10-3 会合
とある場所。
アレイトス教の教会、その会議室にて、重々しい雰囲気で五人の男女が椅子に腰掛けていた。
「宝玉の奪取に失敗したこと、理解しました。そして情報源が絶たれたことも。……まぁそれはいいでしょう。後でどうにでもなります。……それよりも、何故その女性が居るのか教えて頂けます?」
緑色のローブを着た男、名をグリン・ブレインと言うが、彼が心底呆れたように言った。
その視線の先には、騎士団から追われる身となった、アーシャ・D・メインが居た。
「資金の提供をしているのデスから、対策会議に参加するのは当然デスよね。」
「黙っとれ。……まぁこの女が言う通りだ。活動資金の提供を受ける代わりにこの場に参加してもらうことになった。……この会議も、五人中二人が居なくなって寂しくなったであろう。」
橙のローブを着た男、レンジ・O・ティーマが、呆れながら言った。
「問題無。邪魔居清々。」
黒のローブを着た女、シア・クラーブが飄々と言った。
「いえ、追い出しましょう。こういう馬鹿がいると会議の質が落ちる。」
グリンが言ったが、それを制したのは、五人の中で最も豪華な椅子に腰掛けた、灰色のローブを着た、グレイス・ブレイギアという名の男であった。
「良い。現世の金も、活動のためには必要だ。それに頭数はそれなりに居た方が良い。……先の空間の宝玉については相当な失態だとは言えるが、十分補える話だ。良しとしよう。」
「ーー教祖様は大変寛大です。アーシャとやら、ちゃんと感謝することです。」
「無論デス。ありがとうございますデス。」
「さて、グリンよ。次はどうするのだ。」
グレイスの質問に、グリンはおほんと咳払いをしてから言った。
「場所不明の宝玉は残り二つ。それが分かれば、神の降臨の準備は整います。そのためにも、残り二つの場所の特定が重要です。……ですが、現状、確たる情報がないのが実態です。」
「確たる、という言い方が気になる。何かね、怪しい情報は手に入っているのかね?」
レンジの問いにグリンは首を縦に振った。
「まぁ、本当に怪しい話ですが。」
「話行動。場合私行。」
「……西地区の幽霊屋敷ご存知ですか。」
グレイスは分からんという顔でその話をじっと聞き続けた。
「ああ、あの誰も戻ってこないというやつデス?聞いたことはありますデスよ。」
「その屋敷の窓に、丸く輝く何かを見たという噂が。」
「……え、それだけデス?」
アーシャが半ば呆れたように言った。
「確たるものはないと言ったではありませんか。何か文句でも?」
グリンが開き直った。
「確証もクソもないな。だがお主がそんなアホみたいな情報を出すということは、他に情報はないということかね。」
「残念ながら。」
「ふむ。……残り二つの場所は文献にも残っておらんか?」
グレイスが問うと、グリンは申し訳なさそうに言った。
「現在解読中ではありますが、そちらも残念ながら、情報と呼べるものはなさそうです。」
「そうか。……仕方あるまい。怪しい情報ではあるが、そうしたものから手をつけて行かざるを得んな。」
「はい。」
「ではワタシの方でも少し探ってみるデスよ。情報に関してはワタシも手広いデスから。」
「うむ。それで、その幽霊屋敷とやらの調査だが。」
「は、ここはシア殿にお願いを致したいと思います。」
グリンがそう言ってシアの方に目を向けると、シアはじっと固まっていた。
「……あ、えっと、な、何故私?」
シアは普段冷静に、堅苦しく淡々と話すのだが、焦るとひらがなが混ざったような喋り方になるのが特徴であった。そしてその特徴が今まさに明示されていた。
「危険がある場所です。あなたの実力であれば突破出来るでしょう。この二人はアレですし。」
「アレとはなんだね。」「アレとはなんデスか。」
レンジとアーシャが同時に異論を挟んだが、グリンは無視した。
「私は情報整理などが担当です。私向きの場面ではありません。」
「……自分で言いますデス?それ。」
「ともかく。ここは暗殺・戦闘担当のシア殿が適任かと。……それとも、なんですか。怖いのですか?」
グリンが嫌味を込めて言った。
「……。」
シアは怒りを込めて睨み返した。怖いわけがないだろう。そう言い返したかった。だが実際のところは――怖かった。
シアは暗殺者の家系に生まれた。人を殺す事に躊躇いは無い。それが仕事だからだ。暗殺と言ってもときに反撃を受ける事もある。そんな相手も適切に"処理"してきた。それだけの腕前を持っている。自分でもそれは自負していた。
だが事殺せない相手となると話は別である。
死霊に属する魔物は勿論、目に見えない現象、幽霊と呼ばれるものの類全般が、彼女には苦手であった。とかく、触れられないもの、殺しても殺しきれないもの、つまり彼女にとって得体の知れないものを恐れていた。無論、それは通常の人間にも存在する感情ではあろうが、シアのそれは普通の人間よりも強烈な恐怖であった。
幽霊の声、消えない悲鳴が聞こえるだけで駆け出して、数キロ程離れてから落ち着いた、という事があった。依頼を受けた先で、ゾンビが湧いて、それを見るなり依頼を捨てて逃げ出した、という事もある。彼女の汚点、即ち未達成の依頼は全て、そうした幽霊・死霊絡みの事象によるものであった。
いつしか裏社会で付いた渾名が『無敵の臆病者』。本人にそれを言った者は例外なく半殺しにされているが、裏ではそう囁かれていた。
無論シアにとっては不本意以外の何者でもない。なんとかして乗り越えたいと思う事は多々あったが、未だそれは達成出来ていない。昔洞窟に祭壇があった頃は、洞窟に入ることさえ躊躇う程であった。自分で自分が嫌になる事はあったが、それでも自分自身の性格である。付き合うしかあるまい、と彼女は思っていた。
彼女は、今発せられたグリンの挑発的態度にどう答えるべきか、それをじっと考えていた。
受けるべきか。
受けざるべきか。
受けたとしてちゃんと達成出来るのか。
「……や、やる。」
恐る恐る彼女は言った。
「請負。」
普段の冷静さを取り戻しながら彼女は繰り返した。
「よろしい。期待しておりますよ。」
グリンはにんまりと笑みを浮かべて言った。
その裏には何か、悪意のようなものを感じたが、シアは黙っておく事にした。今はまず、その幽霊屋敷とやらをとっとと攻略することだ。グリンが何か企んでいたとしても、それで良い。それで鼻を明かしてやれば良いのだ。そうシアは自分に言い聞かせて、会議室を後にした。
「……大丈夫なのだろうか。」
レンジが少し心配そうにそれを見つめた。
「問題ありますまい。彼女は優秀ですから。」
その賛辞の言葉に嫌味を感じるのは、レンジだけでなく、アーシャもであった。
グレイスだけは、ただうむと頷くだけであった。その真意は、誰にも分からない。




