6-5 御屋敷
騎士団の拠点から歩いて数時間と言った場所にコレック邸はあった。
歩いて数時間ではあるが、選ばれた立場、貴族であるショーン・コレックが徒歩で移動するという事は無い。
レストが拠点の外に出ると、ヒヒンと嘶く馬とそれが引く馬車が待っていた。
「乗ってくだされ」というショーンの言葉に従い、馬車に揺られて数十分。
辿り着いた先には、ゼーニッヒ商会のそれを超える豪勢な邸宅が待ち構えていた。
「ふぇー。」
シェルフがその佇まいを見てぼーっと口を開けて言った。彼女はゼーニッヒ商会くらいしか大きな建物は見た事は無かった。
ゼーニッヒ商会の建物は「機能的」という表現が適切であった。敷地内が建物で埋め尽くされ、倉庫、商店、その他諸々が廊下で繋がっていた。庭と呼べるものは特にない。一応、商談用の建物の近くには木々が植えられていたが、その程度であった。
他方このコレック邸はというと、豪勢で「優雅」と呼べるものであった。広い庭、通路を囲う植木、せせらぐ水。ちょっとした川が引かれている。建物も優雅な佇まいというに相応しく、煉瓦の組み合わせにも関わらず美を感じさせる堂々とした作りになっていた。
「ふぇー。」
レストも思わず声を上げた。自分の家――ウィーラー家がこのくらい優雅なものであった。それを久々に見た気がして思わず声が出てしまった。
「オホォーン、いかがですか。」
ショーンがそのぷっくらとした腹を張りながら言った。自慢げな表情を浮かべている。
「いやぁ、素晴らしいですね。」
レストは裏のない称賛の言葉を述べた。ショーンは満足気に微笑んだ。
「オホォン、いやいや、お褒めに預かり光栄ですぞ。」
「……維持費が大変でしょうねぇ。いやいや、なんというか。あいも変わらず無駄金を使うのがお好きな事ですわね。」
カーネリアは裏しかない皮肉、いや、直接的な暴言を吐いた。
「カーネリアんとこは殺風景だもんね。」
「機能美という言葉がございます。そう呼んで下さいまし。」
「そういうあなたは相変わらず手厳しい。まぁ私の家は、来客の歓待にも使いますからな。」
「来客の歓待でしたら家の中だけで十分でしょうに。ま、お金の使い方については人それぞれ。これ以上はとやかく言いませんが。」
そうは言いつつも、カーネリアの目は煌めいているように、レストの目には見えた。
この豪華さには惹かれるものがあるようであった。
「ま、こちらも案内したいところではありますが。本題に入らせていただきたい。」
そう言ってショーンは入り口へ、そして、事件の現場へと三人を案内した。
広い部屋だ、というのがレストの第一印象であった。
広い部屋の中に幾つもの展示物ーー壁に掛けられた絵や、ケースに入れられたコレクションが置かれている。それと一線を画すよう長椅子が置かれ、その奥に聳える長机。しっかりとした佇まいの机は機能もさることながら、外側には様々な模様が刻まれ、外観の華美さを表していた。この部屋の持ち主がいかに外観、見栄えに重きを置いているのかがわかるというものであった。
この部屋の持ち主はそんなレストの姿を見て満足そうに頷いた。
「どうです。なかなかのものでしょう。」
「ええ、それはもう。」
レストも頷いた。だが彼が驚いているのはどちらかといえばこの部屋そのものであった。部屋そのものの発想に、である。執務室と応接室と美術室を全て融合させるという発想はなかなか無かった。よく考えるというべきか、悪趣味というべきか。困りつつもレストは「すごいですねー」と当たり障りのない賞賛とも嫌味とも自由に取れる言葉を放った。
ショーンはそれを前者と受け取った。
「オホォーウ。まぁまぁ、そう褒めないで下さい。」
「それで、これですの?問題の宝玉が入っていたのは。」
そう言ってカーネリアは空のケースを指さした。
「ええ。それです。」
「どれどれ。」
カーネリアはそのケースを持ち上げた。
「ちょっ、いきなり……。」
レストは焦ってそれを止めようとしたが、
「……あれ?あ、ああ。」
何の音も鳴らない事に一瞬キョトンとしつつ、何が起きたか、いや、何故何も起きなかったかを理解して、急に止めに入られて何事かと戸惑っているカーネリアに、「なんでもないです」と告げた。
ケースこそ現代のものに近かったので忘れていたが、この時代ーー正確にはこの世界の、この時代の科学技術では、まだ防犯ブザーは開発されていなかった事に彼は気づいたのであった。
この世界は、レストの元居た世界と比較すると、魔法による物質の加工技術については発展していたが、大量生産技術については未だ発展途上であった。
魔法を組み合わせれば防犯ブザーと同等の機能を作り出す事は、現在の技術でも実現可能であったが、それは量産が難しい、ワンオフの仕組み。大量生産を行うためには魔法のコピーを生み出す技術が必要であったが、そこまではまだ到達していなかった。
それ故に防犯ブザーという考え方自体が一般的では無かったのである。
そしてこのコレック邸においてもそれは同様であった。
勿論この屋敷の主人たるショーンには、ワンオフの仕組みを大量に作り出すために、人員を確保するだけの金は持ち合わせている。だが、彼はそのような技術よりも、警備員を雇った方が良いという考えを持っていた。
そうした事情から、ケースには防犯ブザーが設置されておらず、それに気付かなかったレストは焦りを覚えたのであった。
「確かに空ねー。」
そんなレストの戸惑いを無視してシェルフが言った。
「で、ですね。でもどうやって盗んだんでしょうか。」
レストは鑑定眼鏡を起動させて、カーネリアの持っているケースを見つめた。指紋は、今持っているカーネリアのものと、ショーンのもの、そして部屋に案内される道中で見かけた警備員のものくらいで、知らない人間の物は含まれていないように見えた。
「特に跡は残っていない事から、このケースが退かされたとは考え辛いようです。」
「ケースを退かさずにどうやって?」
「それが分からないのですなぁ……。」
ショーンが嘆きの声をあげた。
「つまり、それを調べるのが僕たちの仕事、ということです。」
そう言いながらレストは他のケースも眺める。どれも指紋の付き具合は同じである。指紋からでは特定が困難なように思えた。
レストは頭を抱えた。
パッと思いつく限りでは二つ方法がある。
一つは魔法で物体を入れ替える方法。これで宝玉を瞬間移動させたとすれば容易にこの状況になりうる。
もう一つはスキルで同様の行為を行なう方法。自分の物質変換スキル程で万能ではないが、物質に干渉するスキルというものは存在する。そうしたスキルで、前述の魔法同様、瞬間移動などをさせたとすれば同じ状況を作り出す事が出来る。
「魔法かスキルか。どちらにせよ、問題はそれを特定する方法がないという点ですか。」
魔法もスキルも跡が残らない。指紋のように、形として存在しないものなので、証拠を探すのは困難であるように思えた。
だがそんな考えはカーネリアの一言で否定された。
「魔法なら特定は出来なくないですけれども。」
「そうなんですか!?」
「ええ。大気中に残る魔力から、その部屋でどのような魔法が使われたかを特定する事は可能と聞いた事がございます。ただ、調査には魔力を操る技術と、相応の時間が必要とも聞きますが。」
「むずいわねー。」
シェルフが腕を組みながら言った。レストも同感であった。
「スキルは……誰がどんなスキルを持っているかが分かればいけそうですが、それも難しいですね。」
「ですわね。基本的に自己申告制ですので。一応、そういう魔法を研究し、発明したという話は聞きますが、詠唱が長いので非実用的だと聞いた覚えがございます。金にならないなあと嘆いてましたので。」
カーネリアは噂話を集めるのが日課であった。趣味ではなく実益、金になる情報を探すためであったが、それが役に立つ形となった。
とはいえ、出来る事は出来るが、どちらも難しいというのが結論になる。どうしたものかとレストは考えたが、やがて、
「……いい事思いつきました。」
と口にした。
「どーすんの。」
シェルフの当然の問いに、ショーンに聞こえないように耳打ちする形でレストは答えた。
「眼鏡をバージョンアップします。」




