、俺の評価は俺の事を知る奴だけが下せばいい」

「その結果がそれなんだよねぇ……」


 ああ言えばこう言う。

 くどい奴だ、俺はこの話題からさっさと次に変えたいのに。

 こうなればルーチェに話題を転換して押し付けるか。順位戦の話に切り替えれば問題ないだろう。


「それはそうとルーチェ。お前何時申し込むんだ」

「…………来週には」


 随分と弱気だな。

 今のうちに堂々と申し込んでおけばいいだろうに、乗り気じゃないらしい。


「まあまあロア、きっとルーチェにも考えがあるんだよ。決してビビってるとかそういう訳じゃなく゛ェ゛ッ」


 潰れた声を発しながら床へ沈んだアホは放っておいて、ルーチェの事情でも推察しようか。


 ぶっちゃけた話考えるまでも無いが、コンプレックスの要因となった人間に対し『戦いましょう』と言えるのは相当心臓が強い奴だけだ。

 ルーチェの心臓が強い訳もなく、図太さも無いし繊細だしメンタルズタズタのボロッカスなので無理に決まっている。じゃあどうやって挑むんだよと言われると────……どうやって挑むんだろうな。


「……来週じゃ遅いな。三日後だ」

「…………三日後、ね。そうするわ」


 自分でも思う部分はあったのだろう。

 反論なく受け入れたし、切っ掛けが欲しかったのかもしれない。


「そもそも確実に受けて貰えるのか」


 そこが不透明だ。

 いくら確執が存在するとは言え、ルーチェは現時点で九十位の格下である。十二使徒門弟として既に選ばれているとしてもわざわざ戦うリターンが見えてこない。


「受けてくれなかったら詰みだ」

「受けるわ」


 ……そうか。


「必ず受ける。

 そういう奴なの」


 確信を抱いているならいい。

 後に待ち受けるトーナメント、そこにルーチェが参加するのかしないのか。俺達は前座すら迎えていない準備段階に過ぎないのだ。準備にすら参加出来ない、なんてかわいそうだと思わないか。


 俺は戦いたいとは思わない。


 だがルーチェは別だ。

 ルーチェは友人であり、イイヤツであり、俺に対して好意的な言動を示してくれる。

 自分に対して好意的な人間に対して悪意を持つわけもなく、手を差し伸べるのは当然の行動だろう。


「ならいい。手でも握ってやろうか?」

「いらない。その位自分でやる」


 不敵な笑みを浮かべながら闘志を漲らせている。


 相手には回したくないな……

 どいつもこいつも戦いになった途端ギラギラしてやがる。

 価値観の相違で済ませられる話ではなるが、狼共の群れに放り込まれた羊の気分だ。出来るだけ俺にヘイトを寄せ付けないで貰いたい。


「じゃあステルラにもっと厳しくて良いって伝えておく」

「……程々にして」

「程々じゃ意味が無いだろ。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか。その狭間を交差するからこそ伸びるんじゃないか」

「なんでこの時代にこんな価値観が生まれたんだろうね」


 えぇ~~。

 俺はこうやって育ったからな。

 お前らもこうやって強くなれる手段があるのはいいじゃないか。逆に言えば俺は既にこの手法で強くなれる限界に到達しているから他の連中は伸び代しかないという事だ。


「未来は明るい。エイリアス式スパルタ鍛錬として塾を開くか」

「児童虐待で訴えられるのがオチね」

「死んでも生き返れば死んだとは言わないんじゃないか」

「それは殺人って言うのよ」










 放課後になり、ステルラとルーチェが移動した後。


 正直氷魔法について勉強不足なので図書館まで本を借りに来た。

 こういう時専門的な書物がたっぷり保管してあるのが非常にありがたい。俺は貧乏だからな、収入ゼロなので本を買う金すら持ち合わせていない。普段読んでる本? あれは師匠に買ってもらってるからノーカン。


「教科書教科書教科書…………」


 しかし、広い。

 本は物理的にも場所を取るから、国で一番の図書館を作るともなれば相応の土地を要求される。

 こんな首都の中心部に堂々と作れたのは国を平定した功績からなのか、行政的に鑑みて問題ないと判断されたのだろうか。


 俺は子供ではあるが、街一つ作るのにとてつもない労力が支払われる事くらいは理解している。


 ……一度、魔祖と話をしてみたい気もする。

 学園長として数十年務めてきて、彼女は変わったのだろうか。

 俺の記憶は確かに過去の事を精彩に映し出してくれているが、果たしてそれは今でも通用するのか。


 英雄を絶対視しないと誓った筈なのに、気が付けば記憶を頼りに生きている。


「…………愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。その通りだな」


 頭をぶんぶん横に振って、思考を切り替える。

 俺は賢者にはなれない。それは幼い頃に悟っていた。

 だからこそずっと、それこそ無意識に────英雄を盲信していたのか。


 気が付けた。

 それだけでいい。


 俺はそのまま盲信するのではなく、その記憶を元に自分の答えを導き出せる。

 ほんの少しの差だがその少しが大切だと、俺は思う。


「まだまだ子供だな……」


 師匠と長く過ごし、ロカさんに会い、エミーリアさんに出会った。


 俺は英雄じゃない。

 では、この思考は一体誰の物だ。


 ステルラに抱く感情は、ルーチェに懸けた思いは、ルナさんが見た俺は。


 悩むまでも無い。

 俺は俺、ロア・メグナカルトだ。


 …………しかし、今回は(・・・)急に来たな。

 時々来るのだ。特に不調でも何でもない時に、ふと思い詰める。


 以前にもあったような気がするし、これが初めてかもしれない。

 そんな不透明な浮遊感が胸の内を巣食っている。


 俺以外の誰かの記憶があるのが原因だろう。


 少なくとも俺はそう思っている。

 子供の頃は無邪気に「前世の記憶」なんて考えていたのに、今は負担であり祝福である。

 別に苦しんでたりはしないんだがな。ただ、ふとした瞬間に浮かんでくる。


 それだけだ。


 俺がそうしたいから、こうやって人の手助けをしている。

 面倒くさがりな俺もお節介を焼く俺も、矛盾しているがどちらも俺だ。


 以上、言い訳終わり。

  

 目当ての本を手に取って図書館を後にする。

 貸出は魔力で自動的に判別してくれる便利機能になっている。

 肉体的な修行は既に習熟したと言ってもいいだろう。それよりも俺に必要なのは魔法的知識。


 対策も兼ねてルーチェの訓練にも生かせる、正に一石二鳥という訳だ。


 ヴォルフガングとの戦いで目の当たりにし、ルーチェとの戦いで相性を理解した。

 待ち受けるステルラに対策しないのは愚の骨頂、努力を忌み嫌う俺ではあるが――――それ以上に敗北が嫌いだからな。


 ルーチェがギラギラ闘争心を剥き出しにするように。

 

 俺も奥底で煮えている想いがあるのだ。


 ただアイツに勝ちたい――――そんな純粋な感情が。



 

 







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