第十三話
──越えたい。
己の心に渦巻く欲望は常にソレだった。
何かを、ひたすらに具体的な目標もなくただ漠然と、何かを越えたい。
越えて越えてその先に掴み取れるものを分捕って、さらにその上を行くのだと。生まれ落ちて物心ついた頃から使命感のようなものに駆られ続けて十数年、その憑き物が落ちたことはいまだにない。
何かを奪ってでも、俺は上に立つのだと。
呪いのように呟き続けるこの心は、果たして本心なのだろうか。
◇
「随分派手にやってるな」
遠い北の方で燃え上がる炎を尻目に、右手に握り締めた炎剣を振るう。
その剣で斬り裂くのはあの怪物。
純白で構成された白い怪物を一振りで両断し、絶えない怪物群に飲み込まれないように立ち回る。
この程度は造作もないことだ。今更雑兵を相手に苦戦することもなし、つい先日までは一部隊を率いる立場としていた筈なのに気がつけば前線に立っている。
結局、俺が求めるのはこの場所か。
諦観のような感情が湧き上がるが、それもまた俺らしいと思う。
「ソフィア! 下がるぞ、テリオスと合流する」
「わかった。……しかし、無尽蔵だな」
無限に湧き続ける怪物は衰えるということを知らないらしい。
地面からいくらでも生まれてくるため、どれだけ倒してもどれだけ削っても減っている気がしない。かといって無視すればそのまま増え続けるので厄介この上なく、単独ならばいくらでも斬り捨てられるのに数の暴力とは偉大なものだ。
「俺たちが削り続け、メグナカルト達に妨害が入らないようにする。奴らが負けない限りは俺たちに敗北もないだろう」
「そうは言うがな、テオ。この量を相手し続けるのは些か────面倒だぞっ!」
漆黒の魔力が鈍く輝く。
全属性複合魔法──ソフィア・クラークの必殺技であり代名詞。
純粋な魔力同士のぶつかり合いならば負けはしないという絶対的な自信の元に放たれる一撃はその道に存在する全ての怪物を飲み込んで街外れまで巻き込んでいく。
建物なんかも巻き込んでるが、まあ、コラテラルダメージ。仕方なかったって分類に入ると心の中で嘯いた。
「ああ、綺麗な街並みが崩れていく」
「……緊急事態だ。仕方ない」
「我が婚約者様は独裁の趣味があるようだ」
「ぶん殴るぞ!」
殴ってこない辺りが優しい女だ。
俺の知ってるヒモ男はこういう発言をした後大体殴られてるし電撃も浴びてるし炎で燃やされてる。うむ、あれに比べればかなりマシだな。
ふざけた思考の合間にも数体斬り刻み両断した上で、足早に後退していく。
「テリオスの位置は……離れてないな。かなり近い」
「二手に分かれてすぐこれだ。どこからかタイミングを測っていたとしか思えん」
「この怪物共に知性が?」
「そうじゃない。少なくとも、あの偽物の英雄が出てきたタイミングは完璧だった」
「……それはまあ、そうだが…………」
ソフィアはあまり信じたくないようだ。
だが、俺は疑っている。
障壁の存在そのものがもう怪しい。何かを隠匿したまま暗殺するのに特化しすぎだ。
家に置いてあった文書にもこんな存在は残されていなかったし、十二使徒の誰もが知らなかった様子。故に、俺は疑っている。
この戦いは全て、知性のある存在が仕組んだものではないのかと。
「…………ま、十二使徒が知らん時点で候補は限られるが」
現在進行形ではなく、過去の存在が絡んでいるのだろう。
それもおそらく、グラン一族の何者かが。元凶の先祖が一番怪しい。
「どうした?」
「いやなに、我が一族はやはり滅んだ方がいいと思っただけだ」
「……あまり否定できん」
少しくらい庇ってくれてもいいのに、婚約者は顔に手を当てて呆れた仕草をとっている。走ってるのに器用なやつだ。
そのまま怪物を葬りながら走っておよそ三十秒程度、目的であったテリオスの元へと到着する。
光り輝く剣を携え、光の翼を背から生やしたその男は、今まさに一人の人型にとどめを刺そうとしているところだった。
「テリオス」
「……ああ、テオにソフィア。どうしたんだ?」
そう言いながら一閃振るい首を両断。
純白の人型は魔力へと溶け落ちて、その場にはテリオスだけが佇んでいる。
────またお前に負けたのか。
そう思う感情をグッと堪えて、いつも通りの皮肉屋である己を維持する。
「随分と手早く片付けたな。退屈凌ぎにすらならないとは」
「強かったよ。決して弱い相手じゃなかった」
そう呟いてこちらへと振り向く。
袖口から大きく切り裂かれた右腕は何も覆うものがなく、おそらく切断された上で修復したのだろう。
────また一歩、お前は先に進んだんだな。
「凄まじい剣術だった。多分彼が剣聖フェクトゥスその人なんだろうね」
「……なるほどな。剣聖ですら今のお前には届かないか」
胸の奥底でドス黒い感情が湧き上がる。
今更何の用だと睨み付けても、その感情が抑えられることはない。俺がそう願うことはとっくに辞めたんだ、さっさと消え失せろ。
自分の感情を叱責していると、テリオスが小さく微笑んで言う。
「これでもまだ届かない。全然彼には届かない。たった一言で現状を打破して見せると告げた彼には、全く……!」
直後移り変わり表情。
ギラギラと何かに吠えるその気迫は、しばらく俺が見ることができなかったものだ。
数年前に雌雄を決したその時から、俺とテリオスはライバルではなくなった。
俺が負け、お前が勝ち、生物としての次元すらも超越してお前は永遠になった。俺の願いも何もかもを無視して、一人頂点へと上り詰めた。
もう、俺では引き出すことができない感情。
「…………やれやれ」
思う事はある。
トーナメントで俺達は最後の戦いを行うと誓い、敗北した。
戦いの舞台に立つよりも早く、年下の因縁に負けたのだ。この事実は正直かなりクるものがあったが……
「本懐を忘れるなよ、テリオス」
「……わかってるさ。俺達は露払いだ」
そう、俺達は脇役。
この戦いにおいて主役を張ることは無い。
考えれば考える程『あの男』が如何に主人公染みた存在か思わされる。初めて出会ったときはただの面白い奴としか思わなかったのに、今では立場がすっかり逆転した。
そういった部分全て含み、あいつは面白い。
あれだけ覚悟を決めてる癖に、適当に生きたいという欲望を絶対に捨てない。それもかつての英雄の記憶を保有しているが故の固執なのだとわかれば猶更。
「彼ならきっとやり遂げる。ロア・メグナカルトはこの瞬間を待っていたんだろう」
「本人は嫌がりそうだがな。来なければよかったとすら言いそうだ」
「それは……確かに言うね」
あれだけ鍛え上げて人生を捧げても尚そんな事は起きなければいいと言い張れるあの精神性は異常の一言に尽きる。
努力が嫌いで怠ける事を好み異性のヒモになることを積極的に選ぶのに、他人が絶望に落とされることは良しとせずに手を差し伸べて隣に寄り添う事は簡単にやってのける。
「奴は確かに戦う才能は無かったのかもしれんが……」
これは言うには憚られる。
だから、せめて心の中で、胸中に抱える言葉は同じであっても声にすることはない。
──ロア・メグナカルトには『英雄』の才能があった。
そう思わざるを得なかった。
「…………羨ましい、なんて言っていい立場じゃない」
「その通りだ。アイツはそれしか出来んが、俺達にも俺達なりの役割というものがある」
談笑の合間に斬り捨てた怪物共の身体が魔力へと溶け落ちて、異質な魔力が周囲に現れる。
その数およそ二つ────ルーナ・ルッサを容易に超える程のバカげた魔力量。
視線を向けると、俺の持つ剣とそっくりな炎剣を携えた鎧姿の男と、その横に佇む燦爛なドレスに身を包んだ女性の姿。そしてそのどちらもが全身を真っ白な魔力で構成されており──つまり、復活した人型。
二人の姿は、俺にとって見覚えのあるもの。
かつてグラン家で調べ尽くした資料の中にいくつも記されていた重要人物達。
「聖女アルストロメリア。そんな姿になって一体何を救おうと言うのか」
皮肉を聞いても答えない。
知性も意志もやはり無いのか。あるのは何らかの破壊衝動のみで、それが災厄を引き起こす要因になっている。
「アステル。また英雄を作る手助けか?」
挑発に応える様子もない。
ああ、これはきっと抜け殻だ。
意志も何もない抜け殻で、魔力の身で構成された悪意の塊。
他人を害する事だけを考えた最低の人間が生み出した負の遺産と言って差し支えない。
それを作り出した一族の血を引いている。
「────……くく」
どの面下げてここにいるのか。
ああ、まったく嫌になる。出自や血を否定するつもりは一切ないが、それにしたってこれはない。
本来ならば不快感を抱くはずのこの境遇を、面白いと思える己の品性に失笑する。
「奴のことも、何も言えんな……!」
炎滾らせて剣先を向ける。
「テリオス、想定通りだ。お前がアステル・エールライトを止めろ」
「…………ああ」
アステル・エールライト。
グラン帝国が全てを支配する事で戦争を終結させようと試みた人間。アルスのようなバカげた理想とは違い、一つの国以外を滅ぼせばもう戦争は起きない。これから血を流し続ける位ならばすべて背負って終わらせると誓った狂人。
「俺ではもう、縋ることも出来無さそうだ」
エールライト。
トーナメントで俺を打ち倒した強者。
過去の俺に重なる部分が少々見えすぎて手解きのようなことをした自覚はあるが、あの領域に至ってしまえたのなら話は早い。元よりそこに到達するのは決まっていて、俺がしたことは大局を左右するものでは無かった。
所詮俺の役割なんてそんなもの。
そう受け入れてから一年以上、それなのにも関わらず、こんな歴史を左右する現場に直面しているのだから誇れるだろうさ。
テリオス・マグナス。
俺が何年かかっても勝つことが出来なかった宿命の相手。既にその眼中から俺は消えていたとしても、俺はそれでいいと飲み込んだ。ああ、仕方ない。仕方ないんだ、全部が。
「勝てよ。英雄になれ」
「言われなくても。テオこそ、後は頼んだぜ」
頼んだか。
お前はいつもそうやって俺を頼るんだ。
お前は俺なんか歯牙にもかけないくらい超人的で人間的でどうしようもないくらいに人から好かれる性質を持っているくせに、俺のような性悪な人間を友人だと言った。
──まったく、どいつもこいつも英雄を志す連中は……
いつかの喫茶店での問答を思い出す。
あの時の会話もよくよく思い出せば非常にわかりやすい。
ポロポロ零れる会話の節々に違和感はあったが、それが英雄の記憶を持っていたのなら納得だ。寧ろそうだからこそ辻褄が合う。
いつの間にか姿を消していたアステルとテリオスを見送って、向けた切っ先を下げ堂々と構え直し、一言告げる。
「二人掛かりで申し訳ないが……ここで果てて貰う」
純白の聖女は身動ぎひとつしない。
それでもその身に宿った魔力は膨大で、それを撃ち抜けるかと言われると微妙なラインだ。俺一人では勝ちを拾えないだろう。
今は、一人ではない。
「援護は任せた。やれるな、ソフィア」
「誰にものを言ってる? お前の背中は私が守ってやるさ」




