12-3 泡沫夢幻
「かに……。この、この私が……蟹……?」
グレイスであったはずの蟹が愕然としながら口を開いた。
「ざまぁ見ろ、という奴ですね。色んな人に迷惑をかけ続けたその報い。それがその姿というわけです。」
そしてレストは手を上げた。
「さて。あなたに翼を与えたのは何故かお分かりでしょうか。」
グレイスは全く理解出来ず、爪をカチカチと噛み合わせた。
「一時的にでも知識を与え、状況を理解して頂くためです。あなたが如何に愚かで利己的な行いをしていたか。その報いが今のこの状況なのだ、そう理解する時間を与えるために。……何せただの蟹や紙にしたら、意識もクソもありませんからね。」
グレイスは今から何が起きるのかを本能的に察した。
「やめろ。」
「嫌です。あなたが、あなた自身ではないとしても。僕の両親やカーネリアさんの両親の魂を奪ったこと、忘れてはいません。」
レストはキッと強く睨みつけた、宙に浮く蟹を。
「むしろ感謝してほしいですね。魂を奪い、火をつけて、火炙りにしたりはしないのですから。」
グレイスは彼が何を言っているのか大凡理解した。
「あれは、あれはあの男が、スレッドが無茶苦茶しただけなのだ!!私は指示していない!!」
「吸収の宝玉と天罰の宝玉を奪うように指示したのは確かですよね?」
レストは静かに咎めるような口調で言った。
「……やめろ。」
グレイスはもう反論が出来なかった。
「やめません。」
「やめろと言ったのに。」
言うなり彼は吸収の宝玉の力を使い、レストの魂を奪おうとした。宝玉の輝きがレストへと迫る。
そこに、空から何かが降ってきて光の進行を遮った。
「なっ……!?」
そこに居たのは巨大な機械の竜であった。
「カリーナさんは物理法則に反する存在。宝玉が制御する法則にも囚われません。」
「その通りです。」
カリーナは光を受けなお平然と口を開いた。
「しかしレストさん、私の出番は無いと思いましたが、わざわざ作らなくても良かったのでは?」
「いいんです。見てくださいあの蟹の顔。」
蟹の顔はーー見ただけではよくわからないがーーカリーナから見ても、恐らく、愕然としていることはわかった。
「今までこの人がしてきたことを考えれば、このくらいの仕打ちは、いや。」
そう言うとレストはカリーナの先にいる蟹に向けて手を翳した。
「これからやることは軽い物です。」
そう言うとレストは、スキルを発動させた。
「『蟹→紙、物質変換』!!」
その叫びと共に、蟹はグレイスの姿を描いた紙となり、ひらひらと宙を舞い降り始めた。
その紙に向けて、カリーナが口を開く。その口から獄炎が舞い上がり、紙を包み込む。
ぼう、という音を立て、それは焼け落ちた。
後にはただ舞い落ちる燃えた滓だけが残された。
それもまた、風にのってどこかへ飛んでいく。
そうしてアレイスト教の教祖は、かつての魂の管理者は、この世界、ソールディから消滅した。
ーーーーーーかに見えた。
紙に変えられる少し前のことである。
これで、これで終わるなんて、そんな、そんなことが許せるものか!!
グレイスは蟹になってもまだそう心の中で叫んでいた。
その思いが、極めて歪んだ想いが、宝玉の力に少しだけ作用した。
増殖の宝玉。
物質を増加させるその宝玉の力が、グレイスの肉体をコピーした。
コピーしたその肉体には魂が宿っていたが、それはグレイスではなく、グレイスのコピーであった。
コピー元であるグレイスが紙にされる中、グレイスコピーはこそりと地上へと降り立った。
「ふぅ。」
間一発。命を拾ったことにグレイスコピーは安堵した。
蟹が上を見上げる。上では火球が炸裂し、コピー元が燃え尽きている。
「神である私がこのような事でどうにかなると思っているのか。……まぁコピー元は死んだが、私はまだ生き続けてやる。ぜっ」
絶対に、と言おうとした時、その言葉は遮られた。
蟹が何かに食われた。
ガッシャガッシャ、グッチャグッチャ。
音を立てて殻が破られ、体に不釣り合いな翼ごと、細切れにされて消化気管へと運ばれていった。
げぇーぷ。
蟹を食らった何かが汚い音を立てて口からガスを吐き出した。
巨大な亀であった。殻を食い破ったのは、魔力により強化された、その強力な顎であった。
「よしよし。よくやったぞグランタートル。」
グランタートルと呼ばれた魔力により活性化した亀を誰かが撫でる。
「ムッフッフ、いやああのタンテイとやらは本当にすごいデスね。」
「全くである。まさか複製を作り出す可能性まで想定しているとは。」
レストに指示を受けてスタンバイしていた、レンジとアーシャであった。
「吾輩達の仕事がないと思っていたぞ。」
「全くデス。デスが、このように後詰をちゃんと担当出来ましたデスね。」
「……お前さんは何もしてないのではないか?」
「グランタートルを連れてきたのはワタシじゃないデスか!!苦労したんデスよ!!」
このグランタートルは、近くの湖に居たものを、アーシャが自分を餌に連れてきてテイムしたものである。
「まぁ、そういう事にしておくか。」
レンジはそう言って微笑んだ。
「はい信者の皆様、教祖様はこのように無惨に死にました。皆様も同じような末路を辿りたいですか?辿りたい方ー、挙手願いますわ。」
カリーナの背中に乗って、カーネリアが叫んだ。
地上の信徒達は全員、その場で動きを止め、どうすべきかと辺りを見回し始めた。誰も手だけは挙げないようにしている。
「よろしい。大人しくしていれば騎士の方々がちゃーんと進むべき道を指し示してくれますわ。その場に留まりなさい。カリーナ。上空を旋回してくださいまし。」
「了解です。」
そう言うとカリーナはカーネリアを乗せたまま上空をぐるぐる回り始めた。
それを見上げてシェルフとシアが不平を漏らす。
「アタシらがグリンの担当だったんだけどねぇ。」
「真逆、自滅。愚奴。」
「全くねぇ。まぁそれ以外は全部ーー」
シェルフはレヴィに抱きつかれて感謝を述べられているレストに目を向けた。
「アイツの想定通りだったわね。」
呆れるような、尊敬するような、そんな声色でシェルフは言った。
「倦。……本当、素敵。」
恍惚と羨望の目で、シアはレストを見つめていた。
その目には、レストがキラキラと輝いて見えた。




