9-3 神殿
アール湖はスラス都西に広がる湖である。広さは西区全土とほぼ同じという相当の広さを誇る。かつては海と思われていたそれが実際に淡水湖であると再発見したのが、メイン家の始祖、ショーン・D・メインであると言われている。
そんな彼は、クレア教の熱心な信徒であった。彼はその信仰を広める目的で、アール湖の中央に浮かぶ小島に一つの神殿を建てた。それはクレア教の一柱、ラウムの名を取り、ラウム廟と呼んだ。
クレア教において、クレアとは最高神であり、この世の全ての理を司るとされている。だがかつて邪神との戦いにおいて、最高神クレアは劣勢に追い込まれた。そのため、自らの力を分ける事で別の神を作り出し、その邪神を封印したと言われている。
その力を分けられた別の神の一柱がラウムである。彼は空間を操る権能を渡された、空間の神であり、ありとあらゆる場所へ移動し、クレアに相対する敵を打倒するのだと言われている。
事実としてわかっているのはここまでである。何故ここに空間の宝玉があるのか、そして何故この神殿に魔物が蔓延る事になったのか、それは分からない。ショーンは、自分が持っていた『空間の宝玉』がそのラウムのものであると考え、それを捧げるための神殿としてこのラウム廟を作り、そこに宝玉を祀ったのだろうか。では魔物は?
厳かに聳える神殿を前に、レストは少し考えを巡らせていたが、別の者の声にその思考が遮られた。
「この神殿を乗っ取るとは、不届きにも程があるわ。」
一応信仰心の高いシェルフであった。彼女は普段持っている護身用ではなく、完全戦闘用の刺々しい装飾の付いた棒を持っている。レストが尋ねると、これはワイバーンの爪を使用して作られた「ワイバーンスタッフ」だという。
「こーゆーぜってー戦闘に入りそーな時に持ってくる用にね。不届きな魔物はこれでバッタバッタぶっ飛ばしてやる。」
そんなものをどこで、と問うと、アイツから買ったの、とシェルフはカーネリアの方に目配せをした。カーネリアは両手を前で組んで揉み手した。
「まぁ、こと商品に関しては、問題ありますまい。」
「何ですか、商品以外には問題があるようなその物言い。」
「売ってる奴の性格に関してはまぁ目を瞑ったわ。」
「何ですか、その私の性格に難ありと言いたげなその物言い。」
「自分の胸に聞きな。」
カーネリアはその豊満な胸部を自ら揉みしだいた。
「何も声が聞こえませんわよ。」
「分かっててやるそういう所がダメなのよ。レスト、アンタは何か準備してないの。」
カーネリアの方を見ないようにしてレストは鞄から本を取り出した。
「魔導書は用意しました。簡単な魔法なら、何とかこれで使えるはずです。」
魔導書とは、魔力の込められた本である。通常その人間が、魔力が不足するなどの理由で使用出来ない魔法であっても、魔導書から流れ込む魔力により魔法を使用出来るようになるという代物であった。
「後は最終兵器も、一応。」
「何よそれ。」
「これです。」
そう言ってレストがポケットから取り出したのは、一見すると、
「ただの箱ではありませんか。」
カーネリアの言う通り、ただの箱であった。
「通信機ですよ。前あなたに渡したでしょう。」
「冗談ですわ。」
「で?それでどこにツーシンするってのよ。」
「……それは内緒です。」
シェルフがレストの尻をワイバーンスタッフで叩いた。尻にワイバーンの爪が軽く食い込む。
「いでぇぇーーーーっ!?」
やむなくレストはシェルフとカーネリアに説明する事にした。だが此処では割愛する。
ラウル廟の中は魔力が充満していた。
「あーこりゃダンジョンになっちゃってるっぽいね。」
シェルフが言った。
ダンジョン、迷宮とも呼ばれるそれは、通常の建築物と明確に定義で分けられている。それは、魔力が満ちているかどうかである。魔力が満ちているというのは、ただ魔力が存在するだけではなく、空気中の成分として魔力が含まれるほどに構造物内部に魔力が溢れている状態を示す。
スライムのような下級かつ不定形モンスターが生成されるか否か、ということが目安として使われる場合が多い。構造物内部の魔力が安定して存在していると、空気中の水分などと魔力が反応しあい、スライムのような液状生命体や、スモーガと呼ばれるガス状生命体が生み出される。これが所謂「魔力が満ちた状態」であり、この事象が発生する場所こそが「ダンジョン」として定義される。
シェルフはこのラウ廟の入り口付近にスライムが生み出されているのを見てそう判断したのである。
「魔物には注意しましょう。」
そう言ってレストは魔導書の照明魔法のページを開き、
「えーと……。『光よ来れ、この地を照らせ、照明。』」
と呪文を詠唱した。
魔導書が輝き、レストの体を通して空気中へと発散する。そしてレストの周りに光の玉となって具現化した。
「行きましょう。」
「おう。」
「何かあっても私が回復致しますのでご安心を。」
こういう時彼女の存在は頼もしい、そんなことを思いながら、レスト達はラウル廟とへ潜っていった。
その背後で、誰かがほくそ笑んでいる事に気付かないまま。




