第一話
登校して朝一番、俺たちは別館へと集められた。
入学式も行ったこの場所は儀式で使う場所なのだろう。俺たち新入生以外にも上の学年も集められているらしく、また面倒事の気配を感じた。
それとなく入場するときに周りを観察していたがルナさんが俺に手を振っていた。仕方ないから振り返した。
「……発表か」
トーナメントの開催宣言だろうな。
俺たち関係者(?)には既に漏れている情報だ。逆に今持ってる情報だとこの程度のことしか推測できない。
「おやおや、渦中の人間じゃあないか」
「勘弁してくれ。面倒くさくて敵わん」
ナチュラルに全部知ってるアルは放っておいて、激戦が確定しているのが本当に心苦しい。
出場権を賭けた順位戦を高みの見物できるのだけが唯一の救いか。
「フン。争う為に争いを激化させる愚かな集団に混じる事は無い」
「それっぽく言ってるけど要するに戦いたくないんだよね」
「俺は平和主義者だからな」
大切なのは本質ではないだろうか。
建前上はそう聞こえてしまうかもしれない。
人の言葉を切り取って編集するのは誰にだって出来るが、その真実と正確性を伝えるのは何よりも難しいのだ。俺は平和な世界を望んでいると伝えても悪意ある第三者によって捻じ曲げられ、ただ俺が戦いたくないビビリ野郎だと勘違いされてしまう。
世界は儚く、また民衆は愚かである。
「やはり信用できるのは自分だけ。他者を盲信するのは良くないと思わないか」
「なによ急に……」
「この世の理に嘆いている」
呆れた表情で見てくるルーチェ。
「嘆きたいのはこっちなんだけど」
「ああ、もう聞いてるのか」
親御さんと仲が悪い訳じゃないんだな。
元々嫌いでは無かったのか、それとも俺に言われて少し変わったか。どちらにせよいい方向性に傾いていると思う。
「今どれくらいだ」
「……九十位くらいよ」
「へぇ、二桁乗ったんだ。流石だねぇ」
俺が大体百十位だから普通に追い抜かされたな。
負けてないが? ただ戦ってないだけであって別に負けてはいない。それを理解してくれないと困るね。
「どうだい、そろそろ僕と」
「お断りよ。誰が好き好んでアンタと戦るのよ」
アルは光の速度で振られて残念そうに肩を竦める。
お前本当そういう所だぞ。
「まあ俺は順位関係なく出れるから別にどうでもいいがな」
「……ちょっとイラついたわ」
「僻むな僻むな。あ~あ、俺は何一つ嬉しくないんだけど証明されてしまったからな~」
そう言った刹那、目で捉えられない程の速度で腹部に衝撃が奔った。
ご丁寧な事に内部で衝撃を爆散させて内臓までダメージを通すガチの打撃である。視界が白に染まって意識が飛びそうになってしまった。
「ル……チェ。暴力系少女はもう流行らないぞ」
「アンタらが煽るからでしょうが!」
やれやれ。
育ちがいいのにこんなにも殺意に満ち溢れているのは何故なのだろうか。本人の気性の荒さだろうな。
「今何考えた?」
「ルーチェは美しくまるで深窓の令嬢のようだ」
「殊勝なことね」
生命の危機を無事に脱出したところで、以前ステルラが新入生代表的な語りをした場所に人が立っているのが見えた。
背丈は小さく起伏も浅い。それでいて制服ではない別の服装を纏っているし、あのツラ……
忘れる事は無い。
「ン、あ、アー~~……」
音量調節も兼ねて発声を繰り返す。
あの頃と何も変わってないな。師匠をボコった時のあの声そのままだ。
「聞こえとるかガキ共」
ウ~~ンこの尊大な態度と物言い、完全に俺の記憶通りである。
人は成長と共に大人へと育っていき徐々に子供のような振る舞いは無くなっていく筈だが、コイツだけは違う。本当の意味での超越者、人類の枠組みを単独で突き抜けた怪物。
「ワシが学園長のマギアじゃ。いつ見てもこの光景はいいもんじゃなぁ~」
満足そうに腕を組んで頷いている。
初見の学生諸君が居れば申し訳ないが、学園長────もとい、魔祖マギアは人間性が欠けているのだ。大方多くの人間が自分に見下されているのを当然として受け止めている事に対して悦びでも覚えているのだろう。カス。
「新入生が入学しておよそ二ヵ月。才能ある連中は台頭を始め、才能のないただ進級しただけの凡愚は叩き落される時期になった。一年のアドバンテージ如きじゃあ絶対的な才は覆せんよ」
心底愉快そうに顔を歪めながら蔑みの言葉を放つ。
コイツ本当こういうトコロなんだよな。俺は英雄じゃないからわからないが、彼はどうしてこんな性格激ヤバサイコパス婆と行動を共にすることにしたのだろうか。
持ってる力は強大だから仲間にする他無いと判断したのかもしれない。
「百と数十のこの中に、一体どれくらい本物が居るのか…………それを知る為に順位戦を設けているのだ。まあワシに勝てる奴はおらんがの! ガハハハ」
非常に不快な事に、長く生きているだけあって戦闘能力は化け物だ。
記憶の中ですら勝ち目が無いと思わされる程だったが今やどうなっているのか見当もつかない。
「ン゛ン゛ッ、ワシに勝てる奴が居ないという当たり前の話はここまでにしておいて。今日の本題はそこじゃあない」
拡声器を使ってる訳でも無いのに自然と響く声は魔法を利用しているのだろう。
魔法の応用というより、基礎の基礎である魔力そのものを使っている。かつて師匠がやっていた物質構成のオリジナルバージョンか。
「今年は例年に比べ“本物”が多い。故に、少しだけ過激な手段を取る事にした」
ニヤリと歪な笑みを浮かべる。
順位戦そのものが過激だと思うのだが、どうやらそこはカウントしないらしい。大戦を生き抜いた連中からすればそれはそれはお優しい試合に見える事だろう。俺は命懸けなんだが。
「────全学年混合、強制バトルトーナメント!
強さだけを競うこの戦いを制する者に、我が秘術を教えてやろう!」
……なるほど。
確かに魅力的だ。
魔法を使う誰もが羨む報酬だな。
この学園でしか通用しない甘い囁きという訳か。
「ま、秘術と言っても各々に適した魔法を作るだけじゃ。ワシ自ら何かをしてやる事なんて滅多にないからの、精々チャンスを逃さんように気張るがいいぞ?」
ケラケラ笑いながらその場から姿を消した魔祖は放っておいて、場内は困惑半分とざわつき半分と言った様子だ。
無論開催される事を知ってた連中は報酬でざわついている。
「詳しいルールとか一切説明無かったわね」
「どうせ丸投げしてんだろ。この後教室で説明されるさ」
この学園の教師にだけはなりたくない。
「準備期間は一週間~二週間。その後順位で振り分けたブロックごとにくじ引きでもしてトーナメント形式にするんじゃないかな」
「お前が言うならそうなんだろうな」
どこからその情報を手に入れてんだよ。
……でもコイツの正体が暴けるかもしれんな。ルーチェの打撃も普通に受け止めてるし素の防御力がアホ程高いので、結構いい所まで登れるだろう。
当人にやる気があればの話だが。
「ルーチェが出場確定させるには三十位以内には入らないと駄目だね」
「残念だ。お前と戦いたかった」
「言ったわね。絶対這い上がってやるから覚悟しなさい」
目がガチすぎるだろ……
血走ってるという言葉が世界で一番似合う女に変身してしまった。
「嘘だ。俺は女性に手を挙げない紳士だからな」
「男に二言は無いわね。サンドバッグが出来て私も嬉しいわ」
短い人生だった。
長き刻を苦しみに包まれた俺だが、今際の際ですら救われることはないらしい。
殴打によって折れた骨が生み出す熱量と痛みは何にも比較できない程であるし、骨が皮膚を突き破って出て来た時はそれはもう最悪だ。
あの『死ぬかもしれない』という緊迫感、『痛い、これは治るのか?』という不安感。
正直味わいたくない。
苦痛を忌み嫌う俺にとって痛みの種類を多種多様に分ける個性豊かな相手は嫌いな対象だ。
ルーチェは脳筋ゴリゴリインファイターだから相手しやすいな。ハハッ、互いに魔法の才能無いから波長あってるじゃないか。
「でもまぁ現実的に考えてルーチェが三十位以内に入るのは厳し」
余計な事をスラスラ言い放ったアルは無事に大地に伏せる事となった。
周りの目線が気になるが、その対象は蹲るアルに集まっている。腹痛起こしたとでも思われているのだろう、僅かに舞った拳圧に関しては誰も気が付いてないらしい。暗殺者としての才覚が徐々に芽生えつつある。
「早めに予約しないと坩堝すら確保できなくなりそうだな」
「……そうね」
たまに忘れてしまうが、ここは国の中でも最高峰の学園である。
そんな所に入学する連中が果たして大人しいのだろうか。
俺みたいな奴がマジで珍しいのであって、推薦入学でもない限りどいつもこいつも上を目指す事を目標に掲げてきている。
ある程度命の保障がされているのに加えて同世代で格上・同等・格下を選んで全力の模擬戦を行える環境。しかも全員に勝ち続ければ『自分専用の魔法』を貰える。やる気にならない奴の方がおかしいだろう。
「お前は勝ったら何を望む?」
「………………」
俺もお前も、求めているのは『勝利』。
自身の才を否定する世界に対し、自分の努力を以て証明して見せたい。
吐き気がするほど青臭い願いなのにそれを否定する事ができない。勝ちたいから戦うのか、勝てないから戦うのか。
「そんなもの、勝ってから考えればいいのよ」
道理だな。
取らぬ狸の皮算用ってヤツだ。
勝った後の事を考える位なら勝つための手段を一つでも多く増やした方が確実に役に立つ。
「その通りだ。鍛錬に付き合うぞ」
「……付き合いなさいよ?」
「ああ、(鍛錬に)付き合ってやるさ」
その場で小さく拳を握りしめてルーチェは口元を歪めた。
「私の勝ちね」
「まだ戦いは始まってすらいないんだが……」
「アンタはわかんなくていいの」
女の戦いって奴か。
俺を奪い合うような仲に発展したのは果たして喜ばしい事なのだろうか。俺への何かしらの感情があるのは構わないし、それによって甘やかしてくれる事を理解しているから俺はいい。
だがそれで女性間の友情を維持できるのだろうか。
出来れば仲良くしてて欲しい。
理由は聞かなくてもわかるだろう。全員仲良く俺を甘やかしてくれた方が空気が軋まなくていいからだ。
「俺はルーチェの事も好きだぞ」
「……………………そ」
照れるな照れるな。
こういう部分が可愛いんだよな、コイツ。
普段の憎まれ口も裏にある感情を正確に読み取ることさえ出来ればなんにも問題はない。
「…………むむむ」
「なんだステルラ。俺に文句あるのか」
「なんでもないっ」
隣のクラスが故に少し離れた場所にいたステルラが横まで来て不満を爆発させてきた。
嫉妬する女の子は可愛いと思う。
俺が嫉妬しまくってるのは醜いだの情けないだの散々な言われ様なのにこれが女性で見た目麗しい人になった途端これだ。世の中は真に不平等である。
「俺はお前の事も好いている」
「……一番?」
「それはどうかな」
「むっきー!」
揶揄ったらプルプル震え出した。
普通に考えたらステルラが一番なんだが、コイツはコイツで人間不信気味な所があるから気付かないだろう。ルーチェの目線がぐりぐり刺さってきて心地いい。今日は夜道に気を付けよう。
二人の美少女に言い寄られている事実を周りに見せつけることで俺のヒエラルキーの高さをアピールしていく。
自尊心が満たされる、俺の敗北で包まれた渇いた心が癒されていくのを感じるんだ。
「そういえばステルラは何位なんだ」
「私? 九位かな」
…………そうか。
「強い人も多かったけど、その分出来ること増えたから期待しててよね?」
「とても嫌なんだが……」
すごく嫌だ。
ヴォルフガングですら三属性複合魔法に慣れが必要なのにお前は絶対に完璧に熟して見せる。それを対応しなければならない俺の身にもなって欲しい。
紫電の強さも師匠に比肩する奴が師匠以上の魔力量で襲いかかって来るのは勘弁してくれ。
「ルーチェがお前を倒すらしい」
「そこまでは言ってないでしょ!」
「あ、あはは。ルーチェちゃんにだって負けないよ!」
ルーチェ対ステルラの因縁勝負もまあまあ盛り上がるだろう。
俺とステルラ? 今のところ処刑になる可能性が高いので、どうにかこうにか戦闘力を上げなければならない。
「で、だ。ルーチェ、お前このあと誰と戦うのか決めてるのか」
いつまでも雑談をしている訳にもいかない。
いい加減教室への移動を開始するだろうし、現に上級生はまばらに動き始めている。
情報を晒すのは良く無いかもしれないが、今日の放課後にでも訓練を始めるなら対策を始めた方がいい。
そう思って問いかけたら、ルーチェは眉間に皺を寄せて難しい顔をした。
「…………一人、候補がいる」
「どんな奴なんだ」
「とびきり嫌な奴でとびきりクソな奴よ」
…………ルーチェの知り合いか。
それでいてここまで酷評するのか。
知り合いで憎悪を抱いているにしたってステルラですらここまで言われていなかった。かなり性格に難がある、もしくはルーチェが一方的に嫌う要素があるということ。
つまり────コンプレックスを抱く要因、もしくはそのコンプレックスの対象だ。
「第四席、それか第六席の弟子か」
無言で頷く。
フ〜〜〜〜…………
「順位戦十二位、剛氷────お母さんの弟子よ」




