9-11 内通
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーは?」
アーシャは呆気に取られ、少しの間沈黙した後、漸く口を開いた。
「棚に仕舞ったというのは嘘です。僕がずっと持ってました。」
「は?」
アーシャが再び言った。
「正しくは、棚に確かに仕舞いました。ですがそれはコピーです。」
「こぴー?」
「この魔導書を買ったのにはもう一つ理由があって。紙の複製を生み出す魔法が載っていたからなんです。その魔法、再執筆で複製の紙を作って、棚に仕舞っておきました。」
「わざわざそんな、何のために!?」
カーネリアの叫びにレストは冷静に答えた。
「その問いに答える前に一つ、アーシャさんにお聞きしたいのですが。貴方は僕がこの棚を開ける前から、契約書が無いことを確信していたように見えます。それは何故ですか?」
「ん……え……そ、れは、あの、棚の鍵が、開いてるように見えたから、で……。」
「なるほど。ですが不思議ですね。僕がコピーをこの棚にしまったのは、貴方が去った後です。何故この棚の鍵が空いているから契約書が無いと確信したのですか?」
「……。」
自分が墓穴を掘ったことを、言わなくても良いことをペラペラと喋ってしまったことを、そして、この眼前の冴えない男が、『ある事実』に完全に気付いているであろうことを理解し、アーシャは口を噤んだ。
「最初からそうしていれば良かったかもしれませんが、残念、既に遅いです。ええ。僕は既に確信しています。貴方は誰かからこの棚にしまったという情報を得ていたのです。」
「誰か?」
シェルフがどういう事か分からず首を傾げた。
「シェルフさん、思い出して下さい。ブルーアさんを捕まえた時、あの時ブルーアさんが燃やされそうになりましたよね。」
「え?ええ。」
関係ない話が持ち出された事にシェルフは戸惑いながらも、確かにそうした出来事があったのは事実なので、同意した。
「あの時、通信用の紙にメッセージが届きました。なんて書いてあったか。僕はしっかり覚えていますよ。『捕まったようだな。』それと『我らの事情を知られるわけにはいかない。この紙は滅却処分とする。』でしたね。さて。何故ブルーアさんが捕まったと分かったのでしょうか。あの時、ブルーアさんが捕まったという事実は、オークション会場にいた人間すら知りません。あの時点では全員催眠が掛かったままでしたからね。ブルーアさん眠っちゃって解けませんでしたから。」
レストは続ける。
「捕まって、色々事情を話して下さった事を知っているのは、あの場にいた人間くらいです。つまり僕たちと、護衛の騎士の方ーーえーと、アファルさん、ヴェダさん、マーガンさんでしたか。それとレヴィさんくらいとなります。」
「……それは、つまり。」
シェルフは、レストの考えている事を理解し始めた。だがレストは遮り続ける。
「そしてカーネリアさんの事情を知っているのも、精々この騎士団本部にいる人だけでしょう。レヴィさんとちらと話した事、ありましたよね。その時も騎士の方が同席してました。その時は確か、ヴェダさん、シュイロンさん、フィーナさん。」
シェルフとカーネリアの視線が、自分達についていた騎士、ヴェダへと向けられた。彼は今日も此処に居た。
ヴェダの顔から汗が滲み出た。
「なので念の為、その五名の方に話しておいたのです。『大切な書類をしまったので守って欲しい』と。そしてその棚はそれぞれ別のものを指定し、契約書もそれぞれに入れておきました。」
レストは部屋に置いてある五つの棚を指して言った。
「この内、鍵が開けられているのは一つだけ。」
アーシャがヴェダを睨みつけた。
「指紋が残っているのも一つだけ。ーー流石に籠手を付けたままでは開けられなかったんでしょうね。」
更にアーシャの眼力が強くなった。
レストはそれに気付きつつも無視して棚の鍵を開けて一つ一つ確認していく。
そしてレストは四枚のコピーを取り上げ、ひらひらとたなびかせながら言った。
「書類が無くなっているのも、鍵が開いている棚だけ。その指紋の持ち主は、開けられている棚に仕舞ったとお伝えした方と同じです。その方の名前に関してはーーまあ言うまでもありませんよね。消去法で行けば順当に得られる結果と同一だった、ということだけはお伝えしておきます。勿論レヴィさん以外で。」
「キサマァァァァァァァァァ!!」
アーシャがヴェダに飛びかかった。
「オマエ、オマエ、オマエオマエオマエェェェェェェ!!」
勢いよくアーシャがヴェダを殴った。
ーー訂正しよう。アーシャがカーネリアに勝っている点が、見かけ上の性格の他にもう一つだけ存在した。それは腕力である。彼女は戦闘において武器を使用しない。素手で鋼鉄の甲冑も凹ませること出来る程の威力を有していた。
そんな腕力で叩いたものだから、ヴェダはばたりと倒れ込んだ。被っていた兜は一撃で凹んだ。
「高い金を払って情報を買ってやったのに!!こんな、こんなバカみたいなヘマをするアホがいますデスか!?」
馬乗りになってガン、ガン、ガンとヴェダの頬を右左とぶん殴るアーシャ。既に彼は唇を切ってしまい、口元から血が流れている。
「もももももう少しバレないように動く事も出来たデスよね!?バレバレな工作するとかアンタ、アンタアホデスか!?」
兜が砕けたところでアーシャは立ち上がった。
シェルフはあまりのキレっぷりに呆然とそれを見つめる事しか出来ず、カーネリアは「またいつもの癇癪か」といった様子でそれを平然と見ていた。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ。…………あ。」
気付くとアーシャの周りに残りの騎士達ーーアファル、マーガン、シュイロン、フィーナが集まっていた。レヴィもまた鬼のような形相で、アーシャと、何よりヴェダを睨みつけていた。




