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幕間

 

 ルーチェとの激戦を終えた翌日、昼。

 俺を見る目が少しずつ変わりつつあることに恐怖を抱きつつも平常運転、授業も真面目に受けて昼飯を食べようと言うタイミング。


 俺は絶望した。

 鞄の中身が妙に軽いとは思ったのだ。

 昨日の夜は結局ルーチェ宅でご馳走にはならず、家に帰って一人で飯を食った。回復魔法で治療された後は妙に腹が減る。全員同じなのだろうか。


 昨日の夜一杯食べて、昼飯分は用意した筈なのだ。


「神は死んだ。アル、俺はこれより幽鬼になる」

「突然なんだい」


 悲しみを抱いている。

 昼抜きか。すっかり金は無くなっているので(元々ない)買うこともできず俺は無賃昼食をせねばならない。今だけは都会の発展性に怒りを目覚めさせた。


「ここが山だったら良かったのに」

「何言ってんのよ。……どうしたの」


 おおルーチェ。

 俺の味方はお前しかいない。


「この哀れな羊に食料を恵んでくれる方は居ませんか。報酬はない」

「……お弁当忘れたのね」

「そういうことだ。頼むルーチェ、俺にはお前しかいない」


 呆れるような顔をした後に、一度溜息を吐いてから席に座った。


「少しくらいなら分けてあげる。嫌いな物はある?」

「特には無い」


 正直腹が減ってしょうがないので何でもいい。

 少なくとも俺が食べていた味のしない野草サラダよりはマシだ。本当に二度と食べたくない。肉は焼けばまだ味わえるが本当に野草サラダはダメだ。毒に当たるし。


「肉をくれ。肉さえあれば夜まで何とかなる」

「普段の食事はどうしてるのよ」

「師匠が置いてく食材をやり繰りしてる」


 あの人三日に一度は来るんだよな。

 暇じゃない筈なのだがかなりの頻度でやってくる。子離れ出来ない親みたいなもんだと思っているが、なんだかんだ言って変なことはして来ないので俺も許している。


 ていうか何年間も一緒だった所為で隣に居ないのが違和感ある。


「……ふぅん」

「おやおや」

「殺すわよ」

「僕まだ何も言ってないよね? やれやれ、これだから恋す」


 アルが余計な事を口にしようとした瞬間、ルーチェとアルの身体がブレた。俺との戦いを経て身体強化が更に一歩上に踏み込んだのか知らないが、俺の時より早くないか。

 顔面から吹き飛んで壁に叩きつけられたアルは流石に死んだかと疑うほどの損傷だった。


「アル……うそだよな」

「死んだわ」


 洒落にならん。


「冗談よ。ちゃんと蘇生出来る程度に留めてるわ」

「本当に大丈夫なのか……?」


 少しだけアルの遺体(死んだ訳ではない)を観察していたら、形状し難い変化を遂げていた顔がメコメコ治療されていく。微妙に肉の質感とかがあって非常に気持ち悪い。


「……ふう。いやぁ〜、普通に殺す気だったよね」

「死なないでしょ。そういう風になってるんだから」

「アハハ、よくご存知で」


 へぇ。

 自己治療、それもかなり高度なレベルじゃないか。

 だからお前毎度毎度挑発してたのか。耐久力を底上げするつもりだったのか……いや、違うな。


 単にアルの性根が腐ってるだけか。


「いいパンチだ。僕の家で雇ってもいい」

「本当に殺すわよ」

「おいおい、仮にも友人だろ? ロアとはあんなにも熱烈な逢引をしていたのに僕はスルーか」


 ギリっと歯軋りをする音が聞こえた。

 触らぬ神に祟り無し、だったか。俺は殴られたいわけでは無いのでここは黙っておく。


「……否定しなさいよ」

「うん? 何をだ」

「私とアンタの、その…………」


 ……これはアレか。

 自分で否定してもいいが、それはそれとして『強く否定した場合相手はどう思うのか』を想像した結果か。根がいい子過ぎるルーチェと根がヤバすぎるアル。水と油だな。


「確かに俺たちはデートをした」

「君、そろそろ背中に気をつけた方がいいんじゃないかな」

「何故だ。別に恋愛関係でも無いし、女友達と二人で遊びに行くのは広義的に見れば逢引と言われても否定できない」


 完璧だ。

 敢えて否定しない事でルーチェ自身の気持ちを傷つける事を緩和し、だが『そういう関係』では無いとアピール。だが女友達と明言する事で『女性としての気持ち』を否定する事がない。


 フ、俺の完全なる頭脳がまた一つ正解を導いてしまったな。


「な、ルーチェ」

「……それもそうね」


 どうやら俺の意図を汲んでくれたようだ。

 その理解力の高さ、やはりお前は優秀だよ。


「さ、俺に飯を恵んでくれ。こんなにも腹を空かせた男がいるのに無視するなんて酷い事はしないよな」

「やっぱりやめとこうかしら」

「頼むルーチェ、お前しかいないんだ」


 アルが呆れた顔をしているが、今の俺はそれどころじゃ無い。

 死活問題なんだ。もう空腹の感覚を味わいたく無い。極限状態で食料しかない、生き物を殺すことに抵抗がある最初の時の話だ。


 あの頃は命ある存在を殺すという事に忌避感があった。


 自分が殺されかけたからなのかもしれない。

 右腕が無くなった喪失感と激痛を想像できてしまうから、そして自分が痛めつけられて苦しむ感覚を理解しているから。他人にそういう部分で投影してしまったのかもしれない。

 今となってはそんなこと無く、余裕で動物を殺せる。進んで殺しはしない。


 自分が死ぬくらいならば相手を殺す程度の気概は持ち合わせている。


「わかったわよ。ほら、口開けなさい」


 マジか。

 これが俗にいう『あーん』って奴か。

(俺が動けない状態で)師匠にされた事はあるが、あれは看護みたいなモンだ。これは愛情全開の青春ムーブ、憧れてたんだよ。


「んが」

「……はい」


 ルーチェは少し恥ずかしがっているようだが、俺に恥じらいは存在しない。

 街の往来で師匠にボコされ、あらぬ噂も立てられ、学園に通う同級生たちの目の前で堂々とクッサイ台詞を吐いて戦ったのだ。もう何も恐れるものは無くないか。

 現状師匠が養ってくれてるし捨てられる心配もまあ無い。


 俺の将来……安泰じゃないか。


 なんだ、何も心配する必要はなかった。


「んももんも、美味いな。毎日食べたい位だ」

「まっ……そう」


 チョロいぜ。


 そんなに単純では将来的に変な男に引っ掛かりそうで俺は心配だ。

 お前は心優しい人間なんだから同じような優しさを持った人間と結婚するべきだと思う。


 だがここで一つ考えて欲しい。

 俺はマジでヒモみたいな扱いを受ける事を望んでいるのだが、もしかするとルーチェも許してくれるのではないだろうか。俺の明晰な頭脳がそう囁いている。


 ルーチェ・エンハンブレは割とダメ男に優しい。


「俺に弁当を作ってくれ。頼む」

「はぁ? …………う、うーん……」


 押せばイケるな。

 これで許されることがあれば夢の生活に一歩近づくことになる。

 極力自分で頑張る必要のない部分を増やす事で自堕落な生活に一歩近づく事が出来るのだ。その重要性がどれほどのモノか、わからない人はいないだろう。


「お願いだ。俺にはお前しかいない」

「あっ…………」


 アルが何かを察した。

 俺の予感が告げている。今、ロクでもない事が起きると。

 このパターンは前にもあった。渦中の人間ではないが絶妙に面倒毎になる人間がやってくるのだ。つまり今回俺の後ろにいるのは────


「え、え~と……ア、アハハ。ごめんね、私空気読めてなかったみたいで」


 クソ面倒くさい事になった。

 今の現状を説明すると、弁当を忘れたデートをしたと発言している男に飯を恵んでいるルーチェと同じ門弟でありながら幼馴染であり浅からぬ関係を持ったステルラの間に挟まれているロア・メグナカルト

 完全にダメな奴だろ。

 このままだと更に変なレッテル貼られてしまう。それだけは避けたかった。


「待て落ち着け。俺は友達と話しているだけだ、誤解するな」

「ロアには私しか居ないんでしょう?」


 あ゛~~~~~! 

 この女ァ゛~~~~!! 


 勝ち誇った笑みを浮かべるな。

 このままでは名誉を失う。更に敗北まで付与されてしまう。


 ルーチェはステルラと俺にそれぞれ優越感を得ているし、ステルラは打ちひしがれている。


 俺が自堕落な部分を持っていると知られるのは一向に構わない。

 何故なら事実だから。それを理解して甘やかしてくれる師匠みたいな人が居るのを知ってるから俺は“待ち”の姿勢でいいんだ。寧ろこれまでがおかしかったんだよ、頑張り過ぎたんだよ。もっとのんびりするべきなんだ。


「フ…………僻むな僻むな。俺は二人纏めて相手する(飯代を貰う)程度の気概はあるぞ」

「絶対別の意味が含まれてるよね」

「同意するわ。コイツがそんな簡単に言う訳無いもの」


 チッ、察しのいい連中だ。 

 だが親しい人間にしかバレないと確信してる。

 なんだかんだ言いつつ学園では猫を被っているのでまだ本質が見えてないと信じている。


「まあお弁当くらいなら作ってあげるけど?」

「流石だルーチェ。おかずは肉多めで頼む」

「バランスよく食べないと身体を悪くするのよ」


 お前は母親か。

 やっぱり格闘技とか学んでいるだけあって身体が資本、しっかりしている。

 俺だってそれなりに考えてる。けどホラ、野草とか食って毒って死にかけてとか繰り返してたし今更って感じがするんだよ。


「でも俺は年頃の男だ。肉を食べたいのは道理じゃないか、お前もそう思うだろうアル」

「とんだキラーパスなんだよね。それはそれとしてお肉は美味しいと思うよ」


 野菜も悪くはない。

 でもやっぱ肉なんだよ。


「だからルーチェ、その控えめな肉団子を俺にくれ」

「とんでもなく図々しいわね……」

「頼れるのはお前(とニ、三人)しかいないんだ。日銭を稼ぐ事すら出来ない俺に情けをくれ」

「働くの面倒くさいだけだよね。知ってるんだから」


 ステルラが余計な口を挟んで来た。


「いちゃもんつけるな。そこまで言うなら誠意を見せてもらおうじゃないか」

「…………??」

「誠意……?」


 ルーチェが何言ってんだこいつみたいな顔をしてみてくるが、ステルラは俺の話術に嵌まっている。


「そうだ。俺の昔の夢は何だ」

「えーと、学者さん?」

「合ってる。痛いのも嫌いで苦しいのも嫌いで努力が大嫌いな俺が何故ここまで頑張ったと思う」

「え、え~と……男の子のプライド?」


 シンプルに頑張った理由は100%ステルラの為なんだが、自分から言うと恥ずかしいのでそういう事にしておこう。


「俺の男のプライドを刺激したのは誰だと思う」

「…………し、師匠かな~アハハ」

「たわけ。お前だバカ」


 若干頬を赤く染めながら小さく顔を扇ぐステルラ。


「俺の人生を左右したのは俺だが、きっかけを与えたのはお前だ。

 つまり俺はお前から対価を徴収する義務があり、お前は俺に対価を与える義務がある」

《small》「何言ってんのよコイツ……」《/small》

《small》「黙っててあげなよ、今照れ隠しの途中なんだから」《/small》


 外野が何か言ってるが、今の俺達には聞こえてない。

 いや~我ながら完璧な理論だな。今の話題を誤魔化す事も出来るし、その上ステルラに甘える事ができる。何から何までやられると屈服した感じがあって嫌だが、手作り弁当とか貰うのは青春イベントの一つだろ。


 護身すらも同時に熟してしまう俺の実力が恐ろしいぜ。


「……それって要するに、私の為に頑張ったって事だよね」

「勘違いするな。俺は確かにお前に負けない為に頑張ったが、それは俺の為であり自分自身で決めた事だ。でもちょっとくらいは頑張った褒美が欲しいからお前につけこもうとしてるだけであってだな」

《small》「今自白したわね」《/small》

《small》「自白したね」《/small》


 うるさいぞ。


「わかった。今日泊りに行くね」

「待てステルラ。今の話の流れでそれはマジでまずい」


 まだ修正が可能だ。

 落ち着いて考えろ、俺。


「晩飯、そうだ晩飯にしよう。久しぶりに二人でご飯食べよう、そうしよう」


 なお、そのお金はステルラに出してもらう模様。

 流石の俺ですら情けないと思ってきたが、でも自分で働いて日銭を稼ぐのはもっと面倒くさい。

 俺自身にレッテルが貼られる事より実務労働する方が嫌なので俺は損得考えて切り離したわけだ。こういう論理的な思考こそが将来的に大切になると俺は学んだ。


 なぜ飯をたかろうとするだけでこんなに苦労せねばならないのだろうか。

 正直憤りすら感じている。


 頑張った対価がこれだ。


「ハ~ア、やっぱ努力ってクソだわ」

「今の一瞬で何を考えてたのかな」

「世の不条理さを嘆いていた。俺に優しく出来る世界であって欲しい」

「よっ、ヒモ男」

「ぶっ飛ばすぞ」


 誰がヒモ男だ。

 ただ自堕落で面倒くさがりで誰かに養ってほしいだけで、俺は別にヒモじゃ……ヒモ……じゃん……何も言い逃れできねぇ。

 なんだ、既にヒモ男だったのか。もう何も気にしなくていいな。


「名誉は師匠が守ってくれるし養ってくれる。

 ステルラもルーチェも居るし、俺はその言葉を否定する理由が一切なかった。ハハハ、俺の勝ちだな」

「…………はぁ、何でこんなのを……」

「あ、あはは。ロアらしいよね、うん」


 呆れるな。

 俺は元通りになっただけ、ステルラに勝つという目標は未だ消える事はないがそれはそれというだけだ。


《small》「昔からこんなんなのに八年間も山に籠ってたの?」《/small》

《small》「そうなんだよね……いざって時は凄いからさ」《/small》


 何か二人揃ってコソコソ話してるな。

 地味に聞こえないが、まあいい。


「君、いつか女性関係で手痛い目見ると思うよ」

「何故だ。俺程誠実な人間が他にいるか」

「ウ~~~ン……一連の会話の後にそう言える精神は類をみないかもね」


 あんなに友人のために身体を張って頑張れる奴もそうそう居ないぞ。


「まったく。世の人間は瞳が曇っている」

「君のフィルターはどうなってるんだろうね……」


 心底呆れる声を出したアルに苛立ちを一瞬覚えたが、俺は心が広いからな。

 即手を出すルーチェと違って、俺は言葉での平和的解決を好むのだ。


「で、課題はどんな感じかな? 魔祖十二使徒第二席門弟ヒモ男のロア・メグナカルト」

「お前表出ろ」










 昼休みにアルをしばき、放課後。

 約束していた夕食まではやや時間があるので校内の魔法行使専用部屋を一つ使い復習に勤しんでいた。


「駄目だわからん」


 自分の魔力の渦巻きとか一切理解できない。

 ただでさえ感知能力がゴミカスなのに、魔力量そのものがゴミカスなのでマイナスとマイナスを掛けてマイナスになった最悪の結果である。なーんにも感じ取れない、祝福くらいしかわからん。


 師匠にやられすぎて自分の魔力が完全に分からなくなったのかもしれない。


 光芒一閃や最上級魔法の高まりは感知できるが、それ未満となると相当厳しくなる。

 魔法使用できる気がしません。落第しますこのままでは。


「せめて魔力を感知して身体の中で操る感覚さえ掴めれば早いんだが」


 適当に祝福を起動する訳にもいかない。

 あの人は魔力量はそれなり以上にはあるが、それは百数年の研鑽の結果だ。元々の魔力量は大したものじゃないし改造された結果なので、さしもの俺としてもソコはデリケートに扱いたいのだ。


「ンガ~~~~、どうしようもない。才能ないセンスない」


 今ばかりは呪いを吐く事しか出来ない。

 魔法は出ないしね。


 仰向けに倒れ込んで右腕を真っ直ぐ挙げる。

 唯一の魔法行使が出来るとすれば右腕からだろう。光芒一閃を顕現させるのは何時も右腕だし、一番魔法の行使に慣れていると言っても過言ではない。

 

 せめて魔力を打ち出す感覚を理解したい。

 

「……焦っても仕方のない事だが」


 分かっている。

 かつての記憶とロアの記憶。

 この二つからも努力は際限ないモノであり、俺達は急速に育つ才能を有してないと理解している。


 焦燥はいくらでも襲ってくる。


 それから逃げたいが為にひたすら自堕落に生きて行きたいのだ。


 ガシガシ頭を掻いて誤魔化してから立ち上がる。

 

 嘆いても仕方がない。

 我武者羅にやるしかないのだ。

 それが人生なのだから、面倒くさくてしょうがない。


 溜息と共にやる気を少しずつ放出しながら、日が暮れるまで鍛錬を続けた。

 約束にはギリギリ間に合ったのでヨシとする。


 今日も一日、何の進捗も無い素晴らしい日だった。



 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小説でマークアップって初めて見ました。 すごい。
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