8-5 機械
「きききききききききかい!?」
レストが素っ頓狂な悲鳴にも似た叫びを上げた。何故ここに。何故この世界に。レストは理解出来なかった。
「きかい?」
カーネリア達は別の意味で理解出来なかった。機械という存在自体がこの世界ではーー絡繰といった方が適切な程度のものはあったがーーあまり一般的ではなかった。
「なにそれ、いや待ち、その前に」
逃げよう、と言いかけたシェルフに向かって、竜の咆哮が届いた。
「金を払えェェェェェェェェ!!」
ピーガガーというレストには覚えのある機械のノイズ音を混ぜながら、雄叫びと共にその機械竜はドンドンと足音を立てて三人の元へと走り出した。
「にににににに逃げましょう!!いやこれを!!」
そう言ってレストは鞄からステルスマントを取り出し二人に渡した。二人が慌ててそれを受け取り身につけると同時にレストも身につけ、そうして三人の姿は消え去った。
突然消えた侵入者。だが機械竜は冷徹な顔を崩さない。静かに二度三度辺りを見渡し、何やらじっとして解析らしき事ーーレストの目にはそう映ったーーをしてから、
「侵入者、喪失。追跡不可能。パトロールモードへ移行。」
そう一匹呟き、再び元の場所へと戻っていった。
レスト達は竜の聳える木々の手前、坂道に差し掛かるところまで一旦降りてから、マントをチラリと捲り、自分以外の二人がそれぞれ居る事を確認した。
「ふぅー。」
「はぁー。」
「ひぃ……。」
無事逃げられた事に三人は思わず同時に安堵の溜息をついた。
「なんですかアレ。」
「知らないわよ。カーネリア、アンタなら知ってるんじゃあないの?」
「存じ上げませんわ。私も初めて見ました。あのような、金属の塊が、動くなど。」
この世界にはまだ機械というものが存在していない。強いて言えば、レストが身につけている眼鏡、解析眼鏡くらいのものである。
そうして言い争いをしている間も、竜は森の中の坂道を上がり下がりしながら周りをキョロキョロと見回りをしている。
「……姿形や匂いを消せば追ってこない。それに、一定の距離を離れないようですね。」
動きを観察しながらレストは言った。
「しかし、問題はなんであんなものがあそこにあるかという点でしょうね。」
「あれが何なのか知ってるの?」
シェルフの問いに、レストは困った顔を見せた。
「何かはおおよそ分かりますが、何故に動いているのかは知らないといいますか。……あれは機械、鉄の塊で、それがその中の仕組み、歯車とか、そういう物で動いているものだと思います。」
カーネリアとシェルフは珍紛漢紛という顔で呆けた。
「眼鏡には『耐魔力特殊装甲』と表示されました。そういう金属があるのでしょう。それで表面が覆われているものと思います。」
「はぁー。で、そんなものがあるの。……ま、あるからああして動いてるんでしょうけど。」
「上手く捕まえられれば金になりそうですわね。」
「なんつーこと考えてんのよアンタ。あんな金属の塊、どうやって捕まえるのよ。」
「言ってみただけですわ。捕まえられれば、と言ったでしょう。……で、そんなもんが何でこんなところにあるんですの?」
カーネリアはレストに尋ねた。
「知りませんよ!!」
レストは思わず絶叫した。
この世界の科学技術に不釣り合いな存在である事は間違いない。それはレストにも、科学が何たるか理解していない残り二人も理解していた。
「あれを退治は、無理ね。」
「そう、ですねぇ。」
シェルフの嘆きにも似た言葉にレストは同意した。あんなものどうしろというのか。
物質変換スキルで変えようにも、文字数が多すぎて変える先が無い。鋼鉄の皮膚を「ひふ」として認識して、それを変える事が出来れば良いかもしれないが、レストの中では既にあの皮膚は「耐魔力特殊装甲」として認識してしまった。その認識が薄れない限り、「ひふ」として物質変換する事は出来ないだろう。実際、逃げる途中で一度試行したが、成功しなかった。
何か手掛かりは無いかと、先程の竜の言葉を思い出した。
「……入山パスがあれば襲われないのでは?」
「入山パス、確認不能」。つまり確認が出来なかったから襲ってきた、確認出来れば襲って来ないとは考えられないだろうか。
「或いは、金を払うか。同じ事かもしれませんが。」
「えええええ嫌ですわ!!あんな良く分からない奴に何で金を払わないといけないのです!!」
「まぁまぁ。この金ならいいでしょう。」
レストは先日同様、胡麻→鎌→金へと物質変換を行なった。カーネリアの民謡の話を聞いた時から、もしかすると必要になるのではないかと思い準備していたのであった。
「まぁ、それなら。」
カーネリアは渋々了承した。彼女としては例えレストのスキルで生み出した金であっても欲しいものは欲しいと言いたいところであったが、ここであまりとやかく言ってもレストの機嫌を損ね自分の為にスキルを使ってくれなくなる事に繋がるだろうと考えたのである。
「なんかロクでも無いこと考えてない?」
シェルフがカーネリアの欲望に満ち溢れた顔を覗き込みながら言った。
「失礼な。その様な事はございません。」
「まぁ、そういう事にしておきましょう。」
レストの言葉でシェルフは問い詰めない事にしたが、二人とも「そういう事」では無いという事は理解していた。




