第二話
自身の完全上位互換と戦う。
生きている限りは幾らでもある話だ。
魔法が世に生み出されてから何十何百と月日が経過し、最早触れられてない分野など存在しないのではないかと思うくらいには技術は進歩した。
故に、自身が如何に『革新的だ!』なんて発明をした所で────既に先人が通った道。
「何が言いたいかわかるな」
「対策立ててもあんまり意味無いって事でしょ」
「そういう事だ」
挑戦する相手は最上級生、ずっと順位戦で戦って来たのに十二位を保ってる時点で奇策は通じないだろう。
「勝率はどれくらいだ」
「…………大体二割ってところじゃないかしら」
クッソ厳しい戦いになるのは間違いない。
氷の完全上位互換か。ルーチェの戦闘スタイルも見破られているし、対策されていると考えるべきか。
「ふーむ…………詰んではないか」
「……二割勝てるって所には突っ込まないのね」
「そりゃまあ、俺は相手を知らないからな。ルーチェの主観に委ねるしかない」
実質一割だと思って良さそうだな。
近づいて殴る、それだけしか手札に無いのだから新しく手札を加えるのには時間が無さすぎる。練度不足で対応されるのが関の山だろう。ならば今持ってる手段を更に強くする、これしかないのだが…………
「接近できる自信はどれくらいある」
「五回に一回」
「勝ち筋はそれしかないな」
同じ答えにたどり着いていたらしく、ルーチェが勝つためには相手の攻撃を避け受け止め懐まで滑り込む必要がある。
接近できる可能性=勝率となるわけだ。
「その五回に一回を本番で引き当てる、か。中々厳しい話だ」
「わかってる。……でも、ね。どうしても……」
俺がステルラに勝ちたいと願うように。
ルーチェもまた勝ちたい奴がいる。
その気持ちは非常に理解できる。
「勝てるさ」
だからこそ、俺だけは勝利を疑わない。
一人で戦い続けることの虚無、誰かが支えてくれているという事実が底力を引き出す。
俺はそれを知っている。身をもって、そして記憶でも理解しているのだ。
恋人でも家族でも友人でも、誰だって構わない。
誰かのために────そう願い培った全ては無駄にならない。
「……簡単に言ってくれるじゃない」
「出来ないことを出来るとは言わない。お前なら出来るだろ」
それくらいは信用してるさ。
全身全霊を懸けて一度戦ってるんだ。その相手を信じないでどうする。
その程度の心持ちはあるさ、しっかりとな。
「…………過度な期待は止してよね」
「照れるな照れるな」
「照れてなんか無いわ」
暴力を伴わないツンデレとはここまで心地いいモノなのか……
俺は驚いた。心の奥底で俺の知らない何かが開かれるような感覚、いわば新たな性癖が呼び起こされたような危なく甘美な感覚。
そうか……これが、青春か…………
あの大戦を終え、生き残った人々が作り上げてきた結晶。
人生を豊かにする成分の一つに異性との適度な交友があるとは聞いたことがあるが、まさか本当だったとは。
「君、夜道は気をつけたほうがいいよ」
「暗殺する価値が俺にあるのか」
「暗殺というより謀殺……痴情のもつれだね」
「ルーチェ、俺を殺すのか」
「殺すわけないでしょ」
これが好感度の差だ、アルベルト。
そもそもルーチェは不快なことをしても正面から反省の意を示し深く詫びることで許してくれる程度には心が広い。心に余裕はないが心優しくあろうとしてるのだ。
「やはりいいヤツだ」
「……お人好し」
#第二話
「それはそれとして俺は対魔法に関しては無力だから専門家を一人呼んだ」
「………………」
なんだその顔は。
冷静に考えてみろ、俺は魔法を自力で使えない貧弱魔法使い(笑)だぞ。魔法使いとは名ばかりの剣士に過ぎないのに、魔法使いとして格上と戦う人にアドバイスできるわけないだろう。
やれやれ。
「というわけで連れてきたのがこちら」
「ステルラだよっ」
並び立つ俺たちを底冷えするような視線で睨み付けているのはルーチェ。
それとなく横に近づいてきたステルラに対して更に鋭い視線を向けている。ステルラは俺の後ろに回った。
「なんだなんだ。何を対立している」
「一回殴らせなさい」
「嫌だ。痛い思いをしたくないからな」
眉間の皺が恐ろしいことになっている。
お前俺を殺すつもりか? 久しぶりに死の感覚を味わっている気がする。
「まあ落ち着け。これは非常に合理的で効率的な判断を下した故にコミュ障を呼びつけたんだ」
「コミュ障呼ばわり……」
「クラスで友人出来たか?」
「出来てません」
ケッ、一人でも友人作ってから反論してくれ。
ルーチェは俺が間を取り持ったからノーカンだろ。俺? 俺はほら、アルベルトとかいるからセーフだろ。
「イチャイチャしないでくれる? ムカつくから」
「妬くなよ全く」
ここが人目につかない場所でよかった。
魔法訓練が可能な密室の有り難さを実感したのと同時に、ここであれば誰にも見られることなく人を殺せることに気が付いて身震いした。
腹に奔った激痛に悶えつつステルラに縋り付きなんとか耐える。
「オ……オゴッ……やばい、中身でるかもしれん」
「え゛え゛ッ」
淑女が出していい声ではない。
それだけははっきり伝えたかったのだが、嘔吐物が撒き散らされる可能性を考慮したステルラの手によって全身に痺れが奔った。師匠より手加減してるから俺はゆるそう、だがルーチェが許すかな。
「放っておきましょう。《small》期待させるだけさせといて……《/small》」
「う、うん。ごめんねルーチェちゃん」
「この馬鹿が悪いの。氷魔法お願いするわ」
この二人は俺が死んでも泣いてくれなさそうだ。
痛みに呻きつつ身を起こし、ルーチェの鍛錬内容に付いて考える。
正直なところ俺が手を加えられる部分は一つも存在してない。理由は前述したとおり、戦闘スタイルが違い過ぎて適していないから。
一度戦ったからこそルーチェの強みは理解しているが、それだけだ。次の戦いに活かせる経験を俺は積んでない。
それに痛いからな。
ルーチェの相手をするということは俺自身が打撃を食らう可能性があるということ。それはちょっと避けたかった。
目論見通り(?)ステルラと鍛錬を開始したが、これは中々……いや。お前本当いい加減にしろよ。
氷魔法すら自在に使いこなしているので、益々ステルラに対する勝率が下がった気がする。お前全属性複合魔法とかやめろよマジで、そういうの。大戦時代ですらそこまでの怪物は一人か二人くらいしか居なかったんだからさ。
接近しようとするルーチェに対し氷柱を飛ばし牽制、氷の壁を生成し視界を遮った後に氷山を形成。
部屋全てを埋め尽くすんじゃないかという物量を放ち一瞬でルーチェの動きを止めた。
「…………さむ」
口元から白い吐息が漏れ出している。
俺はこれに勝たなければいけないのか。幼い頃の俺に見せつけてやりたいな、この圧倒的な姿。
だがまあ、これだけ強くても勝てなかった存在がいる。ステルラが死ぬ可能性がある。それは許容出来なかった、それだけの話だ。
「ルーチェ、こんな感じか」
「……そうね、こんな感じよ」
氷で全身固められ不満げな表情をしている。
「中々愉快な姿になったじゃないか」
「ぶっ飛ばす。……でも突破口は見えたわ」
口元を歪め楽しそうに笑っている。
闘争心剥き出しじゃないか、全く。俺と戦り合った時もそうだが、ルーチェは割と戦闘狂の節がある。ぶっ殺してやると言わんばかりの目つきと闘争心はあまり相対したくない。
「あ、今溶かすね」
「ステルラ。寒いから俺にも少し火を分けてくれ」
俺は少し熱を取れればいいと思って発言したのだが、ステルラはそう思わなかったらしい。ナチュラルに飛んできた火球に驚き咄嗟に回避したが右腕に直撃した。生きたまま燃やされるのって結構苦痛だからやめてほしい。
「火を放る奴がいるかバカ」
「でもロア焼け焦げてても平気そうだったし……」
「そもそも痛くて苦しいのが嫌いだからやめろ。治してくれ」
どういう育ちからすればこんな風になるんだ。
親や師の背中を見て育った? …………おのれエイリアス、全ては貴様の所為だ。
俺はいつの日にか復讐すると誓った。具体的にはあの人の目の前で旨いもの食ったり年齢弄りしたりすると胸に誓った。
「……火、か」
ルーチェが小さく呟いた。
属性間にも相性があるので、実際火を使うのは間違いではない。
だが所詮は付け焼き刃だ。ルナさんが戦えばまた違うのだろうが、今回戦うのはルーチェである。しかも自身が使う属性の完全上位互換であり、優れてる面と言えば肉体的な部分。
「氷の耐久性はどうなってるんだ?」
「魔力の量で調節できるよ。とりあえずルーチェちゃんに破られないくらいの魔力で作ってある」
とりあえずでドンピシャ調節出来るのがイカれてるのだが……
氷から解放されたルーチェも若干引き気味である。これは仕方ない。
「……使えるな」
「そうね、使えるわ」
だがとてもいいヒントになる。
「どうにかこうにか突破できるようにする。ルーチェ、瞬間的に魔力量を増やすことはできるか」
「出来なくはないわ。精度は良くないけれど」
「ならいい。精度をひたすら高める練習をしようか」
ステルラを手招きして耳打ちする。
「氷柱を撃ち続けろ。徐々に硬さを増やして、ルーチェが対応できなくなっても撃ち続けろ」
「え」
「大丈夫だいける。俺はそうやって師匠に扱かれた」
「え゛」
虐待に近い鍛錬の末、俺は才能がない身でありながらある程度の実力をつけることに成功した。
この鍛錬方法が正解であるということの証明であり、一番堅実で近道である。
「お前回復魔法も使えるし大丈夫だろ。魔力切れに備えてもう一人連れてくるから安心しろ」
「……すごく嫌な予感がするのだけど」
「気のせいだな。俺の鍛錬と同じような方法を取るだけだ」
ルーチェの表情が少し引き攣った。
「五百本氷柱を放つ、魔力切れを起こさないように瞬間的な火力を無意識に出せるようになれ。魔力が切れても撃ち続けるように伝えたから諦めろ」
「……………………本気?」
「生身で魔法に対抗する手段を身につけるのも悪くはない」
ハイライトが消えた。
ステルラを見るとステルラもハイライトが消えていた。
そんなに難しいことは言ってないし、俺より才能あるから大丈夫だろ。ただちょっと痛くて死にかけたりするだけで別に死なないから問題ないな。
「じゃあ俺は助っ人もう一人呼んでくるから頑張れよ」
「うん……わかった、頑張るね」
これが出来るようになれば一つ上の位階に上がれるだろう。
精密な魔力操作を身につければ接近戦だって強くなる。魔力で足場を形成し踏み込む、なんて芸当ができれば空中戦も熟せるようになるのだから強さに繋がらないはずがない。
それはさておき、俺は俺でやるべきことをやろう。
もう一人の助っ人────いるじゃないか、炎属性のスペシャリストが。
「普通にやりすぎではないでしょうか」
「そんな筈はない。俺はこうやって強くなった」
図書館までスペシャリスト、もといルナさんを探しに行って無事に見つけたので戻ってきた。
流石にまだ潰れてないだろうと思ってゆっくり来たのだが……
「……なんか漏れてるな」
「漏れてますね、冷気が」
もしかしてこの部屋、断熱性がクソなんじゃないだろうか。
前もルーチェのメンタルブレイク冷気が漏れ出てたし、案外適当かもしれない。でも確かにそうか、完全密室状態で炎とか規模によっては死ぬから対策してるのか。
納得した。
隣のルナさんが早くしろと言わんばかりのジト目で俺を見てくるので仕方なく扉を開く。
別に死んでも蘇生出来る設備だし大丈夫だと思うのだが、世の中の人間は案外丈夫ではないらしい。
俺がおかしいだけか。
あ、涙出そう。かつての英雄はこんな目に遭っても後に覚醒してメンタル最強になったが俺はそんな汎用性は無い。メンタルなんて常にボロボロの自虐マシーンである。
もっと世界は俺に優しくしてほしい。
「…………ふむ」
扉の隙間から覗き見る。
氷で包まれた世界の中で、ステルラの膝枕で安眠しているルーチェ。
既に片は付いたか……
「世はかくも儚きもの、か……」
「嗾けたのロアくんですよね」
細かい事はいいんだ。
扉を思い切り開いて中に入る。
じんわり氷が解け始めてるのを察するに、周囲の温度を保ちつつゆっくりと室内を温めているのか。冷やされた空気が外に流れ出して代わりに生温い風が室内へと流れ込む。
「怪我はないか」
「あ、おかえり。怪我はそんなに、魔力も途中で切れちゃったからそこで止めたんだ」
「気絶するくらいやったならそれでいい。五百本はあくまで脅しだからな」
「……本当かな」
懐疑的な目線で見られている。
俺と同じ量の修行をすればぶっ壊れるのは理解しているし、世間の常識で考えれば普通でない事も知っている。だがそれとは別問題で俺が耐えられたのだからそれよりハードルが低い鍛錬内容程度なら皆出来るだろうと思っていたのだ。
「どれくらい精度は増した」
「前半はそこそこ、後半は殆ど弾かれたから少しずつ硬くしたよ」
伝えなくても本質を理解している辺り流石だ。
「……今のうちに落書きしとくか」
「ロア?」
「冗談だ。その氷を収めてくれ」
ニコニコ笑顔で圧力をかけてきた。
くそっ、計算外だ。いつの間にここまで仲良くなったんだ。
俺はただ普段の仕返し(※いつも殴られてるのは自分が悪い)がしたいだけなのに……!
「おのれ女の友情。ルナさん、ステルラを抑えろ」
「お断りします。あ~あ、トラウマ刺激されて涙出そうですよ」
こいつっ……!!
「ルーチェ! 起きろ、俺にはお前しかいない!」
「見苦しいですね……」
「本当に、こう……普段が酷過ぎて……」
前門のステルラ、後門のルナ。
こうなればルーチェに助けを請うしかないが未だ目を覚まさない眠り姫仕様である。
眠り姫は人を殴ったりしないんだよな。ていう事は別に眠り姫じゃないしヒロイン扱いしなくてもいい節がある。深窓の令嬢ってのはルナさんみたいな人の事を指すのであってやはりルーチェは違う。おてんばお姫様というより武闘家である。
「誰が野盗ですって……?」
「そこまでは言ってない。落ち着け」
ルーチェが目を覚ました。
魔力が切れて既に身体強化は使えない筈なのに他二人に比べて迫力が増している。
「フ…………訓練の成果が出」
「ふんッッッ!」
この後、日が暮れてから俺は医務室のベッドで目を覚ました。
顎に殴打の跡があった。
痛みはないし変形もしてないが、恐らく一撃で沈められたのだろう。
よく一回真正面から戦って勝ったな。過去の自分を思わず褒めたたえてしまった。




