10-7 共闘
「あ。そのローブ。」
「あ。その、アンタ。」
レストはこんな口調だっけ?と思いながらも、眼前の相手が、かつてゼーニッヒ商会の部屋に襲撃してきて、自分の背中に短刀を刺してきた相手、アレイトス教の信者である事に気付いた。
逃げ出すべきかと考えていたが、だがレストは、彼女が以前会った時は漂わせていた刺々しい雰囲気、殺気といったものが全く感じられない事を感じ取った。レストですら感じ取れる程に、今の彼女は明確に弱々しかった。
「あ、う。」
シアはというと、敵であるはずの相手と出会ったのに、知り合いというだけで安堵している自分を感じていた。それがまた悲しくなってくる。自分は暗殺者のはずなのに。情をなくしたエキスパートのはずなのに。まさかこんな事になろうとは。
自分に苛立ち、全てに苛立ち、そしてどうすべきか思案していると、レストの方が先に口を開いた。
「あの、大丈夫、ですか?」
それを聞いてシアは口にこそ出さないが驚愕した。隙だらけの自分に攻撃を仕掛けるでも逃げるでもなく、その場に居残って、挙げ句こちらを心配するような言葉を掛けてきた、眼前の男に。
と同時に、先程まで感じていた安心感が更に増すのを感じた。
シアの涙が更に大粒になり、思わず彼女はレストに抱きついた。
「ちょっ」
いきなり抱きつかれた事にレストは驚きながらも、それでもすぐに退けというでもなく、そのまま受け入れた。害する意図は感じられず、むしろ何か安堵している様子が見て取れたからだ。
「あ、あの。」
それでも女性に抱きつかれるという行為には慣れていないレストである。抱き返すことも出来ず戸惑っていると、
「怖かった、怖かった。人が居て良かった。良かったぁ……。」
シアは本心から安堵の言葉を紡いだ。これ以上の感情は無かった。――幽霊とは実態の無い、掴む事も殺す事も出来ない存在という認識であった。だからこそ目の前に居る、確かレストとか言う男は、少なくとも幽霊では無い。それが彼女の心を暖かく、安心で包み込んでくれた。
レストはあやすようによしよしと背中を叩いた。
少しの間二人はそのまま、雷鳴も忘れて、シアの涙が枯れるまで、抱きついたままその場に立ち続けていた。
「落ち着きましたか?」
数分の後、涙が止まったのを見て、レストは尋ねた。
シアは頷いた。
「何故此処に?」
そんな状態では何も出来ないだろうに、という意味も込めて、レストが質問をすると、シアは正直に答えた。宝玉があるかもしれない事、ちょうどレスト達を見かけて、逃すわけにもいかないと思って入った事、入って心底後悔した事。
彼女はここで起きた出来事も話した。
「が、がいこつが、がいこつがうごいた。」
「わかりましたわかりました。大丈夫、少なくともこの部屋に、魔物は見えません。その骸骨が魔物であろうと本物の骸骨であろうと、ここは安全ですから。」
「うん、うん。」
シアの中でもはやレストは敵では無かった。彼と居ると何か安心出来るような気がした。
「問題はこの屋敷です。不思議な現象が起きるのも何もかも全て、この屋敷がダンジョンと化しているためだと思います。」
「だ、ダンジョン?」
「はい。ただ魔物が発生するようなものではなく、構造・空間の歪みに魔力が消費されているようです。」
「空間のゆがみ……。」
一般的にダンジョンは魔物の有無で判断されるが、時に魔物が殆ど発生しないにも関わらずダンジョンとして扱われる場所もある。
本来の構造が狂い、延々と同じ通路をループしたり、外見からは三階建の建物のはずが五階、十階とあるはずのない構造が生じたり、不可思議な建物構造が生じた場所がそれに該当する。
正しくこの屋敷の事象に合致した。
「まずは二人と合流しましょう。」
彼は屋敷の中を探索しているうち、二人と分断されてしまっていた。
同じ部屋に入ったはずなのに、二人が入ってこなかった。部屋の外に出ると、そこは全く別の廊下で、誰もいない。ここで初めて、この屋敷が完全なダンジョンと化している事を理解した。そのため、二人がどこに居るのか全く分からなかった。二人が今どうしているか――身の危険についてはむしろ自分の方を心配すべきという事は分かっているが――心配であった。
加えて、レストは口にはしなかったが、シアを恐れての事でもあった。
今シアがもし襲ってきたら、自分だけでは対応出来ない。二人と合流しないと安心出来なかった。
とはいえ、シアの様子から、今は恐怖で何も出来そうにない事は分かっていた。純粋にただただこの場に留まる事を恐れ、一人でいる事を恐れている。今は暗殺者では無く、一人の怯える少女であるというのは理解していた。
それでも、暗殺者というのは何をしてくるか分からないという、若干偏見も混じった考えがレストの中には去来していた。
そのため、目下の目的は二人との合流とした。
その恐れられている対象であるシアはただ無言で頷いた。
二人と合流出来るならむしろ好都合だと思った。それは殺す相手が集うからでは決してない。そのような考えはシアの中からは消えていたし、考える事すら出来なかった。
二人と合流したいのは、安心したいからである。
ダンジョンに二人でいるという事実、更に幽霊ももしかしたら居るかもしれないという不安、魔物が雷鳴と同時に出て来たらという恐怖、それらが彼女の心の中を支配していた。そしてそれを解消するために、レストだけでなく、他の生きている人間と合流したいと心の底から願っていた。
「い、行きましょ。もう、もうやだ。怖い。」
そう言うと彼女はレストと腕を組んだ。
「あ、そ、そうだ。こ、これ、持ってて。」
そう言ってシアは懐から獲物である短剣を取り出して、レストに渡した。
「え、いいんですか。」
「えと、その、信頼欲。加、今私使用不可。」
シアは今自分がこれを持っていても、仮に魔物が出てきたとして、ロクに使えない事は自覚していた。ならばせめて彼に持っていてもらった方が良いと思ったのである。それに、今は彼の信頼を勝ち取らねばならない。そうしなければ、この屋敷に捨てられでもしたら、自分は生きていけない。
「わ、わかりました。」
どうも本気でこの場所を恐れているようだという事はレストも察した。ならば保険にもなるし受け取っておこう。そう考えた彼は、遠慮なくそれを受け取る事にした。
「じゃあ、行きましょう。」
「分。」
そうして、二人は物理的にも精神的にも手を組み、屋敷の中を捜索する事となった。




