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英雄転生後世成り上がり  作者: 恒例行事@呪勇5/20日発売
最終章 真・英雄大戦
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第二十話


 坩堝を丸ごと吹き飛ばして、およそ一週間。


 白い怪物は全て溶けて消え、地下深くまで様子を伺いに行った魔祖達も無事に帰還し────この戦いは完全に終結した。


 行方不明者数はおよそ五百名、死傷者数は千を優に超えた。

 奇襲をかけられたのにも関わらずその程度で納められたのだから決して無駄では無かっただろうし、亡くなってしまった方々には哀悼の意を表する。


 俺が最初から強ければ、こんな事態は訪れなかったかもしれないんだからな。


『……あんまり責めちゃだめだよ?』


 お前がそうなっちまった原因なんだから責めるに決まってんだろ。


『私は困ってないんだけどな……』


 能天気娘が……

 飯も食えない排泄不要口も鼻も五感は死んでる、視覚と聴覚だけで生きてる姿を見るのはあまり好みじゃない。


 俺はお前が周囲の言っている事がわからず置いてかれたくないからとりあえず苦笑いで誤魔化しているあの微妙な間も好きだが、それはそれとして幸せいっぱいの顔で楽しそうにしてんのが好きなんだよ。俺はお前を元に戻して見せるからな。


『なんだろう……すごい複雑……』


 頭の中でステルラと会話しながら、全身に繋がれた謎の機器をジロリと見詰めた。


「気になるか? メグナカルトくん」

「そりゃまあ。結局何を検査してるんですか」

「前代未聞の出来事だからな。採るべきデータは腐る程ある」


 そう言いながら、忙しなく魔道具を動かしているのはプロメサ・グロリオーネさん。


 トーナメントの時と一切変わらない長髪を無造作に後ろ結び、邪魔にならないようにしている。制服を着用して隈塗れの瞳を輝かせながら、楽し気に口元を歪めて語った。


座する者(ヴァーテクス)へ至った者との融合、ほぼ死んだ状態からの蘇生、なぜか宿った英雄の記憶エトセトラ。禁止されているからやらないが、本来なら閉じ込めて永遠に調査してやりたいところだ」

『ヤバい人だ……』

「その声は漏れてるからな、エールライト嬢」


 ぴっ、なんて言いながらステルラは閉口した。


 雑魚が……もう少し頑張れよ。


『いや、怖い人だし……』

「……ひどく不名誉なレッテルを張られた気がするが、まあいい。私は私の仕事をするだけだし、君は大人しく実験台になってくれればいい」

「遂に取り繕う事すらやめたな。ソフィアさん呼びますよ」

「好きにしろ。君達の情報次第で世界が変わるかもしれないのだから」


 大袈裟だな。


 俺のげんなりした表情から言いたいことを悟ったのか、鼻を鳴らしながら不服そうに言う。


「大袈裟なものか。心臓移植による魔力増強はとっくの昔に研究され尽くし、効果は発揮するがその半分程度の出力しか出ないと結論付けられている」

座する者(ヴァーテクス)の心臓を移植したことは無かったんでしょう」

「それは勿論。量産できるようになるまでそう言った対象としては扱えない」

『とんでもない発言だよ……ねぇロア、本当に大丈夫かなこの人』


 まあ大丈夫だろ。

 そんくらいの事は師匠も平然とされてただろうし、あの人がそういう真似を許すとは思えない。無論抵抗はするし、今の俺なら全力で足掻けば大陸を割る程度の事は造作もない事だからな。


 いや~~、才能あって申し訳ねぇな~~! 


「む、数値が変動した。何を考えていた?」

「この世の真理というものを嘆いていたのさ」

「そうか」


 自分から聞いておいて興味無さそうに受け流された。


 普通に腹立つ。


 窓の外に見える風景は木々で覆われた山々が聳えるのみで、数日前までは人で溢れていたこの仮設野営地も鳴りを潜めて静かな場所となった。


 今動ける人員の大半は首都へと赴いており、新大陸へ移送を開始していた層も出戻ってきている。被害の無かった地域の者達は一足先に向かっていて、順次首都復興へ準備をしているらしい。


 こうやって一人(一人なのかはさておき)ゆっくりと病室に寝転がっている事に罪悪感を抱いている────そんな訳はない。


 俺は休みたい。

 出来る限り他人に解決してほしい。

 英雄の背中に憧れた節はあるが、それはそれとして自堕落な側面が消えたわけではない。寧ろ増強されてしまったまである。


 それに今回おれ頑張ったぜ。

 エミーリアさんの事だけが本当に、悔やみきれないくらい心に傷として残っているが、それ以外の事は本当に頑張った。勝てる訳も無い戦いに勝率を見出すためにあの手この手で嘘ついて作戦許可貰ったし、本当は死ぬ前に暴露して全員の感情ぐちゃぐちゃにしてやろうと思ってた秘密言っちゃったし、なんかそれを聞いた師匠めっちゃよそよそしいし。


 あの後見舞いに行く前に魔祖に捕まってしまったので結局会いに行けなかったんだが、一度だけ此処に足を運んできたことがある。


 その時の空気は何とも言えない微妙な空気感だった。


『……大丈夫かなぁ、師匠』


 なんだ、お前にも他人を心配する心はあったんだな。


『バカにしてるよね?』


 驚愕を露わにしただけだ。

 ルーチェもそうやって心配して欲しかっただろうに……


『……………………はい』


 ……でも確かに、少し心配ではある。

 あの人は心が強い様に見せかけてるだけで、たぶん、とても臆病な人だと思う。

 そうじゃなきゃ寝てる時にあんな魘されたりしないだろうし、抱き着いたり温もりを求めるような行動はしない。いい匂いしたな、あの時……


『ロア?』


 師匠の痴態をステルラにも広めた所で、ここ数日間練習した魔法を発動する。


 とは言っても初級も初級、ただの魔力探知。

 範囲もそこまで広くないし精度も高くないが、これを使用するのにも一苦労だ。幼い頃から魔法を自力で発動する感覚に慣れてない上に戦闘に関係しない魔法を使うのはちょっと、怖い。魔力切れで戦えなくなったら終わりだから。


 あ、やべ。

 ステルラに伝わるんだった。

 え~と、ステルラの可愛い所はそうだな。笑った時の目元がめっちゃ可愛いんだけど、やっぱそこが子供の頃から変わらなくて


『誤魔化さなくていいよもう!!』


 ここからだってのに……


 探知に引っ掛かるのはまあ当然この野営地に居る人のみで、特に何もない。


 魔法を扱えるようになっても所詮俺はこの程度。

 戦いに人生を捧げて来たのだから当たり前か。ステルラやルーチェ、他の人が生活の経験を積んでいくのに対して俺は戦う事だけを続けて来た。それは永い英雄の旅でも同じで、彼は人の文化を愛していたし沢山知りたがっていたけれど、俺にはそんな暇すら無かった。


 もう戦いは終わった。

 俺が振るう剣も役目を終えた。

 師匠に鍛えられて培ったこの技はもう、必要ない。


 そう考えると少しばかり寂しく思えた。


「ま、捨てる訳じゃないからな」


 それはそれ、これはこれ。

 努力の証(遺憾だが)を放り捨てるなんてもったいないことはしない。過去の栄光は期限付きだから、精々それが途切れるまでは肖ろう。何故なら働きたくないので、救国の英雄ならぬ何かの英雄になってお金欲しいよね。こんだけ苦労したし一生分心に傷も負ったしよくね? 


『いつも言ってた事、全部本当の事だったんだなぁ……』


 お前は人の心をわからなすぎ。

 お前みたいな女は誰にも好かれないまま老後を悲しみながら過ごすことになってかもしれないんだ、俺に感謝しろうよ。


『うん…………うん? なんか暴言吐かれてる気がする』


 俺のお陰でお前は一人じゃない。

 俺はお前が好きで、お前も俺が好き。いいな? 


『うん……ウン……』


 よし、洗脳完了。


「────君達の関係に口を挟むつもりは毛頭ないが……」

「プラトニックな関係でありますゆえ、何も心配されることは無い」

「……そうか。強く生きろよ、エールライト嬢」







 ◇






 復興は順調だ。


 あの戦いから一月が経過し、既に首都の大部分が機能を回復している。


 建物は材料さえ確保できれば魔法で組み上げる事が可能で、インフラ関係を重視して治していったから問題ない。一応再度同じ事が起きては敵わないので、私達十二使徒総出で警戒状態を続けたまま、昼夜問わず作業を継続している。


 予定よりも早い段階で瓦礫の撤去等は、終わったのだが……


「ああ、お待ちしておりました! ガーベラさま」

「すまないね、想定より作業が長引いた」


 テレポートで向かったのは、首都魔導戦学園周辺を担当しているチームだ。


 指揮を執っているのは魔祖、一番被害が大きいここは地面が抉れてたり大穴が空いてたり建物が消し飛んでたりとやりたい放題。これに関しては多分、敵だけではなく此方の攻撃の影響もあるんだろうな……


 そして恐らくその下手人は、我が弟子たち。


 ────私が居なくても二人は大丈夫だ。


 ロアの事は聞いた。

 英雄の、もとい、あの人の──アルスの記憶をもっていること。

 戦いの最中一度命を落とし、ステルラの起こした奇跡で蘇生され、魔力と疑似的な不老の肉体を手に入れた。あの人が手に入れられなかったものを手にして勝利を掴んだ、現代の英雄。


 ……出会った頃は、そんな片鱗どこにもなかったのにな。


「────この先に、保管してあります」


 思考を重ねている内に目的地に辿り着いていたらしい。


 少し何かを悩む様に躊躇いつつ、案内役の男は言った。


「その、あまり状態が良くなくて……正直なところ、服装で判断致しました。回復魔法で修復をして綺麗な状態に治してあります」

「…………そうか、わかった。わざわざありがとう」


 一礼をして、彼は去っていく。


 気の利く男だ。

 それを伝えるかどうかも迷っていたが、包み隠さず話した方がいいと判断したらしい。遺体が見つかったという報告を受けた時点で覚悟はしていたから、そこまで気を遣われると、申し訳なく感じた。


 一呼吸おいて、テントの中に入る。

 そこは一時的な遺体置き場として利用されており、中は魔法で清められている。

 英雄大戦でそこら辺の対策はされていたので、その技術の応用だ。あの大戦は負の遺物だけではなく、役に立つものも残していった。


 此度の戦いは果たして、何を遺していったのだろうか。


「…………なぁ、エミーリア」


 目的の()を目に留めて、僅かに早歩きで駆け寄った。


 既に動く事の無い、力の抜けた身体。

 首から上が綺麗に切断されていて、恐らくその犯人はあの人。


 魔力切れによる死亡判定だったから、遺体を発見できたのは運が良かったそうだ。崩壊した坩堝の穴の底で、無残に打ち捨てられていた所を魔祖の調査隊が発見したらしい。


 苦虫を噛み潰したような表情で私に伝えに来たマギアの顔は、見たことも無いようなものだった。


 椅子を魔力で形成して、座り込む。


「……私を置いて、先に逝くんだな」


 どうしてだろうな。

 どうしていつも、私は間に合わないのだろうか。

 なんでもそうだ、私は肝心な場所に立ち会えない。彼の死に際も、お前の終わりも、この戦いも。


 有事の時に備えて鍛えた魔法は役に立たない。


「また、寂しくなるよ」


 積み重なった後悔は数知れず。

 私の心の内を占めるのは、もう、何処かへ消えてなくなりたいという感情だけだった。

 とっくの昔に折れた心が、諦めたいと叫んでいる。もう疲れたと、もう何もしたくないと、百余年生きている癖に繊細な精神が駄々を捏ねている。


 涙は出ない。

 その代わりに、もう良いだろうと、諦観の言葉が出る。

 ここまで堪えて来た全てを決壊して、このまま身を任せてしまおうか。


 …………そうやって無責任に終えても、誰も気にしないだろう。


 私如き、誰も気にしない。

 こんな、何も成せない愚か者なんて。


「────なんだ、先客がいるじゃないか」

「…………ロアか。入りたまえ」

「言われなくても入るが……」


 ロア・メグナカルト。


 ステルラと奇跡を起こし、一心同体の身となった男の子。

 私が幼い頃にあの人と重ねて思い描いてしまった、あの人とは全然違う、男の子だ。


「よう、師匠。……別れは済ませたか」

「そう、だね……」


 あの人とは違う。

 違う、はずだったのに。

 それなのに、本当は、あの人の記憶を持っていて。それでも他人だと言い張るロアにどんな感情を抱けばいいかわからなくて、少しだけ、会いたくない相手だった。


「俺もエミーリアさんには世話になった。だから、庇われる形で死なせてしまったのは結構引き摺ってるんだ」

「……そんな事を気にするようなやつじゃない。寧ろきっと、ロアを助けられたことを誇りに思ってるだろうさ」


 そうだ。

 彼女は私のような小さな女じゃない。

 最も早くあの人と出会って、旅をして、関係を積み重ねて、誰よりも理解し合っていた。あの人の死を無駄にしない為にと後世に何かを遺そうと常々話していて、それでいて自分のようなロートルはさっさと引退するべきだと朗らかに語っていた。


「実はな、アルスの想い人はエミーリアさんだった」

「────…………」


 突然の告白に思考を止めた。


 私の戸惑いをよそに、ロアは話を続ける。


「だから、俺は後悔している。死ぬ間際に暴露しようとしていたこの記憶を、もしも最初から話していれば違った結果になったのかと。考える度にステルラに止めるように言われるが、それでも考えちまう」


 エミーリアの最期はきっと、あの人に斬られたことが原因で。

 それもきっと、戦い抜いた後に抵抗出来なくなってから死んだのだろう。ああ、そうか。それはなんとも、最悪な話だ。


「師匠」


 ぼうっと遺体を見詰めていた私の隣に立ったロアが、静かに呟く。


「俺は確かにアルスの記憶はある。だが、赤の他人という認識だ」

「…………ん」

「だから、今師匠が何に苦しんでいるかを悟って救える程万能じゃないし、優れた人間じゃない。俺にあんたは救えない」


 ひどい否定の言葉だ。

 だがそれに傷付く訳でもなく、ただひたすらに、ロアらしいと思った。


 君はそういう奴だ。

 そうやって自分は無力だと嘯いて、とにかく傷付かないように殻に籠ろうとする。それでいて他者に手を差し伸べるのを躊躇わないのだから、自分が傷ついている事を自覚しながら止まることは無い。ある意味であの人より質が悪い。


 その後に続くであろう言葉も、なんとなく予想が出来た。


「それでも、俺にとっちゃ師匠は大切な人だ。消えるにしたって言葉は残せ、その上で帰る場所くらいは用意しといてやる」

「…………ロアは、気遣いが出来るのか出来ないのか不思議な男だ」

「あんまりに完璧すぎても困るだろ?」


 口元を柔らかく歪めながら嘆息し、先程までの曇った思考が少しだけ晴れている事に気が付く。


 友人が亡くなったことを悼む気持ちは当然ある。

 だがそれと同じくらいに、ロアに抱いている感情は大きかったらしい。いざ失うという手前まで追い込まれてやっと自覚する程度には鈍いのだから、私はきっと報われないだろうな。


 エミーリア。


 君にばかり辛い思いをさせてしまった事を謝罪する。


 いつの日にかこの報いを受けるその日まで、この胸の内にある感情は、誰にも伝えないでおこうと思う。


「……君に出会えて、本当に良かった」

「俺もだ。師匠に出会えなければ、きっとこの未来は無かったから」

「どうかな。ロアはふしだらな男だから、それこそエミーリアに拾われていれば同じような事になっていたかもしれないぞ」

「それはないな。師匠だから何とかなったんだ」


 ────…………


「師匠が紫電を託してくれたから、鍛えてくれたから。傲慢にも誰にも負けない強さが欲しいと願った俺に一切手を抜かなかったから強くなれた。足りないものばかりの俺に力を与えてくれたから勝てたんだ」

「…………」

「あんまり卑下するなよ。師匠の魔法が無きゃ、師匠の存在が無けりゃ、この国は終わってた」


 そう言って、ロアはテントから出て行った。


 言いたいことを言って好き勝手に出ていく。

 もっと淑女の扱い方を学べと言ってやりたいところだが、当の本人は何処にもいない。どこか震えた声が漏れ出すのを止める事が出来ず、やはり気遣いの出来る男だと今更ながらに思わされた。


 こんなみっともなく嗚咽を奏でるのはいつ以来だろうか。


 それこそ、あの人が亡くなったと聞いた時だな。

 あの時は悲しくて、やりきれない感情がぐるぐるかき混ぜられて涙という形になった。現実の理不尽さを改めて叩きつけられて、己の無力さと重ね合わせて随分と動揺してしまった。


 今回は……そう、だな。

 悲しいのは勿論ある。エミーリアの死と、自分自身の情けなさ。


 でもそれと同じくらい、ロアに肯定されたことが、嬉しくて。


 あの人の記憶を持っていて、あの人の末路も知っていて、あの人の感情も知っている君が──私のことを、肯定してくれた。


 誰よりも、何よりも自分の無力感に苛まれているであろう君が。


 私が居なければ国は終わっていた。

 たとえお世辞でもリップサービスでもなんでもいい。私が存在していたお陰で救われたものがあるのだと、そう言ってくれただけで、その一言だけで救われたような気持ちになる程に────心が弱っていたらしい。


 少し泣こう。


 喧しいかもしれないが、私から送れる唯一の鎮魂歌だ。



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