9-6 疲労
少し前。
レンジが「奴らはこれでどうにもなるまい」と一笑した時の事である。
「こ、この量は流石に、アタシの武器でもどーにもなんないわよ。」
「僕の魔法も限度があります!!」
「で、ではどうしろと言うのですか!!」
三者三様の悲鳴を上げるレスト達。だが間髪入れず、レストは思い至った。
「いやしかし。」
百を超える魔物が相手となれば、その思い至った方法は少々、いやかなり危険であった。主に自分の身が。
だがこのままではカーネリアもシェルフも危険である。
「仕方ありません!!」
そういうとレストは手をかざした。
「そうか物質変換!!」
レストのスキルで全てを何か別の物へと変えてしまおうという考えである。
「でもこの量、どうにかなるんですの!?」
カーネリアの疑問はレストも危惧していた。胡麻のように元々小さい物を変換するだけなら、負担は小さいが、人間台のサイズの魔物を百体以上、一斉に変換するとなれば、流石に少なくとも相当の疲労が蓄積する事は予想された。
だが今は。
「するしかありません!!」
レストは毅然として答えた。
「えーと、ゴブリンだから、ゴキ……」
「それだけは止めろ!!急いでいてもそれだけは!!」
シェルフが焦って止めた。
「そ、そうですね。えーとコボルトは……コウロ……」
「もう少しマシなもの思いついて下さいます!?」
カーネリアが絶叫した。そうこうしている間にも魔物達は一歩一歩全速力で近づいてくる。
「いや、その!!急いでいるとどうしてもロクなものが!!えーいもういい!!『魔物→煮物、物質変換』!!」
そうレストが叫ぶと、近づいていた、レストの視界に入っていた魔物達が、一斉に姿を消した。
ぺチッ、ぺチッ、ペチペチペチッ。
そしてそんな音を立てて、何かが神殿の床を叩く。
蒟蒻。
竹輪。
半片。
卵。
竹輪麩。
辺りにはレストだけにはおでんの匂いと分かる、何やら芳しい香りが漂った。
「なにこの匂い。」
「なんですのこの……この食べ物?ふにゃふにゃしてますわ。」
この世界、この時代にまだおでんは存在していなかった。もしかすると何処かには存在するかもしれないが、少なくともこのレピア国には存在しなかった。
「……まぁ、その。今度作りますよ。」
そう言ってレストは先に進もうとしたが、
「う」
力が抜けて蒟蒻の上に倒れ込んだ。
「ど、どしたの。」
急いで起こしたシェルフが問いかけると、虚ろな顔でレストは言った。
「つ、つかれ、た。」
レストがまだ知らない物質変換スキルの限界であった。
物質変換スキルは、対象となった物質の変換前質量に応じて、体内の魔力を消費する。
その量は通常であれば微々たる物で、濫用しても問題ない程の量ではあるが、人間サイズの魔物達を一斉に変換するような使い方をすると、一気に魔力を消費する。今回は対象範囲も前後方向で広かったのも影響した。
魔力を消費すると疲労する。体内に魔力が戻るまで、肉体が休息する事で魔力を温存しようとするのである。
「休む?」
「し、しかし、また襲われるといけません。だ、大丈夫なので、先に進んでしまいましょう。あと一回くらいは、使えると、思います。」
その一回を、目的の魔物に使用する。そういう意図である事はカーネリア達にも理解出来た。
「分かりましたわ。参りましょう。」
そう言ってカーネリアは左肩を、シェルフは右肩を持ち上げ、肩を組むようにして歩き始めた。
「すみません……。」
力無く呟くレストに、
「気にすんなって。」
「貴方のお陰で助かりましたわ。このくらいは当然ですわ。」
二人はそう、優しげな顔で言った。
他方、強ばり驚愕に満ち満ちた顔で愕然としてそれを見ていたのはレンジとアーシャであった。
「おい。」
レンジがアーシャに呼びかける。
「なんだあれ。」
「……サァ。」
彼は怒りと焦りの入り混じった表情で、もはや絶望の笑みを浮かべながらアーシャの首元を掴んで叫んだ。
「さぁとは何ださぁとは!!吾輩聞いてないぞあんな事が起きるとは!!というかなんだねアレは!!いい匂いがする!!腹が減ったぞ!!」
ぐいんぐいんとアーシャの体が揺れる。
「怒るとこそこデス!?」
「い、や、そうだな。そこではない!!とにかく何だあれ!!」
「知りませんデスよ!!ワタシだって知ってたら何か手を打ちましたデス!!あんな冴えないしょぼい男が何かしたみたいデスが、そんなの予想出来るわけないではないデスか!!」
「むっむむむむ、むぐぐぐぐぐぐ……。がぁっ!!」
レンジは手を離した。
「まぁ、まぁいい!!この奥に住み着いた魔物なら何とかしてくれるだろう。もうあの男はダメみたいだしな!!」
「あれは強いデスよね。アンタでも操れないくらいデスから。」
「黙りたまえ。全く。ついでにこちらでも準備をするとしよう。」
そういうとレンジは再び隷属スキルを発動し、魔物達を自らの僕へと変えていった。
「またやられるだけではないのデスか?」
「あくまでその魔物の手伝いだ。後詰という奴だ。準備はしておくに越した事はあるまい。」
レンジもまた負けず嫌いであった。自分のスキルに絶対の自信を抱いていた。それがこのような、訳のわからない金属の固まりと、得体の知れない男に破られるなどあってはならない。魔王になるはずの自分が。
「絶対に、絶対に……。」
レンジはぶつぶつと呟きながら、ダンジョン全体にスキルを発動させ、そしてレスト達を追った。機を伺うために。




