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12-1 大願成就

 シア達の連絡を受けて、グレイスは顔にこそ出さないが、大変に心地良い気分であった。


 時間の宝玉と物理の宝玉が手に入ったのだと言う。


 これで全ての宝玉が手に入る目処が立った。



 時間の宝玉と物理の宝玉はシアが、増殖の宝玉はレンジが、共有の宝玉と吸収の宝玉、天罰の宝玉はここにある。


 他の宝玉は騎士団に与する連中が持っている。


 そして知恵の宝玉は、グレイス自身が隠し持っていた。


 それをシアに伝えた時、彼女は驚いている様子は無かった。単に感情が無いだけかもしれないが、そういう可能性もあると思っていた節がある。


 だが問題は無い。


 人間如きに何が出来るというのか。


 そう、宝玉さえあればそれで良いのだ。人間の信頼など要らない。部下すら要らない。私が管理者として返り咲いたら消えゆく運命にあるのだから。


 グレイスは心の中でほくそ笑んだ。シア同様にあまり感情を表に見せない彼としては珍しかった。


 ここに至るまでの苦労を考えればそうもなろうと彼は考える。


 そしてグレイスは思い出す。今までの苦労を。



 そもそもがまず同僚の魂の管理者に追放される所から始まった。


 確かに管理者という立場にかまけて好き勝手したことは彼も認めるところであった。だがそれを理由に追放する程のことであろうかと彼は考える。彼にとって現世の民、つまり今を生きる者達の命は全て管理者が"与えてやっている"命である。それを自由に使って何が悪いというのか。


 ……何が悪いのかは分からないが、ともかく彼は追放された。


 そこで考えたのが、その現世の民を利用して復活する方法である。迂遠ではあるが堅実だと思った。自分の身を危険に晒さずに済むからである。


 加えて、宗教という皮を被せれば、"信仰"というものを利用することも出来る。信仰は現世の民の数多ある弱点の一つ。何かを信じてそれに盲信する、それにより真実というものに目を向けることが出来なくなる。そこに終末的思想を組み合わせればそれをより助長させることが出来るだろうと考えた。果たしてそれは実現した。グリンという男が組織運営に長けていたのが大きい。彼自身は何か考えがあって行動している節が垣間見えるが、些細な事である。グレイスには大凡の予想は付いていた。


 アレイトス教という名前もグレイスは気に入っていた。あの憎むべき悪女をバラバラにするという意思に溢れている。グレイスは根暗であった。


 だがそう簡単には行かず、レピア国の貴族連中が持っていると思われる事が発覚するまでにも時間を要した。更にそこから奪い取るに至るまでも紆余曲折があった。一番厄介だったのは、腕っぷしを買って幹部にしたスレッド・レールという赤ローブの男が血気盛ん過ぎて目立つばかりの結果に至った事である。


 彼は今一番の問題になっている騎士団、特にレスト・ウィーラーらしき男とカーネリア・ゼーニッヒの妨害を受ける遠因となっている。それぞれの宝玉を奪い、家族らを殺したのがスレッドであり、アレイトス教だからである。


 グレイスは元々目立つ事はしたくなかった。下手に動けば魂の管理者に行動が掴まれる可能性がある。だがスレッドは逆に派手な事をしたがる質であった。最初に奪ったのが吸収の宝玉で、魂の吸収能力を渡してしまったのも大変に良く無かった。そのせいで余計な死者を出し目立つ結果となってしまった。死んでくれて良かった、とさえ思ってしまう。


 だが残った面々もあまり使える者は居なかった。草の根で広まった信徒も情報を得られる者は少なく、シアは無口で何を考えているかわからない。レンジはどこの次元からやってきたのかは知らないが田舎者かつ愚か者で、グリンは忠実を装っているが怪しい。唯一まあまあ使えると思っていたブルーアは早々に捕まる始末。ロクなものではない。グレイスは嘆いた。


 あのアーシャとかいう近年稀に見る頭パッパラパーは、なんだかんだで金を寄越してくれる上に情報網も持っていた。それは大分助けとなったし、御しやすく大変重宝したが、如何せんあまり頭がよろしくないのは、アレイトス教の程度を下げるという意味で良くないようにも思えた。



 そんな苦労を漸く、漸く乗り越え、目処が立った。


 すぐに動きたい。


 シアも言っていた。今なら騎士団は油断していると。その通りなのだろう。彼女は何を考えているかは判断が難しいが、彼女の判断自体はほぼほぼ間違いはない。


 逸る気持ちを抑えつつ、グリンに連絡を取る。


「全ての準備を整えよ。そして攻め入るのだ。」


「はっ。」


 グリンの返答を聞いて、グレイスは心地良く感じた。


 騎士団本部への強襲、そして強奪。それが成功すれば全てが終わる。


 そう、全てが。





 それからの動きは極めて迅速であった。


 元々宝玉が全て騎士団に確保されているのは分かっていた。その具体的な場所も。


 グレイスが騎士団の本部前に来たところで全ては終わったのだ。



 グレイスは騎士団本部前に部下を連れてきたところで、手を天に掲げた。


「我が力の分身よここに集え……!!」


 するとグリンやシアが持ってきていた宝玉が宙に浮いた。騎士団本部の天井を突き破り、他の宝玉3つが飛び出してくる。


「ななななななんです!?」


 レヴィが天井をよじ登って出てきた。


「騎士団長ですね。信徒達。」


 グリンが信者達にグレイスを守るよう合図をする。信者達が駆け出し、騎士団本部へ攻撃を仕掛ける。


 当然騎士達も応戦する。だが、騎士団にとって信者も一応守るべき国民である。どうしても防戦一方となってしまう。


「これで問題は無い。これで全てが終わる、いや、終わった。『飛び上がれ、飛行(フライング)』。」


 グレイスはそう言うと飛行の魔法で空へと舞い上がった。


 宙に浮いた宝玉が一つの円を描くように並ぶ。


「おお……懐かしき力……。」


 受け入れるように手を広げ、グレイスは恍惚な笑みを浮かべる。


 そして宝玉はそれに応えるように、グレイスに力をーー


「退きなさい。『飛び上がれ、飛行(フライング)』。」


 グレイスの体が何かに押され弾かれた。


 グレイスはそちらを見た。


 グリンがニタリと満面の笑みを浮かべていた。


「ははははははこの時を待っていました!!」


「グリン、お前……。」


「ははははは、貴方が何か隠していることは昔から察していましたよ。宝玉が増える度に貴方の力が増していることも。」


 グリンは勝ち誇ったように宝玉の円の真ん中で言った。


「だから宝玉が10個!!集まった時に何か起きるだろうということは予想していましたよ!!さぁ宝玉よ!!私に力を!!」


 宝玉から光が溢れ、そして、


「何か企んでいるとは思ったが……。」


 グレイスは悲しそうな顔を取り繕って言った。



「ここまで愚かだとは思わなかったぞ。」



 グレイスの言葉と同時に、宝玉の光がグリンへと集中し、


「ぎぇ」


 断末魔と共にグリンの体が弾け飛んだ。


「神のエネルギーの奔流に、お前のような普通の人間が耐えられるわけがなかろう。」


 そうグレイスが吐き捨てるように言うと、宝玉が放つ光の元へと再び飛び上がった。


「邪魔者は消えた。」


 眼下を見ると、信者達と騎士達が争っている。騎士団長レヴィと誰かーー修道士か何かはシアが足止めしている。よろしい。全てが計画通りに進んでいる。


 グレイスの体に宝玉の光が届くと、その体に力が満ち溢れ始めた。


「おお……かくも懐かしき力……。これを求めていた……。」


 グレイスは懐かしむような遠い目をしながら、力の高まりを感じていた。力は強く、途方もなく強くなっていく。


「まずい……。」


 レストが、邪魔者にして功労者が何か言っているようだった。


 グレイスは慈しみの心でその言葉に応えてやることにした。


「ああ、諸君らにとっては大変まずかろうな。だが感謝はしているぞ。君達のお陰で私は元の力を取り戻すことが出来る。魂の管理者として感謝しよう。そして君達には約束しよう。魂の管理者として、君達のようなゴミみたいな魂は全て消去する。抹消し、新たな真っ当な世界とその魂として作り替えてあげよう。」


 力はどんどんと高まり、やがて空が赤く輝いた。その中心であるグレイスの体が輝き、やがて爆ぜた。先程のグリンと同様に。


 だが爆ぜた肉体は、グリンのそれは地面にボシャリと音を立てながら落下したのに対し、グレイスのそれは宙に浮き続けていた。そして宝玉に纏わり付き、徐々に宝玉ごと一箇所へと集まっていき、何かの形を取り始めた。


 シェルフはかつて見た事があった。古文書には、文字と共に、滅びの神として絵が描かれていた。その絵の形にそっくりであった。


 信者達は戦いを止め、恍惚とした目で空を見上げた。赤く血のように染まった空、迸る閃光、輝く宝玉。世界の終わりを感じさせるには十分であった。これで全てが、これで世界が終わるという確信を得た信者達は空とその中心にある肉の塊に対し拝み始めた。


 騎士達は戸惑いながらそれを捕まえる。だが信者は気に留めない。ここで世界が終わると信じているからだ。


 そうしている間にも肉片と宝玉は一箇所に完全に重なり、そして凄まじい光を放った。


 そして光が晴れると、一瞬、絵に描かれていた滅びの神が雄叫びを上げ、同時に再び光を放った。


 二回目の光。それは信者達を唖然とさせた。何が起きた?一度だけではないのか?


 訝しむ信者達とは無関係に光が晴れる。



 そこには翼の生えた(かに)がいた。

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