10-5 恐怖
「ふぎゃあ!!」
バタンという音が背中で鳴った瞬間、シアは大声を上げた。
振り返ると扉が閉まっている。
「…………。」
私は閉めただろうか?自問する。閉めていない。自答する。では何故閉まった?その問いに対する答えは出なかった。出せなかった。出したくなかった。
「……は、はは。」
空笑いしながら扉に手をやる。もう出よう。何も無かったことにして立ち去ろう。そう考えた。
「……は?」
開かない。
扉が全く動かない。
「……開。」
力を込める。開かない。
「ひ、ひらけ開け!!」
助走をつけてぶつかる。開かない。傷も無い。木の軋む音すらしない。
――おかしい。シアの腕力たるや、この世界における成人男性のそれを遥かに上回っている。なのにその力を持ってして傷一つ無い木製の扉とはなんだ?
シアは恐るべき考えに至ってしまった。考えたくなかったが、そこに行き着いてしまった。
「ゆ、ゆう、れい?のろい?」
魔法のあるこのソールディにおいても非現実的な考え。――だが、それ以外に考えられるだろうか?
シアの現時点における結論は一つ、否であった。つまり、幽霊の仕業である。
「あ、あああ、ああああああ。」
シアは後退りした。したところでそれが屋敷の中に向かうという行為を意味している事は、今のシアには考えが及ばなかった。ただこの呪われた扉から離れたいという一心で、それでも本能的には恐れているのか、徐々に徐々に扉から後退した。
ピシャン!!ゴロゴロゴロ……。
急に暗くなった窓の外に、強烈な光が広がった。雷である。
それが謂わば合図であった。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!」
シアは絶叫した。絶叫してそのまま駆け出した。彼女の目にはもはや何も映っていなかった。ただ目の前の事象から逃げ出したい。その一心であった。
だから気付かなかった。自分が暗い闇の中に向けて疾走しているという事実と、そして、先に入ったはずのレスト達とすれ違う事が無いという不自然さに。
シアが後悔し始めたのは、走り出して数十秒後、そこまで巨大な屋敷というわけでは無いにも関わらず、走れども走れども曲がり角に到達せずまっすく走っているという事実に気付いた時であった。
「…………。」
おかしい。
全力疾走始めて数十秒、相当の距離を走ったと思う。だがそれで、何故まっすぐ走れているのか。いくら大きな屋敷にしても、少々不自然ではないだろうか。
気付いた時には周りは既に暗闇であった。何故気づけなかったのか。ここまで暗闇の中を走り続けてしまった事に。
ピシャン!!
雷が鳴り、光が窓から入り込む。
「ひぃぃぃぃっ!!」
シアは恐怖の声を上げたが、同時にそれで暗闇が一時的にせよ晴れた事で、少しばかり気が楽になった。闇の中に屋敷の中の光景が白く現れた。
シアが居たのは居間らしき大きめの部屋であった。そこには座椅子やソファーがあり、このような天候で無く、明かりさえあったならば、もう少し落ち着いてゆったりと出来るであろう空間であった。
そのソファーに誰かの影が見えた。
「だだだ、誰!?」
シアは取り繕う事も出来ず、ただただ普通に叫んでしまった。
だが返答は無い。
じっと短刀を構えて、震える足で辛うじて立ち続けていると、やがて三度雷が鳴った。
ピシャン!!
光が溢れ、誰がそこに居るのか見えた。
――正確には、そこに居たのは"誰"ではなかった。
人の形をした骨が、ソファーに腰掛けていた。
「 」
シアは恐怖のあまり声を出せなかった。
「あ、ああああ」
スケルトンかもしれないとは想いつつ、それでも恐怖で腰が抜けて床にトン、と尻もちを付いてしまう。
その衝撃で、骨の頭部が取れてソファーの上を転がり、シアの元へとやってきた。――偶然ではあった。ただボールが転がるのと同じように、偶然、上から下に転がった先がシアだったというだけである。
そのシアの元に転がった時に、頭蓋骨が偶然笑うように開いた。
これもただの偶然であった。だったが――。
「ふぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ただでさえ完全に狂ったシアの平常心を打ち壊すには十分な出来事であった。
館に響き渡る程の絶叫がシアの口から放たれると、シアは徐に立ち上がり、そして再び駆け出した。




