9-12 逃走
「騎士としての誇りを忘れ、クレア神に背き、挙句保護すべき方々を売り飛ばす……?貴様、そこまで堕ちているとは、正しく騎士団の恥。それを利用する方もまた愚行と言わざるを得ません。」
「う、うひっ、ひぃっ。」
怒りがオーラとして全身から溢れ出しているように見えた。あまりの恐怖に後退りするが、背後は壁である。
「ああ、それとアーシャさん、もう一つ。仮に契約書が無かったとしてもこの宝玉は我々の物ですよ。」
「……は?」
これ以上何を言い出すのか。アーシャはもう訳が分からなかった。
「だってあのラウム廟、もう既にダンジョン化してますから。ご存知ですよね?ダンジョンに置いてあるものがどういう扱いになるか。」
「……あ。」
彼女はこの国の法を今になって思い出した。
私有地に存在する物は当然その土地の権利者に権利が発生する。
だが私有地がダンジョン化した場合、魔物もその土地の権利者に権利が発生するのか?では魔物が他の人間を殺した場合、その土地の権利者が責任を取るのか?という論争が以前発生した事があった。
それを受けて国王は法を制定した。
『ダンジョンと化した土地の権利は失われる。』
ダンジョンにある宝物を冒険者が持ち帰って良い理屈がこの法である。例えそれが元々は誰かの所有物であったとしても、ダンジョンに置いてあった場合は無条件に拾った者が所有する事になるのである。
アーシャはそれを思い出して愕然とした。
「…………あぁ、ああ、ああああああああああああ!!」
自分が徹底して墓穴を掘り続けた事に漸く気がついたのだ。
カーネリアを嵌めようと住み着いたレヴィアタンを育成した、その時点で誤りだったのだと。
「ががががが、う、うががががががか。」
頭を抱えながら、じりじりと騎士達が躙り寄る姿を見つめる。その顔には怒りが浮かんでいた。殴られたヴィダに対しても、アーシャに対しても、そして相対するアレイトス教に対しても。いいように入り込まれ、情報を盗られ、挙句利用されかけたという事実は、騎士の誇りを傷つけた。そして、傷つけた者に相応の罰を与えようという思考に発展するには十分であった。
「あぁぁぁぁぁ……もう、もう……。……えい。」
アーシャはごそごそと懐を探り、そして何かを床に叩きつけた。
煙が発生し、周りが見えない。
「このような煙で私の目が誤魔化せるとでもッ!?」
怒りに満ち満ちたレヴィが叫び、その腕に装備した盾で煙を一閃した。凄まじい風圧が巻き起こり、煙が吹き飛ばされる。
そこには既にアーシャの姿は無かった。
「なっ。」
レヴィが驚愕する。壁には大きな穴が開いていた。
「む……。」
レストはその穴の向こうで何かが蠢いているのが見えた。
「あれは、魔物?」
既に遠くに何か虎型の魔物が四足歩行で駆け抜けていくのが見えた。
「魔物!?いつの間に入り込んだ!?」
レヴィが叫んだ。
「追いなさい!!」
「はい!!」
その掛け声とともに四人の騎士が駆け出した。
「……ああ。」
そしてレヴィは頭を抱えて倒れ込んだ。
「このバカ、バカバカバカバカバカ!!騎士としての誇りを忘れ、何と言う事を!!」
ヴェダの顔や腹、至るところをぽかぽかと、肘を曲げて子供のように殴った。動きだけは子供のそれに見えるが、力はその数倍。殴る度に鎧が凹み、ヴェダが意識ないままにビクンビクンと痙攣した。
「皆さんも申し訳ありませんんんんんん!!まさか、まさかうちの騎士団の中にまで内通者がいるなんてえええええ!!」
目からボロボロと涙を流し、全力で頭を下げた。その先にはちょっと引いているレスト達がいた。
「あ、ああ、いえ、その。まぁ、危害加えられるまでは行く前だったので、その。良かったというか。」
「そ、そうそう。こうして宝玉も回収出来たわけだし。……だからそろそろその人も助けてあげて欲しいかな、って。」
シェルフが恐る恐る言った。
「もうそろそろ死にそうですわ……。」
「こんな奴死んで……いえ失礼、これは失言でした。つい熱くなってしまいました。」
レヴィは立ち上がると、ヴェダの腕を引っ張って無理矢理立たせた。
「牢屋にぶち込んできます。」
レヴィはドスンドスンと鎧の重さ以上の怒りを込めながら一歩一歩大地を踏みしめてヴェダを引き摺りながら牢屋の方へと向かった。レスト達も一応それに続いた。レヴィを疑うわけではないが、ヴェダの身が心配だったのである。
幸いというべきか、無事ヴェダは牢屋にぶち込まれた。
横の牢屋で寛いでいたブルーアがその姿を見て嘲笑っていた。




