9-2 交渉
「……………………。」
その依頼は、あまりに身勝手で、唐突で、そしてカーネリアにとっては聞き捨てならないものであった。
「何のことですか?」
「とぼけなくてもいいんデス。ご安心を、誰にも話してません。ワタシの秘書にすら、知ってる者はおりませんデス。今はまだ、デスけどね。」
カーネリアは心の中で舌打ちした。
「どこで聞いたのです。」
「情報源を明かすのは商売人としてあり得ない、そんなことはアナタになら分かりますデスよね?ただまぁ、依頼を受けて、達成してくれれば明かしてもいいデスよ?」
少なくとも今は話す気は無い、という意味である。
「はいはい、そうですわね。で?依頼とはどのようなものでしょうか?」
しめしめという顔でアーシャは口を開いた。
「ワタシの持っている土地に魔物が住み着いてしまって。ご存知デスよね、西区画のアール湖。あそこに建ててあった神殿、ラウム廟が魔物に乗っ取られたみたいデシて。そのせいで、置いてあったワタシの家の家宝が実質魔物に盗まれた、というわけデス。」
「家宝って、先程申していたアレですか。」
「ええ。『空間の宝玉』などと呼ばれている丸い球デス。それを取り返してきて欲しいというわけデス。出来ればラウム廟の解放もお願いしたいデスが、まぁそこまではお願いしませんデス。三日以内に持ち帰れたらアナタにそれをそのまま差し上げますデス。持ち帰れなかったら全部バラす、単純デスよね?」
「……なんでそれを私に依頼するのです?貴方が冒険者に依頼すればよろしいではありませんか。」
「貴方と同じ理由デスよ。お金が勿体ないでしょう?貴方に依頼すればタダデスから。騎士団に依頼しても時間が掛かりますデスので。」
「……。」
カーネリアは少し目を瞑り、そしてレストとシェルフの顔を見た。
二人はただ頷いた。
「……分かりました。お受け致しましょう。ただし条件が一つ。」
「なんデス?」
「先程貴方が言った事を追加して頂きましょう。私が持ち帰ったら、何処から私の情報を得たかを教えて頂きます。」
「……まぁ、いいデスよ。自分で言ってしまった事デスし。」
「では!!」
そういうとカーネリアは紙を取り出し、流れるようにつらつらと文字を並べた。
「こちらにサインを。」
契約書である。シェルフはその内容が、今会話したものと同一であることを読破スキルで理解した。と同時に、彼女の手の速さに少しばかり驚いた。
「は、速いデスね?」
それまで基本的にペースを掴んでいたアーシャが初めて呆気に取られた。
「商売は速度が命、当然ですよね?」
「ま、まぁ。」
アーシャは紙を手に取って一通り細部も含めて目を通した。問題は無かった。
「……よろしいデス。」
そう言って彼女は契約書にサインした。
「では三日後また来ますデス。」
「ああちょっと待ってください。」
立ち上がり去ろうとしたアーシャを引き止めたのはレストであった。
「誰デス?」
「レスト・ピースフルと言います。カーネリアさんの……えー、仕事のお手伝いをしています。」
今はそう言った方が角が立たないと判断したが、口にするのは少々気が引けた。だが今は情報が必要である。ここは我慢と彼は決めた。
「貴方の家宝の宝玉ですが、特徴などは分かりますか?色とか。」
「特徴、デスか。……色は確か緑だったと思いますデス。」
「他に覚えている事は。何かこう、魔法が掛かってるとか危険な要素はありませんか?カーネリアさんの命の危険があってはいけませんので。」
「あー、んー、それ以上のことは分からないデス。使ったことありませんデスし。ま、そういう危険も込みの賭けということデス。」
「そうですか。分かりました。あと一つ、その住み着いた魔物というのは?」
「んー、これも詳しいことは分かりませんが、ワタシの雇ってる冒険者が命からがら帰ってきたので、ちょっと危険かもしれませんネ。別にカーネリアさんが直接取りに行く必要はありませんデス。どのような方法でも、持ってきてくれればそれでいいので、その点心配は無用デスよ。……ただアナタは自身の心配をした方が良いかもしれませんデス。」
彼女のその言葉は、つまり「レストが行かされることになると思うよ」、という意味であることを、彼は理解していた。どうせそうなるだろうとも思っていた。
「ご心配痛み入ります。分かりました。ありがとうございます。」
そういうとアーシャは、「では頑張ってくださいデス」と言ってその場を後にした。
「塩を撒きなさい!!」
「騎士団に迷惑かかるからやめれや。」
カーネリアの叫びをシェルフが制止した。
「ムグガガガガ、無茶仰りやがりますことぉ!!ああもう腹が立腹でスタンドアップしておりますわぁ!!」
「無茶苦茶言ってるわ。でもまぁ実際無茶よねぇ。受けざるを得ないけれど。」
「カーネリアさんの秘密が漏れてしまうのはちょっと不味いですからね。」
最悪、ゼーニッヒ商会が傾くことも考えられる。そうなればカーネリアが用意していたアイテムやカーネリア経由で入ってくる依頼も無くなる。何より、彼女の情報網が使えなくなると、アレイトス教や宝玉の情報も入って来なくなる可能性がある。
「昔っからアイツは私にあれこれと喧嘩を売ってくるのですわ。まさかこういう売り方をしてくるとは思いませんでしたが。」
「しかしどこから漏れたのでしょう?」
レストは疑問を呈した。彼女の父母が死んでいることを知っている人間は相当限られる。
「…………。」
カーネリアはレストを見つめた。
「本気で言ってるなら流石に怒りますよ?」
「冗談ですわ。」
冗談の目では無かった気がするが、レストはそういうことにすることにした。
「……考えられる可能性、前から気になっていた可能性、無いわけではないのですが。」
レストがポツリとつぶやいた。
「何よそれ。」
シェルフが尋ねたが、レストは首を横に振った。
「今はノーコメントです。まだ確証ないですし。」
「何それ。」
「もう少しハッキリしたら言いますから。」
「はー、もう、最近そういうの多くね?どーかと思うねアタシ。ま、何か考えがあるみたいだし、いいけど。」
最近はシェルフもレストの秘密主義的というべきか、探偵小説の真似事にも慣れてきた。ある程度の理解を示し、それ以上はとやかく言わないことにした。レストは心の中で感謝した。
ーーカーネリアはそんな二人のやり取りを見て、口に出せばいいのにとも思ったが、これはこれで見ていて面白いので良しとすることにした。




