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第四話

「…………ふん」


 息を一度吸って、吐く。

 魔法を扱う時は何時だって冷静に、意識することなく淀みなく発動できるように研磨してきた。


 そんな程度じゃ足りない、もっともっと上を目指しているのに手が掛かったのはこの地点。その半端さが今の自分をよく表していて、付けられた名前も相応だと自嘲する。


 そしてその自嘲すら不快に思い、自分の感情が憎いと感じる。


「……才能が、欲しい」


 切実な願い。

 私はいつだって願っている。

 目が覚めれば超常的な力を手に入れて、突如覚醒した才覚で崖っぷちから山の頂上へと登り詰めるその光景を。


「才能が欲しい」


 偉大なる人達に追い縋れるような天賦の才。

 一を知れば十を得る。理不尽すら感じるあの圧倒的な差を見せつける側に回りたい。仮に今の努力と引き換えに才能を得られるとすれば手にすることはあるのだろうか。

 努力は否定されない。でも、現実に抗えるとは限らない。


 この嫉妬は覆る事はない。


 何時までも人生に付き纏い続ける負の感情。

 目を逸らすように生きて来た。手が届かない場所に手を伸ばし続けた。誰かに何を言われても、私にはそれしかないと言い聞かせて進んで来た。


「……案外」


 目を逸らさなくてもいいのかもしれない。

 そんな風に思わされたのは、初めてだった。

 私以上に才能が無い。魔法に関して、彼は何一つ持ち合わせてなかった。


 それでも強い。


 努力をしてきた私が、努力を積み重ねてきた人間を否定する訳にはいかない。


「勝つの、ルーチェ」


 一言呟いて立ち上がる。

 さあ、あそこまで好き勝手言った友人なのだ。


 せめて責任を取ってもらおうじゃないか。


 焚きつけた火種の責任を。









 祝福の再充電も休日の内にして貰ったので戦う準備自体は出来ている。

 問題は、俺が出来るだけ戦いたくないという点だけ。


 既に書類は受理され、会場へと出ていくだけ。

 この一歩を踏み出すのが非常に億劫なのだ。あ~~、どうすれば丸く収まるかな。

 こうやって考えるのがルーチェに失礼かもしれないが、ヴォルフガングと戦った時とは訳が違う。


 アイツにはとにかく勝ちたいと思ったが、ルーチェ相手に、その……下手を打てばコンプレックスが肥大化してしまうし、俺がトドメを刺す可能性もある。

 勝つ負けるの話以前に、再起不能になる可能性がある相手に勝利を願うのはどうかと思うのだ。


 俺も変わった。

 度重なる敗北により勝利と才能を求めるのは幼い頃で終わったんだ。

 え、今? …………才能は欲しいよな。


「あ゛~~~~~~、めんどくさ」


 ガシガシ頭を掻いて水を飲む。

 うだうだ考えるのは嫌いなんだ。

 俺とルーチェ、同じ星を追う者として何時か雌雄を決する日が来るとは思っていた。


 でもこんな早く来るとは思わないだろ。


「勝つのは俺だ。そう決めただろうが」


 身体の調子は至って普通。

 これから嫌いな苦痛が飛び交う戦場に足を踏み入れなければならないのが不快だが、友人の頼みなのだ。なら仕方ない。戦うほかない。


 俺だって負け続けて来た。

 コンプレックスに塗れて生きて来た。

 諦めて、それでも抗って生きて来たんだ。


 誰にだって否定させない。

 俺の努力を否定していいのは俺だけだ。

 価値を決めるのは他人だが、中身を定めて良いのは自分だけ。


 俺は勝つ。


 ルーチェ・エンハンブレに負けない。


 それこそが、俺が生きていく理由なのだから。








 ♯ 第四話



 会場内は既に埋まっており、一体誰が宣伝したんだと言いたくなる程度には注目を浴びている。

 見知った顔もポツポツいるので、まあ……察せる。


「いい舞台だ。自分の努力を見せるにはちょうどいい」

「そうね。前はこんなに盛り上がらなかったのだけど」


 それは俺達の所為なので、チクチクするのは勘弁してほしい。


「同じくらい沸かせてやればいい。集まった連中に、『ルーチェ・エンハンブレ』を見せつけてやればいいんだ」

「会場が凍えてしまうかもしれないわね。氷像が一体生まれるだけ」


 薄く笑いながら話すルーチェ。

 大分吹っ切れてるみたいだな。少なくともプレッシャーでガチガチって事はない。

 これが名も知らぬ相手だったら舌打ちくらいするが、相手は友人である。


「あ~あ、先日のルーチェ()()()は可愛かったのにな」

「半殺しで済まそうかと思っていたけど、()()を殺すことにしたわ」

「なんて苛烈な告白なんだ……情熱的だな」

「ロマンチックでいいじゃない」


 ……嫌な予感がヒシヒシとしてきた。

 全く動揺無し。それどころか戦意をどんどん漲らせている様子である。


「ロア」


 会場の声を全て無視してルーチェは続ける。


「私を見てくれる?」

「今は」


 今この瞬間、俺はルーチェ・エンハンブレしか見ていない。

 他の人間の事を考えられる程気を抜ける相手ではない。


「今だけ?」

今はな(・・・)

「…………そう言うと思ったわ」


 うだうだ駄々を捏ねたが、焚きつけたのは俺だ。

 そうして考えた末に俺を相手に選んだのだから、責任を取らざるを得ない。その程度の誠実さは持ち合わせているつもりだ。


 俺は星を追い続けると誓ったのだ。

 で、あるならば。それ以外に目を向けさせたいのなら、相応の事をしてもらおうじゃないか。


 ルーチェの魔力が高まっていく。

 少しだけ感知できるからバルトロメウス程ではないが、十二分に高い魔力値だ。

 部屋を氷漬けにしていた事もあるし警戒しておくに越したことはない。


「私」


 口から冷気漂う息を漏らしながら、呟いた。


「こんなに楽しみなの、初めて(・・・)よ」


 お前、そんな風に笑えるんだな。

 いいじゃないか。眉間に皺寄せて不機嫌なお前よりよっぽどいい。


「なら良かった。楽しんでいこうか」

「ええ。楽しみましょう」


 実況席から始まりの合図が鳴る気配は無い。

 馴染み深い魔力がそこから感じ取れるのでなんだかんだ観にきてるのだろう。ていうかあの場所、よく考えなくてもヤバいメンバー集まってないか。気付いてない振りしといた方が良いな。


「────起動(オープン)、光芒一閃」


 祝福に籠められた魔力が解放され形を成す。

 前回は見た目のインパクトも重視して時間をかけたが今回は違う。素早く武装展開、さっさと戦う事を意識する。


 氷属性と戦うのは久しぶりだ。

 師匠が戯れに全属性コンプリートとかはしゃいだ時以来。

 あの人俺の事をなんだと思ってるんだろうな。いや、それなりに大切に思われてるのは理解してるが。


「考え事かしら」


 腕が反応した。

 顔面目掛けて放たれた拳を光芒一閃で防ぎ、後ろに避ける。

 速い。身体強化を施したにしたって相当な速さだ。バルトロメウスの風弾よりも初速が上。


 距離を取ったのにも関わらず、躊躇いなくかかと落としを放ってきた。

 いや、待てよ。射程が絶対的に足りてないのに攻撃を放つ理由は何だ。まさか適当にやった訳じゃないだろ、とすれば────どうにかこうにか届かせる手段がある。


 今から後退するのは間に合わない。届くと仮定してその位置まで光芒一閃を移動させ防御態勢を整える。


 予測通り、ルーチェのつま先から伸びた氷が眼前まで迫るが問題なく破壊する。


 着地の隙間を狙って剣を振るっても、それは容易に回避された。

 呼吸を整える暇もなくインファイトを仕掛けてくる。見切れないが、見切れない分は()で対処する。一撃二撃程度は貰うのも勘定に入れてとにかく受け流す。


 数十は打ち合い、僅かな息切れを見計らって後ろへと下がる。


「……ほんと、似た者同士だな」


 指抜きグローブと同じ形状のメリケン氷、そして足に纏ったスリムな氷鎧。

 遠距離戦を捨てた超近距離戦特化。扱う武器が違うだけで、俺とは相性が良いようで悪い。


「私の氷はね。どれだけ凍らせても、どれだけ固めても壊れるの」


 さっきのやり取りでほぼ毎回破壊していたのだからそれは理解している。

 生成速度が恐ろしく早く、ほぼタイムラグ無しで氷を生み出している。しかも鋭く、人間の身体程度は容易く貫通できる硬度。


「母様とは似ても似つかない魔法性質。

 絶対に凍らせて固める氷に、中途半端に水が混ざり込んだ結果よ」

「ゆえに薄氷(フロス)か」

「そう。幾ら固めても無駄なら、最低限の値をとにかく上げて────何度でも作り直せばいい」


 胸の前で拳を合わせ更に鋭さを増す。

 殺傷力高すぎないかそれ、出来るだけ苦しむような設計になってる気がするのは俺だけだろうか。目が笑ってないのに口元が微笑んでるのが恐ろしい。


「無粋だったな。謝ろう」

「気にしてないわ。今は私の事だけ見てくれるんでしょ?」

「今ばかりは、お前しか見えないさ」


 ていうか気を抜いたら一発でヤられる。

 身体強化の精度と格闘戦の技術が鬼高い。かつての英雄の記憶でも、最強とまでは言わないがそれなり以上の強さだ。今の俺では手を抜くは愚か普通に負ける可能性がある。


「……もっと」


 ぐり、と拳を握り締める音が聞こえた。


「────もっと早く……」


 喜びと悲しみが混じった浮かべた表情で突っ込んでくる。

 こ、怖ェ~~~~。さっきは数発喰らう事すら想定するとか言ったが、これは無理だ。勿論耐える事は出来るだろうが、一発喰らってしまえば喰らった瞬間にラグが発生する。


 消耗を待つか。

 常に全力で動くのは疲労を招くし、先程のように一息吐くタイミングがある筈だ。

 そのタイミングを狙って一撃入れる戦法ならば……


『こんなに楽しみなの、初めて(・・・)よ』


 脳裏に浮かんだ先程のルーチェの言葉。

 楽しみ、楽しみか。それは俺を殴れるからか。それとも、ルーチェ・エンハンブレのみを見ると言ったからか。

 一体何を以て楽しみだと言ったのだろう。ルーチェはこの戦いの何を楽しんでいるのだろうか。


 俺の何を期待して、楽しんでいるんだ。


「────ああ、くそ」


 ルーチェの拳に合わせて剣を振りかざす。

 鍔迫り合いのような形になり氷を削る傍から生成していくのでどんどん冷気が周囲に散らばっていく。諸刃の剣すぎるだろ、お前。自分にだって影響あるだろ、その魔法。


 一度互いに離れて、再度()戟を繰り返す。


 戦うのは好きじゃない。

 出来る事なら安全圏からチクチク攻撃を入れて、痛い思いをしないように立ち回りたい。こんな真正面からやり合うのは俺の性分じゃないんだよ。

 

 この学園に来てから自分を捻じ曲げてばかりだ。

 自分を曲げるのは嫌いだった筈なのに、気が付けば自分にとって不利な事ばかりやっている。天才共と渡り合うために磨いた技術と肉体はそれに耐え得るかどうかなんて気にせずに、正面から受けて立とうとしている。


 英雄なんて呼ばれて驕ったか。

 俺はそんな大層な人間じゃない。


 どいつもこいつも真っ直ぐ生きやがって。

 俺が否定したかった生き方を肯定してくる。こんな辛い道を歩まなくたって、弱いままでも良かったというあり得たかもしれない未来を。


 歯を食い縛って、光芒一閃を幾度となく振る。

 

 俺の八年間に対し、拳の連撃で対応するルーチェ。

 わかってる。俺の八年間の密度を通り越していくのが才能だ。散々味わって来たし、これからも沢山舐めさせられる。


 お前の努力だって理解してる。

 今この瞬間、互いに叩きつけ合う威力が物語っている。

 魔祖十二使徒から授かった剣と俺の八年間を叩きつけているのに、一方的に押し通す事が出来ない。


 悔しい。

 悔しくて堪らない。


 こんな風に思う事が俺らしくない筈なのに、とにかく悔しくてしょうがない。


 お前もそうなんだろ、ルーチェ・エンハンブレ。


「――――はぁッ!」


 一喝と共に踏み込み、回し蹴りを放ってくる。

 鋭さも速さも十分だが拳ほどの脅威ではない。屈んで避ければ――――待て。

 これはブラフだ。さっきの氷を思い出せ、ただ鎧として出すだけではなく攻撃の延長戦として扱える。


 俺ならば、どうするか。


 僅かな思考の直後、つま先目掛けて剣を振る。

 氷を発生させてくるのならば発生する前に破壊してしまえばいい。無論生み出してくるだろうが、攻撃を防御するという本命は達成できる上に運が良ければダメージも期待できる。


 剣と蹴りがぶつかり合い砕けた氷塊が飛び散る。

 

 刹那の合間に交わした視線。

 何を考えているのかはわからないが、何を思っているのかはわかる。

 

 楽しいか。

 

 楽しめてるか。


 俺はお前の期待に応えられているか。

 

 砕けた氷が冷気を周囲に撒き散らす。

 少しずつ下がり始めた温度による寒気を無視して攻防を繰り返す。

 吐息も互いに白くなった。手が僅かに悴んでいる。


 近距離戦闘を主軸とする俺にとっては都合が悪い。それはきっとお前にとってもだろう。

 自分が得意とする分野が、自分が手に入れたい分野と相性が悪い。だけどそれは諦める理由にはならない。お前に“薄氷(フロス)”なんて名前を付けた奴は阿呆だな。


 一度後ろに下がり、柄を握り直す。

 

「寒いな。凍えそうなくらい」

「そうかしら。とても暖かいわ」


 楽しそうで何よりだ。

 会場全てを包み込むような寒さは存在しないが、俺達二人が動ける程度の範囲を冷気が覆っている。

 確かに強い。強いが、他の魔法使いに対しては有効ではないだろう。


 そこそこの魔法使いであれば身体強化と格闘術でワンパン。

 それ以上の強い魔法使い相手には手も足も出ない。


 そういう相性だ、これは。


 少なくともバルトロメウスのようなバカげた魔力を保有する奴が全開で放った魔法に対しては成すすべがないだろう。


「汗を冷やすと良くないぞ。病気の元になる」

「失礼ね。それくらいどうにでも出来るわよ」

「……そういえば今更なんだが」


 これは非常に今更なのだが、言わねばならないような気がする。

 この雰囲気をぶち壊すのは完全に理解しているが、それでも言わねばならんだろう。友人として、これを見過ごしていいものか。


「…………? なに」

「お前パンツ全開だぞ」


 なぜスカートの下に何もカモフラージュを履いてこないのだろうか。

 俺はほとほと困ってしまった。かかと落としの際はそれどころじゃなかったが、回し蹴りの時にバッチリ見えてしまった。黒だった。喧しいわ。


「おっと、これは事故だ。お前が履いてこないのが悪いのであって俺は悪くない。少し背伸びしてる感じはあるが、魔法と戦闘スタイルと相まっていい下着だと思う」

「…………はぁ。なんか、細かい部分でズレてるわね」


 なぜ俺が呆れられるのか。

 

「気にしなくていい。今は互いに真剣勝負、水を差すのも悪いでしょう?」

「それはそうだが……後で半殺しパターンはやめてくれ。俺が凹む」

「貴方の態度次第ね。紳士に励んでくれれば言う事は無いわ」

「やれやれ。手に負えないお姫様は一人でいい」

「じゃあ丁度いいじゃない。今は()()しか居ないのよ」


 コイツ……

 ほんと素直じゃないな。

 

「まあ、我儘な女性は嫌いじゃない」

「私も紳士が好みなの。相性いいんじゃないかしら」


 あーあー。

 会場に声が響いてない事を祈りたいが、これ全部聞こえてるだろうな。

 未来の事はいつも通り未来の俺に託す(放り投げる)事にして、霞構えで光芒一閃を持ち直す。


 互いに有効打は未だ入らず、小競り合い同然のやり取りをしただけ。

 本番はこれからだろう。


「大体あと十分。それが俺が全力で相手できる時間だ」


 光芒一閃の持続時間と言い換えてもいい。

 直接的に言うのはアレだが、まあ、ちょっと湾曲した言い回しをしても伝わるだろう。

 これに関してはバレてもしょうがないと思っている。後々の順位戦で不利になると思うがそれは気にしない事にした。


 今この瞬間だけは、この戦いしか考えない。


「魔法が溶けるまで一緒に踊ろうか」

「喜んで。丁重にお願いするわ」


 


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